作品タイトル不明
56話 想いの肯定
「……出歩いても大丈夫なんですか?」
「ん? ああ、確かにボクは今回の件の重要参考人だけどね。別にそこまで拘束はされてないし、敵意が無いってのは保障してもらってるから。話はまぁおいおいって感じかな」
「そうですか……ルキウス様とは?」
「お兄ちゃんとは仲直りしたよー。というか向こうが全力で土下座して一向に頭上げないから、むしろ宥めるのが大変だったかな……うん。洗脳されてる間も守ってくれてたし、むしろこっちが感謝したいくらいだったから、そこも大丈夫」
「……それは、何よりです」
……お互い、話すことが多すぎて。
まずは当たり障りのない会話から始まったけれど、すぐにそれも尽きて。
同時にニィナが、覚悟を決めた表情でベッドの傍らに座り、真正面から居住まいを正す。
「……ありがとうね、エル君」
そうして、静かに。けれど深い思いを感じさせる声で、言うべきことを告げてきた。
「北部反乱を、終わらせてくれて。大司教を倒してくれて。それと……ちゃんと、約束通り助けに来てくれて」
「いえ……むしろ、あんなささやかな援護しか出来ずに申し訳ございません」
「ううん、間違いなくあの場でできる最大のことだったし、それでボクは助かったんだから……いいんだよ、それで十分」
まずはこの北部反乱を終わらせる決定打となった出来事、エルメスの魔法に対する礼を。確かに果たされた約束と、再会を喜ぶ言葉を交換して……
「──あのさ」
それが、ひと段落してから。
ニィナは、改めて正面から言葉を発する。
「エル君は、前言ってたよね。全ての魔法には、それに込められた願いがあって。だから魔法は綺麗なんだって」
「……はい」
「じゃあ、その上で。──ボクの血統魔法、『 妖精の夢宮(イル・フェルリナ) 』についてなんだけど」
「!」
彼女が、これまで抱えてきたもの。最初に抱いた、罪の意識の元凶を。
「エル君なら、もう分かってると思うけど。そういう意味では……多分この魔法に込められた願いは、決して綺麗なものじゃないんだ」
「……それは」
「ただ純粋に、効果通り。『好きな人を、相手の想いを無視してでも自分のものにしたい』──なんて、とてもとてもひどい願い。そこから生まれた、嫉妬と強欲の魔法」
「……」
「そんな魔法もさ、エル君は綺麗だって言える? こんな嫉妬の魔法を、そんな魔法を持ってるボクのことを……肯定できる?」
ひどい過去によって培われてしまった、彼女の重い問いかけ。
エルメスは、そこに込められた全てを余すところなく受け止めた上で……
真っ直ぐに、答える。
「──でも。この魔法のお陰で、貴女を守れました」
「……あ」
まずは、覆しようの無い事実を、しっかりと告げてから。
「きっと、貴女の言うことも間違いではない。美しい想いから生まれたわけではない魔法も、この世界にはたくさんあるのでしょう」
そこから語る、彼自身この旅の中で気づき始めている事実。それを自分の中で受け止めた後……それでも、と言葉を発して。
「それでも。そんな魔法でも、醜いと言われる想いから生まれた魔法でも……輝かしい用途で使ってはいけないということは無いはずです。例え生まれが歪んでいた魔法であっても、美しいものにはできるはずだと。どんな魔法も美しいものだと、僕は信じる」
かつて魔法に憧れた、その時の想いを信じて彼は告げる。
そこから最後に、もう一度ニィナを正面から見据え。
「だから──僕は、綺麗だと思います。
貴女の魔法も、そして……貴女自身も」
「──っ」
返した、真っ直ぐな言葉。
それを受け止めたニィナは……一瞬、泣きそうな程に喜ばしげな表情を見せてから、頬を染めて俯いて。
「ああ、もう。何て言うか……好き」
「!」
可憐な囁き声で、そう言って。それを聞き届けてしまったエルメスが瞠目する。
彼のそんな様子を見たニィナは……翻って。いつもの彼女らしい、悪戯っぽい笑みと共に。
「……うん、そうだね。エル君だもん、もっかいちゃんと言わないとね」
