作品タイトル不明
116話 ヘルク
特別な何かに、なりたかった。
自分にしか出来ない何かがあると、信じたかった。
優れた魔法能力により、近隣諸国の中でも群を抜いて強大な国家であるユースティア王国。
その第一王子──即ち王位継承権一位の存在として生を受けた存在。
それだけを聞けば、最早その出自だけで十二分を超えて『特別』だと思われるだろう。
ヘルク自身も、そう思っていた。……物心がついて、すぐの時までは。
「ええ、素晴らしいですわヘルク様。歴代王族と比べても、十分に優秀ですが……」
「何も問題などございませんよ。このまま育てば今の国王様と同じ程度には優れた魔法使いになれるでしょう。けれど……」
違和感は、ものを考えられるようになってからすぐに抱いていた。魔法の授業を受けるようになってから、徐々に積み重なっていった。
皆、褒めてくれる。褒めてくれるのだが……何処か奥歯にものが挟まったような、本当に言いたいことを飲み込んでいるような。
それに、早くの段階に気付けてしまったことが、ひょっとするとヘルクの一番の不幸なのかもしれなかった。
本当に小さい頃は純粋に飲み込めたそれが、少しずつ、少しずつ気になるようになっていって。周りの人間の褒め言葉も素直に喜べなくなっていった、疑うようになっていった。
そう出来る程度には、ヘルクは聡明であり……そして幼い子供にそれを軽く悟らせてしまうほどに、彼の周りの貴族たちは嘘が下手すぎたのだ。
疑念や違和感は積み重なり、ある日我慢ができなくなって。
それが知りたくなって、国王である父に直接それを聞きに行こうとした、その時。
──あまりにもタイミングが悪く、それを聞いてしまった。
「国王様、いい加減にしていただきたい!」
扉の前で耳に届いたのは、これまで聞いたことがないほど大きな怒鳴り声。
びくりと身を跳ねさせる幼いヘルクだったが、直後に気付く。今の声は常から自分を曖昧に褒めていた、自分の家庭教師のものだと。
それに気づいた瞬間続きを聞くのが怖くなって……けれど興味から聞かないわけにはいかず。続けて耳を澄ますヘルクのもとに──その言葉が、飛び込んできた。
「──言わせていただきましょう。ヘルク殿下は、『失敗』です」
「…………」
「確かに、能力的には悪くありません。このまましっかりと成長すれば、自然と 歴代王族の(・・・・・) 中では(・・・) 上位の魔法能力は得られるでしょう。ですがッ!」
呆然とするヘルクが聞いているなど露も思わず、その家庭教師は。
「『空の魔女』には遠く及ばない! どれほど成長しようとも何をしようとも、あの領域に辿り着くことは不可能だ!」
「……」
「国王様! あの女を押し退けて王位に立ったからには、次の代であの女を超える魔法使いを生み出さねばならない! でなければあなたが王位に就いた意味などないでしょう!」
「そうだ! あなたはあの女を追い出した判断が間違っていなかったと証明する義務がある! それをきちんと理解しているのですか!?」
「なのに何ですか、未だヘルク殿下を身限らずあまつさえ『あくまで普通の王族として扱え』などと!」
「失敗作は早くに見捨てる、それが歴代王族もやってきたことです! あなたは王国歴代最高の魔法使いをを生み出さなければならないッ! それをご理解なさっているなら早く『次』を──!」
家庭教師の声と、他の人間の声にかき消されて王の声は聞こえなかった。
否──耳に入っていたとしても到底理解はできなかっただけかもしれない。
「…………失敗、作……?」
幼いヘルクには、その言葉だけがあまりにも重くのしかかってきて。
それだけを突きつけられたまま、扉の前を去るのだった。
その日以降、全てが繋がった。
『歴代王族と比べても、十分に優秀ですが……』
『優れた魔法使いになれるでしょう。けれど……』
あれらの言葉は、全て。その後に『空の魔女には及びませんがね』との文言がついてくるが故のことだったのだと。
彼の周りの人間は皆、その幻影に囚われていて。本来なら優秀な魔法使いとしてきちんと育てられるだろうヘルクのことなど誰も見ておらず。
空の魔女を(・・・・・) 超えられる(・・・・・) かどうか(・・・・) 。それができなければ、自分には何の価値もないのだと理解してしまった。
当然、調べた。
ローゼリア・キルシュ・フォン・ユースティア。先代の第三王女にして、あまりの破天荒と思想の相違により王国を追い出された魔法使い。
公には記録を削除されていたが、王家の権限で閲覧できた記録にはその多くが記されていた。
