作品タイトル不明
55話 騒乱の後に
「──誠に、申し訳ございません」
あの後。
エルメスとルキウスの決着ののち、状況が飲み込めていない北部連合に対し一旦その場を解散させ。落ち着いたタイミングで全員に、ここまでの流れを解説した。
北部連合の中枢、その大多数が大司教の手によって洗脳されていた──など、特に末端の兵士たちにとっては受け入れ難いものだったろうが。
それでも……少なくない兵士たちが違和感、特に彼らの総大将であるルキウスの様子がおかしいことは感じていたようで。思ったほどの混乱もなく、皆がその話を受け入れてくれた。
そして、現在。北部連合の拠点にて。
勢揃いする北部連合の兵士たち、その先頭にて……北部連合騎士団長、ルキウスが片膝をついて頭を下げていた。
「大司教の策略にまんまと引っかかり、北部全体を混乱に陥れ。挙句の果てには殿下をも手にかけるところだった──償い切れることとは、とても思いません」
ルキウスの所作は、普段の若干がさつな雰囲気を一切感じさせないまさしく騎士然としたもので。確かな知性と敬意と……服従の意思が、感じられる。
「何なりと、処罰を。……ただ、叶うのであれば……操られていなかった末端の兵士にまで激しい罰を与えるのは、ご容赦いただきたく存じます」
そう言って、まさしく先刻その部下を守り、納得させるための立ち回りを演じた男は。ここでもしっかりと配下の命を優先し、顔を上げて確かな意志を感じさせる金色の瞳を向ける。
その、視線の先にいるのは。
「……『処罰』をするつもりはありませんわ」
第三王女、リリアーナ・ヨーゼフ・フォン・ユースティア。
彼女はまず、ルキウスの言う『処罰』──すなわち死罪に処す意思はないことを告げる。無論これまでのこの国ならばそうしてもおかしくない所業だったが、これからは違うという意思を込めて。
その、上で。
「けれど──赦す、と言うつもりもありません。今のわたくしたちに、そんな余裕はありませんもの」
慈悲を与えるだけではないところも、きっぱりと示し。
「故に」
ざわつく兵士たちに向けて、宣言する。
「命じますわ、ルキウス・フォン・フロダイト。そして北部連合騎士団たち。
──わたくしの配下として、これからの戦い。……お兄様が不当に簒奪した玉座を、あるべき形に戻すための戦いに参加することを」
彼女の望み、彼女の願い。
初めは流されるままだったけれど……今は、紛れもないリリアーナ自身の心からの言葉でもって、口にする。
「過酷な戦いになるでしょう。苛烈な戦いになるでしょう。これまでの、血統魔法使いに任せておけば全て解決したこの国では過去に類を見ないほどの、凄まじい激戦になることは疑いようがございませんわ」
それはもしかすると、死罪に処すのと変わらないかも知れない。ここにいる全員が無傷で……死ぬこともなく彼女の『戦い』を終えられるなんてのは夢想の極みだ。だから、自分のために死ね、と言っているのと本質的には変化がないかも知れない。
……でも。
「──けれど、それが成った暁には」
それらの矛盾を、全て理解した上でリリアーナは。
自分が信じる、決定的な違い。忠誠に値する、彼女が与えるべき褒章を告げる。
「異端の才能を持つが故に王都を遠ざけられたルキウス。そして……魔法を持たないだけの理由で才覚に合わぬ場所に遠ざけられ、実力を示したにも拘わらず不当な評価で爪弾きにされた北部の皆さま」
「!」
彼女が知った、北部の真実。実力主義に拘泥していた理由に切り込んだ上で。
「──わたくしは、その全てを正当に評価します。
わたくしだけではない。これからのこの国の全てで、皆様に正当な光を当てるように……いいえ、必ず当てます。 そういう(・・・・) 国に(・・) 、 わたくしが(・・・・・) 変えます(・・・・) 」
己の歩むべき王道、確かな彼女の想いを告げてから──手を伸ばす。
「……正しく在るべき玉座を。わたくしの望むこの国の姿を。
そして──あなたたちの、名誉を。取り戻すために……どうかわたくしに、力を貸してはくださいませんか……?」
