作品タイトル不明
131話 進化
カルマの能力を再確認しよう。
魔力容量、魔力出力共に人間の枠を大きく超えて高く、魔法に対する抵抗力も桁外れ。基礎スペックで既に人間には到達できない領域にあり、何より恐ろしいのがその特性。
一度みた魔法を、瞬く間に自分のものにする。
エルメスですら魔法によっては未だ時間が必要なのに、カルマは初見で全ての魔法に対応するのだ。再現という点においては完全上位互換と言って良い。
その秘密は、彼の体。身体自体が規格外の魔法そのものによって編み出されているので、その魔法が宿主であるカルマの意志に応じて適した魔法を学習、進化する。魔法を解析、理解する手間すら必要なく、望むがまま想うがままに勝手に強くなってくれる。
そう、望むがままに。
理解することもなく、思い通りに。
── 自分の(・・・) 肉体が(・・・) どう(・・) 進化(・・) したのか(・・・・) 、 その(・・) 方向性も(・・・・) 欠点も(・・・) 何一つ(・・・) 自覚(・・) できない(・・・・) ままに(・・・) 。
エルメスと、カルマの最大の違いはそこだ。
自らの進化を、きちんと筋道立てて論理的に理解できているか。『分析、理解』という行為に対する自覚と体系化。魔法の再現に時間がかかる所以のそれ──時間をかけることこそが研鑽の証明であるそれを、無視してしまったそこにこそ付け入るべき空隙が発生する。
端的に言えば──『間違った方向に進化させる』。
それこそが、エルメスが考えた恐らく現状唯一のカルマ攻略法だ。
そのために、ここまで幾度かカルマと交戦し。魔法の開示を最低限にしながらひたすら情報を集め続けた。向こうの魔力出力はどの程度で、ここからどう進化して、どのような性質を持つと予想されるか。
そして何より……どんな付け入る隙が、発生しうるか。
こうして、交戦と解析、観察と分析を続けて──辿り着いた。
奴を倒す道筋。想像以上に身近な、最初からずっとあった……最初からあったが故に、気づくのが遅れてしまった、弱点。
それを形にするために……まずは何としても、『彼』と和解する必要があったのだ。
◆
「── 貴方は(・・・) カルマの(・・・・) 天敵です(・・・・) 」
首尾よく和解がある程度上手くいって。双方の境遇や主張を考慮すれば、恐らく最高だろうと言える形に落ち着いて、その上で話をする機会ができた。
故にエルメスは、『彼』に──第一王子ヘルクに。彼とライラの兄妹喧嘩がひと段落した後、拠点の一室でそう告げた。
「…………な」
「意外ですか。これまで一切魔法が通用しなかった貴方が、恐らくこの国で一番カルマにやられ続けてきた貴方が、いきなりこんなことを言われて」
元より遠慮をする間柄ではないと良く分かった。よって一切の取り繕いをなしにそう言ったエルメスに、ヘルクは驚きの表情を見せる。
質問への答えは、その顔だけで十分だった。
「──真相は逆です。むしろ……そこまでやられ続けても貴方が生きていること。それそのものが、貴方及び貴方の魔法がカルマにとって何かしら特殊な要因たりうる証左です」
まあ、だからと言ってただの相性でヘルクがあの化け物相手に生き残れるわけがない。精々が確実に死んでいたところが九分九厘死んでいた、になる程度のものだ。
その残り一厘を手繰り寄せたのは、ヘルクの桁外れの執念であり使えるものを全て使って奴に立ち向かい続けた時間そのもの。その事実には、エルメスも掛け値なしの敬意を払う。
「だからこそ、僕たちが間に合った」
そこまでを余すところなく伝えた上で、エルメスは続ける。
「根拠はまだあります。カルマは魔法そのものに対しては強い関心と敬意を持っている。こちらを貶していた様子もあくまで術者に対してであり、むしろ魔法に対してはそういう相手に使われていることが可哀想、と思って積極的に回収を試みてきた」
なのに。
『きみのはいい加減涼しいだけで飽きたよ』
『中でも、一番つまらなかったのがその魔法かなぁ』
「──あ」
