軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百三十二話(カイル歴509年:16歳)それぞれの転機

新しい年が明け、ソリス男爵に関する不穏な噂は落ち着きを見せていた。

勅令魔法士制度の発表と同時に、事前の申請を含め、ソリス男爵からは、抱える全ての魔法士が、勅令魔法士として登録されたと公表されたからだ。

実際、26名の魔法士の名前と魔法属性も公開された。

「なんと! かの者は抱える全ての魔法士を、勅令魔法士として登録したというぞ!」

「それにしても、実際に26名も抱えていたのか。辺境のたかが、男爵と思っていたが、侮れんな……」

「ここまで手の内を晒すとは、覚悟を決めたものだ」

「それにしても大胆な男だ。本当に謀反を企んでいたのか?」

「それはあるまい、男爵の身で王国への忠義、立派なものではないか」

貴族のなかで、このような噂が広まったころ、地団駄を踏んで悔しがる者たちもいた。

「せっかく我らが仕組んだ噂の火も、これでは意味を成さんではないかっ!」

「あやつめ、不穏な企みを持つ不逞の輩から、今や忠国の士とまで囁かれておる。

これでは奴から魔法士を取り上げる、大義名分が立たん」

「我らの流した噂も、返って奴を引き立てる結果となったか……」

「王権派の奴らの画策であろうな。勅令魔法士については、我らにとっても寝耳に水。

余計な手立てを考えたものよ」

「左様、国王の肝煎り、王国の戦力強化を前面に出されれば、我らとて反対できる理由がない」

「此度は我らの密偵も色々裏をかかれたようだしな。

発表と同時に、ゴウラスより暇を出されおったわ」

4人の侯爵たちは、思い思いの言葉で、口惜しさを言葉にしていた。

「こうなっては、致し方ない。計画の第三段階に視点を変えようではないか?」

「ああ、そうだな。東に配したモーデル伯爵からも、報告が入っておる。どうやら今年は彼方がキナ臭い」

「そういうことか、せっかくの魔法士たち、少し惜しいがな……」

「そうも言ってられんであろう?

王権派の奴らも動き始めておる。今のうちに、将来の禍根は潰しておくに限る」

彼らはそう言って、気を取り直した。

「そうだな、今はせいぜい、安堵のため息を付いておれば良いわ。

今度はその魔法士の数が己の首を絞めることになる。王国の危機に、安穏としておることは許されん」

「確かにな。それで奴の力をすり潰すか?

