作品タイトル不明
119話 相性
「──『 魔弾の射手(ミストール・ティナ) 』」
これ以上の魔法を見せるつもりはない。その決意のもと、まずは最も慣れ親しんだ魔法で小手調べ。
しかしカルマは先ほど再現したばかりの『 精霊の帳(テウル・ギア) 』で容易く防ぎ切ると、返す刀で凄まじい物量の魔法を撃ち放ってくる。
エルメスもそれを『 精霊の帳(テウル・ギア) 』で防ぎつつ──目を見開いた。
(……嘘だろ)
防ぐこと自体はできた。威力も──思った以上ではあったが想定外と言うほどではない。
故に、彼が驚いたのは……
(この魔法、この魔力。…… 本当に(・・・) 、 さっきと(・・・・) 同じ(・・) 存在(・・) なのか(・・・) ……!?)
魔力の、質だ。
あまりにも変質しすぎている。出力も性質も、つい先刻対峙した時とは全く別物だ。
一瞬別人を疑ったが、恐らくそういうわけでもない。微かに同質の名残だけは見られる。
故に考えられるものは、必然的に一つ。 単純に(・・・) 先ほどから(・・・・・) 今この瞬間(・・・・・) までに(・・・) 凄まじい(・・・・) 速度で(・・・) 変わった(・・・・) という可能性だけ。
正直信じられないほどの常識外れの変質速度だが、『あり得ない』と断じる真似はしない。現に目の前でその現象が発生している以上、まずは『そういうもの』として認識し、その仮説を立てた上で観察を続ける。
すると、見えてくる。……変わったのは、魔力の性質だけではないと。
体内構成、魔力構造、体組織からして無数の変化を続けているのが分かる。更に加えて……
「あはははは! ああ、なるほど、よく分かる、もっとよく分かるよ。きみを殺すにはもっとこうすれば良いんだね。さぁ、早くしないとすぐに殺せちゃうよ、その前にもっときみの魔法を見せた方が良いと思うなぁ!」
加えて、これは。
( 性格も(・・・) 、変わっている……?)
先ほどの対峙では、まだ向こうも多少は穏やかな気質を保っているように見えた。
だが今は、その面影が無い。子供のように純粋に、子供のように無邪気に、そして──子供のように残酷に。
そう、それこそ──この国の貴族から性格を学んだらこうなるかのような。
恐ろしいことは、そうしている間にもどんどんと魔法の圧力が強くなっていることだ。本当に、ありとあらゆる周囲の環境を純粋に貪欲に、凄まじい速度で学習している。
それを見て、改めてエルメスも悟る。この異質な魔物の少年の、本質を。
こいつは──『進化』の化身だ。
周囲からありとあらゆるものを学習し、それに合わせる形でその都度最適に自身を変質させる。本人にすら意識しないレベルの速度で己の在り方を付け加えて、学習すればするほどに強くなって行く。
どんな過酷な環境であろうと適応し。
どんな外敵が現れようと、適切な進化を繰り返して 絶対に(・・・) 敵よりも(・・・・) 強くなる(・・・・) 。
……控えめに言っても、異次元。
そして同時に悟る──ローズの言っていたことは、この上なく正しいと。つまり、
(……僕では、あいつには勝てない)
魔法戦闘の世界にも、相性というものはある。
それで言うならばエルメスは、かなり尖った対応型だ。相手の出方を見た上でそれに合わせて魔法を使い、時に相手の魔法を分析解析、学習してしっかり時間をかけて完封する戦い方を最も得意とする。
そして──そう。カルマも同様、否、それ以上に極まった対応型の極致。
すなわち、戦いの型においても完全な上位互換。相性は、言うまでもなく最悪。
エルメス単体では、絶対に勝てない。
こいつを打倒するには、向こうが対応しきれないレベルの速度で圧倒的な何かを叩き込み続ける必要がある。だが、あれの速度を上回る魔法使いなどエルメスの記憶にはない。ラプラスでも恐らく不可能、可能性があるとすればローズの三つ目の血統魔法だろうが……これは言った通り、カルマに再現された時のリスクが極大すぎる。
だとすれば……
(……これ以上は、推測の域を出ないな)
