軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

62話 関係

そこからは、特段謎の襲撃もなく。

予定通りの進行で、護衛の教会兵たちが余計な世話をしてくることもなく、粛々と馬車は進んでいった。

そして、二日目の夜。予定通りに立ち寄った宿泊地にて。

(……さて)

エルメスは、宿屋のベランダで考えていた。

……このまま問題なければ、明日の午前中には教会本部に到着する。

到着してからの流れに関しても、既に馬車の中の話し合いで概ねは固まった。何であれ、自分たちの目的──教会の謎を暴き、可能ならば戦力増強の目処もつけて。王都奪還のための後顧の憂いを無くす。

その目的さえ、見失わなければ。何とかなる……とは、思う。

「……」

故にこそ、気になるのはそれ以外の内容。

自分以外の、仲間たちの心の内。ユルゲンの語った教会の、得体の知れない技術の謎に……想像もつかない、途轍もないものを見ることになるという忠告。

あとは、もう一つ。

ここ最近……と言うか、北部反乱が終わった後辺りから。どこか様子がおかしかった親しい少女の様子が、やはり気になって──と、思ったその時。

「……エル?」

背後から声。

振り向き──見慣れた紫の髪を認めて、エルメスも声を返す。

「カティア様。どうしました?」

偶然か必然か。

今考えていた彼女。最近、特にエルメスの前でどこか硬い表情を続けていた彼女と、ここで。久々の二人での邂逅を、果たすのだった。

──カティアが、エルメスの前で。今まで以上に態度が硬い……より詳細に言うならばよそよそしい態度を取っていたことには、理由がある。

それは、当然あの時。エルメスと話をするべく医務室に向かって、そこでエルメスに迫っていたニィナに連れ出されて──

「……うん、好きだよ。エル君のこと、女の子として大好き」

改めて。

ニィナが、心からの声色で。愛らしく頬を赤くして、はにかみながら述べたことからだった。

「それ……って」

「エル君に、ボクのことをもっと見てほしい。ボクだけを見てほしい。

──エル君の。一番に、なりたい」

「──!」

ニィナは、カティアの心だってもちろん知っている。

故に、それは。言葉にするならば……紛れもない、宣戦布告で。

そして……それを受けたカティアは。黒い感情よりも……戸惑いの方が、先に出てしまう。

「……え、っと……そんな」

だって、初めてだったから。

こんなにも真っ直ぐ、こんなにも明確に。

自分の親しい人間が、自分に向かって。──強い感情を、浴びせてきたことなど。

ニィナは、敵だ。彼女自身がこう言った以上、ことエルメスに関する一点に限っては敵対する間柄になってしまった。つまり……時折出す、黒い自分を。容赦のない自分を。ぶつけるべき相手のはずだ──

──なのに。

いざ、実際に明確に『そうすべき場面』に出くわしてしまうと。どうしても……

「……ふふ。躊躇って、くれるんだ。嬉しいなぁ。

やっぱり、カティア様のことも大好き」

そんな、自分の葛藤を。見透かすようにニィナは笑うと。

「えっとね、先に言っておくとボクは、カティア様とも今まで通り……ううん、今まで以上に仲良くしたいの」

「!」

「今まで、学園では少し後ろめたかった分。これからはいっぱい楽しいお話をしたいし、素敵なこともたくさんしたい。エル君とも、カティア様とも、みんなとも一緒に。……だから、言うね」

少しだけ、カティアに歩み寄って。正面から、告げる。

「さっきも言った通り。……『そういう態度』を取るだけで引いてくれる人、許してくれる人だけとは、思わない方が良いと思う」

その、声色は。

先ほど言った時と同じように、心から自分を……自分たちを純粋に心配する色だけが含まれていて。

「エル君はね、優しいよ。一度懐に入れた人にはすっごく優しい。だから拗ねたら構ってくれるし、落ち込んだら心配してくれる。……すごくすごく、もうだだ甘って言って良いくらい甘やかしてくれる。……だから」

