作品タイトル不明
158話 オルテシア・2
「あの男──クロノ・フォン・フェイブラッドは言ったわ。『それなら、君自身がこの国を壊す者になってはどうか』って。……ああ、こいつも 分かってる奴(・・・・・・) なんだなって思ったわ」
その辺り、共感するものがあったのだろう。
「だから、協力することにした。別にあいつらが何を考えてこの国を壊そうとしているかなんてどうでも良かったけど……利害は一致していたし、提案自体は魅力的だった。
何より──あいつらの憎悪にだけは、狂おしいほどに共感できたから。皮肉なことに、それが今まで経験してきた中で一番強い繋がりだった」
そして……それがきっと、『組織』の本質。
「私たちはほとんどが──上の方になれば全員がそんなものよ。馴れ合いなんてどうでも良い、どんなバックボーンがあろうが関係ない、ただただ『本気でこの国を壊したい』と思ってる人間を引き入れる。
……分かるでしょう? それだけの(・・・・・) 組織が(・・・) ここまで(・・・・) 膨れ(・・) 上がって(・・・・) しまえる(・・・・) 。それ自体が、もうこの国が終わっていることを示しているのよ」
それは……ライラも、薄々は勘付いていたことだ。
これほどのことをやってのける『組織』、きっと緻密な理念や崇高な目的、或いはどんでん返しのような裏の目的があるように最初は思われたが。
──本当に、何もないのだ。本当に、ただただ滅ぼしたいだけなのだ。
そんなだけの組織が、これほどのことをできる。その事実が、この国の現状なのだ。
……である以上、どう足掻いてもリリアーナたちとは相容れない。
それでも、これを知ること自体には価値があるだろう。それはリリアーナに伝えようと胸のうちに置きつつ、ライラは引き続き母の言葉に耳を傾ける。
「そこからは……本当に、ただ暴れる日々だった。組織の要請を聞きながら、教会の中で復讐と破壊のことばかり考えて……特にあの子を陥れたヨハンを初めとした大司教は絶対殺してやるって思って隙を窺い続けて……」
その結果が、あの大司教討伐作戦というわけだ。最大復讐対象であるヨハンはエルメスにある種取られた形となったが、最終的には全ての大司教を滅ぼした。オルテシアの目的は完全に為されたと言えるだろう。
それも含め、彼女は……
「……そうね。あなたの言葉を借りるなら……本当に、好き勝手やってきたわ」
「っ」
「まあ、その報いがこれなら全く報われてないけど。……本当に欲しかったものは、なりたかったものも手に入れたかったものも、全部手に入らなくて……あろうことか、最初から無理だったって納得すらさせられて……」
「……」
「……私は、何のために……」
独白を続けながら……オルテシアは、ふと思う。
そもそも──自分の欲しかったもの、手に入れたかったものは何だったのか、と。
ローズ? いいや、多分違う。今ならもう、違うと思える。
神様? それも違う。それらは全部ひっくるめて──この国の籠の中に生活に耐えられず、その結果求めさせられてしまったもの。
それよりも、もっと前。自分の原初の、想いと願いは──と。
そんなことを考えながら、ふと。娘のライラの顔を見た。
「……お母、様」
彼女は、こんな時でも。自分を気遣うような、悲しむような。
大凡肉親の情なんて向けられるようなことはしてこなかったのに、まだそんな目を自分に向けてきて。
そんな顔が──本当に、呆れるくらい。幼少期の自分にそっくりで。
それを見た瞬間、ふと……
『──オルテシアは、将来何になりたい?』
遠い昔、誰かに言われた問いを、思い出して。
『わたしは……普通のお母さんがいいな』
その時、自分が何を言ったか。
いつの間にか忘れてしまったそれが、今。鮮明に浮かんできた。
『多分わたしは、王様のお嫁さんになるんだろうけど。それでも……生まれてくる子をめいっぱい大切にして、大好きな人たちに囲まれる……そんな、普通の家族になればそれで良いなって思う』
そんな、馬鹿みたいにお花畑なことを。
言っていた時期も、あったのだ。
全く皮肉な話だ。血は争えない、どころの騒ぎではない。
自分が、この国に押しつぶされて忘れてしまった想いは。
あろうことか──娘がずっと自分に向けてきた想いと、全く同じで。
(……はは)
本当に、酷い話だ。
その上で、娘の顔を眺めながら思う。それを思い出した自分は今、何をすれば良い?
今までのことを泣いて娘に謝れば良いか? ──そんな馬鹿な話があるか。
それは自己満足以外のなにものでもない。そんな程度で償えるほど自分が今まで娘にしてきた所業はぬるくない。
こんな死に際で改心した様子を見せるなど、娘に罪悪感を背負わせるだけの愚の骨頂だ。
では、どうすべきだろう。まず改心した様子なんて出さずにくたばるのは大前提として……それに付け加えて、曲がりなりにも母親として伝えられることは。
──そんなの、これしかないだろう。
「……ライラ」
最後の力を振り絞って、ライラを真正面から見据えて。
……間違いなく、自分の多くを見てきた娘に──伝えられることなんて、これ一つだ。
「私のようには、なるんじゃないわよ」
それを、真っ直ぐ聞き届けたライラは。
しばし呆然とした顔の後……突如として、涙を流して。
「……どうして、泣くの?」
「だって……っ、すみません、お母様……」
しばし嗚咽に言葉を阻害されながらも、ライラはこう絞り出す。
「……何でも、良かったんですよ」
彼女がずっと、持ち続けてきた願いを。
「本当に、何でも。ただ……お母様がもう一度だけ、私の方をまっすぐに見て、言葉をかけてくれれば……それだけで、私は……っ」
「…………」
ああ、そうか。
自分は、そんなことすら。こんなにも長い間、娘にはしてこなかったのか。
本当に、母親、失格だ。
娘は──いいや、もしこの戦いの後この国が残っているのなら。
こんな酷い人生の人が、一人も生まれてきませんように。
そんな、ささやかな願いを最後に。
彼女の意識は、長い長い微睡の中に沈んでいった。
災厄の魔女、オルテシア。
誰よりも神に焦がれた、鳥籠の中の魔女は、こうして沈んだ。
その時の顔は、驚くほどに安らかな微笑を浮かべていて。
際に何を思っていたのか、救いはあったのか。それは──彼女以外、誰も知らない。