哀れだな。素直に我らに差し出しておけば良かったと、後で思い知ることになろうて」

「では、例の件、子爵に命じ焚き付けるとするか」

「ゴーヨク伯爵、其方より子爵に伝えよ。直ちに次の手を進めよと。くれぐれも、抜かりなくな」

「はっ! 皆さま方のご指示通りに」

そう言うと伯爵はサロンを後にした。

王都での噂の成り行きに、やきもきしていたある日、俺は訓練より帰ったゴルドから報告を受けた。

「タクヒールさま、本日の訓練でゴウラス閣下よりお言葉を賜りました。

例の噂の件、ひと先ずは落ち着いたので、安心するようにと。

ただ、今回の件で、更に王都の耳目を集めるようになったのも事実、今後も油断なきように、そうお言葉をいただきました」

王都にて、俺の従者として詰めているゴルド、ダンケ、ウォルス、アラルの4名は、ゴウラス騎士団長の好意と要請で、王都騎士団の訓練に交代で参加している。

彼ら自身、常に訓練を重ね、技を磨き練度を維持することは、欠かせない。

精鋭の騎士団に交じり、戦闘訓練を定期的に行えるのは願ってもないことだ。

因みに彼らは、戦闘訓練に参加しない日は、王都の居館で日々基礎教育を受けている。

どちらかというと、脳筋寄りの彼らは戦闘訓練の方が気持ちも遥かに楽なようで、好んで参加している。

俺からも彼らに、騎士団の者たちと交流し、それぞれが独自の情報源を持つように指示していた。

特に、ゴルドとアラルは、騎士団のなかで新しく導入された、クロスボウの教官として最近は王都騎士団の練兵所に出かけることが多い。

その結果、特にこの二人は、騎士団のなかでも比較的上層部にパイプを持つに至っている。

「ありがとう、ならやっと落ち着くかな? 因みに騎士団の腕前はどうだい?」

「そうですね。今回クロスボウを導入したのは、騎士団の第三軍です。彼らは良い意味で実力主義です。

最初は『貴様らに教わるまでもないわっ!』、そう豪語していましたが、今は非常に素直になりました」

「はははっ! 例の、『一発かましてやれ!』が効いたかな?」

そう、この訓練が始まる際、彼らには実力を隠さなくても良いこと、分からないようになら、風魔法すら使用して良いことを伝えていた。

学園の俺と違い、彼らは相手になめられると、それで終わりだから。

「はい、クロスボウの練度はまだソリス子爵軍に劣りますが、それなりに向上しています。

流石は精鋭揃いの騎士団、改めてそれを感じました。

あと、戦場での運用も考慮し、旗や鐘による統制射撃についても、教え込んでいます」

「そっか、なら、近々戦いもあることだし、戦場でもそれなりに働い……」

「お話し中失礼します! 急ぎご報告がっ!」

勢いよく扉が開かれ、飛び込んで来た者の声が被った。

そこには、ずっと走って来たと思われる、全身を汗に濡らし、荒い息を吐くローザが立っていた。

「ローザ、落ち着きなさい。タクヒールさまは逃げませんよ!