「そう。貴方に対してだけは、 魔法そのものを(・・・・・・・) 嫌悪していた(・・・・・・) 」
これまで、カルマが自分に向けて放った言葉の数々。その中でも自分の血統魔法に関するものを思い出して、ヘルクが驚きの声をあげる。
魔法使い同士の戦闘には、相性がある。
受けのタイプであり相手に合わせて変化をすることが特徴のエルメスは、同系統の性質を持ち更にエルメスよりも対応、進化の速度が桁違いのカルマが天敵なように。
カルマにとっては──ヘルクの魔法。氷の血統魔法である『 白凪の大蛇(エリヴァ・ガルダ) 』が天敵となりうるのだ。
「……だから、どうすると?」
「 押し(・・) 広げます(・・・・) 。その特性を、万能で無敵に思えるカルマの性質に穿たれた一点の陥穽を、本人が自覚していないうちにより巨大に、より致命的になるように。──そうなるように、先に僕が戦って進化の方向性を誘導します」
具体的な手順も既に頭の中にある。
まずは、ここまで温存していたエルメスの所持する魔法全てをとにかく全力で解放する。対応が向こうの持ち味であるのなら、対応すらできない速度で魔法を切り替えてひたすらに叩き込み続ける。
そうして、結果で知らせるのだ。──このままだと死ぬぞ、今のままの進化速度では絶対に追いつけないぞ、削り殺されるぞ、と。
そうすればまず間違いなく、カルマはその結果を受け入れまいと願う。その願いに合わせてカルマの肉体は進化する。
より、素早く適応できるように。今よりももっと早く進化できるように。
彼の肉体の持つ、『変化』の特性を最大限発揮できるように。それこそ、 常に(・・) 『 変化(・・) 』 を(・) 続けて(・・・) いないと(・・・・) いけない(・・・・) くらいに(・・・・) 。
──『 停滞(・・) 』 の(・) 特性を(・・・) 持つ(・・) 『 白凪の大蛇(エリヴァ・ガルダ) 』がこの上なく致命的に刺さるように。
……この世界のどこかには、ある特殊な島国があるという。
その島は、あまりにも世界の他の場所と違う特殊な環境であるがため。そこに生息する生き物は大層奇妙な生態系を持って奇妙な進化を遂げており、それ故にもしその生き物が世界の他の場所に移り住んでも、全く適応できずに絶滅してしまうとか。
特殊な環境に適応する形で進化を進めてしまったがために、それ以外の環境に対する適応力が絶望的なまでになくなってしまったのだ。
生物学は専門ではないが、ローズの家の書物からそういう場所があるとは聞いたことがあった。
──なら、魔法で同じことができるのではないか。
それが、今回のカルマ対策の発想の原点である。
「──」
「……先に言っておくと、相当な博打です。無論その前の魔法を叩き込み続ける段階で仕留めることが出来れば万々歳ですし、最初は全力でそれを狙います」
この段階で、ヘルクを同行させることはできない。
と言うより、何かしら共闘する素振りを見せることすらできない。カルマの魔力感知能力でそれを察知されてしまえば、カルマが──或いは本人が気づかずともカルマの肉体そのものが『この進化をするとあいつが危険だ』と察知して望むことができない可能性が残る。
『進化を誘導する』というのは、それほどまでに綱渡りの所業だ。
「だから、最初は殿下も好きに戦ってください。むしろこちらに助太刀しようだなんて思わせないくらいに自分の戦場で全力で。何なら今言った全て忘れて貰っても構いません、殿下が望むと望まざるとに拘わらず──」
そうして、エルメスは。
単独でカルマに勝てないと悟り、協力者の魔法使いが必要と結論づけた少年は。その最適な協力者として、これまで敵対していた相手を選び。
この戦いで得た、一つの知見を披露して。こう、締めくくる。
「──僕は、 好き勝手に(・・・・・) 貴方に(・・・) 勝利を(・・・) 押し付け(・・・・) ますので(・・・・) 」
それを聞いたヘルクは、思わず可笑しさなど欠片もないまま笑って。
「……やっぱり僕は、お前のことが嫌いだ。多分、この先もずっと」
憎まれ口と共に、エルメスを見送った。