軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

154話 無縫の大鷲

空を飛びたい。

それが、この魔法が生まれた大元であり、魔法に込められた純然たる願いだ。

そして生まれた魔法は血統魔法によって受け継がれ──結果、数多くある血統魔法の中でも最上級、王家に受け継がれる魔法の中でも更に希少な、受け継げるものが極めて限られる幻と呼ばれる血統魔法の扱いを受けるにまで至った。

──どうしてそうなったのか?

その理由は、この魔法が持つある特別性。他の血統魔法とは一線を画す、とある規格外の特徴によるものだ。

それは。

この魔法は、血統魔法の中でも極めて珍しく。

── 魔法に込められた願い(・・・・・・・・・・) 『 以上(・・) 』 の性能を(・・・・) 持ってしまった(・・・・・・・) 魔法なのである。

「【世界の初めに巨人あり 塔を砕き 翼を融かす 天地を隔てし腕あり】」

改めて述べる。この魔法に込められた願い、それは『空を飛びたい』だ。

それは人類の普遍的願い。不可能の象徴。故にこそ、魔法に込める価値があるもの。

けれど、その有名性故に。その願いを実際に形にするには困難を極めた。

遍くものは地に落ちる。それが不変の真理なれば、覆すことは容易ではない。

風や炎を利用して、擬似的に『空を飛んでいるっぽい』ことならばできる。けれど、それは魔法を作る者の本意ではなかった。そのような別の何かに作用した間接的なものではなく、もっと直接的に、何にも依らず純粋に『空を飛べる』何かを望んだ。

無論、簡単ではない。けれど、どうしてもそれを叶えたい。

そんなジレンマに挟まれながら、彼は考えて、考えて考えて考えて──

「【掌に触れる術は無し 姿を目にする道も無し されど現に咎は在り】」

考えた末に。彼は、こんなことを思いついた。

遍くものは地に落ちる。それが不変の真理で普通の状態なのではなく。

そもそも(・・・・) 万物が(・・・) 地に(・・) 縛り付け(・・・・) られている(・・・・・) 状態(・・) こそが(・・・) 不自然(・・・) なの(・・) では(・・) ないか(・・・) 、と。

