作品タイトル不明
132話 悔しさ
そして、現在。
「なん……だよ……これ……ッ!」
果たして、全くもってエルメスの計算通りに。
到底叶いっこないと思うほどの魔力と威圧感を得たはずのカルマが、ヘルクの魔法の直撃をあっさりと喰らって悶えている。
(…………、はは)
思わず、乾いた笑いが漏れる。
実際この目で見るまで──否、この目で見た今もなお信じられない。あの神様か何かと思うほどの存在になったカルマが、自分如きの魔法でこうまで苦しんでいるなんて。
でも、事実こうなっている。
ということは、エルメスがやったのだろう。一つの存在を間違った方向に進化させるなんて絵空事にしか思えないことを、規格外の能力と知力でもって。
他の全ての魔法と魔法使いに強い代わりに、ヘルクと『 白凪の大蛇(エリヴァ・ガルダ) 』にだけは圧倒的に弱い。そういう歪な存在を、望んだ通りに作り上げたのだ。他の誰にもできない、彼だけの方法で。
結果、カルマが倒れている。
あれほど打倒したいと願った相手が、涼しい顔で自分の全てを上回っていった相手が。今止めをさそうと駆ける自分の視線の先で、無様に顔を歪めて倒れ伏している。
だからそう、喜んで、自らを誇って、然るべき場面で──
(…………くっ……そぉ……ッッ)
──できるわけが、ない。
ヘルクは、自らの力で何かを成し遂げたかった。
自分自身の力と知恵でもって、この忌まわしく強く美しい相手を打倒したかったのだ。こんな、何もかもがエルメスの掌の上の勝利だなんて。いっそ負けるよりもよほど忌々しい。
悔しくて、自分が情けなくて、辛くて苦しくて仕方がなくて──
「──くそ。……ああ、でも」
でも。不思議と、得心が行った。
そうだ。自分は先刻何を叫んだ。誰よりもみっともなく足掻くと決めたろう。誰よりも苦しんで、地獄の底を笑いながら進み続けると決めただろう。
ならば、何を今更輝かしい勝利など夢想している。全てを尽くし、自らの力と知恵で困難を乗り越え栄光を掴むだなんて、どうしてそんなおとぎ話をこの期に及んで夢見られる。
自分は。誰よりもみっともなく悩んで、誰よりも情けなく苦しんで。
その果てに── 勝利さえも(・・・・・) 苦しみの(・・・・) 中で(・・) 手に(・・) する(・・) べき(・・) だろう(・・・) 。
ならば、この状況も。
きっと、ヘルクにとっては必然だ。
「な、なんだきみは。何だよその顔は! ぼくにはきみが一番──最初から何ひとつ理解できないッ!!」
「ああ、だろうね。君やあいつのような、最初から世界に肯定されている人間には、一生理解できないし相容れないものがこの世界にはあるんだ、きっと」
どうにか氷結から回復し、逃げようとするカルマの言葉にそう返す。
今も、喜べない。素晴らしい存在にお膳立てされた勝利なんかには喜べない。素直に享受できるほどおめでたい頭をしていれば楽だったろうけれど、生憎自分はそう在れない。
全てが報われる勝利だなんて、ヘルクにとっては絶望的な夢物語。どんな努力も、どんな成果も。掛け値なしの喜びと共に手に入れられるものなんて、彼の手の届く範囲には一つたりとて転がっていない。
でも。それでも──進み続けると決めたから。
与えられただけの力に納得せず、降ってきただけの勝利には喜ばず。この程度でしか在れない自分を情けなく思いながら……それでも、遥か遠くを目指して足掻き続けると決めたから。
そう歩くことで、ようやく彼は。自分を誇れるから。
……だから、まず、差し当たっては。
この眼前の勝利を。九分九厘、どころか何もかもエルメスの成果である勝利を。反目して反発した相手の操り人形になることでしか勝てない自分を情けなく思いながら。
誰よりも悔しがりながら──決着を、つけるとしよう。
「ふ、ざけ、るなぁ……ッ!」
「ぁあああああああああッ!」
現実を認められずもがき、逃げ出すカルマに。自らの力で何もできなかった不甲斐なさを責めながら、負の感情を絶叫と共に吐き出して。
ヘルクは、もう一度。自らの血統魔法を、撃ち放った。