軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

179話 覚醒

唐突に。されど必然的に始まった、『天使』との決戦。

これに負けるわけにはいかない。その確信のもと、エルメスは魔法を撃ち放つ。

「──『 魔弾の射手(ミストール・ティナ) 』!」

『天使』の操る第四創世魔法は、事象を操作する魔法。僅かでも起こりうる可能性があることならば全て実現できるという、まさしく神の領域に足を踏み入れた魔法。

故に、リスクの高い魔法は論外。どころか僅かなリスクのある魔法でさえも撃つことはできない。だからこそ、エルメスにとって最も安定する魔法である『 魔弾の射手(ミストール・ティナ) 』のみを使う。

同様。ローズは『 流星の玉座(フリズスキャルヴ) 』、ルキウスは『 無貌の御使(ルナド・サラカ) 』を用いた通常の剣技のみ。クロノは『 白夜の天命(アイン・ソフ・オウル) 』、ラプラスは通常の『 悪神の篝幕(ゴエティア) 』のみで『天使』に攻撃している。それで、少なくとも魔法を暴走させられる心配はなくなった。

だが──それはあくまで、スタートラインに過ぎず。

「では、まずあなたから」

なんてことないように、『天使』は呟き。エルメスに手を向けた。

「!」

彼女が行ったのは、自らに迫り来るエルメスの魔弾に軽く魔力を飛ばしただけ。

それが、あたかも蝶の羽ばたきが嵐を起こすように。蟻のひと噛みで城壁が崩れるように。凄まじい相互作用によってあっという間に魔力の乱れが魔法全体に伝播し。

完璧に都合よく(・・・・・・・) エルメスの魔弾を(・・・・・・・・) 全て潰し(・・・・) 、 どころか軌道の(・・・・・・・) 捻じ曲がった魔弾が(・・・・・・・・・) 逆にエルメスへと(・・・・・・・・) 襲いかかる(・・・・・) 。

「な、ん──!」

意味不明なものを見せられる。『理論上あり得なくはない』というだけの理不尽によって自らの魔法に手を噛まれたエルメスが、辛うじて追加の魔弾で相殺するも。

その次の瞬間には、『天使』が目の前にいた。

「まずは一つ。お仕置きです」

そのまま──『天使』が軽く手を振りかぶって、言葉通りエルメスを平手で叩く。

隕石の衝突と見紛うほどの衝撃が襲ってきた。

「ッッ!?」

軽い動作からは信じられない膂力と破壊力。あっという間に吹き飛ばされ、地下の壁に罅が入る勢いで叩きつけられる。

「エル!」「エルメス君!」

その隙を補うようにローズが光線を放ち、ルキウスが斬りかかるも。

「所詮、人の魔法ですね。大変可愛らしいです」

何も受ける必要はなく。『天使』はその場に立っているだけ。

それなのに直撃した光線は一切の痛痒を与えず、ルキウスの剣閃ですらあり得ない硬い音と共に『天使』の表面で弾かれる。

「っ、マジかよ」「これは──っ」

ローズが舌打ちし、ルキウスが困惑と苦悶の声を上げる。

『天使』の、更に厄介なところがこれだ。

ただでさえ第四創世魔法による、事象が全て『天使』有利に働くという後押しがあるのに加えて。『天使』本体の基本性能も理不尽なまでに高い。

魔力は膨大、強度は最大、身体能力も異次元。エルメスたちの魔法は何が直撃しても全く削れず、ルキウスの『魔法を斬る』異能も意に介さない。

……先日の、覚醒したカルマを相手取っているレベルの絶対的な差を感じさせる。さもありなん、彼女も人間ではないのだ。存在の格としてはおそらくあれと同格かそれ以上だろう。

肉体がリリアーナであるがための遠慮など、このため早々に消し飛んだ。リリアーナを一発で殺してしまわないだけの全力全開でぶつかっているのに、全ていいようにあしらわれてしまっている。

「ク、ッソが──!」

「ぐぅっ」

続けて狙われたのは、ラプラスとクロノ。

エルメスの時と同様、魔力波だけで魔法を崩されて。そのわずかな隙で接近を許し、エルメスの時以上の容赦ない打撃で吹き飛ばされた。

「っ!」

これ以上数が減るのは絶対にまずい。その一心で必死にエルメスは立ち上がり、どうにか次の狙いをつけられる前に戦線に復帰する。

……だが、復帰したとてジリ貧だ。こちらから有効打を与える手段はなく、逆に向こうの攻撃は気を抜けば全て致命傷。しかも万能ではないとはいえ、この場の事象全てが『天使』有利に働くというおまけとは到底呼べないレベルの規格外のサポート付き。

先刻ローズが言った通り、顕現していられる限界時間はあるのだろう。そうでなければ普段から現界していない意味がない。

けれどそれは一体何分だ? 魔力を削れば良いという話だが果たして削れているのか? 自分たちの力が尽きるより先に現実的に削り切れる範囲なのか?

