作品タイトル不明
128話 蹂躙
「──なんで」
その呟きが。
戦場で戦いを続けていたとある一兵卒の、末期の言葉となった。
最期の言葉としては、あまりにもありふれた呟き。
けれどその一言が、どうしようもなく──この場にいた全員の言葉を代弁していた。
自分達は勝っていた。
向こうの本拠地に奇襲をかけて、そのまま血統魔法使いの力も借りて魔物たちを倒しながら押し込んで。これまでと同じく、このまま魔物たちを押し切って殲滅する。今まで幾度か繰り返してきた 大氾濫(スタンピード) と同様の対処法で問題なく片付けられる──と、思った瞬間。
自分達の(・・・・) 足下が爆発した(・・・・・・・) 。
後から判明したことだが、その正体はとある魔物のもつ固有の魔法を、強靭な外殻を持つ魔物の死骸に閉じ込めたもの。魔法の性質をいじって、地中に埋まっているそれの上を一定以上の重量を持つものが通ると魔法が発動するように調整されていたものらしい。
魔物たちは、突如の奇襲に押されている振りをして──自分達をその爆弾が埋まっている場所に押し込まれつつ誘導していた、というカラクリだ。
……ここまで聞けば、分かる通り。
別段画期的な工夫というわけではない。端的に言えば『自分の 本拠地(ホーム) に有利になる仕掛けを仕込む』程度のことであり、人間同士の戦いでは誰もが当然のようにやっていることである。
故に、彼らの誤算は一つ。イレギュラーな状況であるにも拘わらず『今までと同じ魔物の対処』の延長線上で戦おうとしたこと。
端的に言えば── まさか(・・・) 魔物が(・・・) 罠を(・・) 仕掛ける(・・・・) なんて(・・・) 思わな(・・・) かった(・・・) こと(・・) である。
見誤っていた。
これまで、ユースティア王国が出来てから当たり前のように殺してきて、これからも殺すものだと思い込んでいた、同時に向こうも原始的な殺意しか持ち得ないと思い込んでいたある種最も身近な隣人である魔物。
それが、真に頭の回る指揮官を得た場合、どれほど脅威度が跳ね上がるのか。過去に一切例のないことであるが故に、誰も予想できるはずもなかったのである。
兵士たちの足が止まる。あの爆弾がこの先にも仕掛けられていない保証は当然ない、むしろたっぷり仕掛けられていると考えるのが極めて自然で。そんな中で今まで通り突撃を続けられるわけがない。
そして──そのタイミングを完璧に見計らって、魔物が反転攻勢を仕掛けてきた。
ここまでなら、まだなんとか対処ができた。
陣形を立て直して、今まで押していたところから互角の戦いに持ち込む程度で済ませることも、ひょっとしたらできたのかもしれない。
だが。
魔物たちは……そして、それを指揮するカルマは。ここでも今までではあり得ない一手を組み込んできた。
一言で言うなら──『人間を殺さない』という選択肢だ。
先の、足下に仕掛けられた爆弾の件も然り。戦う上で、敢えて殺傷能力を抑えることで戦闘能力だけを奪う──意図的に殺さず戦闘不能で留めておくことを、カルマは配下の魔物たちに徹底させたのである。
倒した兵士を殺すことなく、例えば足を切る程度に留めておいてその場に放置する。そうして一時的に身を潜め戦闘が終わったと見せかけて、仲間を救助しに他の兵士たちが来るのを見計らって一網打尽にする。
それらの、『敢えて足手まといを残す』ことで有効になる戦術を駆使してきたのだ。
『きみたち人間の、弱点。──味方を使い捨てない、どう考えても見捨てた方が良い雑魚ですら助けようとしちゃうんだね』
以前カルマが把握した人間の性質。加えて、 魔物が(・・・) 殺せる(・・・) 人間を(・・・) 殺さない(・・・・) なんて(・・・) あり得ない(・・・・・) ──その印象と先入観によるギャップに、兵士たちは最初ものの見事に引っかかってしまった。それ以降は警戒したものの、時既に遅く。既にこの時点で戦況は魔物有利に傾いた。
そうして、魔物側に余裕が出てくると。それを見計らって、魔物たちは新たな人間の『使い方』を始めた。
今度は兵士たちを──いたぶりながら殺し始めたのである。
「ひッ、ぁ、助け──ッ!!」
「嫌だ、早く殺し──ぁああああああああッッ!!」
味方の悲鳴は、そして味方が傷付き斃れていく様子は、一つの激甚な効果をもたらす。
そう──士気が下がるのだ。
戦いにおいても、感情という要素を無視することは決してできない。
味方が凄惨な殺され方をして、尚且つそれに対して何もできないと分かっている兵士たちの心の動きは、大別して二つ。
自分もいずれこうされるという恐怖か、仲間の尊厳を汚されることへの怒りか。
前者であれば縮こまって戦闘には到底参加できず、後者であれば突っ込んできたところを叩けば済む話。流石にそこまでの軽慮をはたらく人間がおらずとも、平静な心を失わせた時点で脅威ではなくなる。
そうして、相手を罠にかけ、その有利を拡大し、周りの環境も状況も敵でさえも、この上なく効率的に使って終始戦いを有利に進めきった。
ユースティア王国兵の弱点、魔法使い抜きで戦った経験があまりに乏しく、イレギュラーな状況に弱いことを完璧に突いた。
そして、極め付けは。
今の流れや戦略全てを── なんの(・・・) 予備知識も(・・・・・) ない(・・) 状況で(・・・) 、 カルマが(・・・・) 一から(・・・) 直感的に(・・・・) 生み出した(・・・・・) ということ。
人間を、効率的に殺す。その魔物の本能に従って、されどこの上なく理性的に。
最初から最後まで、完璧に踊らされきった。
ケタケタと、ケラケラと。魔物たちが不気味な哄笑を上げながら、仲間の兵士たちの死体を弄んで、次はお前たちの番だと嗤っている。
地獄のような光景、それを見た時には──既に全員が、一つの真実に辿り着いてしまっていた。
たかが魔物、と侮っているつもりはなかった。
けれど、この魔物たちは既に人間よりも、想像を遥かに超えて。本来人間の方が優れていなければならない分野において秀でている。
すなわち──こいつらはもう、 自分達(・・・) よりも(・・・) 戦争が(・・・) 上手い(・・・) 、と。
それを理解した、つまりこの戦いにおいて、人間たちが優れている部分は一つもないと気づいてしまった時点で、最早勝ち目などあるはずもなく。
恐ろしい魔物の軍隊が、彼らの主人に合わせて蹂躙のための進軍を始めるのだった。