作品タイトル不明
152話 憎黒天
「【赤褐 釈天 神酒(みき) の 徒(ともがら) 荒金の詩に空を見よ】」
それは、ローズもよく知る魔法の詠唱。
『 霹の廻天(キィ・レイカーラ) 』。オルテシアの血統魔法であり、雷を操る強力な魔法。
そも、『雷』というもの自体極めて防ぐのが難しい現象だ。自然現象の中では光に次いで疾く、威力は言わずもがな、時に相手を問答無用で追尾さえしてくる。それを攻撃手段として魔法に転用した場合、極めて厄介なのは想像に難くない。
けれど、ローズにとってはさして問題ではない。
たとえ雷であろうとも、有効な攻撃射程は必ず存在する。以前の迷宮内でならともかく、ここなら自身の血統魔法で射程距離外まで浮かび上がれば良い話──
「──【混濁 黒天 虚泥の轍 天地覆いし蛇を識れ】」
「──────は?」
なんて考えは。
それを聞いた瞬間、吹き飛んだ。
魔銘解放(リベラシオン) ──ではない。であればローズの知る生起句が最後に来るはずだし、そもそも二節の 魔銘解放(リベラシオン) なんて聞いたことがない。
それに、何より。オルテシアの体を覆う魔力。
こんな──あまりにも異質で禍々しいものは、見たことが、無い。
「おかしいと思うのよね」
この戦いで初めて、得体の知れない脅威に冷や汗をかくローズに対し。
おどろおどろしく、オルテシアの声が届けられる。
「私の想いは、私だけのものよ。何者にも縛られてはいけない、何物にも邪魔されて良いわけがない。
── たかが魔法如き(・・・・・・・) に、私の想いを、決められて、たまるかッ!!」
そうして、己の激情を叫んでから。
オルテシアは、膨れ上がった魔力を解放し。
「だから、こうすれば良いのよ」
世界に叩きつけるように、言い放つ。
「 術式(・・) 、 歪曲(・・) 。
──『 憎黒天(ナフラトゥ) :万里紹雷(・キィ・レイカーラ) 』!」
そうして現れた、オルテシア。
姿形は変わらない。けれど、纏う魔力は一変──否、 反転(・・) している。
あまりにも黒く、昏く。きっとこの国の誰より多くの魔法を見てきただろうローズですら初めて見るそれに、一瞬思考が止まる。
それを、見計らったかのように。オルテシアが、ゆるりと手を挙げ。
──『黒い稲妻』を、放ってきた。
「っ!」
あれはまずい、と直感し咄嗟に回避行動に移る。
だが──ここで誤算。
まずは、あの黒い稲妻の性能。
これまで想定していた『 霹の廻天(キィ・レイカーラ) 』の射程よりも更に長いそれ、そこまでは考えて大幅に回避軌道を取ったものの、それすらはるかに超えて自分を追ってくる。
まさしく蛇の如き、規格外の追尾性能。通常の血統魔法ではあり得ないそれに、ローズが瞠目。咄嗟に強化汎用魔法による結界を張り──
──稲妻が、あまりにも容易く結界を貫通し。
ローズの誤算……より正確に言うなら、彼女の欠点。
それは、防御経験の少なさである。
だって、彼女にとって魔法による攻撃はそもそも自分に当たらなくて当然のものなのだ。
空を飛ぶという唯一無二の魔法によって彼女は前提として大半の攻撃が届かない場所にいるし、よしんば届いたとしても魔法による機動力で容易く躱せる。
そんなローズにとって、必然防御……攻撃を防ぐための魔法の優先度は低くなる。
彼女自身、そんな自分の偏りには気づいていたものの、それ以外の魔法の探究で忙しい彼女はそこを直す意味が無かった。直すには自分の性能を考慮した場合優先度が低すぎ、また直すよりも自分にとって優先する事柄が多すぎたのだ。
結果──そのほぼ唯一と言って良いローズの陥穽をあまりにも的確に突く魔法が襲いかかり、なす術なくローズに直撃し。
意味が分からないレベルの激痛が、彼女を襲った。
「ッッ──か──ッ!?」
今までに感じたことのない痛み。
ローズとて、最初から最強だったわけではない。死にかけたことだって何度もあるし、相応の痛みも経験してきている。
けれど、それを踏まえても尚。間違いなく人生最大と言えるほどの……言い換えれば、あまりにも不自然に思えるほどの激痛。
痛みだけではない。
直撃し、侵入した雷が自身の体内を荒れ狂う。王国最強の魔法使い、つまり王国最強の魔法耐性を持つ彼女の体を易々と破壊しにかかる雷撃。あたかも抵抗などないかの如く、これもどう考えても不自然な。
まるで、 ローズを(・・・・) 破壊する(・・・・) ためだけに(・・・・・) 存在するような(・・・・・・・) ──
「──そういう、ことか」
激痛に耐えての思考と分析の果てに、ローズは答えに辿り着く。
ほぼ全力で自身の魔力を活性化させ強引に雷を追い出したのち、荒い声でオルテシアを睨みつけ。
「それは、あたしを殺すための魔法だ。
そういう風に魔法を変えた、自分の魔法を捻じ曲げたんだな、オルテシア……!」
憤怒と、驚愕と、ほんの少しの寂寥と。
様々な感情を宿してオルテシアを睨むローズに……オルテシアもまた、感情の読めない薄笑みを返すのだった。