作品タイトル不明
172話 解放対解放
「『 悪神の篝幕(ゴエティア) 』── 魔銘解放(リベラシオン) !」
ラプラスにとって、これまでその言葉は勝利宣言と変わらなかった。
何故なら、解放した自らの魔法を前に抵抗できる人間など居なかったからだ。組織の中でさえも最強。唯一対抗できたのはクロノのみで、それが味方にいる以上解放時のラプラスは実質無敵だ。
それは、この瞬間まで変わることはなかった──が。
「『 原初の碑文(エメラルド・タブレット) 』── 魔銘解放(リベラシオン) 」
恐らく、今この瞬間。
ラプラスの人生で初めての、同じ 魔銘解放(リベラシオン) を使いこなす存在との邂逅。エルメスの魔力が一気に高まり。
同時に、ラプラスの解放による領域が発動。これで一定範囲内においてラプラスはほぼ無敵、既にエルメスもその範囲に入っている以上勝利は揺るがない──
──はず、だったが。
(……なんだ?)
違和感。
領域自体は発動している。だが、何かが弱いような。どことなく異物感が漂うような。そんな何とも奇妙な感覚を優れた感知能力でラプラスは捉える。
奇妙と言えば、エルメスの行動もそうだ。彼の扱う『 原初の碑文(エメラルド・タブレット) 』の 魔銘解放(リベラシオン) 。その効果は『魔法の創造』であるはず。今回のような直接戦闘に役立つような解放ではないはず。
その辺りも込みで、ラプラスはエルメスへと問いかける。
「……さて。お前、なんかしたのか?」
「さあ、どうでしょう」
まぁ、この時点で明かしてくれるはずもないか。
であれば試しだ、距離を詰めてくるエルメスに、ラプラスも遠慮なく拒絶の能力を使おうとして──
「──!」
できない(・・・・) 。
正確には、できなくはない。だが恐ろしく発動がし辛くなっている。エルメスほどの相手であれば容易く抵抗され、結果実質的にできないも同然だ。
同様、魔法発動の阻害も不可能になり。結果射程まで入り込んだエルメスが。
「──っ」
魔法を、放ってくる。
詠唱抜きで放たれたのは、炎の魔法。無詠唱であることとその威力から、強化汎用魔法というやつだろう。
流石に不意を突かれたとはいえそれで倒されるほどラプラスも甘くない。まず魔法を優れた身体能力をもって横っ飛びで躱す。そして拒絶が使えないなら仕方ない、と逆にこっちから一挙接近、拳を放つ。
そこからは近接戦。格闘の心得があるエルメスとラプラスが、魔法使いにあるまじき、けれど凄まじくハイレベルな拳の応酬を繰り広げ。
「ちっ」
「っ」
息が続かなくなり、一度離れる。追撃の強化汎用魔法も蹴りの一つで容易くあしらい、それで攻防が一区切り。
息を整えつつ、ラプラスは今し方の現象とそこから得られた情報に頭を回す。
(……見た感じ、本当に『拒絶』は効いてねぇな。弱体化に関しては効いてこそいるっぽいが、秘匿聖堂の時と比べてかかりがかなり弱い。加えて領域全体の違和感に……もう一個妙なのは奴の魔法だ。── なぜ(・・) 血統魔法を(・・・・・) 使わない(・・・・) ?)
エルメスとてラプラスの実力は把握しているはず、通常時ならともかく今の状態で強化汎用魔法だけでラプラスを崩すなど相当難しいと分かっている。
である以上、彼の覚えている血統魔法を使わない理由はない。にも拘らずこうなら、使わないではなく『使えない』と見るのが妥当。
そこに、領域に関する違和感とエルメスの状態、今し方の詠唱。それらを総合的に考えて──
「……なるほど」
彼の優れた頭脳が、即座に推論を弾き出す。
「 相殺(・・) してんのか。あんたの 魔銘解放(リベラシオン) で、俺の 魔銘解放(リベラシオン) を。俺の領域の拒絶効果と、術者以外に付与される弱体化。その二つが発動しないような── そういう(・・・・) 領域魔法を(・・・・・) 今創ってんだ(・・・・・・) 」
エルメスは、血統魔法クラスの魔法を併用はできないと聞いている。先刻血統魔法を使わなかったのはその影響だろう。
その問いかけに、エルメスも息を整えながら答える。
「……流石ですね。もう分かりますか」
「てことはお前、戦闘向きじゃない 魔銘解放(リベラシオン) と並行して俺と戦う気か? 随分と無茶するもんだな」
「無茶をしなければ貴方には勝てないので。……それに、もう一つ告げましょうか」
エルメスも、言われているだけではない。微かに、笑みを浮かべて。
「この領域の『解析』は、現在進行形で続けています。今は不完全で弱体化の影響も受けてしまっていますが……間もなく解析も終わって、完全相殺が可能になるでしょう」
そうなれば、ラプラスの 魔銘解放(リベラシオン) は封じられたも同然。そして通常の血統魔法の撃ち合いならば、既に『 悪神の篝幕(ゴエティア) 』を自身が使えるレベルまで解析済みなエルメスの圧倒的有利。
すなわち。
「 時間をかけるほど(・・・・・・・・) そちらが(・・・・) 不利になります(・・・・・・・) 。それを踏まえた上で、かかってくることをお勧めしますよ」
