作品タイトル不明
121話 兄妹
「お兄様、立てるかしら。立てないほどの勢いで殴ったつもりはないのだけれど」
「……ライラ、っ、何で君がここに」
「それを答える義理は今のところないわね。……というか、思った以上に効いてるわね。第一王子様は頬を打たれた経験なんてお父様にも無かった、とでも言いたげかしら」
困惑と共に立ち上がるヘルクに向かって、挑発と──何処か自嘲も含まれた笑みと共に、ライラが告げる。
「ま、そうよね。……そういうことも含め、うちの親は何ひとつ教えてくれなかったもの」
「……何がしたいんだ、君は」
「言ったでしょう、『お話』よ。まぁ、手を出さないとは言ってないし──安心して良いわよ、そっちも出すなとは言わないから。お兄様は女の子を殴る度胸なんてないだろうから、魔法でも使ったらどうかしら? そのボロボロの体でできるなら、だけど」
なおも挑発的な響きを崩さないライラ。ヘルクは苛立ちを感じつつも、何処か困惑の方が先立つ印象だ。
「……退いてくれ。君の戯れに付き合っている暇は」
「とか言って、大人しく退いたところでどこにも行けなくなるくせに」
もう一押しだろう、とライラは判断し。
「あら、少し言い方が迂遠だったかしら。……じゃあもっと直裁的に言ってあげましょうか? お兄様のエルメスに対する恨み言、随分御高説を垂れていたみたいだけれど、私が聞いて思ったことはただ一つ」
嘲弄の笑みと共に、告げる。
「── じゃあ(・・・) さっさと(・・・・) あの魔物に(・・・・・) 突っ込んで(・・・・・) 無駄死に(・・・・) したらどう(・・・・・) ?」
ヘルクの中で、真っ赤な感情が膨れ上がったのが分かった。
「ああ、ほんと。そういうの、いっちばん腹立つのよ。だから──まずは八つ当たりさせてもらっても、いいかしらッ!」
それと同時に、もう一発拳を叩き込むべくヘルクに向かって駆け出す。
それで向こうも感情と共に振り切ったのだろう、迎撃するように己の血統魔法を起動してこちらに放ってくる。
「はっ、ようやくその気になったかしら!」
迫り来る冷気の魔法に、ライラも魔法で対応。『 精霊の帳(テウル・ギア) 』で自分を守って攻撃をやり過ごしてから続けて展開した結界を変形。壁のような形状にして真正面に配置し── そのまま(・・・・) ヘルクに(・・・・) 向かって(・・・・) 撃ち出す(・・・・) 。
「!?」
『 精霊の帳(テウル・ギア) 』の、攻撃への転用。どうやら背後のエルメスが使っていた攻撃を参考にしたものらしい、あの聖女様から教えてもらった魔法の使い方だ。
当然、ヘルクは初見。対応しきれず、硬質化した結界の直撃を受けて弾き飛ばされる。
合わせて、ライラ自身も鬱憤を晴らすかのように声を荒らげ。
「ええそうよね、他者の助けも借りず、自分一人でやりたいと望んで、でもやり遂げる力もない! じゃあ結論はそれしかない──それしかないって、 自分自身(・・・・) でも(・・) 分かってる(・・・・・) から(・・) こそ(・・) 人に(・・) 言われる(・・・・) のが(・・) 一番嫌(・・・) よねぇ!!」
ああ、分かる。分かってしまう。今のヘルクにとっての逆鱗がそれだと、多分この場でライラが一番分かってしまっている。
それは、きっと。
「ッ、ふざけるな、そんなこと、言われるまでも──むしろそれを言うなら君だって!」
「ええ全くもってその通り、私だってそうだった!」
きっと自分も、同じだったから。
「分かってたわよ、ずっと前から! お母様が私の方を向かないことも、この先もずっとそうなんだろうってことも! ずっと昔から──きっと私の生まれる前から、たった一人しか目に入っていなかっただろうことは!」
無論、厳密にその人物を特定していた訳ではない。
けれど、きっとそうなんだろうなということは心の奥底で確信していた。確信できる程度には──母のことを、見ていたのだから。
そしてそれでも、一度で良いから自分を見て欲しい思いが、諦められなかったのは。
「だって、それしかなかったんだもの!」
「ッ」
「さっさと諦めて他の生き方を探す!? 別の方向から願いを叶えるやり方を考える!? ええほんと、どいつもこいつも分かってないわ──」
血反吐を吐くように、世界を呪うように、叫ぶ。
「──それは所詮、そうできた奴の理論よ」
「!」
「それが出来るほど私たちは強くなんてないのよ。たった一つの願いだけで精一杯で、それを変える余裕も捨てる余裕も、時間も力も救ってくれる人も、何ひとつ持ち合わせなんてなかったんだもの!」
「ッ、なんで、そんな、君がッ」
「本当、何でなのかしらねぇ。本当に、反吐が出るけれど──私が一番、そのことが分かっちゃうのよッ!」
それはきっと、どうしようもなく似ていたから。
同じ血を分け、同じ境遇を味わったから。問題のあった家に生を受け、分不相応な期待を寄せられてそれに応えるしか自分を証明する道がなく。能力に不釣り合いな使命や願いの重さに押しつぶされてどこにも行けなくなった。
最初から破綻していた、王家に生まれてしまった出来損ないの兄と妹。
「……ああ。僕だって分かっていたさ」
ヘルクも、地の底から絞り出すような声で告げる。
「そこのエルメスだって、最初から無条件にあれだけの力を得ていたわけじゃない。相応の労苦や努力があっただろうし、僕たちの知らない絶望や挫折を経験してきたことくらい、アスターとは根本的に違うってことくらい、最初から分かるさ!」
でも、と悲痛に叫んで。
「僕だって。頑張らなかったわけ、ないじゃないか」
「──」
「願うものが遠くにあるのなら、手を伸ばさなかったわけがない。探さなかったわけがない。努力しないわけには行かないから、当然そうしたさ!
できる限りのことはやったつもりだ、自由になる時間の全てをそれに捧げた、命を削ってまで望むものに手を伸ばした!!」
それでも、駄目だったのなら。望みに、爪先が触れることすら許されないのなら。
「……何が、違ったって言うんだ」
「……そうね」
「誰がそれを分けたんだ、どうしてそういう風に分かれたんだ。選ばれた奴とそうじゃない奴、世界の望みに合うものと合わないもの、望みを叶えられる人間と届かない人間は、何が違うんだよ!」
これも、分かってる。
多分嘆いたってどうしようもないことも、何ひとつ変わらないことも。
でも。
「……恨み言をぶつけることすら、駄目なのか」
「……ああ、本当、同意よ」
何とも言えない苦い表情を一瞬ライラが浮かべた後、続けてヘルクに手を伸ばし、魔力を高めて。
「鬱憤を晴らす場くらいは、あっても良いってのは私もそう思うわ。正直、こっちにも色々と恨み言だってあるの。だから」
不器用な笑みと共に、告げる。
「私の八つ当たりに、もう少し付き合いなさいよ。……代わりに私も、そっちに付き合ってあげるから」
それを受けて、ヘルクも何かを堪えるように歯を食いしばった後、こちらも魔力を高めて。
また、何度目かの魔法のぶつかり合いが始まる。