軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

178話 第四

「悪しき、魔法……?」

「? そうですよ?」

全ての悪しき血統魔法を滅ぼす。

そのことを、何の疑いもない笑顔で言ってのける『天使』。

エルメスの疑問の声にも、そもそも何が疑問なのか分からない、とでもいいたげに。

「あなたもそうだったでしょう? 本来は善き血統魔法しか使えなかったところに、この国の闇を見せられて。悪しき血統魔法を使えてしまい、それをひどく気に病んでいた」

「っ、それ、は」

「大丈夫ですよ。……私は、血統魔法自体を悪とは思っていないのです」

顔を歪めるエルメスに、『天使』は諭すように。

「人とて、魔法を使いたくなることはあるでしょう。創世魔法を簒奪した実行犯たちはともかくとして、それを模倣しただけの人間たちには、そしてその子孫であるだけのあなたたちには罪はありません」

「……」

「空を飛びたいことも、より良い暮らしを求めることも。悪ではありません、故にその思いから生まれた血統魔法も、私は赦しましょう。神もそれは赦されたはずです」

けれど、と言葉を区切って。

「──受け入れないのは、悪しき想いのみ」

静かに、神々しく、語り続ける。

「だって、それはかつての神代にはなかったもの。不相応な力を得てしまったが故に膨れ上がってしまった人の悪しき想い。

それは、絶やさねばなりません。それを許した結果が、今の王都の惨状です。これほどの怨霊が生まれる国になったのも、破壊の限りを尽くすものが現れ出したのも、全ては人の悪しき想いから。悪しき想いに力を与えるような、魔法が存在するから」

本当に、自分たちの理念を疑わず。

「だから、これからは私たちがきちんと管理します」

恐ろしいくらいの信条とともに、『天使』は言う。

「善き血統魔法は受け入れ、人の発展と神代の存続のために。悪しき血統魔法は力をつけさせず、担い手も例外なく滅し。そうして、かつてのような痛みも苦しみもない、理想の王国を再度作り上げましょう!」

……ああ、それは。

まさしく、教会で。資料で見た内容と、なんら相違なく。

「……だから、悪しき魔法は全て滅ぼすと」

「はい!」

「使い手も、例外なく?」

「その通りです! 血に馴染んでしまった時点で手遅れなので!」

「その人たちの想いは、何もかも無視して?」

「もちろんです! 考慮する必要などありません! ……ああ、優しさから罪悪感があるのですね、消してしまうのに。であれば、それも心配ありませんよ」

笑う。『天使』は笑う。

本当に、罪悪感も一切なく。まさしく『善い』ものだけを見ている表情で。

「創世魔法を駆使すれば、その罪悪感も全て消せます。どころか悪しき魔法は存在ごと、全ての記憶ごと抹消することだって叶うのです。

だから、何も憂う必要はありません。あなたたち善き人々を苦しめる悪しき魔法は全て、何もかも、存在の痕跡ひとつ残らず!」

高らかに、言い切った。

「全部全部──なかったことにしてしまいましょう!」

……そうか、と納得した。

彼女らは──『天使』は、そういう存在なのだ。

神代において、神様の魔法を一部であれ任されていた存在。完全に人類とは、一つ上にいるが故に。ただただ純粋に人を管理し、支配し。善きものだけを残すことに存在価値を見出す。ただ、そういう存在。

(……はは)

ああ。

何という、皮肉だ。

改めて、見せつけられた。未熟で未発達だったかつての自分。善い想いから生まれた魔法だけを使えて、無自覚にそれ以外を切り捨てていた過去の自分。

その事実を踏まえて、今の『天使』の言葉を聞いて。

本当に皮肉にも、この上なく明確に、理解させられてしまった。

──自分は、 こんなもの(・・・・・) に成り果てようとしていたのかと。

「さぁ!」

『天使』が、手を伸ばす。

故に。エルメスの返答は、迷うわけもなく。

「──お断りします」

真っ向から。否定の言葉を叩きつけた。

「…………? なぜ……ですか?」

エルメスの否定の言葉に。

眼前の『天使』は、首を傾げる。本当にまるで理解ができないと言った風に。

そんな「彼女」に対し、エルメスも言葉を続ける。

「違う、と思うのです。

確かに、僕たちは彼らと戦っていました。相容れない想いを持っているがために、真っ向から対立して想いを通せるかの戦いをしていました。……存続することを善、破滅することを悪と言うのなら、確かに彼らの想いは悪なのでしょう」