彼女が無礼を承知で、駆け込んできたのです。ちょっとだけ、ローザにも報告させてあげて下さいな」

アンは彼女をたしなめた後、フォローしていた。

「どうしたローザ? 今から話は聞くよ。ゴルドは他に急ぎの用件はあるかな?」

ゴルドが首を振るのを見て、ローザは息を整えながら、話し始めた。

「ご指示いただいた疫病の件、医術学校ではそれに該当する様な、目ぼしい資料はありませんでした。

ただ、今回の勅令魔法士の件で、私が聖魔法士だと分かってから、その、皆さん急に親切になって……」

そう、勅令魔法士に関わる一件で、王都に滞在する彼女たちも全員、公開情報に含まれていた。

そのため、医術学校や教会側もローザが聖魔法士であることを知ることとなった。

これまで、辺境の平民出身であるローザは、王都の医術学校も、その上で管理する教会からも、言ってみれば冷遇されていたらしい。

だが、聖魔法士と分かると、笑えるぐらい一気に手の平を返して、厚遇されるようになったとのことだ。

そりゃあ、そうだ。

以前に入学を打診した時も、グレース神父は聖魔法士なら自分の推薦だけで十分、そう言い切っていた。

教会などにおいて、元の氏族の血統を残す聖魔法士の地位はとても高い。

「それまで閲覧を許されなかった、教会にある古い文献も調べる事ができるようになったんです。

そして、遥か遠い昔、魔の民が残していた伝承を見つけました!」

ローザの話によると、それは、王国成立時に教会の母体となった、聖魔法を司る氏族が残していた記録だったらしい。

伝承は、カイル王国がまだ魔境の中にあったころ、各氏族が魔境と共に暮らしていた頃に話は遡る。

当時、【魔物病】という病が、度々氏族の間で流行したことがあった。

それは、魔物が大発生した数年後から10年後、時間の差異はあるが、高い確率で流行した疫病らしい。

ひとたび魔物の大発生が起こると、魔物たちはやがて食料が不足し、共食いを始める。

そうすると、共食いで斃れた魔物の死骸を食らう、魔境の掃除屋とも言われた小型の小動物、ねずみなどの 齧歯類(げっしるい) が一気に増える。

今度は魔物の数が減り、元通りに戻ると増えた齧歯類の餌が不足する。

そうすると齧歯類は餌を求めて、人が住まう領域へと移動してくる。その身に疫病の元凶をまとって……

こうして疫病は発生し、魔物病が流行すると魔の民に次々と伝染、人々は病に苦しめられていたらしい。

「症状はタクヒールさまの仰ったものに非常によく似ています。

高熱が続き、病に罹った者は、身体の中から渇き、そして、力の弱い者から順に命を失うこと。

その病は身近に居る者に伝染し、更に恐ろしい病となり、多くの者が次々と同じ病に罹っていくことも。

ですが……、魔の民は無力ではなかったのです!」

魔の民は、その疫病が流行すると、団結して対処に当たったらしい。

聖魔法を司る氏族は、他の各氏族の住まう地域に赴き、疫病に対する処置を行うことで、各氏族から莫大な礼物を得ていたとのことだ。

「聖魔法を司る氏族が処置を行っても、病自体を根絶することはできなかったようです。

ですが、処置を受けると重症の者でも命を永らえることが多く、疫病に罹っても早期に処置をすれば、殆どの者は数日寝込む程度、軽症で済み回復していった。

記録にはそう記されておりました!」

「ローザ! その対処法は?

今の時代で、それを復活することはできるのか?」

「はい、調べたところ、それと同じ治療法が、今も教会に受け継がれているようです。

あの……

娼館で働く女性が……、その……、定期的に教会で身を清める儀式がありますよね?

あれは、 古(いにしえ) の疫病治療法が目的を変え、今に残っているものらしいのです」

「!!!」

確かに、気休め程度だろう、そう思っていたが、娼婦たちが定期的に教会で行う【お清め】は、娼館を起点として発生する感染症の流行を抑え込んでいる。

高級店ほどその頻度は高く、安全だ。

まことしやかにそんな噂もあるぐらいだった。

文明社会における感染症の治療は、抗生物質での対処が一般的だが、この世界にそれらは無い。

効果は格段に下がるが、野草でも天然の抗生物質と呼ばれるものは、日本にもあった。

それが聖魔法、またはそれに準ずる儀式と相まって作用すれば、これは行けるんじゃないか……?

【前回の歴史】でも兄を失った戦いの後、魔物が大発生し、エストール領でも各所に兵を派遣して、その対処に追われていた事をふと思い出した。

「ローザさん! それって凄い事ですよ。タクヒールさま、早速手配する必要があると思いますが?」

アンの言葉が出るまで、俺は茫然と前回の記憶をなぞっていた。

我に返った俺に、ローザは説明を続けた。

「ただ、問題もあるんです。

この儀式で飲む聖水の製法は、教会の秘匿事項として隠されています。儀式の内容もそうです。

そして聖水に使用する薬草は、今は教会でしか栽培されていないんです」

もしかして、あの畑か?

ローザの話を聞いて、俺には心当たりがあった。

グレース神父が、テイグーンの街で教会を作ったときに、真っ先に取り組んだ、畑でのある植物の栽培。

「では、薬草の確保は難しいということかな?」

「教会経由ではおそらく……、量も限られており門外不出らしいので。

ただ、その薬草は元々は魔境で自然に生えていたものです。

私も魔境での演習や討伐に参加した際、それに似た植物を見た記憶があります」

「それで充分だよ。急ぎ対応を進めることにしよう!

ローザ!

引き続きこの研究と文献の内容について、教会に対し、流行の可能性と警鐘を鳴らしてくれ。

アン!

申し訳ないが、急ぎ王都を立ってテイグーンへ、グレース神父に使いに走って欲しい。

文献にあった魔物の大発生は実際に起きている。この事実だけで利に聡い教会は、きっと動くはずだ」

こうして、疫病対策はひとつの、そして大きな転機を迎えた。

仮に発生しても、重症化しなければ、多くの命を救える。そして重症者にも光明が見えた。

これらの対策と、今まで行ってきた準備が連動すれば、何とかなるかもしれない。

光は見えた!

あとは時間との闘いだけだ。