その声色のまま……もう一歩。歩み寄って、きっぱりと。

「だから、こそ。──ボクたちが、甘やかされてだめになっちゃいけないんだよ」

「!」

「そうならないよう、ボクたちの方で気をつけないといけないって、ボクは思う。

エル君は、とても強いけど無敵じゃない。だから寄りかかって、甘えすぎたら……潰れちゃうってことは、多分もう分かってるんじゃないかな」

「っ……」

北部反乱、初期の出来事を思い返してカティアは俯く。

そんな素直な反応を返すカティアに、ニィナは苦笑と共に更に歩み寄り──きゅっと。柔らかに、偽りない親愛を示すようにカティアに抱きつくと。

「色々、偉そうなこと言ってごめんね。

つまり、なんていうか……ちゃんと、エル君との仲を進めたいなら──もう少し、エル君とちゃんと向き合った方がいいんじゃないかなって思うんだ」

「……ニィナ」

「じゃないと、きっといつか本当の意味でだめになっちゃう。……なんとなくだけど、そんな気がするんだ」

その言葉は、先日ユルゲンがエルメスに話したことと同じような、強い直感に満ちていて。

否応なしに胸に刻み込むカティアに、ニィナはこれも心からの声で。

「……悔しいけど。エル君とカティア様、すっごく良い関係だなってボクも思ってるもん。だから……それが、ひどい理由でばらばらになっちゃうのは、やだよ」

少しだけ拗ねたような、今までの彼女には見ない可愛らしい心配の言葉に。

カティアは改めて驚きつつも……「分かったわ」と頷いて軽く抱擁を返すのだった。

そうして、今。

夜風を浴びて立っているエルメスの前に、カティアは歩み出る。

「カティア様。えっと、ここは冷えますからあまり出歩かない方が……」

「それはあなたも同じじゃないの」

心配そうな声をかけて歩み寄ってくるエルメスに、カティアは心なしか素っ気ない声を返す。

……でも、そんな声色とは裏腹に。

彼が心配してくれたという事実だけで心は高鳴り、彼が一歩歩み寄るたびに体温が上昇し気分も高揚する。

──好きだ、と思う。

昔から抱いていて、再会したことで更に高まって、今なお強くなる一方であるその想いを、改めて自覚する。

今まで、それを明確に告げてはこなかった。

……否、告げる必要がなかったのだ。

だって、そんなことしなくても今の関係がすごく心地良かったから。彼が自分に仕えてくれて、大切にしてくれて、わがままも聞いてくれる今の『主従』の在り方で、ある種満足してしまっていたから。

……けれど、きっと。

これからは──周りの状況も、自分たちも。大きく変わり始めているこれからは。きっと、そのままでは駄目なのだろうという直感を彼女も抱く。

(じゃあ──)

今、ここで。想いを告げる?

……かと言われると、それも多分違う。

恥ずかしいとかいう理由ではなく……いや正直言うとそれも多分に含まれているのだが、それ以上の一番の理由は恐らく。

──自分が。想いを告げるに足る、自信を持てていないからだ。

何故なら──

(……追いつくって、決めたのに……まだ、できてないから)

あの日、ローズがトラーキア家を訪れた日に。彼女の前で誓った言葉。

素晴らしい、凄まじい速度で進歩を続ける彼の。隣に立てるだけの何かを自分も見つけてみせると、息巻いて頑張ってきた……

……のに、自分は。未だ明確にそうだと言える何かを、持てていないことに気づく。

きっと、それだろう。

魔法を高め、心を変えて、歩みを進める──それだけでは足りない、何か。

それを。己を定義する、確固たる何かを。

まずは、見つけるべきなのだろうと確信する。

……だから、それまでは。

今までと同じく、溢れ出そうな想いをしまっておくと決める。

──いつか、全部受け止めてもらうんだから。

決心と共に、もう一度心を整理した。

「えっと……カティア様……?」

そんなカティアの様子をどう思ったか、首を傾げて心配と……申し訳なさを表に出して。エルメスが、こう問いかけてきた。

「その。何か、お気に障ることをしてしまいましたか……?」

「……え?」

「北部反乱が終わったあとから、どことなく態度がお硬いようなので……すみません、僕には原因を察することができず……言っていただければ、できる限り改善させていただくので」

