作品タイトル不明
32話 休息の後
「……申し訳ございませんわ、師匠」
結局、あの後。
色々とやるべきことはあったが──何はともあれ、エルメスを休めるのが最優先との意見は全員の中で一致していたので。
半ば以上強制的に、全員が協力してエルメスをベッドに叩き込んだ。彼がいなくなった分の防衛の隙はきちんとそれ以外の人員でカバーした。
それには……北部の兵士たちもきちんと手伝ってくれて。流石に彼らもすぐに結論は出さずとも、これに関して思うところはあったのだろう。
そして当のエルメスも、相当の疲労が溜まり切っていたのは事実だったため大人しく言葉に甘え、数時間の睡眠で一先ず問題ない程度まで回復。
目覚めると、ベッドの横にはリリアーナが居て。申し訳なさそうな顔で、今しがたの台詞を言ってきたのである。
そのまま、彼女は続ける。
「師匠に甘えるばかりではダメだと、言っておきながらこの体たらくですわ。また、師匠にばかり一番大変な役割を押し付けて……本当に」
「いえ、今回の件は僕にも非がありました。リリィ様ばかりが責任を感じることではありませんし……」
返すエルメスはそこで言葉を区切って、思い返すは先程のリリアーナが放った言葉。
彼女の王道を、ある意味で決定づける台詞──弟子の成長を喜ぶ微笑と共に、続ける。
「……何より。見つけたんですよね? リリィ様の魔法、進むべき道を」
「! はい、それはもちろん!」
リリアーナはそれを見て目を輝かせ、
「色々と考えて、悩んで……ご心配をおかけしましたが、もう大丈夫です」
「……はい」
真っ直ぐに告げ。穏やかなエルメスの視線に促されるままに、言葉を紡ぐ。彼女の決めた、彼女の歩むべき道について。
「──わたくしが王族として学んだことに、『歴史』の分野がございますわ。過去の人物の足跡をまとめ、体系化し、今の歩みの参考にする学問が」
「ええ、僕も多少は知っています」
「その、観点で言うのならば」
少しばかり変わった導入の後、リリアーナは告げる。これまでで得た、自身の見解を。
「師匠は恐らく──『開拓者』のタイプの偉人になるのでしょう」
「僕が偉人かはともかく……開拓者、ですか?」
「はい。他を隔絶する突出した才能を持ち、その力で新たなる道を切り開き。誰も辿り着けなかった場所に真っ先に到達する、そういう人物です」
「……」
「そう言った人は……その在り方故に。周りに理解されず、生き方を歪められてしまったり……他から排除されたりすることが多いとも、わたくしは学びました」
……まさしく、今しがた陥りかけたことで。
そしてきっと、彼の師匠が陥ってしまった歴史の陥穽なのだろう。
それを、理解した上で。
「──だから、わたくしがそうはさせません」
真っ直ぐに、リリアーナは告げる。
「師匠が歪むことなく、離れることなく進み続けられるように。
わたくしが、師匠の切り開いた道を整備します。師匠に追いつくことはできなくても、誰もが──できる限り多くの人が、師匠の後を追えるように。それがきっとこの国の未来になりますし……何より、たくさんの人に、師匠の素晴らしさを知ってもらいたいですもの!」
そう、晴れやかに。愛らしい笑顔とともに告げたリリアーナは、最後に。
「そして……そのために、わたくしはこの魔法を受け継いだのだと。今なら、そう思えますわ」
『 原初の碑文(エメラルド・タブレット) 』を起動し。彼に言われた、彼とは違う創成魔法の使い方を、宣言した。
「……」
彼女の描く未来を、エルメスも想起する。
自分が、新たな魔法を求めることはやめられないだろう。リリアーナと同じく、魔法を創ることこそが彼の在り方だから。
だからきっと……彼は、リリアーナの言う通り進み続ける。例え誰も付いてこれなくても……どれだけ、寂しさを感じようとも。
けれど。
そんな自分の歩んだ道を、追いかけてくれる人がいるのなら。共に、魔法のその先へと歩んでくれる人が、たくさんいるのならば。
それは……とても、嬉しいことだと思う。
「……はい。楽しみにしています」
屈託なく告げた言葉に、リリアーナは再度目を輝かせると。
「ええ、お任せくださいまし! もう師匠の影に隠れるだけのわたくしでは、甘えるばかりのわたくしではありませんわ。というか、むしろ──」
こちらも嬉しそうに胸に手を当ててから、一息。
「──これからは、わたくしが師匠を甘やかしますわ!」
……何やらとんでもないことを言ってきた。
「……はい?」
「ご心配をかけた分の恩返しと反省を込めて、ですわ! そもそも本来師匠のお世話は弟子の役目ではないですか! 例え王族であろうとその辺りは疎かにしてはいけないと思いますの!」
「いや、その」
ある意味で子供らしい。
かなり極端な思い込みと共にリリアーナはまくしたて、ずいとこちらにその幼い美貌を近づかせてきて。
「さぁ、何なりと言いつけてくださいまし師匠! わたくしにできることならなんでもいたしますわ、欲しいものでも、していただきたいことでも! た、例えば──」
そして、何故かそこで。
リリアーナは頬を赤らめると、ばっと目の前で両手を広げて。
こう、告げてきた。
「──わたくしを抱き枕にする、とかでも構いませんわ!」
…………。
……とりあえず、色々と話が飛び過ぎているので整理するとしよう。
「……まず、その発想はどこから出てきたので?」
