軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

129話 誰よりも

終わった。

そう、誰もが思った。

実力の多寡ではなく、戦局の有利不利でもない。

これまで人間が秀でていた部分で、完膚なきまでに魔物側に上回られた。その事実は状況以上に心に響く。

そして、魔法使いにとってメンタルの崩れは通常以上にダイレクトに戦力に影響する。加えて不利状況に陥った経験が極端に少ないユースティア王国兵の特徴、全てが悪い方向に作用した、結果。

「ひっ、く、来るな──うぁあっ」

「なんで、こんな、くそ──っ!」

戦線が、崩れ始める。

まだ抗うことができる戦力差である以前に、士気が致命的に失われてしまった。未だ戦える人間も第三王女直属の魔法使いを始めとしていないことはないが、元々それだけでは勝利しきれなかったからこその動員。必然、『それ以外』の戦線が崩れた時点で既に作戦が上手くいくはずもなく。

カティアたちがカバーしきれない部分、王国の兵士たちに任せる比重が高かったところから押し込まれ始めている。

じわじわと、まさしく真綿で首を絞めるように。どうしようもない現実が積み重なり始めて、一人、また一人と討たれ、崩され、それを見た兵士たちが膝を折る。

彼らにとっては、或いは初めての絶望であり敗北。それに抗うことなど元より無駄でしかなく、頽れる人を責める人間は誰もいない、だって皆心境は同じだったから。

勝てるわけが、なかった。

その意識を、全員が共有してしまい。とある場所で押し込まれた戦線が、諦念と共に致命的に崩壊する──

その、寸前。

「……ふざ、けるな」

きっと、誰もが予想しなかった。

第三王女派ではない、皆が、とうの昔に折れて倒れてしまっていると予想した一人の血統魔法使いが。ふらつく身体をおして、到底敵いようがない魔物の大軍に立ち向かうのを、その場の全員が目撃した。

──ずっと、疑問だったんだ。

「ッ、が、ぁ」

第一王子ヘルクだけは。

誰もが折れてしまった戦場の中で、血統魔法使いですら絶望に膝を折る光景の中で、おそらくはただ一人、未だ戦いを続けていた。

軋む体に鞭打って腕を振るう。全身を貫く鈍痛を気合いで捻じ伏せて魔道具を起動、強化された血統魔法でとにかく眼前にひしめく魔物を凍り付かせ、薙ぎ払う。

当然、それは現状においては戦局になんの影響も及ぼさないささやかな抵抗にしかならない。ただ一人で戦局をひっくり返せるような力など持ち合わせていない。

生まれた時から、自分はそうだった。

己の望みも、周りから求められるものもその在処は遥か彼方で、自分の歩みでは到底追いつけない場所にある。にも拘らず己の持つ才覚はどうしようもなく凡庸で、意地だの気合だのでいっとき奮発してみせたとしても奇跡など起こらず、周りの才ある者達──かつての魔女や優秀な弟の後塵を拝し、誰も自分には見向きもしない。

でも、それでも。第一王子ヘルクは思う。心から思う。

だからどうした、と。

──ずっと、疑問だったんだ。

王宮で、多くの言葉を聞いた。

『身の丈に合わない目標を押し付けられて可哀想に』

『言ったらどうですか殿下、自分では無理だからもう教えなくて良いと』

『才能が無かったのです、それを認めず足掻くなど見苦しいことこの上ない』

そういう声をかける人間も少なくなかった。空の魔女の幻影に囚われ、それを超えることを求めて過度な期待をかける歪さに気づいて、『それに気づいている自分達は他の連中よりも優れている』という優越感を隠さない口ぶりで。

そういう連中は本当にたくさんいて、例外なくこう考えていた。この国では才能が生まれた瞬間に決まっているのだから、早い段階で見切って諦めるのが正解だと。叶わぬと知りながら足掻くのはこの上なく醜いことで、見切りをつけて潔く現状を認めることが美しいことだと。

何度も、何度もそう聞かされ続けて。

ずっと、ずっと──ふざけるなと思っていた。

「なんで……」

もう一度、魔法を振るう。

少々の休息を経たところで自分の体が限界に近いことには変わりない。間断なく 古代魔道具(アーティファクト) を使い続けた副作用でありとあらゆる体の部位が不調を訴え、内側からの傷や痛みは今も収まる様子を見せず、どころか魔法を振るうごとにどんどんと激しさを増している。