それは、エルメスと戦う相手が絶対的に背負う彼の強み。
解析と進化を武器とし、時間をかけるほど無限に強くなる彼の本領。
今までの彼では、無理だった。
けれどこの旅で。王都を出てからの道行で成長し、魔法に込められた想いをより深く学び、成長して王都に再び戻ってきた彼だからこそできる戦術。
今のエルメスは、因縁に決着をつけられるだけの牙を持っている。
そして、その挑発を受けたラプラスは。
「……はっ」
当然分かっている、向こうが今それを言った狙いは、急がせこちらの冷静さを奪うことだ。流石にその挑発に安易に乗るほどラプラスも安くはない。
故に、情報としてありがたくいただき──その上で、冷静に挑発に乗って真正面から叩き潰すまでだ。
「クソガキが。その大言、後悔すんじゃねぇぞ!」
獰猛に笑って、お望み通り解析完了前に叩き潰してやると魔力を更に高め。
因縁の戦いは、更に加速していく。
◆
同刻、王都外縁部。
幹部との戦いから離れたその場所は、つい先ほどまで別の脅威──死霊の大群の脅威に晒されていた。
けれど、現在カティアの活躍でその脅威は去り。兵士たちは死霊の対処で疲弊した体力や負傷の回復に努めている。
そんな場所の、最も激戦地だった一角で。
「──ニィナ。お願いがありますわ」
一人の少女の、可憐な声が響いた。
少女──リリアーナは、彼女が創成魔法を用いて開発した範囲内の味方を強化する魔法で多くの死霊を排除し、激戦地だったこの地区の死者をほぼゼロにすることに成功していた。
その疲労や魔力の消費も回復しないまま……リリアーナは護衛としてきていたニィナに、切実に問いかける。
「わたくしを、王都中心部に連れて行ってくださいまし……!」
「……ええと、リリィ様?」
そんな唐突な申し出には、さしものニィナも困惑を浮かべる。
困惑の理由も理解できるリリアーナは、続けて。
「わ、分かっていますわ。わたくしが行っても何もできないだろうことは。わたくしの魔法は軍対軍で力を発揮するもので、王都中心での幹部の討伐には寄与できない」
「……」
「でも、でも……!」
ちゃんとそれをしました上で、けれど切実に。
「このままここで待っているだけ、というのは良くない気がしますの! どちらにせよ、この戦いに勝つかどうかにわたくしたち全員の運命がかかっていますわ。
だから──わたくしは、見届けたいんですの! この国の行き先がどうなるのかを、上に立つものの責務として!」
「!」
「だから、 必ず(・・) 行かなくては(・・・・・・) ならない(・・・・) 。そんな気が、するんですの……!」
その言い分は、納得した。
リリアーナはもとより、後ろで安全に結果を待つ、ということができるタイプのお姫様ではない。たとえ何もできないとしても、せめて見届けたいのだろう。
彼女の言う内容にも一理ある。もとより今中心部で戦っているエルメスたちがやられれば終了なのだ、リスクを負ってでも見に行く意味はある。加えて彼女は『鬼ごっこ』の達人だ、万一危機に陥っても逃げに徹すればそうそうやられることはないだろう。
(……でも……)
それでも、とニィナは葛藤する。
だからと言って主君を安易に危機に晒して良いものかという常識的な意見も自分の中にあるし。
何より──そう、何より。
何故か、先ほどからニィナが覚えている感覚。
(── 嫌な予感がする(・・・・・・・) 。
なんでか分かんないけど、このまますんなり終わりとは絶対行かないような。確実にもう一波乱、起こってしまうような)
具体的に何かは一切説明できない。けれど確かな、ニィナの中の第六感と呼べるようなものが警鐘を鳴らしている。そんな気がするのだ。
それもあって、どうしたものか……とニィナもしばし考えるが。
(…………よし)
最終的に、ニィナは決断した。
「分かった。中心部まで一緒に行こう、リリィ様」
そう考えた根拠は二つ。
まず、彼女の気質的に止めても効果は薄いと思ったからだ。彼女が行きたいと思ったのならば行ってしまう、繰り返すが彼女は『鬼ごっこ』の達人であり、その気になれば王都中心部まで一人で行ける。
簡単には止まらないだろうことも、彼女の鬼気迫る様子から推測がついてしまった。
そして二つ目は、もとよりニィナは彼女の臣下。余程の無茶だったり悪いお願いだったら諌めもするが、そうでなければ可能な限り彼女の望みは叶えねばならない。
今自分が覚えている嫌な予感も、もとより根拠は何もない。いざ当たっていたとしても、自分が全力で守れば良いと考えたから。
それらを総合的に加味してのニィナの肯定に、リリアーナは目を輝かせて。
その後、近くの王族特務隊部隊長に王都中心部に向かう説明をし、なんとか了承を経て。
リリアーナ、そしてニィナも、決戦の場へと向かう。
組織幹部は既に二人落ちた。されど、残る二人も埒外の強敵。
王都での、彼らと国の未来を懸けた最終決戦。
それは──波乱の気配を残しつつも、いよいよ佳境へと突入する。