そこで思考を打ち切ると、エルメスは改めてカルマの対処に専念する。
そうこうしているうちにも向こうの魔法はどんどんと威力を増している。既に扱う魔法はどれも王族の血統魔法に引けを取らず、どんな魔法使いであろうとも耐え切れるものではなくなっているだろう。
だが──
「…………、なんで死なないの?」
カルマが、不機嫌そうに呟く。
その言葉通り、エルメスは耐えていた。向こうの魔法を適切に解析し、捌き、向こうの魔法の圧が弱いところに的確に潜り込んで一瞬の最適解を一瞬も間違わずに生存の綱を渡り切る。
向こうの魔法が進化すれば、その瞬間から進化した魔法を解析して更に対応する。これまでの経験が可能にした桁外れの対応能力が、異常な時間の耐久を可能としていた。
まぁ、とは言え。
流石のエルメスでも限界はある。このまま耐久を続けているだけではそう遠くないうちに上回られて殺される未来しか待ち受けてはいない。
だが。
「別に、今あなたに一人で勝つ必要はございませんので」
「!」
エルメスが告げると同時、カルマがぴくりと反応。そこから遥か遠くに目を向けて「……まぁそっか、そうだよね」と呟く。
どうやら、これも規格外の魔力感知能力で把握したらしい。──カティアをはじめとした援軍が、既に超速でこちらに向かっていることを。それがある以上当然エルメスの戦闘上での目的は、最初からあくまで時間稼ぎに過ぎない。
……このままムキになってエルメスを殺そうと攻勢を強めて、その場に留まってくれれば楽なのだが──
残念ながら、向こうは稚気の強い外見と言動に反して知能も非常に高いのである。
「……んー、流石にアレ全員を一気に殺すにはちょっとだけ時間が足りないかなぁ」
幼いが故に、余計なプライドや固執も持たない。戦況的に不利と判断すれば躊躇なく撤退を選べてしまうのも、この少年の厄介なところだ。
それに従って今回も迷わず退く判断をして魔法の攻勢を辞めるカルマ、そのまま退く構えに移ってそれ用の魔法を発動しつつ……けれど不機嫌さは収めていない様子でエルメスに向かって問いかけてきた。
「せっかく新しいのがもっと見れると思ったのに。……ていうか、じゃあ君はなんで戦ったの? 最初からやる気がないなら逃げてればよかったじゃん」
鋭い洞察だ。一応戦闘の目的は既に果たしているのだが……余計なことを言うのもここはまずいかと瞬時にエルメスは判断する。
「逃げ切れる自信が無かっただけですよ。それに……こういうのはこの戦いまでです」
だから、一つ餌をまく。その意志と共に、告げる。
「──次で、最後」
「!」
「次合間見える時は、正真正銘の『本気』で戦うことをお約束しますよ。……正直言うと僕も、シンプルに負けっぱなしは嫌いなもので」
八割がた本心を交えて言い放つ。それが功を奏したのだろう、嘘偽りがないことを確認したカルマもにぃ、と笑って。
「それは楽しみだなぁ。……うん、いいよ。ぼくも今回は新しいことが分かったし」
最後に返礼のように、捨て台詞のように。
「きみたち人間の、弱点。── 味方を(・・・) 使い捨てない(・・・・・・) 、どう考えても見捨てた方が良い雑魚ですら助けようとしちゃうんだね」
──ヘルクを見据えて。そう、言い放った。
「ッ!」
「うん、良いことが分かった。もっと効率的に殺せそうだよ。じゃあねぇ」
そうして、カルマはその場を去る。ヘルクには心からの侮蔑、エルメスには心からの好奇。絶望的なまでに純真無垢に、向ける感情を使い分けた表情を手土産に。
「…………」
カルマの最後の言葉は、検討するには十分な不穏も孕んでいたが。
今は後回し。今回カルマと対峙した目的は十分に果たした、だから後は。
「それでは──全部、聞かせていただきましょうかヘルク殿下。
すみませんが、そちらの感情や意志を考慮していられる状況にはございませんので」
敢えて、一切の容赦を排除した表情で。
苦悶と絶望と怨恨と……様々な感情が混じり合った表情を浮かべて膝をついているヘルクに向けて、逃がす意思はなく静かに問いかけるのだった。