軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

177話 『天使』

教会、という組織を覚えているだろうか。

ユースティア王国、唯一にして最大の宗教組織。

成立は古い。王国の創成とほとんど変わらない時期からその歴史は始まっているとされ、長い年月で積み重ねてきた権力は極めて大きい。

第二王女ライラや、教皇オルテシア。そしてヨハンを始めとした大司教たちが所属する組織であり、王家でさえも無視できない権力を持っていた存在。

教皇オルテシアの裏切りに加え、エルメスたちが大司教を討伐したことで実質的に瓦解した。

それと同時に、到底それどころではない事態が起きたためにこれもエルメスたちからはほとんど忘れ去られていたが……

血統魔法の選別や、リリアーナに対する言及。『巫女』についてなど、実は未だ真相の分からない様々な謎を残しており。

何より。最も重要な、最大の『謎』が。この教会について残っている。それは。

教会という組織は── 誰が(・・) 、 何のために(・・・・・) 、 どうやって作り上げた(・・・・・・・・・・) ?

「第四創世魔法──『 ◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎(アルス・トロギア) 』」

……俄には。

信じられない、魔法の銘を聞いた。

「第、四……?」

クロノが言っていたものは、第六創世魔法のはず。

それとは別? いやそもそも、何故その魔法を使える?

目の前のリリアーナの姿をした存在は、一体、何だ?

疑問に頭が支配されるエルメスに対して、リリアーナの顔をした何者かは振り向いて。

「──少し、お話をしましょうか」

不思議で、どこか不気味な抑揚を宿した声で、そう告げてきた。

……否は、ない。エルメスとしても知りたいことがありすぎるほどあるし……何より。

「っ」「くそ……」「っ、おい」「……」

周りの人間も。

ローズも、ルキウスも。そしてラプラスもクロノでさえも、動けなかった。

何故なら──『彼女』の、リリアーナの姿をした存在が放つもの。

絶大な魔力。信じられない威圧。到底創世魔法を起動したからという理由だけでは説明できない、同条件であるはずのクロノが霞んでしまうほどの、存在の圧。

── 逆らうことは(・・・・・・) 絶対に許されない(・・・・・・・・) 。

そう、理屈も感情も超越して思わされてしまうような。まさしく神威とも呼べるような得体の知れないものを発する『彼女』が、話をしようと言ったのなら。

それに、従わざるを得ない。この場の全員が、結果的にそうなってしまっていた。

「……っ」

とは言え、黙りこくっているわけには当然いかない。

異様に乾き始める口元を何とか動かして、エルメスが言葉を発する。

「では、まず改めて。……あなたは、誰……

……いいえ。失礼な問いかもしれませんが──『何』、ですか?」

「素晴らしい。人ではないことは察しているのですね」

目の前の存在は微笑んで、多少の無礼など気にしないような超越的な笑みで答える。

「お察しの通り。私は……そうですね、はっきりとした言語化は難しいのですが……」

「……」

「まず、この世界にはそれを創った神が存在することは知っていますか?」

「……はい。魔法を研究すれば、そういう存在がいらっしゃることは」

「善いですね。時代が巡るにつれて、忘れられてしまうものと思っていましたが。魔法を識ることでそこに辿り着ける者が居ることは大変喜ばしいことです」

この存在は、どうしてかエルメスに対しては好意的だ。それが好都合なのかどうかはまだ不明だが、少なくとも話をする上では有効だろう。

そう判断し、エルメスは緊張しつつ耳を傾ける。

「私は、その神そのものではありませんが。あなたたちと同じく神に創られ、けれどあなたたち人間とは少し違う肉体と、それに見合うだけの特別な役割を与えられた存在」

「……」

「そうですね。あなたたちの言葉で当てはめるなら、『天使』と呼ぶのが最も近いかと」

……眼前の存在。仮称『天使』に、続けてエルメスは問う。

「……その、『役割』とは?」

「──回収です。魔法の、回収」

そして、『天使』は。こう、告げた。

「ユースティアの祖。あなたたちの祖先にあたる人間が。

── 我らの神から(・・・・・・) 簒奪した創世魔法(・・・・・・・・) の回収です」

……何かが。

繋がっていく、感覚がする。

「簒、奪……?」

「はい。……ええ、順を追って説明しましょう。まずはこの国の成り立ちと、『魔法』の成り立ちについて」

この『天使』の意図は未だ不透明。だからこそ、まずは情報を引き出す。

向こうが語ってくれるのならば、それを止める意味はない。何より──この『天使』は、恐らく最も重要な情報を持っている。だとすれば尚更だ。

「遥か遠い過去。あなたたち人間は『魔法』を持っていませんでした。我らが神が振るう魔法と、その一部を与えられた私たちによる加護で健やかに生活していたのです」

「……」

「……けれど、一部の人間はそれでは満足しませんでした。神や、私たちが振るうものを自分たちも同様に振るってみたい。自在に炎を操りたい、効率よく獲物を狩る術を知りたい、空を飛んでみたい、自由に何かを作り上げたい」