……それが、どうした。

「なんで、みんなそんな簡単に諦められるんだ。才能だの運命だの言葉で飾り立てて、足を止めるのがそんなに綺麗なことなのか。それこそが美しくて正しいことなのか」

分かっている。

こんな真似をしても、戦況は変わらない。

砂漠の一滴程度の効果しか与えられていない、その程度の抵抗しか許されないほどの才能しか与えられていない。肉体を削って、激しい苦しみを伴って、あらゆるものを削ってもその程度。自分は、最初から世界を変えられるような存在じゃない。

分かっているんだ。生まれてから今日この日まで、嫌と言うほどに分からされてきたんだ。

それでも。

「…………足掻いてみせてくれよ」

ささやかな、決死の抵抗の果てに。

本音が、漏れ出る。

「嫌なんだよ。誰も彼も、悟ったような顔をしないでくれよ。美しくなくても、正しくなくても良いから。諦めなくても、弁えなくてもいいじゃないか。お綺麗な言葉で飾って、何もかも当然だって受け入れて何も起こらない世界が続いていく、そっちの方がずっと嫌なんだよッ!」

すごいね、素晴らしいね。

ああ、これは仕方ないことだ。

どうしようもないよ、これが運命だったんだ。

──全部全部、くそくらえだ。

そんな綺麗な言葉で締めて、一歩引いて賢く立ち回る前に、お前は僅かでも足掻いたことがあったのか。血反吐を吐くまで追い込んで、本当にどうしようもなかったのかと限界を超えるまで追い求めたことがあったのか。

自分よりも優れたものを、素晴らしいものを。思考停止で称賛して神格化して、嫌いにならない努力を続ける前に。みっともなくても嫌悪を抑えられなくても、その果てに醜態を晒したとしても。隠しきれない嫉妬や羨望と向き合って己を追求したことが、本当にお前らにはあったのか。

自分の周りに、そういう人間は居なかった。

だから、だから。

「── だから(・・・) 、 僕は(・・) そうして(・・・・) きたぞ(・・・) ッ!」

だって……皆に背中を見せるのが、王族の役目だから。

たとえ誰一人見向きもされなくても、自分の心がそうしたいと叫ぶ限りは続けるべきだと思ったんだ。

その信念を、理念を。彼が一人の王子として今までの人生で抱え続けてきた想いを、この死地で叫ぶ。

「足掻けよ、諦めないでくれよ! みっともなくても構わない、泥に塗れても気にするもんか、どれほどみっともなくても──安心しろ、 僕(・) よりは(・・・) マシだ(・・・) ッ! だから……!」

自分は、素晴らしい才能なんて持ってない。他と比べれば遥かに与えられないまま今まで生きてきた。

誰よりも輝くような、美しい存在にはなれない。

ならばその代わり、誰よりも泥に塗れるから。誰よりもみっともなく、誰よりも苦しんで、至らぬ身でも追い求め続けるから。

だから、せめて。

そう考えてくれる馬鹿が……一人ではないって、思わせて欲しかったんだ。

彼の叫びが、届いたのかは分からない。

そもそもそれを確認する余裕がない、既に魔物の波は彼一人では押し止められないところまで来ている。

それでも、彼は止まらない。命を削ろうとも、労力に見合わない痛みと苦しみに塗れようとも、最後の一瞬まで足掻き続ける。そう在るって、ずっと昔から決めていたんだ。

その信念を胸に、ひたすらに。魔法を撃って、敵を倒して、足掻いて、足掻いて。

抵抗の、果てに。

「……うわぁ」

──それでも。

お前が世界に影響を及ぼさない存在だと、どれほど足掻こうとなんの意味もないと、改めて完膚なきまでに思い知らせるかのように。

「すごいねきみ。てっきりとっくの昔にその辺で死んでると思ったのに、そんな血まみれになってきたない魔法を振り回し続けるなんて」

天から降りるように。汚れなど知らないように。美しく白い少年が、この場で最強の魔物が、魔王の雛が、最大の絶望の化身が。

「──すっごく、みっともないねぇ?」

カルマ、最も勝ち目のない存在が。最後の抵抗を踏み潰すべく、ヘルクの前に降り立った。