「……」

……どうやら、今までの態度の違いを不機嫌故と勘違いしていたようだ。

まぁ間違いではないし、彼に分かることができないのは仕方ないとも思っているし、『言わなくても察しろ』なんて面倒極まることまで押し付けることはないが……それでも。

(……ちょっとは、気付いてくれたっていいじゃない)

そういう本音がどこかにあることも、仕方がないことではあるのだろう。

……まさしく今の言葉でちょっとだけ不機嫌になりつつ、カティアは答える。

「……別に。あなたを避けてるとか嫌がってるとかじゃ、ないから」

「そう、なのですか……?」

今まさに不機嫌度が増した口調での言葉故説得力を持たず、当然首を傾げるエルメスだったが……

(……もう!)

そんな彼にやきもきが頂点に達したカティアは、正面から。

「!」

がばりと、彼に抱きつく。

胸元に顔を埋め、しばらくその体勢でいた後……おもむろに、顔を上げ。

至近距離から、美しい紫水晶の瞳を半眼にして彼に上目遣いをぶつけて言った。

「……これで分かった? あなたを、嫌がってはないってこと」

「……は、はい」

実を言うとエルメスは更に困惑が増したのだが、有無を言わさぬ彼女の声色にこれは異を唱えてはいけないやつだと思ったため頷いて。

それを見たカティアは……改めて、顔を埋めて目線を隠すと。

「……エル。私も、頑張るから」

ぽつりと、最後に告げる。

「今まで以上に頑張って、あなたの隣に立てるようになるから。だから……」

きっと、これも彼は分からないけれど。

それでも伝えたかった言葉と共に、小さななわがままを囁くのだった。

「だからそれまで……置いて、いかないで」

──これも、直感に従って回答するべきと悟ったエルメスは。

「……はい。分かりました」

真剣な声で、そう答え。

それで主従の小さなわだかまりが、解消されて……その日の夜は、更けていくのだった。

翌日。

さしたる事故もなく、予定通りの時刻に目的地へと到着した一行。

「…………ここが」

馬車から降りて、護衛の教会兵に案内された正門の前。

そこに立ったエルメスは……思わず、と言った調子で呟く。

天を衝くほどの大聖堂。

壮大で荘厳な、白を基調とした精緻な意匠。

細かな手入れが行き届いた広い庭先が、更にその神聖さを大きく上増ししている。

……まさしく。

『権威』という単語が建物の形をとったらこうなるのではないかと思わせる巨大な建造物が、彼らの眼前に鎮座していた。

初見のものは、その大きさと荘厳さに驚き。既に知っているものも改めてそこから発せられる威圧のようなものを感じ取る。

そんな、否応なしに権勢を突きつけてくる建物。これが──

「──ようこそ。教会本部へ」

──聞き覚えのある、声がした。

全員がその方向に目を向け……真っ先に、リリアーナが驚愕の表情を浮かべた。

無理もないだろう。だって、その言葉を発したのは……

「素晴らしい反応だったわ。何も知らずにのこのこと出てきた人間が、大聖堂の偉大さに気圧される様子は何度見ても良いものね? その滑稽さに免じて、今すぐ跪かない無礼は許してあげようかしら──なんて」

鮮やかな金髪に、見覚えのある紅玉の瞳。

やや勝ち気な印象を与える切れ長の瞳が特徴的な、恐ろしいほどの美貌。

その少女に、聞くべきことも言うべきこともたくさんあった。

だが今は……この台詞が、最も的確だろう。

「……ご無事だったのですか」

王都の 政権簒奪(クーデター) で自分たち同様真っ先に狙われただろうに、ここまで逃げ延びたらしいその少女。

「お姉様……」

第二王女、ライラは──エルメスとリリアーナの言葉を受け、不敵に美しく微笑んだのだった。