三重適性、と知った時点で心が折れそうになった。
魔法の内容も自分など及びもつかないと分かって無理だろうと思った。
それ以外にも彼女の残した様々な逸話から──これは一生をかけても届かない、もう最初からステージが違う存在だと悟ってしまった。
それでも、止めるわけにはいかない。
王位継承者として、最高の王様にならなければ。自分はもうそれ以上何にもなれない。産まれ的にも能力的にも、そういうものだと分かっていたから。
だから、必死に頑張った。
魔法使いとしての能力は血統魔法に左右され、生まれた瞬間から能力の上限値は決まっている。それは嫌と言うほど理解していたが、それでも頑張った。頑張るしかなかった。それ以外、出来ることがなかった。
…………でも。
所詮自分は、たかが一個人で。国の全てを覆っている風習を根こそぎ覆すような器ではなくて、その事実自体が自分が『空の魔女』に届かないことをこの上なく証明してしまっていて。
周りの人々の失望の視線は、日を追うごとに強くなっていって。いつしか誰も自分に期待していないことを一切隠さなくなって。
そして。
弟である第二王子アスターが生まれて、生まれた瞬間からその桁違いの魔力に皆釘付けになって、誰も彼もアスターを持て囃して自分には見向きもしなくなって。
最後は、アスターが五歳の時。
「──なんだ、こんなものか。失望したぞ、兄上」
血統魔法が発現した直後のアスターに、何もできずに瞬殺された瞬間。
ヘルクのアイデンティティは、完膚なきまでに消滅した。
◆
特別な何かに、なりたかった。
自分にしか出来ない何かがあると、信じたかった。
けれど、自分が望んだ特別にはなれず、自分なんかいなくても世界はなんの問題もなく回ると、あまりに幼い頃に理解してしまって。そこからは、周りの視線を一身に集め増長していく弟の影で死んだような日々を過ごしていた。
……分かっている。
劣等感とか欲求とか、そういうものに都合よく目をつけられて。あのラプラスとかいう男の甘言に惑わされた結果まんまと王国を混乱させる計画に加担させられ、望んだはずの空虚な玉座も用済みとなったら追い出され、最後の仕事だと言わんばかりに意味不明な化け物、これまで蔑んでいたはずの父が自分達に見せず必死に抑え込んでいた怪物の相手をさせられている。
そんな自分は──ただの道化でしかないと、もうとうの昔に理解はしていた。
多分、自分がこれ以上何かをやっても周りに迷惑しかかけない。
だから、主役にも脇役にもなりきれない自分はさっさと死んで退場するのがきっと世のためになるだろうとも、分かっている。
……でも。
「でもさぁ……!」
──じゃあ、自分はなんのために生まれてきたのだ?
その問いだけが、どうしてもやめられなくて。その答えだけが、知りたくて。
だから、せめて。
「……あ、やっぱりきたんだ」
予想通り、と言いたげ顔で。少しの飽いた調子と、それでも暇つぶしにはなるかな、と気だるげな殺意を漲らせる少年。
その瞳には、真剣の色はまるでなく。文字通り自分なんか眼中にないことは明らかで。
怪物。人型魔物。自称カルマ。
国王が、国政をほとんど無視してまで倒さねばならないと判断し、その判断が妥当だと思えるほどの桁外れの力を持った正真正銘の化け物。
多分、自分なんかに敵う存在ではなくて。国を上げて戦わなければならないほどの存在であることはここまでの対峙で嫌と言うほど分からされていた。
分かっている、分かっているけれど、でも。
ここまでやらかした上で、この怪物の打倒まで、自分のやったことの後始末まで。他の人間に任せたのなら、掻っ攫われてしまったのなら。
そんなの──惨めすぎるではないか。本当に、なんのために自分はここまで存在してきたのかが、何もかも分からなくなってしまうではないか。
ああ、だから。
別にもう玉座なんていいから、命なんていいから。自分が、どうなってしまおうが一切構わないから。
せめて──こいつだけは自分の力で倒させてくれ。自分の力での、何かの成果をくれ。
この国に(・・・・) 生きた(・・・) 正の(・・) 爪痕を(・・・) 、 遺させて(・・・・) くれ(・・) 。
「五月蝿い、化け物。お前だけは、殺す」
「また? それしか言わないねぇ。……つまらない人間だよ、きみ。これまで出会った中でも、ぶっちぎりに」
全てを透徹して鎮まり切った殺意の宣言と、呆れ返ったような言葉。対照的な二つの声を、短く交わしたのち。
怪物と、ただの人間の。何度目かの激突が、始まった。