それは、覚えのある想いや願い。魔法の、元になったもの。

「そう願い、けれど人の力だけでは到底そのような真似は叶いません。だからこそ彼らが目をつけたのが……」

「神様や、あなたたちのような存在が振るう魔法だと?」

「はい。故に、彼らは『奪った』のです。狡猾に言葉巧みに我らが神を騙し、その権能たる七つの魔法、世界を作り管理するための魔法を、自らの手に」

それが、創世魔法。

世界を作った、七つの魔法の大元。

「けれど……言うまでもなく、それは『神のための魔法』です。人の身で扱えるものでは到底ありませんでした。故に、それを知った人間たちは二つの道に分かれました」

「二つ……」

「はい。一つは、それでも何とか創世の魔法を扱おうと画策する強欲な者たち。神の魔法を奪った主犯たちがその中心ですね。結果として生まれたのが……」

自らの肉体だけではない外付けの魔法補助装置。例の 古代魔道具(アーティファクト) たちであり、魔道具の原型になったものというわけか。

「そしてもう一つのアプローチは……神の魔法は扱うことなど不可能と諦め、『人のための魔法』を作ろうとした者たちです。神の魔法を読み取り、その理解できたほんの一部を自分たちの手で再現しようとする試み。結果できたのが──」

そこまで言われれば、もう分かる。

「今、僕たちが扱っている。血統魔法の原型、ですか」

「その通りです。人の魔法はそうやって生まれ……それが血統に受け継がれるようになった経緯については、もうあなたたちもご存知でしょう」

『魔法』が生まれた経緯については理解した。

初めて聞く情報だったものの、ある程度推測もついていたことだったので、そこまでは然程驚きもない。故に、次だ。

「『簒奪』の過程については分かりました。……ではあなた──『天使』様が、それを取り戻そうとする理由は? 知っている情報からすると、相当にご執心のようですが」

合わせて思い出すのは、これもローズの話。

秘匿聖堂での一件ののち、創世魔法について言及した際に出てきた言葉。

『言えない』

『聞かれている可能性がある。何処に、どうやって潜んでいるかも分からない存在に』

『普段は無害だ。だって奴らの目的はその魔法にしかないからな。だが一度それを聞きつければ、地の果てまでその魔法を奪いにやってくる』

彼女の話と、創世魔法の回収が目的と語る眼前の『天使』の話を総合するに、これがローズの警戒していた存在で間違いないだろう。

であれば、そこまで創世魔法に執着する理由を聞かねばならない。

そんなエルメスの問いに対し、『天使』は神妙に。

「……あなたたちの祖先が創世魔法を神から奪ったのち」

こう、語り始めた。

「私たちにとっては驚くべきことに、『神』は大した抵抗をなさいませんでした。奪われた後も、奪い返すことはしなかった。その程度の力は残っていたはずなのに。

どころか……それ以降、誰にも何も告げずにお隠れになった」

「……」

「私たちは困惑しました。なぜ神は簒奪を許したのかと。その後も何もしなかったの何故かと。考えて考えて……そして、答えを得たのです」

静かな笑みと共に、胸に手を当てて。

「神は── この世界を委ねた(・・・・・・・・) のだと。神がいなくなった以上、それに次ぐ存在である私たちに、この世界を託したのだと」

「──」

「神の御心を理解した私たちは、行動を開始しました。まずはあの魔法、人が持って良いものではない創世魔法を神に代わって我々の手に取り戻すために」

そこから語るのは、この国の根幹。多くの人間が知らなかった、神話から歴史への変遷。その裏にあった、人ならざるものの暗躍。

「早急にどうにかしなければならなかったのは、私たち自身について。私たち『天使』は人間のあなたたちと違って肉体を持ちません。神の扱う魔法の一部のようなものです。故に、術者が居なくなった以上遠からず消える運命にありました」

「……それを、どう覆したのです?」

「その答えは、目の前にあるでしょう?」

『天使』は、リリアーナの顔でにこりと微笑んで。

「『憑依』するのです。人の肉体を依代にすることで、私たちは現世に存在し続ける術を取得しました。普段は魔力を抑えるため休眠状態に移行し、必要な時にのみ顕現することでこの世界にあり続けることができたのです」

