作品タイトル不明
162話 対話
「『 救世(ぐぜ) の 冥界(めいかい) 』……」
あまりにも、覚えのあるその響き。
予感を覚えつつ復唱するユルゲンに、シータは続けて。
「ええ。そもそも──あなたも同じ魔法を持っているのなら、『 救世の冥界(ソテイラ・トリウィア) 』がどんな想いから生まれた魔法は知ってるわよね? あの、ローズの弟子の子……エルメス君からも聞いてると思うし」
「それは……そうだね」
無論、知っている。
『 救世の冥界(ソテイラ・トリウィア) 』に込められた想い──それは、『死者との対話』だ。
そも、『救世』とは、ある遠い国の言葉。曰く、全ての生きとし生けるものが救われる場所。
だが、この魔法を作った者はその言葉を聞いてこう思った。
であれば──全ての死せるものが救われる世界はないのだろうか? と。
それが、この魔法の銘となった起源であり、魔法を生み出した根幹。
──そうなれば。
この魔法に込められた想いである、『死者との対話』も厳密には少し違う。
そう。そのように思うに至った経緯がこれであれば、より正確な願いは──
「死者との対話── が(・) 、 できる世界の創造(・・・・・・・・) ……!?」
そんな、馬鹿な。
明らかに、血統魔法の域を超えている。いやむしろそれは、まさしく文字通り……
「創世、魔法……」
「そうね。その意味ではこの魔法も、ローズの『 無縫の大鷲(フレースヴェルグ) 』と同じイレギュラー。もちろん創世魔法ではないけれど、それに近いことをしようと不遜にも願ってしまった魔法。創世魔法に、最も近い血統魔法と言えるかもしれないわ」
確かに、と納得する。
であれば、ローズがこの魔法の魔銘解放が一番難しいと言うのも納得だ。これもまた、血統魔法ができる領域の外に片足を踏み込んだ異端の魔法というわけである。
……であれば、それを曲がりなりにも完成させたトラーキアの初代は一体何者だったのだ──という一応は現当主としての疑問も浮かぶ。
だが、それについて思考を巡らせる前に。
「分かったかしら?」
目の前の彼女が……ゆるりと微笑んで告げる。
「そういうわけだから、今ここにいる私は紛れもなくシータ・フォン・トラーキア張本人。 救世(ぐぜ) の 冥界(めいかい) に喚び出された生前と地続きの私よ」
それを踏まえた上で、と彼女は──そこで声色を変えて。
「じゃあ、ユルゲン?」
手を合わせて、大変美麗に可愛らしく、花のような笑みを浮かべ。
「話したいことが、たくさんあるの。
順当に、復讐に囚われてしまったあなたに。私の願いもローズの願いもカティアの心も全て無視して、胡散臭い男に唆されるまま破滅に手を貸して、『それで自分が滅ぼされるならそれまで』なんて覚悟を決め切ったフリをしてるあなたに話したいことも言いたいことも、それはもうた──っくさん」
……思わず冷や汗をかいた。
「安心して? ここにいる間あなたも私も例外なく『死者』、魂だけの存在。つまり魔力は扱えない。できるのは言葉を交わすことだけ──だから」
その言葉に間違いはないだろう。
でも、なぜだろう。そう言葉を続けるシータの背後に、なんかこう、魔力によるものとしか思えないレベルの圧力的なものが幻視されるのは。
忘れることなかれ。
ユルゲンの妻である以上当然素晴らしい人格者だし、その最期の様子からも博愛心と善性に満ちた素晴らしい人物であることは疑いようのない事実だが。
それと合わせて、それ以上に。一つの事実として。
シータ・フォン・トラーキアは── あのカティアの(・・・・・・・) 母である(・・・・) 。
「それじゃあユルゲン、しっかりと……『お話』、しましょうか?」
そうして、すごく久しぶりの、望まれた──かどうかはわからないが。
夫婦の対話が、始まった。