そうして最後は、願う形で。可憐でありながら凛とした声色で、要請する。
「──」
その瞬間、北部連合の騎士たちも見たのだろう。
この幼い王女様の中にあり……そしてこの北部反乱を得て育まれた、紛れもない王者の風格を。
「──ははぁっ!」
代表して、ルキウスが再度深々と頭を下げ。それに呼応するように、背後の騎士団も全員が忠誠を誓い。
かくして、彼女が……第三王女派が欲してやまなかった二つのもの。
軍隊戦力と、確かな拠点。北部反乱を通して手に入れたいと願っていたものが……想像以上の形で、手に入ることとなったのであった。
そして、リリアーナが去り。残された北部連合の騎士たちの間で、こんな会話が交わされる。
「……すごい王女様だったな」
「ああ」
彼らの顔に浮かぶものは……この一連の流れで生まれた、紛れもない崇敬。
「あれで、まだ御年は十一だろう? なのにあの風格で、しっかりと我々のことも理解してくださった」
「風格だけではないぞ、魔法も素晴らしいものがあった」
「ああ、噂に聞いたところによると……『味方全員に血統魔法を使えるようにする』というとんでもない魔法であるとか」
「らしいな。しかも、しかもだぞ? 御本人は……それを血統魔法ではないと仰っていたそうだ。訳が分からないが、確かにそんな血統魔法は聞いたこともない」
「配下の魔法使いも揃って強力だ。ルキウス様を打倒した使い手に加えて……トラーキアの令嬢に噂の二重適性持ちも」
「我々は、凄まじい御方の配下になったのかも知れないな……」
自分たちの抱いていた不満を汲み取ってくれたことに加えて、実力主義の彼らも問答無用で黙らせる、あの戦場で見せた恐ろしい領域魔法。
更に……彼らの忠誠を集める要素が、もう一つ。
「それに……美しい御方だったな」
そう。現金かもしれないが、リリアーナの容貌だ。
燃えるように艶やかな赤髪に、叡智を感じさせる深い碧眼。幼い少女らしい天使のような可憐さと、上に立つ者としての凛々しさや美しさを併せ持つ奇跡のような美貌。
その美麗さに加えて、今見せた理知的で完璧な立ち居振る舞い。
やはり、美しいものは士気を上げる。それも相まってこの短い間で見せた彼女の姿は、急速に兵士たちの忠誠を、崇敬にすら近いレベルで集めつつあった。
かくして、その場で盛り上がった騎士たちの声が響く。
「正直王族は嫌いだったが……あの御方のためならばどこまでも戦えそうだ」
「そうだな! いや、あれほど素晴らしい王女様は見たこともない!」
「ああ、あの御年であの落ち着きよう。きっと私生活も完璧なのだろうなぁ」
「違いあるまい! きっとどこにおいても素晴らしく美しいお姿を見せてくださるのだろう──!」
そして、このように騎士たちの中で『完璧で素晴らしい王女様』の偶像化が順調になされている当のリリアーナは、現在医務室で。
「師匠! 『あーん』でございますわ!」
──愛らしい容貌に、蕩けきった満面の笑みを浮かべて。
先ほど見せた威厳はなんだったのかと思うほどの緩んだ……けれどこれも年相応にとても可憐な表情で、ベッドに座る少年、エルメスにフォークの先を向けていた。
……先刻のリリアーナの様子も影から見ていた当のエルメスは、例によってあまりのギャップに混乱しつつ告げる。
「ええと、リリィ様。流石に手は動かせます」
「ご遠慮なさらないでくださいまし! 師匠は怪我人ですし、何よりわたくしがそうしたいのですわ! さぁどうぞ!」
一切の遠慮なく信頼しきった表情で迫ってくるリリアーナ。これをあんまり断り続けていると、それが捨てられた子犬もかくやというほどのしゅんとした表情に変わることは知っているので、大人しくエルメスは差し出された果物を口に入れる。
ぱぁ、と顔を輝かせるリリアーナを微笑ましく思いつつ……けれど流石に心配になったエルメスはこう告げる。
「えっと、リリィ様。……あなたはもう、多くの方の視線を集める王女様なのですから。そのようなお姿はあまり見せない方が」
「大丈夫ですわ、師匠にしか見せませんもの! それに」
