作品タイトル不明
159話 戦場の転換点
目を閉じたオルテシアに、祈りを捧げたのち。
ライラは、涙を拭って静かに立ち上がる。
……オルテシアが、自分の母が、何を思って今までの行動をしていたのか。その、全てはわからない。全てを理解し切るには、あまりにも対話の時間が短すぎた。
でも、これだけは分かる。
母はきっとこの国で──昔は今よりももっと酷かっただろうこの国の、酷い貴族たちの真っ只中に放り込まれて。
それでも、何かを求めようとした。唯々諾々と従うでもなく、全てを諦めとともに受け入れるでもなく。
今の自分では手に入らないものを、ずっと求め続けて戦った。
それが受け入れられないものであろうと、最後にはこうなることが決まっていたような大きなものだろうと。
想いを、願いを、叶えるために戦った。好き勝手に、戦い抜いたのだ。
であれば……きっと、その姿にだけは。娘としても、敬意を払うべきなのだろう。
そんな想いと共に、ライラは立ち上がり。王都の──未だ戦いが続いている場所へ。
一番見て欲しかった母は喪ってしまったけれど、一番可愛がっていた大切な妹はまだ戦っている、母を喪う原因となった国を変えるべく、戦っている。
であれば、自分のやるべきことは一つだ。
その決意のもと、ライラは。この国の第二王女は、国のために歩き出した。
◆
『組織』最高幹部三人のうちの一人、オルテシアが沈んだ。
これは確実に、戦況を大きく変える。エルメスたち、第三王女派閥にとって有利な方向へと。
向こうの最高戦力の一角を削ったという戦力的な優位性ももちろんだが、何より『ローズが自由になった』というのがこの上なく大きい。
彼女は言うまでもなく第三王女派閥最強の魔法使いであり、しかも自身の血統魔法によって機動力もトップクラス。戦場の戦力が足りないところへといち早く駆けつけることができ、魔法もこの上なく露払い向き。
唯一の問題としては……さしものローズも天敵となる魔法を操るオルテシアから受けた傷に加えて、 魔銘解放(リベラシオン) まで使わされて魔力体力共に尋常ではなく消費させられた。即座に戦線復帰はできないところか。
けれど、それも一時的なもの。
完全に自由なコマと化したローズが復帰さえすれば、この王都決戦は一気に自分たち有利に傾く。第三王女派閥が勝利を手繰り寄せる瞬間は、刻一刻と近づいていた──
──つまり。
一番危険な(・・・・・) 時間帯である(・・・・・・) 。
「……戦力を差し向ける余裕がないというのは理解している」
ほぼ同刻、王都の真反対の方角にて。
落ち着いた男の、涼やかな声が響く。
「王都を覆う無限の死霊から民や貴族を守りつつ、我々敵も討たなければならない。貴族の……いいや、 真っ当な(・・・・) 貴族(・・) の辛いところだ。
よく知っているよ──私も、何度も頭を悩ませたからね」
だからそうしたのだ、と暗に語りつつ、けれども男は淡々と。
「故に、大元である私を討つのに軍は割けない。少数精鋭の魔法使い、場合によっては一人で来るだろうと思っていた。その意味でも、もっとも私をよく知っており因縁の意味でも君がもっとも相応しい。それも、この上なく理解している。
……故に、疑問は一つ」
目の前の光景を見て、告げる。
「── どうして(・・・・) 君が(・・) 私に(・・) 勝てると(・・・・) 思った(・・・) ?」
目の前の。
死の気配が充満する一角。現世でありながら冥府と見紛うほどの霊魂渦巻く戦場で。
「君が来る可能性が一番高いと考えた以上、対策はしているに決まっているだろう。一度圧倒した程度で私が油断するとでも?」
怨嗟を叫ぶ怨霊が清浄な死霊を食い荒らし、その主人にも牙を向く──すなわち、明確に優劣がついたその死者の戦場の果て、力無く倒れ伏す娘カティアを見て。
「戦力が手一杯の側、つまり追い詰められている側の主力の一角が崩れた。これで私も自由になるし、オルテシアに削られたローズ程度なら今の私でも抑え切れる。
……詰みだよ、第三王女派閥の諸君」
『組織』三幹部の一角、ユルゲン・フォン・トラーキアは。
極めて冷徹な洞察力とかつて味方だった内部分析とともに、そう断言するのだった。