彼が彼女と会うことに緊張していた最大の理由、『本題』を。
改めて、この上なく愛らしい微笑みと共に──告げてきた。
「好きだよ。エル君のこと」
「──」
「もちろん、親愛とか友達として──とかそんなんじゃない。
女の子としての意味で、キミが好き。ボクはキミに、恋をしてるんだ」
学園での、魅了にかけるための文句ではない。先刻の、魅了の結果出た言葉ではない。
お互い、フラットな状態で。言い訳も、逃げ場も無くした真正面からの告白。それを受けたエルメスは、
「え、っと、その……」
思わず、と言った調子で口元を隠して。彼にしては極めて珍しく、明確に頬を染め。羞恥と居た堪れなさと……けれど微かな嬉しさを表に出した様子で、目を逸らして。
「……ありがとう、ございます……」
それでも、素直な感想を精一杯に。消え入るように言ったのだった。
そして。
そんな、エルメスの非常に珍しい態度を目の当たりにしたニィナは。
「──え。かわっ……」
こちらも思わず、胸の辺りを撃ち抜かれたように体を震わせ呟いて。
けれど──すぐに。口元を可憐に、妖艶に曲げ。
今まで以上に、からかいの色を強く含んだ。まさしく『小悪魔』と表現するのが相応しい様子で顔を近づけて囁く。
「……へぇ、そんな可愛い反応しちゃうんだ。もしかしてエル君って、意外と直球で攻められるのが弱かったり?」
「……う」
「へぇ~そっかそっか。ふふ、それは良い事知っちゃったなぁ。もっと言ってあげよっか?」
更に顔を近づけ、小首を傾げて上目遣いで、甘やかな声色と共に問いかけてくるニィナ。
エルメスはその雰囲気に呑まれかけつつ、けれど告白を受けた以上当然何かしらの返答をしなければならない──という観念に従って言葉を探していたが……
「──あ、言っておくけど」
そこで。これも見透かされたように、ニィナが彼の唇の前で人差し指を立ててくる。
「今、ここですぐに返事をして欲しい、ってわけじゃないから」
「え?」
「いやまぁ、本音を言うなら欲しいけど……でも、どう考えても今はそれどころじゃない、っていうのは流石に分かるし。キミたちの邪魔をしてまで、返事が欲しいとは思わない」
「……」
「だからさ、ちゃんと待つよ。キミは、そういうのをうやむやにしたり無駄に引き伸ばしたりする人じゃないでしょ?」
それは……そうあるつもりだ、という意志を込めてしっかりと頷く。
好意に甘えるようで申し訳ないが……と罪悪感に駆られるエルメスの前で、しかし。
「……でも、覚悟してね」
ニィナは更に笑みを深めて、こんなことを言ってきた。
「これからは、遠慮しないよ? だってもう告白しちゃったし、『告白してる』って立場を最大限使わせてもらうつもりだし」
「え──」
「だからさ。ぼやぼやしてたら、キミの方を我慢できなくしてあげちゃう。ボクの全部を、何もかもを使って──」
最後に彼女は。正面から、それこそ宣戦布告をするように指を突きつけて。
「今度こそ、ちゃーんと。──キミを『魅了』してあげるんだから」
真っ直ぐな、不敵な笑み……けれど、これまでで一番魅力的な表情に。
魔法を発動されていないにも関わらず、吸い込まれるようにエルメスは見惚れる。
そして、そのまま。
「……ふふん、じゃあ手始めに」
ぎしっ、と。
彼の方に身を乗り出して、毛布の上から体を押さえつけ。今まで以上にその美貌をエルメスに近づけてきた。唐突な行動にさしものエルメスも狼狽える。
「!? え、あ、その」
「ふふ、ほんとにかわいー。……ねぇ。女の子に告白の返事待たせてるんだからさ、ちょっとくらい『前払い』をもらっても良いと思わない……?」
動けないエルメスに彼女は、これまでにない可憐さと共に色気も振り撒きながら。
彼の頬に手を添えると至近距離で、美しい金色の瞳でエルメスを見つめ──
そこで。
「──何、してるの?」
零下の声が、医務室に響いた。
「っ!」
「ありゃ」