あまりにも馬鹿げた、詭弁じみた発想の転換。けれど、彼はそんな普通では在り得えない推論、発想の転換にこそ活路を見出した。

「【なれば世界を欺こう 不遜の罪咎を灌ぐ術 それが蝋無き翼であれば】」

推測をもとに仮説を重ね、そして彼はこのような一つの理論を生み出した。

──この世界には、『見えざる巨人』が存在する。

──それはこちらからは視認することも接触することもできない。

──巨人は我々を含めた全てを地に縛り付けるために存在しており、そのためにのみ一方的にこちらに触れることができる。

その論には一定の論理性があり、事実その論に基づけば世界に起きている落下を含めた諸々の現象にある程度の筋が通った。

「【無垢の力を我が元に 軛の羽を名付け賜え 真の自由が地に満ちる】」

であれば、後はやることは一つ。

『見えざる巨人』に触れられるようにする。その力に干渉できるようにする。

空を飛ぶために何をすれば良いか分からなかったこれまでとは違って、今はある程度の理屈が通っている。曖昧ではない具体的な流れが見えている。

ただ漠然と空を飛ぶのではなく、『見えざる巨人』を認識して干渉する。

──それならば、『魔法』で届く。

かくして、ついにその魔法は完成する。

「【私は翼を定義する 見えざる巨人に叡智の軛 世界の果てまで解き放て】」

其は、何者にも縛られぬ翼を持った大いなる怪鳥。

全てを地に落とす巨人の腕すら届かぬ──どころか逆に調伏せしむ神の大鷲。

原初の望みすら超越するに至った魔法の最高傑作が一つ、その銘は。

「『 無縫の大鷲(フレースヴェルグ) 』── 魔銘解放(リベラシオン) 」

「『 無縫の大鷲(フレースヴェルグ) 』の、 魔銘解放(リベラシオン) ……ですって?」

予想外の詠唱からの、想像だにしなかった魔法の解放。

それを目の当たりにしたオルテシアは、信じられないと言ったように叫ぶ。

「──ありえないわ! それは、歴代王家でもできた人は誰一人として居ない、建国以来永久に失われた領域の一つ! できるはずがない、そもそもあなたは──!」

「そうだな、以前の……王都にいる頃のあたしじゃここまではできなかった」

だから、それが意味するところは単純。

「王都を出てから……もっと言うなら弟子を取ってから、取ったからこそ辿り着けた領域だ。あたしも変わったんだよ、あんたと同じでな」

「!」

「……そもそも、だ」

顔を歪めるオルテシアに、ローズは冷ややかに続ける。

「あんたは、あたしを『神様』のように思ってるんじゃなかったのか? 『神様』なら、自分が想像もしない領域に辿り着くなんて当然じゃないか。何を怒る必要がある?」

そうして、静かに抉り込むように。

「──あんたがあたしに求めてたのは、本当に『神様』なんてもんなのか?」

「──」

その質問が、オルテシアの深いところを抉ったと理解すると同時に。

「まぁ、御託はこんなもんか。……信じられないなら、かかって来れば良いさ。あんたがあたしを上回るために鍛えた、その魔法とやらでな」

「ッ、ロー、ゼリアァ……ッ!!」

挑発に綺麗に乗る形で。

オルテシアが、変質した黒の雷を放つ。

それは、実質ローズ専用という対象の限定と引き換えに規格外の威力と追尾性能を持つに至った代物。空を飛んですら逃げられないほどのそれが、今までと同じように容赦なくローズへと迫り──

──捻じ曲がった。

「────は?」

ありえないことが起きた。

彼女の雷は、ローズだけは絶対に逃さないように追尾をしているはずだった。

だから──今のように、ローズを避けるように曲がる、なんてことは絶対にありえない。

ローズが条件を外した? いや、それはない。そういうことだけはさせないように変えようの無い条件を魔法に組み込んだはずだ、その可能性は低い。であれば、未だ黒の雷は変わらずローズを狙い続けていたはず。

であれば、残る可能性としては。

──ローズが捻じ曲げた。オルテシアの魔法の追尾すら意に解さぬほどの、何かしらの凄まじい力を魔法に加えた──

「…………まさ、か」

皮肉にも、と言うべきか。

ローズに執着する彼女は、ローズの持つ血統魔法について可能な限り調べ抜いている。

だからこそ、気づいてしまった。起きた現象から、『 無縫の大鷲(フレースヴェルグ) 』の 魔銘解放(リベラシオン) 、その効果について。

「『見えざる巨人』って概念があってな」

ローズが、オルテシアが気づいたことに気づいて。

静かに、推測を裏付けるかの如く言葉を紡ぐ。

「今、あたしたちが地面に縛り付けられてるのはそいつのせい、ってこの魔法を作ったやつは考えたそうだ。その支配から脱却することで、空を飛べるようになるんじゃないかとな。その考えのもと、魔法を作って──」

そう。その先が、この魔法が特別となった所以。

「── ちょいと(・・・・) ばかり(・・・) 上手く(・・・) 出来すぎた(・・・・・) らしい。血統魔法として受け継がせてなお、『本来望んだ効果』が 魔銘解放(リベラシオン) 抜きで残せてしまう程度にはな」

そうだ。

魔銘解放(リベラシオン) は、血に受け継ぐ際に封印せざるを得なかった本来魔法が持っている効果を解き放つもの。である以上、本来の効果──魔法に『かくあれかし』と願った効果は 魔銘解放(リベラシオン) して初めて発揮されるはずなのだ。

なのに、『 無縫の大鷲(フレースヴェルグ) 』は通常状態でも『空を飛ぶ』という願った効果が残せてしまっている。それはすなわち、解放状態における本来想定していなかった『それ以上』の効果がある証左に他ならず。

その、それ以上の効果とは。

本来願った、見えざる巨人からの『脱却』を超えた──

「『制御』──!」

「ご名答」

答えに辿り着いてしまったオルテシアに、ローズも静かに笑って端的に。

より正確には、『一定領域内における見えざる巨人の完全制御』。

本来地面に縛りつけるためだけに存在しているその力だが──制御下に置いた以上その縛りもない。逆に空に打ち上げるも、右にも左にも自由自在。

流石に範囲制限はある。なので理論上範囲外まで逃げ切れば仕切り直しは可能、だが。

「そんじゃ、お望みのあたしの本気だぞ、オルテシア」

宙に浮くローズが右手を振るう。

それと同時に──彼女の背後で、『何か』が動いたのが分かった。

視認は出来ない。けれど、きっとそれこそが。

「『見えざる巨人』。世界の始まりから存在し、人間を含めたこの世界全ての存在、万物を例外なく縛る原初の『力』だ。

抗えるものなら──逃げられるものなら、やってみろ」

かくして──『空の魔女』の本領が、日の目を見る。