軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

33話 解明

──今日もひどい夢を見て、目が覚める。

「…………まだ、かぁ」

ベッドの上で、額に手を当てて。

その美しい容貌に、疲労と苦難を色濃く滲ませて。

ニィナ・フォン・フロダイトは、呟く。

彼女がここまで疲弊している理由。

それは、今の彼女が授かった──授かってしまった力。

残酷な因果と、悪意に満ちた偶然の果てに。

ある日、運悪く得てしまった……大司教ヨハンと同じ能力。

──『未来の光景を夢に見る』という、規格外の力。

家族を操られ、人質に取られ。こんな状況に陥り、従わされている要因の一つであるその力で。

毎夜の夢という形で突きつけられる、絶望の光景。

それを振り払うように、彼女はふらつきながらも立ち上がり。

「……ボクが。唯一知ってるボクが……何とか、するんだ」

その力で大司教ヨハンの狙いを知り、けれどそのヨハンの手によって周りに知らせることを封じられている彼女が。

それでも、自身の力でどうにかすると決意を宿す。

夜毎に見せられる悪夢──彼女だけが知る、最悪の未来を覆すために。

少女は今日も、孤独の戦いに向けて歩き出すのだった。

「──『 未来予知(・・・・) 』です」

大司教ヨハンの扱う『得体の知れない技術』の正体。

それを一言で説明したエルメスに……驚き慣れたリリアーナ陣営であっても、最大の驚愕に支配された。

「予知能力。それが大司教ヨハンの力の正体、その中核であり……これまで全てに説明をつける唯一の回答です」

途轍もない……魔法を知るものであるほどに信じがたいその言葉に。

「……本当、なの?」

滅多にエルメスを疑うことのないカティアでさえも、目を見開いて彼に確認の問いを投げかけた。

彼もその反応はもっともだと理解しているのか、冷静に頷く。

「はい。確信した……というより、『それ以外に説明できるものが無い』と言った方が正しいでしょう。──詳しく話しますね」

続けての言葉に、驚愕の残滓は残しつつも一同は耳を傾ける。

そうして、彼は話し始める。彼の推理の過程。追い詰められながら、対応しながら。彼がどんな思索と検証を重ねてきたかを。

「まず、この拠点防衛にあたって。これまで僕たちはいくつか、明らかに……『こちらの情報が漏れている』としか思えない出来事に遭遇してきましたね」

一同が頷く。

ハーヴィスト伯爵の侵入に、北部連合兵士たちの的確な攻勢。そしてニィナの侵入まで。到底守り切れているとは言えないほどの容易い突破を許していた。

だからこそ全員が、まず内通者を疑っていたのだが……

「……それがどうして、予知能力という推理に繋がる?」

アルバートの問いを受け、エルメスが話を展開する。

「情報が漏れている、ということはまず確定でした。だから続けて僕が考えたのは……『どこから漏れているか』ということです」

彼らしい、論理的に突き詰める方法でもって。

「先程判明した内通者は、そのルートの一つでしょう。実際兵士の皆さんの何処かという線は僕も考えていました」

「……ああ」

「ですが──それだけでは説明がつかなかったんです」

仮に兵士たちから話を聞いて、手引きをしただけなら……向こうの対応は、『兵士から得られる情報をもとにしたもの』だけに絞られる。それならこちらも対応しようがあった。だが……

「それだけじゃなかった。砦を防衛する上で、直前に咄嗟に変更した対応やイレギュラーな対応。極め付けは── 僕以外(・・・) 誰も(・・) 知らない(・・・・) はず(・・) の、僕だけができる魔法を使った防衛方法にまで、向こうは完璧に対策してきたんです」

その結果が、的確に昼夜問わず『エルメスだけ』を狙い撃ちで出動させて疲労を蓄積させるという、ある意味で異常なこちらの攻略法に繋がったのだ。

そして。そんな状況に置かれながらも、検証を続けていた。きっちりとやるべきことをやっていた彼の精神力に改めて一同が感嘆の表情を浮かべる。

それに気付いているかどうかは分からないが、ともかく、とエルメスは続ける。

「この時点で、可能性は三つに絞られました。

一つ目は、この砦の中全域が余す所なく監視されている。

二つ目は、何かしらの方法で『僕の思考』が読まれている。

そして三つ目が……その時点では一番信じ難かった、予知能力」

結果から、仮説を立て。それを一つ一つ検証する形で暴いていく。

それは彼の特性、優れた解析能力。そうして、向こうの手札を明らかにする。

「そのうち、一つ目は砦の中の何処かに。二つ目は僕の近くに。何かしらの情報を得る機構がなければ説明がつきません。

ですが……どれだけ入念に探してもそれは見当たりませんでした」

「エルメスさんでも感知できないなら、可能性は低いですね……じゃあ、その結果」

「はい」

サラの補足に首肯を返して、エルメスは結論を述べる。

「『向こうに未来を予知する力がある』。その結論に落ち着きます。

あり得ないものを一つずつ潰して行った結果……一番あり得そうにないものが残ってしまったんです」

無論、これはあくまで消去法で導き出したものに過ぎず。これだけで完全に結論付けることは彼とて躊躇われた。

だが……故にもう一つ。彼は自身の推測を補強する根拠を話し始める。

「少し話はずれますが……覚えていますか。ここに来た最初の遭遇戦を」

勿論全員が覚えている。

逃げるハーヴィスト領の兵士たちを助け、戦線を押し返そうとしたが──そこで。

大司教、ルキウス様、ニィナ様の三人があの場に現れた結果、撤退することしかできなかった苦い敗北──

「── どうして(・・・・) 都合良く(・・・・) 三人とも(・・・・) あの場に(・・・・) いたんですかね(・・・・・・・) 」

その言葉に、凍りつく。

……言われてみれば、確かに。

「ニィナ様と……ルキウス様まではぎりぎり分からなくもありませんが。向こうの総大将である大司教がわざわざ、僕たちが現れていなければ普通に勝っていたはずの戦場に現れるのは流石におかしい。それが意味するところは──」