エルメス自身も整理しきれていないが、それでも。王都を出てからこれまでに学んだことを、丁寧に言葉にして。

「……それでも。悪だからと言って、全てをあってはならないこととして否定するのは。何もかもなかったことにするのは、違うと思うのです。無視するのではなく、排除するのではなく。戦わなければ、向き合わなければならないものだと。そう思うのです……!」

その言葉を。

周囲の人間は──ローズはもちろん、ラプラスやクロノでさえも。驚きの表情で聞いていた。それは、何か響いたところがあるために他ならず。

……けれど。

「……そうですか」

『天使』には。

彼女には、初めから人ならざるものがゆえに。

「どうやらあなたも少々、悪しき想いに毒されてしまっているようです。では──それもまとめて、矯正する必要があるようですね」

「っ!」

そう宣言すると。

あまりにも自然に、魔力を更に解放する。問答無用であると、即座に分かる。隠す気もない戦闘態勢。

話し合いは無駄だとすぐに理解してしまう。故に、エルメスも魔力を高める。

相手は『天使』。ローズが警戒するほどの相手。恐らくはこの王国の、血統魔法についての価値観に一役を買っている存在。ある意味で……この存在も、王国の底にある化け物の一人。

けれど、怯んでもいられない。幸い最後の激突前だったがために余力はまだ残っている。加えてここには最強格の魔法使いが一堂に会している。

であれば、勝ち目はあるはず。そう信じて、その可能性に賭けて。

「術式再演──『 火天審判(アフラ・マズダ) 』!」

まずは威力偵察だ、自分が先陣を切る。

エルメスがその考えのもと、現状即座に放てる最大火力攻撃である『 火天審判(アフラ・マズダ) 』を起動──

── できなかった(・・・・・・) 。

「え? ──ッ!?」

無効化された、訳ではない。

どころか、『天使』が何かをしたようにすら見えない。だって、起動できなかった理由は。

「ッ、ぁ──!」

エルメスの中で魔力が荒れ狂う。間違った方向に励起した魔法の術式が、暴走という形となってエルメスに牙を剥く。

(これ、は──!?)

いや、起こった現象自体は理解できる。

魔法の制御失敗だ。そもそも繊細な操作を必要とされる創成魔法を使った魔法の起動。僅かでも制御を誤ればこうなることは必定、エルメスとて修業時代は何度かこうなりかけた。

でも……でも。

ただそれだけでは片付けられない事情が、そこには内包されている。

だって、今起こった内容を端的に改めて言葉にしよう。

── エルメスが(・・・・・) 魔法の制御を誤る(・・・・・・・・) 。

彼を知る者であるほど、これがどれほどありえないことか分かるだろう。

(っ、まただ……『天使』様が現れてから感じている、この嫌な感覚。一体何が──!)

何かをズラされているような奇妙な感覚を、改めて覚えるエルメスを他所に。

「おい──そいつにばっか構ってんじゃねぇぞ、クソ天使様よぉ!」

彼女が確かに敵であること、臨戦態勢に入ったことを確認したのだろう。

今度は、それまで見に徹していたラプラスが仕掛けた。創世魔法で強化された拒絶領域の中こそ発揮できる身体能力でもって、まずは『天使』を一息で消し去るために拒絶の力をぶつけようとして──

