軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

54話 このお話は

どさり、とルキウスが倒れ伏す。

一瞬意識を失っているだけで、手応え的には間も無く立ち上がれるだろう。というか正直ダメージも然程残っていないのではないだろうか。

……エルメスは体重が軽いから打撃の威力自体はどうしても乗り辛いとは言え、呆れるほどの耐久力である。

だが、それでも。決着が、勝敗がついたことは紛れもない事実で。

戦場に、しばしの沈黙が満ちる。

あまりに予想外が連続しすぎて、どう反応していいか分からないような。

そんな静寂が数秒間続いた後──しかし。

──わぁっ、と歓声が上がった。

戸惑いと、困惑と……されど、それを遥かに上回る称賛の感情が込められた、歓声が。

「……」

辺りを見回す。

声を上げているのは、その場の全員。そう、ハーヴィスト領の兵士たちは当然とは言え……北部連合の騎士たちも。自分たちの象徴だったルキウスが敗れたにも 拘(かか) わらず──驚くほど素直に、今の戦い自体を褒め称える声を上げていた。

無論信じられない声、疑いの声も無くはない。けれど……予想よりも、遥かに多くの騎士たちに。確かな興奮と、憧憬の感情が浮かんでいた。

エルメスは、それを少し驚き共に見やりつつ。

それでも──それに値する戦いを見せられたなら、良かったと。そして……そういう反応をしてくれるのなら、きっとこの国も変われると。素直に思うのだった。

ともあれ、これでルキウスの狙い通り。力を見せ、ルキウスを破ったことで今後の北部連合の第三王女派への併合も比較的スムーズにいくだろう。

よって、これにて。

──北部反乱は、完全に決着だ。

(…………)

……改めて、考える。

──ぎりぎりの戦いだった、と。

敵の強大さも、狡猾さも、スケールも。今までとは段違いで。何か一歩間違えば簡単に詰みになるような極限の状況が頻繁にやってきていた。

……今までの敵は、強い力こそ持っていたがあくまで個人で。力に溺れ、無知ゆえに世の中を侮り、何より──エルメスを舐めていた。

でも、この先は違う。

彼の力は既に知られた。対策も進んでいる。向こうは強大な力を持つものほど、エルメスを徹底的にマークして。彼を封じ、倒し、殺すためにあらゆる狡猾な策略を練ってくるだろう。

それが、子供ではなく大人を。個人ではなく組織を──そして、ひょっとすると国を相手取るということであり。

きっと……自分一人でそれに対抗するのは、困難極まりない道なのだろう。

当然だ。だって、そうでなければ──そもそもローズが王都を出る羽目にはなっていない。

……けれど、心配はない。

彼は知っている、誰かとの間にある想いを。誰かと想いを通わせることで、得られる力が存在すると。そして……それによって、それがあったからこそ、今回も勝つことができたのだと。

エルメスは、改めて顔を上げて見やる。

第三王女派の面々、彼と意志を共有したものたち。

この勝利は誰が欠けても、不可能だっただろう。潰れかけたエルメスを繋ぎ止めたカティアに、ハーヴィスト領側との間を必死に取り持ったサラ。

紛れもなく最大の進化を見せ、この国の新たな可能性を確かに示したリリアーナに、その発想の契機となったらしいアルバート。諸々、自分たちに把握できない細かい処理や裏の手続きに奔走してくれたユルゲン。

そして何より──と、エルメスは。

真正面。人混みを抜け出して、自分の元へと歩いてくる少女を見据える。

「……ニィナ様」

少女──ニィナはその可憐な容貌に、様々な感情……きっと言いたいことはたくさんあるのだけれど、どれを言っていいか分からないような表情を浮かべていて。

正直、エルメスも同じだった。あの、学園で別れた時以降。ここまであまりにいろいろなことがあり過ぎて、何から話していいか分からない。

当然、彼とて言いたいことはたくさんある。助けを求められて結局大したことはできなかった謝罪とか、ここまで敵の立場で制限がありながら最大限こちらの補助をしてくれた感謝とか。

……でも、きっと。まず一番に言うべきは、これだと思ったから。

エルメスは、万感の想いと共に。笑って、言葉を口にする。

「──おかえりなさい」

「……っ!」

それは、確実に彼女に突き刺さったらしく。感情を堪えるように頬を染めたまま俯いて、「……ただいま」と小さく口にした後。

再度顔を上げると、困ったように……けれどどこか悪戯げに微笑みながら、こんなことを言ってきた。

「ねぇエル君、気づいてる?」

「え?」

唐突な問いかけに困惑するエルメス。それで気づいていないことを察したニィナが、尚更に悪戯っぽい……学園で見たものと同じような、しかし今までとは違う表情で。

こう、告げる。

「ボクさ──今、キミに魅了されてるんだよ?」

「…………あ」

忘れていた。

大司教の洗脳魔法から、ニィナを守るためにかけていた『 妖精の夢宮(イル・フェルリナ) 』。遠隔でも機能するように若干改造し、機能しっぱなしにしていたその魅了魔法の解除をすっかり忘れていた。というかそれどころではなかったのだ。

けれど、決着はもうついた。それなのにこのままは確かに失礼だろうと気づき、即座に解除を行おうとするが──ニィナは、それより早く。

「もう、しょうがないなぁ。……うん、魅了されちゃってるから、魔法だから……しょうがないよね?」

魔法を解かれる前に呟き、たっと軽やかに地を蹴って。これまでどれほど頑張っても詰められなかった彼との距離を一挙にゼロにし、真正面から全力で抱きつく。

そのまま慌てる彼を逃がさないとばかりに腕に力を込め、更に紅潮する頬を隠さず、耳元に口を寄せてから。

北部反乱の、締めくくりとなる一言を。蕩けるような声色で、囁いたのだった。

「──だーいすきっ」

このお話は──

……ニィナ・フォン・フロダイト。

魔法国家ユースティアで、剣の才能を持って生まれてしまった少女。

才能の適性はなく、授かった魔法も異端の代物。加えて本人の気質も一般的な少女のそれを出ることはなく、突き詰めた精神も、極限の信念も持ち得ない。

よって、この国の大きな物語では……きっとどうしても、『主役』にはなり得ない少女。

けれど。

そんな少女が、何の因果か根源に関わる力の一部を授かり。それによって生じる理不尽、重圧、常人ならとうに折れる悪意にも最後の最後では屈することなく。この国の頂点の一人、教会の重鎮の数十年の支配を打ち破り。本来決して変えられなかったはずの未来を覆し、王国が真に変革する最後の引き金を引くこととなった。

それはひとえに……ただ一人の、少年のためだけに。

故に、この北部反乱は。

大いなる戦いの序章、王国の未来を賭けた戦いの始まりであり、同時に。

──一人の、普通の女の子の、恋物語である。