作品タイトル不明
127話 カルマ
生まれた時から、何をするべきかは知っていた。
それはひどく曖昧なものだったけれど、方向を間違うことは絶対にないんだろうなということも不思議と確信できるもので。
最初から進むべき場所が決められていて、それになんの疑問も抱かずに従うことができて、しかもそれがこの上なく楽しみを感じられるものであったのなら。
それは──きっと、とてもとても素晴らしい一生であると言えるのではないだろうか。
故に、彼は。
今日も何一つ疑問を抱くことなく、己の生を謳歌し。
何も躊躇うことなく、貪欲に魔法を蒐集して他の命を踏み躙り。ありとあらゆるものの頂点に立つべく何もかもを見下すだけの力を得る。
その、覚悟と呼ぶ必要すらない確信を胸に抱き。
彼は今日も──自分を生み出した 魔法の名前(カルマ) を己の個体名と在り方に定め、全てを蹂躙しにかかるのだ。
◆
このままでは、自分は死ぬ。
絶え間ない魔法の雨にさらされながら、カルマはそう確信した。
エルメスの分析はこの上なく正しい。自分の対応能力の限界を超える魔法をひたすら叩き込むことで適応前に削り切る。魔力量など諸々のキャパシティを把握しきってきっちり削り切れるだけの魔法を用意してきたのも見事としか言いようがない。
故にこのままでは、自分は消し飛ばされて死ぬ。
そう、このままなら。
よって、カルマは考える。
(── じゃあ(・・・) 、 今進化すれば(・・・・・・) 良いだけだよね(・・・・・・・) )
なんてことのないかのように、そう結論づけて。
続けて考える、どう進化すれば良いかと。
向こうは今、自分の対応能力──つまりは自身の最大の特性である『進化』、その速度の限界を超える速度で攻撃を繰り返すことで自分を殺しにかかっている。
ああ、ならばやるべきことは簡単だ。
──それより速く進化すれば良い。
今までよりもっと、素早く的確に何もかもに適応し、魔法を学習できるようになれば良い。 それが(・・・) できる(・・・) 生物に(・・・) 今(・) この(・・) 瞬間に(・・・) 生まれ(・・・) 変われば(・・・・) 良い(・・) 。
まさしく、子供の発想。
それができれば誰も苦労はしないと誰もが一蹴するような机上の空論未満の戯言だ。
なのに。
彼は、おそらく現時点で世界で唯一。それができてしまう。
カルマは想うだけで良い。それだけで彼の肉体は、原初の魔法によって生み出された至上の肉体はそれを叶えるべく勝手に動き始める。
より的確に、より強靭に。
今まで以上に素早い進化を可能にするために肉体が変化を重ねる。体に刻まれた魔法──と言うよりは、体を構成する細胞一つ一つに至るまで魔法そのものである彼の身体が、その解に程なくして辿り着く。
そもそも進化に時間がかかるのは、細胞が通常状態では止まっているからだ。変化しない静止の状態であるからだ。急に最高速度まで加速できる生物が存在しないように、止まったものが急な速度で変化をすることはできない。
なら、逆転の発想。──常に変化を続ける状態であれば良い。
一秒一瞬たりとも止まることなく、常に動き続けて進化を重ねる魔法となれば良い。静止の点ではなく、無限の循環を重ねる円環の如き存在となれば良い。そういう魔法で肉体の全てが構成された生物となれば良い。
どくり、と細胞が躍動する。絶え間なく押し寄せる魔法にも負けないほどに凄まじく変化を繰り返す。
その試みが成功することを、カルマは疑わない。自分がそう言う生物であることの確信を些かも衰えさせない。
彼を倒すためにエルメスたちがどんな苦労をしてきたなんて、何も知ったことではない。
彼に敵対するものがどんな想いでいるかなんて、何一つ考慮することはない。
まさしく、子供が砂の城を容易く壊すように。カルマはそれを思うがまま、望み通りにする。
自分に従うものが生き残って、自分に逆らうものが速やかに退場する。この世界はそういう風にできているし、自分の体はそれを叶えるようにできているのだから。
(……ああ、そう言えば。これまで殺した人間たちの一人が、素敵なことを言っていたなぁ)
