軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

98話 エルメス・2

そこから先も、カティアの言葉は続く。

彼の背負っているものを、一つ一つ外す儀式は続く。

「後は、あなたはこの戦いを途中で放り出すことに罪悪感を抱いているかもしれないけれど……実のところ、それを感じる必要もないのよ」

今度は、彼が戦いを続ける理由の一つ。この国の、未来を賭けた戦いについて。

彼女は、こう語る。

「だって。……あなた、正直この国の貴族のためには戦えないでしょう?」

「!」

この上なく、核心をついた言葉と共に。

「今ね、ルキウスさんが外の貴族や教会の人間を諌めていてくれているけれど……ひどいものよ。大半の人は、急に居なくなった教皇を心配もせず、開口一番言うことは自分の利権を保証してもらえるのかどうかばかり。

私でさえ、割とうんざりしているもの。あなたなら尚更でしょう」

事実故に黙り込むしかない。

カティアの言葉通り、元より彼に大した貴族意識と呼べるものはない。『国の未来のために』なんてものは、彼にとって戦う理由にはなり得ない。

「そして……あなたの追い求めて、創ろうとしていた魔法についても。分からなくなってしまったのなら、無理に進もうともしなくて良い。立ち止まっても良い。無理矢理やって形になるようなものではないことは、あなたの方がよく分かっているでしょう」

「……」

続けて、彼女は剥がしていく。

次々と、丁寧に、取り去っていく。

「あなたがここで立ち止まっても、私たちは誰もあなたを責めはしない。むしろあなただけにこれまで負担をかけすぎてしまったんだもの、この先はわたしたちだけで頑張るくらいの気概がないとだめだし、実際私たちは全員そうする気よ」

彼が進む理由を。彼が頑張る理由を。

誰かのための理由も……そして、ひょっとすると自分のための理由も。

これまで彼が背負わされたもの全てを、一つ一つ解くように。

「当然、戦えないからと言ってあなたを見捨てて放り出す、なんてこともないわ。むしろこれまでの最大の功労者として迎えて、ここから先も全力で私たちがあなたを守るって誓う。もうこれ以上、あなたを傷つけさせることも絶対にしない」

そうして。

何もかもが取り外されて、まっさらになった彼に。

王都に戻ってきた時のようになんのしがらみもなく……けれど、これまでの経験と記憶だけはきちんと積み重ねられた彼に。

「あなたはもう、これ以上頑張る必要は本当にないの。これまですごく、すごく頑張ってきたぶん。これから休む権利は、もう十分に持っているわ」

そんな、全てを下ろして空っぽになった彼の心に。

カティアは、問いかける。

「……だから。もう、やめる?」

「──────、いやだ」

「 じゃあ(・・・) 、 それが理由よ(・・・・・・) 」

「…………え?」

エルメスが、呆けた声を上げた。

けれどそれは、カティアの言っていたことが分からなかったからではなく。

……ひどく。それがとてもとても、しっくりきたからで。

それを証明するように、カティアが続ける。

「ねぇ、エル。あなたはきっと、今まで拠り所にしていたものを失って。どうやって立ち上がれば良いのか分からなくなって、だからそれに代わる、立ち上がるに足る『理由』を求めていたのかもしれないけれど」

そこで、一旦言葉を区切って。

きっぱりと、一息。

「──そんな。おとぎ話のように都合の良いものは、ないの」

「……あ」

何かに気づきかけるエルメスに。静かな声で、カティアは続ける。

「エル。私が過去、自分の進むべき道に迷って。そこからあなたに導いてもらった時も……実を言うと、あなたの言うこと全てに賛同できていたわけではなかったわ」

かつて、カティアが自分の進むべき道──貴族としてのあり方を求めた結果、大切な人を逆に傷つけてしまう問題に直面した時。

最終的にはエルメスの言葉で立ち直ったが……それでも。自分の問題を完璧に、それこそ魔法のように解決できていたわけではなかった。

けれど、それでも彼女は進んだ。

何故なら。

「あの後何度悩んで、どれほど葛藤しても。

──『じゃあやめるのか』という問いに頷くことだけは、どうしてもできなかったから。私は今、ここに立っているの」

その理由を説明した後、彼女はそして、と言葉を区切って。

「……あなたも。きっと、そうでしょう?」

「……」

──ずっと、理由を探していた。

例えば、愛の告白だったり。心からの叫びだったり、切実な願いだったり。

そういう、劇的でドラマチックで、誰もが『そんなことがあったら心が変わるのも納得だ』と思えるような、それこそおとぎ話のような素敵な理由を。

……でも。

そんなものは、なかった──否。

彼ら彼女らに限っては。そんな……敢えて言うならば、 誰かに(・・・) 与えられる(・・・・・) 程度の(・・・) 理由で(・・・) 立ち直ってはいけなかったのだ。

