作品タイトル不明
163話 ユルゲン・1
なんということはない。
自分が子供たちを裏切った理由はただ──己の弱さ。
想いを抑えきれなかった、欲望のままに動いてしまった。
つまるところ……自分も、この国の貴族たちと何も変わらなかった。ただ、それだけの話だ。
貴族の奸計によって友を失い、貴族の怠慢によって妻を殺された。
その経験を経て、この国を変えると誓った。
同時に、自分では無理だとも理解していた。自分の魔法もそうだし、自分は一人で何もかもをねじ伏せられるような人間ではない。
王都を出て行った友がまさしくその代表格だったせいもあるだろうが、自分はその道に進むことを早々に諦めていた。
何より、自分が変えたとしても多分 その程度(・・・・) ではこの国は変わらない。歪んだ根は深く、表層を焼き払った程度ではすぐにまた新たな歪みが生まれてくる。
だからこそ──ユルゲンは、『託す』選択肢を取った。この国を育てていく子供たちに良き心を持ってもらい、その意思によって国を素晴らしい方向に変えてくれるようにと。
運にも恵まれたと思う。娘であるカティアは母の死を経ても正しく貴族である意思を失わず、そんな彼女を慕う人間にもその清い心は伝播した。
そして何より……エルメスがやってきてくれた。全く想定していないところから、喉から手が出るほど欲しかった切り札が転がり込んできてくれたのだ。
しかも、聞けば彼はローズの弟子だという。この時ばかりは、普段そういうものを信じないユルゲンでさえも運命めいたものを感じずにはいられなかった。
必要なカードは全て出揃った。あとは自分が絵図を描き、この国の動かせる範囲と彼ら子供たちを然るべき時にぶつけ、それを経て彼らに成長してもらう。
自分の全てを使っての一大事業。それこそこれが終わったら全てを失う覚悟での大立ち回りを、ユルゲンは開始し。
それと同時に──一つの誓いを立てた。
それは、この国の暗い部分、黒い部分は全て自分が被ること。
一応現実的な理由もあった。単純に、感情や価値観が発達していない子供たちにこの国の『底』は刺激が強すぎる。失望されてこの国を見限る方向に進んでしまえば、妻の語った夢であるこの国を変えることの実現が遠のいてしまう。
でも、それ以上に。
……見てほしくなかった。知らないでいて欲しかったのだ。
あんなもの、一生知らなくて済むのなら絶対その方が良いに決まっている。この国の、本当にどうしようもない部分は子供たちに一切見せないまま、自分が全部抱えて一緒に地獄まで持っていく。
そうして、何もしがらみが無くなったまっさらなこの国で。子供達が望む未来を、望むままに描いてほしい。
そう思って、それを自分の夢にして。ユルゲンは彼ら彼女らを見守り、心を損なうもの全てを隠して遠ざける存在になると誓った。
第二王子とだけ、戦ってくれれば良い。あれはこの国の闇と比べれば可愛いものだ。その裏で蠢く存在がたくさんいることは知らなくて良い。あの放埒を意図的に放置してもっとどす黒いことを考えている人間の存在も、全て秘密裏に私が始末する。
学園では、真っ当な青春を送ってほしい。まだ染まりきっていない子供達なら、エルメスのもつ価値観とエネルギーで変えることも可能だろう。
どうしようもない大人たちは、全部私が道連れにしよう。
リリアーナ殿下も、そうやって成長した子供達と交流して王者としての自覚を健全に育んで欲しい。ちゃんと自らで立ち向かえる強い心を育むまで、それを歪めようとする悪い貴族たちの干渉は、ことごとく私がこの身を盾にしてでも弾く。
その決意のもと、子供たち誰にも知られず。誰にも悟られることなく。
ユルゲンは貴族らしく暗躍を続け、陰ながら自らが望む子供たちの楽園を守り続け。
どうしようもない貴族たちも、救いようのない存在も、一身に自ら交渉し、排除し、受け止めて。それをずっと続けて……
「随分と素晴らしい献身ですね。自らのことを何も顧みていない」
それが、ようやく実ろうかという瞬間。エルメスとリリアーナを引き合わせる直前で。
あの男は、穏やかで透徹した瞳を携えてやってきたのだ。