それに? と首を傾げるエルメスの前で、リリアーナは堂々と。
「必要だとは分かっていますけれど……やっぱりああいう堅苦しいのは、正直もっのすごく疲れますわっ!」
「……」
「ぶっちゃけると面倒なのです! これ、多分かなりストレスがかかるやつだと先ほど確信いたしましたわ……っ!」
……うん、なんだろう。
この物言いといい、フォーマルな場を嫌う性質といい、何というか……
(……最近更に、師匠に似てきた気がする)
彼女の容姿も相まって、尚更ローズを思い起こさずにはいられないエルメスを他所に、リリアーナは少しだけ申し訳なさげな上目遣いを向けると。
「だから……ここにいる間だけは。全力で甘えさせて、甘やかされてほしいんですの。……だめ、ですか?」
まさしく甘える声色で、そう言ってくる。
そして当然……リリアーナの変化はエルメスにとって嫌なものではなかったし、彼女は彼にとって紛れもなく可愛い弟子なので。
「……いいえ、こちらこそすみません。どうぞご遠慮なさらずに」
頭を撫でで、そう告げる。彼だって、あの魔法をはじめとして弟子の褒めたいところもいっぱいあったのだから。
それに、リリアーナは更に顔を輝かせ。そこからは魔法の話等々、しばらく師弟の会話をしていたが……
ある時、きぃ、と小さな音がして扉が開く。そうして現れたのは、少しだけ意外な人物。
「……サラ様?」
「えっと……お邪魔でした、か……?」
彼女らしい扉の開け方でやってきた金髪碧眼の少女に、エルメスが声を上げる。それに反応したリリアーナも彼女の方を向くと……そこで。
「あ……サラ」
「?」
何故か。少しだけ……気まずそうな表情を見せたのち。
「い、いえ、大丈夫ですわ。……ではわたくしはそろそろ、ユルゲンと今後の話をしなければならないので! また伺いますわ、師匠!」
ぱっとエルメスから離れると、若干の早口でそう言って。そのままサラとすれ違いざまに、医務室を出て行った。
「…………」
……かなり、意外な出来事だった。
確かに、リリアーナとサラの関係性はあまりエルメスは把握していない。ただ断片的に聞く話から推測するに普通に仲は良好だったし、王都にいた時の様子からしてもそうだと思っていたのだが……
その疑問のまま、エルメスは立ち尽くすサラに問いかける。
「ええと……サラ様。不躾な質問で申し訳ないのですが……リリィ様に、避けられているのですか?」
「……その……は、はい。そうだと思います……」
そして、サラの方からも肯定があったことで尚更に驚きを深める。
そのエルメスの表情を見ると、サラは慌てて胸の前で手を振って。
「あ、えっと、でも! 嫌われている……というわけではないと思うんです」
「え?」
「自惚れかもですけど、その、リリィ様がわたしをお好きでいてくれているんだろうな、ってことは何となく分かっているんです。でも……」
心なしか、沈んだ……と言うより疑問が強く出た表情で、告げる。
「……何と言いますか、それとは別のところで。──あまり仲良くはしたくない、できない……と考えているような感じ、だと思います……」
「……それは」
洞察力に長けたサラの分析だ、彼女がそう言うなら可能性は高いのだろうが……だったら余計に疑問は深まって、そこで。
「──でも」
一点、彼女にしては強めの口調で。言葉を発したサラに耳を傾ける。
「それなら、ちゃんと理由を聞いて。その上で、お付き合いのしかたはちゃんと考えて……できる事なら、そう思った理由、お悩みを解決するお手伝いをさせていただければ、と思います。わたしも、リリィ様のことは好きですから」
「──」
「だから、その……エルメスさんも、そちらで心労はしないで頂けると……」
「……はい、そうですね」
彼女の……学園にいた頃からは若干想像できない力強い言葉に驚きつつも、喜ばしいことであるのは間違いないので、エルメスも素直に頷いた。
そこからは、多少の情報交換を彼女と行う。具体的には北部反乱の後始末、大司教ヨハンの扱いや急速に膨れ上がった第三王女派の整備についてだ。
当初は、エルメスもそれに参加しようとしたのだが……