「……」

「とは言え、いくつか問題もありました。まずは、常に顕現しているわけにはいかない以上それ以外の時間は何もできない。代わりが必要でした、私たちに変わって回収の準備を整えてくれる代行者たちが。

……もう分かりますね? そのために作ったのが、『教会』です」

繋がっていく。

これまで断片的だった情報が、一つの形を持って。

「私たちが居ない際も、私たちの悲願のために動いてくださる神の僕たち。その集まりが教会であり、最大目的は二つ。創世魔法回収のための情報収集と、依代の選定です」

「選定?」

「はい。……困ったことに、人であれば誰でも憑依できるというわけではなかったのです」

本当にそこには困っていた、という風に天使は語る。

恐ろしいほどに人間らしく、けれど罪悪感はなく不気味に。

「主に二つの条件が必要でした。まずは、比較的親和性の高い肉体を持つこと。これは、当時のユースティア王家の血筋がそうだったため問題がなかったのですが。……問題は二つ目の条件── 血統魔法を(・・・・・) 持っていない(・・・・・・) ことです」

「……何故、そこで血統魔法が?」

「そうですね……『容量』の話とでも言いましょうか。我々が人に憑依するために必要な部分の容量に入る形で、血統魔法が入っているのですよ」

……辻褄は合っている、と感覚的に理解した。

そもそも血統魔法も、人の体に魔法を入れる行為だ。話を聞く限り『天使』も魔法のような存在である以上、『入るところがかち合う』というのは理解できる。

同時に、あの時秘匿聖堂で見た情報にも繋がる。

本来この王国は血統魔法を持たない存在をひどく差別していた。なのに王家の人間だけその評価が逆転するどころか、『王よりも丁重に扱うべし』とまで言われていた理由。

それが、これだ。教会の創始者である『天使』の依代として必要だったのだ。

……故にこそ、『巫女』と呼ばれていたのだ。

「……なるほど。大凡のところは、分かりました」

「はい。そうして、教会はでき。今日まで存続し……いよいよ準備は整い、今日この時、私が顕現することに成功しました」

そう言って、天使は周囲を──エルメス以外にもいる、周囲の魔法使いたちを見渡し。

「そうした甲斐は、あったようです。──ああ、素晴らしい!」

本当に喜ばしそうに、恍惚としたようにすら見える表情で、告げる。

「今ここに、多くの創世魔法の欠片が集っている! 完全なる『 第六(マグナ) 』をはじめとして、完成した『 第一(ノヴァ) 』の器、未完成ながら『 第二(パウリナ) 』の器。更に──今ここにはないようですが最近……ほんの昨日まで『 第三(カルマ) 』の気配があったことも感じられます!」

「……っ」

「加えて、私が唯一回収できていた『 第四(トロギア) 』を合わせれば……ここに、七つの創世魔法のうち五つの手がかりがある! 素晴らしい、ここまで待ったことが報われました!」

そのまま『天使』は、明るい未来を語るように。

「五つの創世魔法を回収できれば、その力をもって残り二つを回収するのもすぐでしょう。在るべき神代は、取り戻すべき世界は、すぐそこまで来ています!」

そこまで言い切ってから──改めて、エルメスに目を向け告げる。

「ここまでの成果を得られたのも……あなたのおかげです。血統魔法を持たぬ少年、エルメス」

「え……?」

「憑依した時点で、この体の持ち主からある程度の記憶は共有しました。……よくぞ、この子をここまで連れてきてくれました」

続けてエルメスに、とてもとても慈愛に満ちた笑顔を向ける。

「あなたを中心とした魔法使いたちの活躍によって、創世魔法を悪しき目的で使うものの目論見は崩れました。……今まで、本当によく頑張りましたね。相応の辛い思いもしたでしょう、見たくないものを見たこともあったでしょう」

それはまさしく、迷える子羊を導く天使のように。正しき人を認め、受け入れ、全てを包み込んで安らぎを与えるように。

「もう、その心配はありません。創世魔法は私が受け継ぎます、残るは血統魔法のみ。あなたは国を救った新たなる英雄として、我々『天使』と手を取り合って──」

手を広げ、あまりにも神々しく美しく。

こう、言い切った。

「そして── 全ての悪しき(・・・・・・) 血統魔法を(・・・・・) 滅ぼすのです(・・・・・・) !」

「──」

ずっと感じていた、不気味な感覚の正体が。

その瞬間、形を持った気がした。