……分からない。何もかもが不明で唐突。今までの中で最大の、次元が違う相手。果たして勝ち目があるのかどうかすらも分からない。

けれど、引くわけにはいかない。屈するわけにはいかない。

確かに彼女はクロノたちを倒すのに十分な存在なのだろう。彼女に任せれば、たちどころに容易く悪を滅してくれるのだろう。

でも──やっぱり、それは。そんな決着は、絶対に、違うと思うのだ。

故に、その想いを確かに胸に抱いて。エルメスは再び、勝ちの目が見えない戦いに引き続き身を投じる。

……そんな、彼らの様子を。

叩きつけられた壁の中から、ラプラスは見ていた。

(……あー……痛って)

エルメスの時と違い、あの『天使』はラプラス達を滅すべき敵として定めている。なので攻撃にも容赦はなく、体に残る衝撃で数十秒は戦線に復帰できそうにない。

故に、ラプラスは回復に専念しつつ──周囲に目を向ける。

眼前では、エルメスたちが戦っている。あの突然現れた意味不明の化け物にも、怯むことなく戦っている。

その横に目を向けると、離れたところから見ている人がいる。既に魔力も尽きて戦闘に参加できないカティアとアルバート。更にその隣のニィナは、自分が守っていたリリアーナの豹変に顔を蒼白にしていた。

察するにここにリリアーナを連れてきたのは彼女で、その責任を感じているのだろうか。……だとすればそれはお門違いだろう。

間違いなくあいつは、ニィナが連れてこようとこまいとどうにかしてリリアーナを無意識レベルで操ってここまで誘導した。それができるレベルの怪物なのは、対峙したラプラスが一番よく分かる。

(……どーすっかね……)

続けてラプラスは考える……が、結論は見えている。

どうしようもない。あんなのが出てくるなんて完全に想定外。魔力も計り知れないほど高く、それに見合うだけの膂力も持ち、おまけにクロノと同じく創世魔法持ち。

ローズ曰く顕現時間に限界はあるようだが、なんとなく分かる。それを迎えるまで耐えられるほどの余力も今の自分たちにない、と。

結論、詰み。ここからどう足掻こうが勝ち目はなく、この国は最後に掻っ攫った『天使』とやらの思い通りになるのだろう。

それを、防ぐ術はない。

「…………」

ラプラスは元々、感情が希薄で全てに対して冷めやすいタイプだ。

だから、もう駄目だと言われても『そっか』程度の認識しか持てない。平時であれば多少の感情も湧いただろうが、ここまで準備しての最終段階、最後の最後、もう全部を振り絞った末でのこの結末であるのなら、もう抗う気も湧かない。