「ッ!」

「が──!?」

──崩れ落ちた。

これも、『天使』が何かをした訳ではない。

けれど、襲いかかった瞬間。 何故か都合よく(・・・・・・・) 、ラプラス──そしてクロノまでもが苦悶の声を上げてその場に膝をつく。

起こった現象は、これも明確だ。何せ今エルメスに起こったことと同じ……魔法の暴走。クロノの操っている創世魔法が制御を外れ、その反動がラプラスに襲いかかった。

そうだ、起こっていることは理解できる。

けれど……タイミングがあまりにおかしい。『天使』に攻撃を仕掛けた瞬間、本当にこちらに都合の悪すぎるタイミングで都合の悪いことが起こっている。

何だ。これは一体──

「分からないと思うので、皆様に教えて差し上げます」

そんなエルメスたちを見て。

奇しくも、勝手に己に跪いたかのように見えるエルメスたち三人を見下ろして、にこやかに『天使』は告げる。

「先ほど、私が起動した第四創世魔法」

「!」

「『 ◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎(アルス・トロギア) 』は、『事象』を司る創世魔法です」

そうだ、創世魔法。

あの『天使』が先ほど起動していた──これもどうしてか意識の外に追いやられてしまっていたことについて、彼女は解説する。

「『事象』とは文字通り、この場で起こること全て。創世魔法を起動した私は、既にこの場の事象全てを掌握しています。……もう少し分かりやすく言いますとね?」

「──」

「 起こること全てが(・・・・・・・・) 思い通りになるのです(・・・・・・・・・・) 。たとえそれがどれほど小さい可能性であろうとも、本来ならば無視できるほど小さな確率の話であっても。私はその可能性を拾い上げ、その結果に導くことができます」

言っている、意味が、分からない。

いや、本当は分かる。けれどあまりに荒唐無稽すぎて、さしものエルメスも即座に理解を受け入れることができない。

そんな彼にとどめを刺すように、『天使』は。

「──僅かでも起こりうることならば、全て思うままに実現できる。

それが『事象』を司るということ。『 第四(トロギア) 』の真の効果です」

それは、本当に、言っている通りなのならば。

まさしく、神の魔法と呼ぶに相応しいもので。

「大司教ヨハンの一件は覚えていますね? 彼はこの創世魔法の欠片である 古代魔道具(アーティファクト) :スカルドロギアを用いて愚かにも悪意で国を支配しようとしました。

けれど、彼は片割れである創世魔法を内に持たぬ身。だからこそ、魔道具を用いたところで未来予知『程度』の効果しか発揮できませんでした」

けれど。この『天使』ならば。

「私が回収し、真の力を発揮した第四創世魔法であれば。その効果は未来予知などには収まりません。──未来を思い通りに創造できるのです」

違和感の、正体が、分かった。

これだ。第四創世魔法の効果だったのだ。既に自分たちはずっとその術中にいて、自分たちにとって最も不都合な未来へと気付かぬうちに誘導させられていたのだ。

エルメスの魔法の暴走も、クロノの制御解除も。本来なら起こりえない──いや、より正確に言うならば九分九厘起こらない事象。

けれど、『 ◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎(アルス・トロギア) 』はその残る一厘を強制的に現実にする。しかも術者の思うタイミングで、思うがままに。