だから、ニィナも、サラも、アルバートも。そして、カティアも。

まずは、エルメスに絡みついた、これまでは彼を繋ぎ止める楔となっていた『誰かのための理由』を徹底的に排除した。

誰かの願いのために頑張ることも、誰かを助けるために頑張ることも。

義理を返すために頑張ることも、恩義を叶えるために頑張ることも。

何もかも、無くして。外側を覆っていた殻の理由を全て取り払って。

頑張る理由を、続ける理由を。

彼の行動原理であった──これからも、魔法を追い求める理由を全て無くして。

もう、立ち止まっても良いはずの状態にして。諦めても、背を向けても、誰一人彼を責めることなく安寧を享受できることを、しっかりと認識して。

やめてもいいはずなのに。続ける理由は、何一つないはずなのに。

それでも、何故か。

どうしてか分からないのに、どうしてか……まだ、諦められなかったから。

「歩み続ける理由を見つけたからじゃない。

── 足を止める(・・・・・) 理由を(・・・) 見つけられ(・・・・・) なかったから(・・・・・・) 、まだ歩く。

きっと、あなたはそういう人で。だからこそ、ここまでこれて。それを自覚できたなら、誰よりも強く、また先に進めるんだと思うわ」

「それは……とても、酷な話ですね」

確かに、それができれば最強だろう。

けれど同時に、途轍もない困難を伴う話だ。

だって、彼の抱えるものは何も解決していない。

信じていた魔法は、これから信じるべき魔法は、未だ不透明で。

何処に進めば良いのかこれからは分からないまま、それでも広大に過ぎる魔法の世界に、もう一度飛び込む必要があるのだから。

でも……そうするべきなのだろう。

だって、みんな同じ。進むべき先が、向かうべき場所が。明確に分からないまま、それでも必死に頑張っているのだから。

「……大丈夫よ」

エルメスの不安を読み取ってか。

カティアが身を乗り出し、エルメスの手を取る。今度こそ、言いたかったことが言えるとばかりに、切実な覚悟を決めた表情を彼に向けて。

「約束、するから。

今度こそ、絶対私はあなたを見捨てない。今回みたいに迷っていたら全力で助けるし、辛かったら必ず支える。だから……」

それは、過去の悔恨に対する彼女のけじめの言葉。

もう絶対に間違えないという、誓いの宣言だった。

「……」

エルメスは考える。

迷いは未だ晴れず、道行きは未だ不透明で。

何を目指すべきなのか、何処に向かうべきなのか。あの、誇り高き悪徳を叫ぶものたちと、どう向き合えば良いのか。

明確な答えは、見つけられていないけれど。

でも……それでも。

そういうものを、全部ひっくるめて。苦しみながらも、抱えながらも。それでも歯を食いしばって、進むことができたなら。

(……いやだ、か)

何もかも理由を取っ払った果てに、自分の奥底から出てきた言葉。

その言葉通り在れたのならば……それはきっと、とても素敵なことだと思うから。

加えて、この幼い頃から知る、まっすぐで素敵な少女が。

これからもそばにいてくれるのならば……大丈夫だと、思える。

ここまで条件が揃っているのなら。

それこそ──足を止める理由は、何処にも存在しないから。

「……ご迷惑を、おかけしました」

契機の言葉としては、これで十分。

幼い頃からの親しい少女には、これだけで立ち直ったことは十全に伝わって。

彼女の手を借り、ベッドから降りて立ち上がり、現状を確認する。

これまで頼りになった大人たちは軒並み自分達の敵に周り、残されたものは不満を叫ぶ民衆と貴族、そしてこれまで積み上げてきた自分の魔法と、これまで出会ってきた魔法使いたちだけ。

──十分だ。

もう一度、ここから。前に進み、彼らともう一度対峙し、答えを見つけるまで。

俗に言うならば……『気が済むまでやってみる』、覚悟はできた。

行きましょうか、と彼女が言って。はい、と答え手を取って。

幼い頃に戻ったように、閉じこもっていた彼を彼女が外の世界に連れ出して。

多くのものを、取り戻すための戦いが。もう一度、始まるのだった。