凄まじい勢いで変化する自分の肉体。その流動に心地よく身を委ねながら、カルマは最後に思考を紡ぎ、一つの言葉を思い浮かべる。
(──『信じるものは救われる』。……ああ、 全く(・・) もって(・・・) その通り(・・・・) じゃないか)
自分は、信じるだけで良い。
それだけで、何もかも全て自分の都合の良いように進んでいく。
だからこそ──魔法は素晴らしいんだと。
その思考を最後に、自分の体が全く別の新しい領域に入ったことを確信し。
その、果てに。
◆
「……」
全ての魔法を撃ち切った。
エルメスという存在が現時点で持ちうる中で、今扱える全ての魔法を余すところなく叩こみ切った。
正真正銘、今この瞬間に絞り出せる全てを出し切った。
だから。
「……ああ」
魔法を叩き込んだ後の土煙から、聞こえてはいけないカルマの声が聞こえた瞬間に。
エルメスの敗北は、確定していた。
「ありがとう、って言えばいいんだよね。こういう時、誰かのおかげで何かができた時。
今回の場合は──きみのおかげで、ぼくが今まで以上の素敵な存在になれた時」
そう告げて。
砂煙の中から登場したカルマを見た瞬間──戦慄と共に、確信を得た。
ありえない(・・・・・) ものが(・・・) 、 目の前にいる(・・・・・・) 。
まさしくカルマが今告げた通り、今までと全く別のものに彼は変質していた。
生物は、あんな魔力を発して良いものではない。あんな魔法を内包して良いものではない。構造も、存在も、考えうる何もかもが今まで見たものの常識を遥か彼方に置き去りにしている、それこそ生き物かどうかも怪しい領域の存在として眼前の少年はある。
そして、何より。
そんな存在であるのに──姿形自体は今までと何一つ変わらない。そのたった一点のちぐはぐが、尚更不気味感、異質感、何より超越感を強調している。
「だから、お礼に」
そのカルマが、口を開いて。
「──きみにもらった魔法、ぜんぶ返すね?」
同時に、魔力を高め。唄うことすらせずに。
エルメスがこれまで放った魔法を 全て同時に(・・・・・) 、なんのモーションも無く撃ち放った。
「──」
抵抗などできるはずもない。
苦し紛れに展開した結界の魔法など、その圧倒的な物量の前であっという間に飲み込んで。彼と同じ、けれど彼よりも段違いに強力な魔法群が、なす術なくエルメスに殺到した。
「エルメス君ッ!」
視界の先で起こった出来事に、ルキウスも叫ぶ。
信じられないものを見た、けれど今やるべきことは明らかだ。策が失敗した以上ここにとどまる理由はない、彼の生存に一縷の望みをかけて回収、速やかに体制を立て直して次を──
──なんてことを実行することも、どころか思考する暇を貰うことさえも。
あれを前にしては、絶望的なまでに贅沢すぎた。
「きみに関しては」
気がつくと、カルマが目の前にいた。
自分を遥かに超える速度で、視認さえ許さない俊敏さで。
言い直すと──王国最速のルキウスでも反応すらできない速度で距離を詰めたカルマが、無造作に致命の拳を腹に叩き込んで。
「──かッ」
「単純に腹立たしかったなぁ。だってあの子と違ってぼくに見せる魔法をなんにも持ってないのに、そのくせ強いんだもの。だから殺すよ、だってさ」
そうして。
悍ましいほどに無邪気で傲慢な口調で、手向けとして告げる。
「──ぼくより足の速い生き物がこの世に存在して良いわけがないよね?」
冗談のような速度で、遥か彼方まで吹き飛ばした。
一撃。
エルメスは魔法で、ルキウスは拳で。互いにそれぞれの得手、それぞれ最強であるはずの分野で尚一撃のもと打ち倒したカルマは。
そのまま周囲を、つまりこの戦い以外の戦況を見渡して告げる。
「……うん」
全てが思い通りに行っている、満足げな微笑みと共に。
「 ちゃんと(・・・・) 、 魔物たちが(・・・・・) 優勢だね(・・・・) 。
……これなら、他の人間たちもそんなに遠くないうちに皆殺しにできるかな。……まぁ、ぼくも暇だしお手伝いに行こっか」
そう言うと、無造作な振る舞いで尋常ならざる速度で地を蹴って。
──蹂躙が、始まった。