そういうタイプの人間だと、ラプラスは自分自身でよく分かっていた。

「………………」

……はず、なのに。

今も抗う彼らを見ていると、それを祈るように見つめている彼女らを見ると、何故か。

とうに冷め切ったはずの心の奥底に、何かがまだ残っているのを、感じて。

それを疑問に思っていたところで、横合いから声がかけられた。

「……済まなかったね、ラプラス」

見ると、同じく横に倒れ伏したクロノが、申し訳なさそうに声をかけてきていた。

「完全に私のミスだ。創世魔法を狙う『天使』……存在だけは知っていたが、ここまで執拗に嗅ぎつけてくるのは計算外だった。安易に出力を上げるべきではなかったようだ」

「だとしても、あそこで無理しなきゃどっちにせよ九一くらいで負けてただろ。ボスは悪くねぇよ、あんなんが来るなんて誰も読めるわけがない」

「……そうだね。どちらにせよ、勝ち目はほぼなかったというわけか」

クロノもそれを認めつつ──けれど、続けて。

「でも……どうしたんだい、ラプラス?」

「あ?」

心底不思議そうに、こんなことを、告げてきた。

「君はまだ、 諦めていない(・・・・・・) 目をしているよ(・・・・・・・) 」

「…………は?」

「意外、だね。今までの私の知る君なら、もう見切りをつけてもおかしくないと思っていたのだけれど」

そう。ラプラスもそう思っていた。

自分はあらゆることに興味が希薄な人間で、そんな自分が唯一共感できたのがクロノの抱く憎悪、国に対する破壊の意思。

だから付き合っていたけれど……それでも、ふとした瞬間にそれすら忘れてしまいそうなほど儚いもので。クロノもそれを承知の上でラプラスを側近にしていた。

だから、こうして勝ちの目がなくなれば。やれるだけのことをやってそれでも駄目なら、『ああそっか』で消えて行くだけの存在だと。

思って、いたのに。

なんだろう。この、とうに虚になったと思っていた胸の内に残るものは。

「……聞かせてくれるかい」

それを知ってか。クロノが、続けてこう声をかけてきた。

「多分それは、君の本当の想いだ。何もかもが失われようとしている今だからこそ、残っているそれが君にとっての本物だ」

「……」

「組織の上下関係でも、共犯者でもなく。ただの友人として、私はそれを聞きたいよ」

その声に促されるように、ラプラスは慣れないながら自分の心の内を探って。

……そうか、というある種の確信と共に、語り始める。

「……俺はさ。本当に空っぽだった。望まれた生まれでもなく、生まれた瞬間から周りには悪意しかなく。そんな環境だからやりたいことも一切見つからず、とりあえずで親父に復讐してみても欠片も心が動かねぇ。そんな奴だった」

「うん。知っているよ」

「それでも唯一、あんたと出会って。あんたの慟哭を聞いた時は心が動いた気がした。だから協力した、あんたといれば多少は人間らしいことができると思ったから」

「ああ」

「でも……やっぱり。その時動いた気がした心もそれ以降はとんと音沙汰がねぇ。やっぱ俺はそういう奴なんだって分かった。他にやることもないし、とりあえず義理で協力だけはするけど、あんたの言う通り成否は割とどうでも良くて」

「……」

「それっぽい奴のフリをするのも限界が見えてて。あんたの変革の結果がどうなろうと、俺は一生こういう奴のままくたばってくと思った。だから……言う通り、失敗しそうになった今でもそんなもんかって思うだけかと……」

そこで、ラプラスは。

ふっと、苦笑をこぼし。

「……思って、たんだけどなぁ……」

そこから、彼は語る。

ここに至ってようやく気づいた……その特殊な出生故に気づけなかった、彼の想い。

「なんてこたぁねぇ。どうやら気づいてなかっただけらしい。……俺は、俺はさ。あんたに付き合うのも、組織の一員としてこの国をぶち壊すのも。

……それを、邪魔する奴らが出てくるのも。俺と同じ空っぽで、でも俺とは真逆の善性を見て動いてるやつとバチバチにやり合うのも。今日までの戦いも、全部」

それを、端的に、一言で。

「──楽しかったんだ。本当は、ずっと」

本当に、なんということはない。気づかなかっただけだったのだ。

ずっと、心は踊っていた。クロノと出会って以降、心が動かなかったのではない。ずっと動いていたのだ、ずっと動いていて、それが当たり前になっているが故に気づけなかっただけだ。

とうの昔から、今この瞬間まで、自分は。

……ちゃんと、人間らしく、自分の道を進めていたのだ。

「真っ当とは言えなくても。破滅に向かう道でしかなくても。

それでも……ちゃんと俺は、生きることが出来ていたんだ」

なぜ、それに今気付いたのか。

決まっている。それを邪魔しようとする奴がいるからだ。自分たちの道行きも想いも、真っ直ぐ向き合うことなく対等に対立することもなく、ただただ上位者の傲慢で持ってなかったことにしようとする奴が。

想いを、踏み躙る存在が。許せない奴が、今いるからだ。

それを、自覚した瞬間。

ラプラスの、人生においてやるべきことが。そしてやりたい『願い』が定まった。

「……悪ぃ、ボス」

故に、ラプラスは告げる。これまで自分と共に居た存在に、残酷な言葉を。

「あんたの計画は、あんたの願いは。今この瞬間失敗が確定した。

それ以上に、今俺がやりたいことが出来ちまったから。やったら『俺たち』の勝ちの目が完全になくなることを、思いついちまった。だから──」

「構わないよ」

けれど、クロノの返答は迷いなく。

「もとより、この状況になった時点でほぼ詰んでいたんだ。それが君の手でゼロになってしまうのならば、文句はないさ。それに……」

続けて……彼は、笑って。今までの読めない微笑とは違う、心からの笑みを見せて。

「友達が、ようやく自分の望みを見つけて歩き出そうとしているんだ。

なら、笑って見送ってあげたいじゃないか」

「……はっ」

それに、釣られてラプラスも笑う。

「そんじゃ、遠慮なく行ってくるわ」

「ああ、見せて欲しい、ラプラス。私の知る限り、最も魔法の才に恵まれた君の輝きを」

その言葉に見送られ。ようやく回復したラプラスは、脅威に向けて歩き出す。

──生まれて初めての。心からの『願い』を、その内に宿して。