「……最初から我々が、あの場に現れると分かっていた、ということかい」

ユルゲンの補足に肯定し、あの場にいた全員が納得する。

エルメスたちが現れることまでは諸々の情報で推測できたとしても、エルメスたちが『あの場』に現れることまで推測できるのは明らかにおかしいだろう。

だがそれも……予知能力があるなら、説明がついてしまう。

こう言ったことも全てひっくるめて。

今回の北部反乱、向こうの行動は──全体的にあまりにも、 タイミングが(・・・・・・) 良すぎる(・・・・) のだ。

その総合的な違和感こそが、彼が向こうの手札を確信した最終要因である。

そして、それを聞いて。

「……話は分かった。納得できる部分も多々ある」

最後に口を開いたのは──先程から同席していた、騎士団長トア。

彼は側に控える隊長とも感情を共有した顔で、続けて来た。

「だが──信じられん。全て過剰な空想であると言われた方がまだ分かるくらいだ……本当に、そんな魔法があり得るのか?」

「そうだぜ。それに、もしそんな魔法があるとしたら、全部向こうに予知されちまうんなら……結局どうしようもないじゃねぇか……!」

……彼らの心情は、理解できないこともないだろう。

エルメスの推論はどう考えてもとんでもない。『未来が分かる』などという所業はそれほどの規格外、それこそ血統魔法であっても不可能だと分かる領域だ。だが──

「……確かに僕も、信じられませんしあり得ないと思います。原理も正直分かりません」

エルメスは、その突拍子の無さを理解し共感した上で。

「──ですが、 それが何だと(・・・・・・) ?」

きっぱりと、そう告げた。

「──なに」

「信じられないのも、あり得ないと思うのも。全て僕の現時点での所感に過ぎません。

信じられないから。あり得ないから。分からないから、得体が知れないから── だから(・・・) 無いもの(・・・・) として(・・・) 扱う(・・) 。その考えで居る限り、永遠に進歩は無い」

「──」

「現実として起こっている事象があり、それを成しうる技術が一つしか思い浮かばないのなら、僕はそれを『在るもの』として扱います。存在すると分析して、成立すると仮定して。見えないのなら見えないなりに、落ちた影から形状を推測し、可能な限りの対策を練る──どうしようもないなりにどうにかします」

──そこで、トアたちはようやく気付く。

自分たちと彼との最大の違い、彼が非凡たる所以に。

彼は──『分からない』ことを恐れないのだと。

不明であることは足を止める理由に、得体の知れないことは怯懦の原因にせず。何のためらいもなく未知に飛び込める。

そうして、彼は次々と常識を覆す。何故なら彼は── 彼自身の(・・・・) 常識を(・・・) 破壊する(・・・・) ことにすら(・・・・・) 一切の躊躇が無いのだから。

故にこそ、今回。『未来予知』という……血統魔法ですらあり得ない技術を前に。

彼はあくまで冷静に、焦ることなく。いつものように、解析を開始する。

「……そうですわね、師匠」

そんな彼の在り方に、改めて感銘を受けてか。

ここまで静かに聞いていたリリアーナが、敬意と信頼を込めた目線をエルメスに向けて。

「では……教えていただけますか。向こうの技術を一つ暴いた上で──わたくしたちが、どう立ち向かって行くべきなのか」

「はい」

弟子の言葉に、微笑みながら彼は頷いて。

「色々と言いましたが──大丈夫です、過剰に恐れる心配はありません」

そう、ここまで彼は向こうの脅威を説明してきた。

だが、エルメスが。これまで多くの苦難を乗り越えてきた彼が。

ここできちんと話を始めた以上、『だからどうしようもない』で終わるようなことはあり得ない。

そんな、リリアーナをはじめ周囲の信頼に見守られ。彼は改めて口を開く。

「そもそも……向こうが全て完璧にこちらの動きを予知できるのなら、最初から詰んでいますしこんな状況にもなっていません。

──向こうの予知も、完璧ではない。付け入る隙はありますし、その傾向も既に見つけています」

「!」

脅威の説明は、済んだ。

故にここからは──攻略を進める時間だ。

「向こうの予知をどう崩すか。予知以外の向こうの手札をどう対策するか。これからはそこを話します。

……これまでは色々と言えないことが多くてすみません。ですがその分──必ず、この場の全員なら打倒できる手段を提示させていただきますので」

そうして語り始める、彼の様子を見て。

トアたち兵士側も、少しずつ。エルメスのことが理解できてくると同時に……改めての、変革の予感に。微かに胸を震わせるのだった。