「おばか。エル、あなた一回剣が体貫通してるってこと忘れてない? 世間ではそれを重傷者って言うのよ、大人しく休んでおきなさい」
と、カティアをはじめとした第三王女派閥全員に全力でベッドに叩き込まれた結果、大人しく言われた通りにしている次第である。
幸いと言うべきか、諸々の処理や手続きは順調に進んでいるようだ。問題が起こっていないことに安心しつつ、サラの話を聞き終えたエルメスだったが……そこで。
「……エルメスさん」
「はい?」
「その……すみませんでした」
言葉通り、申し訳なさそうに。サラが謝罪をしてきた。
何のことか分からず首を傾げるエルメス……の、胸元にサラは手を伸ばすと。
「……わたしが、ニィナさんを通したせいで。こんな、大怪我を負わせてしまって……」
「……ああ」
そのことか、と納得する。
だが、その謝罪はお門違いだ。ニィナがサラを突破することは彼の中では想定内の出来事であり、むしろ本来適正にない戦場に立たせてしまった上に捨て石に使ってしまったこちらこそ謝罪をすべき……と、改めてエルメスはサラに説明するが。
「いえ……その、その配置自体には文句はありません、でも、わたしが……」
そういうことではないらしく、サラは言葉を探るように言い淀んだのち。
「わたしが……今、一番。あなたの役に、立てていないんです」
そう、言ってきた。
「……僕はそうは思いませんし、役に立つべきなのはリリィ様ですよ」
「はい、その通りですけど……いえ」
返すエルメスの言葉に、サラはそこで言葉を打ち切ると。
先程のような、今までと違う。落ち込むだけではない、意志を込めた表情をその美貌に浮かべ、ふわりと笑って。
「これ以上は、今言葉にするべきではないですね……今のわたしには、こんなことしかできませんけれど」
そのまま、エルメスの手を静かに握って。体温を伝えると共に、『 星の花冠(アルス・パウリナ) 』で改めて傷を癒すと。
「だから、その……頑張ります。どうか……見ていてください」
若干要領を得ない言葉と共に、再度近くで微笑んで。そのまま身を翻し、彼女も医務室を後にした。
「……」
残されたエルメスは、考える。
……当たり前だが、今自分達は道半ばだ。
一つの大きな山は乗り越えたが、それでもたどり着くべき場所は未だ遠く。そして──これまでは余裕がなかったが、自分達の方にも。多くの人が集まるぶん、そこには色々な事情や関係が発生する。
サラとリリアーナの関係しかり、今のサラの言葉しかり。きっとそういう類のものなのだろうと、エルメスは推測する。
そして……それに向き合うことも、今は苦でない。
そう思いつつ、エルメスはようやく訪れた一人の時間で考える。
……いや、そう。本当に『ようやく』なのである。
休めと言われて医務室に放り込まれたにも拘わらず、今まで気の休まる暇がなかったのだ。何故なら先ほどまでのようにひっきりなしに訪問者があったからだ。
リリアーナの前にはルキウスがやってきて「色々と済まなかった! それで怪我はいつ治るんだ、治ったらまた手合わせしよう!」と言ってきた。その申し出自体は望むところなのだが開口一番それなのかと若干呆れた。
その前には、北部連合の騎士たちやハーヴィスト領の兵士たち。エルメスの魔法能力に驚いたり感銘を受けたり疑問に思ったりと、ありがたくはあったが割と辟易してしまった部分もあった。その勢いを止めてくれたユルゲンと無言で果物を置いていってくれたアルバートには割と本気で感謝だ。
まぁ、けれど。そういう人たち全部ひっくるめて、悪感情を向けてくる人はほとんどいなかったから、総合的には喜ばしいものではあったのだが。
……そして。
まだ、二人。彼の親しい人の中で、まだ会っていない人が二人いるかな……とエルメスがぼんやりと考えた、その瞬間扉が開いて。
「……や」
その二人のうち一人。銀髪の美しい少女が、気さくな調子で手を上げる。
ニィナ・フォン・フロダイト。
ある意味で、一番今会うのに緊張する彼女と……一息ついたこのタイミングで、エルメスは相対するのだった。