軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

97話 エルメス・1

……ずっと、後悔していたことがあった。

自分の運命が変わった日。欠陥令嬢という評価と、傲慢な第二王子と、自分を虐げる周りの全てが。

彼女を追い詰め、削り、いよいよ強引な罪を着せられ命運が尽きるという瞬間に……彼が、やってきてくれて。

それから、彼は多くの……本当に多くのものを自分にくれた。

欠陥と呼ばれる所以である魔法を解析し、公爵家に相応しい魔法まで高めて。

彼女を襲う理不尽にも、全て真っ直ぐ果敢に立ち向かってくれて。

最後には、一つの歪んだ権力構造を丸ごと破壊して、自分を縛る全てから自分を助け出してくれた。

それ以降も、彼の活躍は止まることを知らず。思うがままに、信じるもののままに世界を変えていく彼のそばにいられることが、この上なく嬉しくて。

その過程で、多くのものをもらって。

たくさんたくさん、彼女を助けてくれて。

それを自覚するたびに──

──あの日。十歳の時、彼が生家から追放された瞬間。

何も出来ず、助けられず。ただ弱々しく放り出される彼を見ているだけだった自分の原罪が、埋火の如く己を苛むのだ。

お前に、こんな幸福を享受する資格があるのかと。

あの日、連れ出されていく彼を本当ならなりふり構わず止めることもできたはずなのに、立場を優先して最後の一歩を踏み出せなかった自分に。彼の隣で笑って、彼に支えてもらうなんて、何様のつもりだと。

きっとこの罪の意識は、ずっと消えることはないだろう。

例えこの先どんな行動をしたとしても忘れられない、忘れてはならないものなのだろう。

──だから、こそ。

ずっと決めていた。もし彼が、何かに迷ったり、悩んだり、苦しんだりする時があれば。

その時は──今度こそ、何を差し置いても彼の力になるんだ、と。

幸いにも。

今の彼になら……言えることは、あるのだ。

その覚悟と共に、カティアは改めて口を開く。

「……ひどい、話よね」

エルメスの前に腰掛けたカティアが、改めてそう話し。

まずは、こう告げてきた。

「今まで、輝かしいものだと信じていた拠り所がなくなって、どうしていいか分からなくなって。でも、立ち上がらなければいけないから。

だから──それに代わってもう一度、前を向けるだけの理由が欲しいのよね」

「──え」

驚いた。

それは、先刻ニィナに──初めて話したはずの己の心情を、それは聞いていなかったはずのカティアが完璧に言い当てたのだから。

「そんなにびっくりしなくてもいいじゃない。……あなたのことだもの、これくらいは分かるわよ」

「えと、その、はい」

穏やかにそう言われると、実際その通りなこともあってそれ以上何も言えず。

頷くしかないエルメスに、カティアは続けて口を開き。

「……教えてあげましょうか?」

「!」

その一言。

何を、ということは、当然聞かれずとも理解し。

これも頷いて先を促すエルメスに、カティアは微笑んで。

「そうね。──まずは、結論から」

静かに、告げる。

「多分だけど。…… あなたが(・・・・) 居なくても(・・・・・) 、 第三王女派は(・・・・・・) なんとかなるわ(・・・・・・・) 」

「────」

ひどく。

ある意味で、残酷なことを。

「……なん、で」

「そうね。第一の理由としては、もう既に『個人対個人』の戦いの意味が薄くなっていることかしら。もちろんどうまとめるか、という問題はあるけれど──正直なところ、それにあなたの能力は然程関係がない。あなたの強みは何よりも圧倒的な個人戦力であることで……それは今、戦力自体は大量にある現状となっては以前より意味は薄い」

なんで、と言葉通り思った。

カティアだけでない。ニィナも、サラも、アルバートも。

これまで、自分に何かを託して、何かを求めてきた人たちが。今度は悉く……それらを取り外すようなことを言うのだろう。

「第二の理由としては、それでも倒しきれない相手──つまりは、組織の幹部たちについてね。これに関しては確かにあなたが居ないのは痛いけれど……それでも居なければ絶対に勝てない、とまでは思わない。今はローズ様もいらっしゃるし、いざとなれば数の力で一人くらいは押し切れるし……何より」

そんなエルメスの困惑を他所に、カティアは。

「──私にも、奥の手の一つくらいはあるの」

これも、ひどく驚いた。

「……奥の、手?」

「ええ。詳しくは話せないし、あなたに検証してもらうには正直なところ感覚的な部分が強すぎるから今まで話していなかったわ。でも……直感的に、きっと血統魔法としてもっている人にしか分からないもので、感じるのよ──

──ああ、多分、 これは使える(・・・・・・) 、って」

……これも、同じ感覚だ。

今まで、彼が助けてきた人たちが。彼が関わり、彼が救って……ひょっとすると無意識に、彼が守るべきだと思っていた人たちが。

「ねぇ、エル。……私だって、ちゃんと一人で歩けるのよ。

私だけじゃない、他の子たちだってそう。サラとアルバートは言わずもがなだし……ニィナは一人でも歩ける上できっとあなたを選んだ。リリィ様も、もうどんどん先に進んでいけることは教えているあなたがきっとよく分かっているでしょう」

いつの間にか、彼の手を離れて。

彼女たちだけの道を、彼女たちだけの歩みで。踏み出している感覚。

「……だからね、エル」

そうして、そこで彼は気付く。

「みんなもう。あなたが居なくても、大丈夫なの。

だから……これ以上、あなたが誰かを背負う必要は、ないのよ」

ニィナから始まった、一連の言葉のやりとり。それら全ての、持つ意味のことを。

王都に戻ってから、これまでの彼の道のりは。多くの人と関わって、多くのことを学んで。一人ではふとどこかに行ってしまいそうな彼を、繋ぎ留めてもらう人を増やすための旅だった。

──でも、ここからは。それだけでは進めなくなったから。

今度は逆に、それまで背負ったものを全て外して。多くのものに覆われて見えなくなってしまった奥底の何かを、取り出すための儀式が必要で。

それをみんな分かっていたから……あのような言葉を、かけたのだろう。

そして、同時に思う。

儀式の最後に、カティアがやってきて。この話をするのであれば。

その先に──彼の答え。彼の求める『理由』が、存在するのだろう。

そう考えて、そう信じて。

今まで彼を形作ってきたものを剥がされるのは、ひどく辛いけれど。

幼馴染の少女を、最初に彼を繋ぎ留めた少女を信頼して。

エルメスはまた……カティアの言葉に、耳を傾けるのだった。