エルメスは咄嗟に顔を離し、ニィナは残念そうに。同時に入口を見ると……そこには案の定、大変よろしくない感じの雰囲気を纏わせた紫髪の少女の姿が。
「ねぇ。説明して、もらっても、いいかしら……?」
少女──カティアは、完全に対抗戦の時のあれに近い表情と声色で、まさしく嵐の前の静けさそのものの声で問いかけてくる。
確実にあとひと刺激でまずいことになる。そう直感したエルメスは言葉を探すが──
しかし、そこで更に。
「──エル君に告白して、迫ってただけだよ?」
「……え」
「!?」
あろうことか。この上なく直球に、ニィナが現状を説明し。
エルメスが驚愕し、カティアもまさか直接そうくるとは思っていなかったのか、怒りよりも先に瞠目する。
そんなカティアに向かって、ニィナはエルメスの時と同じ小悪魔的な態度を崩さず。
「ふふ、ねぇカティア様。僭越ながら、聞いてもらってもいいかな」
そのまま……静かに。彼女に対して好意的なことは変わらないけれど、不敵な声で言い放つ。
「──『そういう態度』を取れば、引いてくれる子ばかりと思わない方がいいと思うよ」
「!」
言いようによっては、かなりきつめの糾弾だ。
けれど、ニィナの声色からは……心から彼女を心配しての忠告の色も感じられて。
引き続き嫉妬よりも戸惑いが勝るカティアにニィナは軽やかな足取りで迫ると、引き続き。
「もちろん、そんなカティア様もすっごく可愛いんだけど……そういう態度ばっかりしてるとさ、やっぱり色々良くないと思うんだ」
戸惑うカティアに構わず、親しみを感じさせる足取りで彼女に迫り。手を取ると、嘘がないと分かる声色でこう続ける。
「だからさ。その辺りも含めてちゃんと、恋バ──女の子のお話、しようよ。……まぁぶっちゃけると塩を送る真似はしたくないんだけど……やっぱりボク、カティア様のことも大好きだから」
「え、あ、その」
先程の、黒い雰囲気は完全に鳴りを潜め。
奇しくも、エルメスと似たような困惑の声を上げるカティアの横から抱きつくように手を取ると、有無を言わさず彼女を連れ去りにかかる。
そして、最後に。
「……それに、正直止めてもらって助かった部分も……あったし」
「え?」
ニィナはこれまでと違う、少し自信なさげな声を上げて。
首を傾げるカティアを他所に……エルメスの方に振り向く。
「えっと……」
そうして向けられたニィナの顔は……珍しく、耳まで真っ赤に染まっており。紛れもなく、彼女も羞恥は感じていた……否、今になってぶり返してきた様子で。
「……ごめん。流石にさっきのは調子に乗りすぎました……反省してます……」
先ほどまでの攻め一辺倒の態度から一転して、弱々しい声で。
羞恥に苛まれつつ、それでも譲れない想いを込めて……こう言ってきたのだった。
「──でも、気持ちは本当だから。……嫌いにならないでくれると、嬉しいな」
そこまで告げてから、ぱっとカティアを伴って身を翻し、扉を閉めるのだった。
「………………」
残されたエルメスは考える。
実を言うと、色々ありすぎてものすごく混乱している。
ニィナの想いとか、その上での彼女の態度とか。自身の困惑とか。
攻め攻めな彼女とか、そこから翻っての最後の自信なさげな、けれどそれも可憐極まりなかった態度とか、正直あれが一番破壊力があったこととか。
あと何より──
「……『あのカティア様』を穏便に止められる人、居たんだ……」
割と、それが一番に迫る衝撃だったりもする。
……けれど、それで終わらせるわけにもいかなくて。
彼女に、想いを告げられたことは紛れもない事実。答えは待ってくれると言われたし、それは情けないことに非常にありがたかったりもしたけれど。
(──だからと言って、考えないわけにはいかない)
考え続ける、べきだろう。
これまで、見てこなかったもの。前に進むことに精一杯で、知らなかった自分の周りの大切な人たちの考えや想いを。
そう思いつつ、今度こそ。
本当にようやく訪れた、一人の時間を使って──エルメスは引き続き、思索にふけるのだった。