「以上を踏まえて。改めて、問いますね」

その規格外、と呼ぶのすら生温いほどの効果を存分に知らしめた上で。

あまりにも美しい笑顔で、『天使』は問いかける。

「──人の子らよ。どうやって、私を打倒するつもりなのですか?」

そんな。そんなことが、できるなど。

理解の外に踏み出しかねない彼女の言葉に、絶望に支配されかけ──

「──『 流星の玉座(フリズスキャルヴ) 』」

そんな、エルメスたちの絶望ごと。

一条の光線が、全てを切り裂いて襲いかかった。

「!」

直撃。

けれど煙が晴れた先に現るは、無傷の『天使』。されど……それを意に介さないように、光線を放った美女。

空の魔女、ローズは更に上から天使を睥睨し。

「はは、随分とハッタリが上手いじゃないか神の遣い。その自称はひょっとして 詐欺(ペテン) 師と掛けてんのか? 思った以上にユーモアセンスがあるんだな」

「……『 第一(ノヴァ) 』の器」

「ローズだ覚えとけ。そんでエル、あとついでにクロノとラプラス。騙されるな、こいつの第四は今はまだそこまで万能じゃない」

ローズであるが故に知る知識を、加えてここまで徹していた観察から理解したことを伝える。分析は、彼女の得意技でもあるがために。

「見ての通り、あたしの『 流星の玉座(フリズスキャルヴ) 』は奴に当たる。何故ならこいつは失敗しようがない魔法だから。それくらいに練度を上げた魔法だからだ。

厳密には本当に僅かな確率は存在するんだろうが、あまりに小さすぎる可能性は奴でも拾いきれない。精々が一を百にする程度。それ以下……百分の一を百にはできない」

「──っ」

「あとは、ご高説に敬意を表して質問だ先生」

そうしてローズは、致命的に踏み込むように。

まさしく魔女らしい笑みと共に、核心を問いかける。

「── お前はあと何分(・・・・・・・) 顕現していられる(・・・・・・・・) ?」

「!!」

「はっ、表情で分かってちゃ世話ないな! 見たろエル、奴は無敵じゃない、それに加えて限界時間もある! 倒すのは不可能だが、そこまで削って追い返せ!」

続けて、ラプラスとクロノ──主にクロノの方に目を向けて。

「次にクロノ! お前は絶対そいつには捕まるな!」

「っ!」

「 今はまだ(・・・・) 万能じゃない、って言ったろ! そいつの持っているのがまだ『第四』だけだからこの程度の効果で済んでいる! だがっ」

「そうか──っ、私の持つ『第六』まで取られては──」

合わせてエルメスも思い至る。

そうだ。第四創世魔法は事象を司り、自分の思い通りの未来を導く力。

現状それは制限があるらしい。効果範囲が限られていたり、あまりに確率の低すぎる未来までは持って来れなかったりと言った。

だが、そう。──それと第六を組み合わせたら?

限界こそあるが未来を思い通りにできる『事象』の第四創世魔法と、あらゆる魔法の限界を取り去る『力』の第六創世魔法が合わさってしまったら。

端的に──世界の全てがあの『天使』の思い通りになってしまう、ということ。

……創世魔法。

七つの、始まりの魔法。 七つ揃えば(・・・・・) 世界を創れる魔法(・・・・・・・・) 。

それが、誇張でもなんでもないのだと。改めて理解させられる。

そして、そんな未来は。断固として阻止しなければならない。

「決戦は一旦中止だ、対立は忘れろ! こいつは私たち『人間』が打倒しなきゃいけない奴だ! 全員で、確実に成功する攻撃を続けろ! そんで顕現限界まで魔力を削って、奴を世界の狭間に追い返すんだ!」

そのローズの言葉で、全員がやるべきことを理解する。

敵は、『天使』。神代の忘れ物。王国の始まりから巣食う、創世魔法を貪欲に求める存在。ついに現れた、この国の底の底に存在する、底なしの善の化け物。

彼女は、全ての悪しき魔法を滅しようとしている。その使い手ごと、その想いを全て無視して、何もかもなかったことにしようとしている。

……それは、だめだと思った。

上手く言葉にできないし、昔はどうだったかも分からないが……今のエルメスは、それが良くないことだと感じている。

きっと、自分以外もそうだと思った。だから、迷いはなく。

「……仕方ありませんね」

そんな彼らの戦意を感じたか。

『天使』は、多くのことを暴かれながらもなお優雅に、底知れない雰囲気を湛えて。

「お望み通り、少し戯れるとしましょう。

人の子らよ、ご安心を。……間もなくして、あなたたちは天使の力を知るでしょう」

そんな口上に合わせて。

正真正銘、この国の未来を決める戦いが、始まった。