「か、カティアから聞いたことがありましたわ。──師匠のお師匠様は、師匠をよくそのように扱っていた、と!」
まさかの原因はローズだった。
「ち、違いますの?」
「いえ……すみません、その件に関しては全くもってその通りなのですが……」
「ならば遠慮することはございませんわ! そんな羨ま……えっと……う、羨ましい扱いをされていたのならば師匠の弟子であるわたくしにも同じことをする権利があると思いますの!」
何やら本心を誤魔化そうとして結局できておらず、最後には。
「それとも……わたくしでは、お、お嫌ですか……?」
そんな、極めて断り辛い上目遣いの疑問と共に問いかけてきた。
「…………ええと」
多分彼女は、これまで色々と負担をかけ過ぎた罪悪感から色々と暴走しているのだろう。
その心遣い自体は嬉しいが、いかんせんやり方が極端すぎる。さてどう答えようかと迷っていたところで──
「──リリィ様。エルが困っていますので」
「ひゃ!?」
後ろから伸ばされた手ががしりと、リリアーナを引き止める──以外の意思も若干感じさせる力強さで彼女を引き戻した。その手の正体は、
「出ましたわねカティア! わたくしは極めて真っ当な師弟のやりとりをしようとしているだけですわ、私欲混じりの邪魔をするのはよくありませんわよ!」
「…………それはリリィ様も同じでは」
「なんですの今の間は!」
そんななんとも言えない、けれど決して仲が悪いわけではないやりとりの後。
「エル、起きたのね。……体調は大丈夫?」
「ええ、ご心配をおかけしました」
そう気遣う声をかけたカティアに、一礼しつつ端的に答える。
そして、カティアがやってきたことで一息ついたエルメスはベッドから起き上がる。
「ちょ、師匠! まだ安静に……」
「いえ、お気遣いは大変ありがたいのですが……大丈夫です。それに」
リリアーナが声を上げ、カティアも心配そうにこちらを見てくる。
しかし、戦闘などをしなければ今日中はもう大丈夫なくらいには回復した。加えて……現状を考えれば、あまり休んでばかりもいられない。
そう考えたエルメスは、無理をする気はないとの意図を示したのち、静かな口調で二人に告げる。
「リリィ様、カティア様。一つ確認したいことがありますので、できればご案内いただけますか?
あとはその後──人を、集めていただけると助かります」
◆
そうして。
エルメスがとある事項を確認し終えた後……全力で体調を気遣うリリアーナとカティアに案内されて。
お馴染みとなった、会議室まで足を運ぶ。
「──エルメスさん!」
「もう起きたのか。疲労は問題ないのか?」
入室したエルメスに声をかけるのは、サラとアルバート。その二人にも大丈夫との意思を伝えたのち、会議室を見渡す。
部屋にいるのは、二人にユルゲンを加えたリリアーナ陣営の全員、そして──
「──失礼している。エルメス殿」
「…………」
騎士団長トアと……先ほどまで、エルメスたちに食ってかかっていた隊長の一人。彼はなんとも気まずそうな顔で、けれどきちんと一礼はする。……少なくとも、この場で噛み付くつもりはないらしい。
「この二人にも、私が許可して同席してもらった。……恐らく、今から君が話そうとしていることに対しては彼らもいた方が都合が良いだろう?」
「……ええ。助かります、公爵様」
そして案の定、二人を案内したユルゲンの解説にもエルメスは頭を下げ、席に着く。そのまま、いつも通りの落ち着いて表情で。
「……まずは、ご迷惑をおかけしました」
謝罪する。幸いカティアたちと同じく特段責められるようなことはなく、その後、
「そして──苦労した分の成果は得てきました」
気負うことなく告げられた言葉に、場がざわめく。
彼の語る『成果』の内容に関して、その場の誰もが予感する中。
エルメスはしばしどこから話すか考えたのち……まずは多少本筋から外れるが、ここだろうと口を開く。
「……まず最初に語っておくことは、ニィナ様の件──そして、ニィナ様にやられたという隊長の様子です」
「!」
トアと隊長が反応した。
落ち着かない様子の彼らの前でエルメスは、
「まず……ご存知の通り、命に別状はありません。出血量こそ多いものの深い傷はなく、サラ様の魔法があれば近いうちに戦線復帰も可能でしょう」
彼等の状態──恐らくは『意図的にそうされた』状態を述べた後、
「そして」
切り込むように、一言。
「彼らの全員に── 大司教による(・・・・・・) 洗脳の魔法が(・・・・・・) かけられて(・・・・・) いた(・・) 痕跡を(・・・) 発見(・・) しました(・・・・) 」
「──!」
「何だと……ッ」
トアと隊長の二人が目を見開く。
他の人間も、彼等ほどではないが驚きの気配を見せる中エルメスは続ける。
「洗脳、思考改竄の方向性までは痕跡からは読み取れませんでしたが……まぁ、どういう風に改変されていたかは大凡見当がつくでしょう」
「──あ」
隊長が声をあげる。
心当たりを……そう、まさしく彼自身が言ったことを想起する表情。すなわち、
『しかもなぁ! やられた隊長三人は── お前たちの(・・・・・) 味方に(・・・) つくことを(・・・・・) 最後まで(・・・・) 反対(・・) していた(・・・・) 奴らなんだよ!』
エルメスたちに不利益を与える上では、この上なく有効なその内容を。
愕然とする彼等を一旦置いて、ユルゲンが問いかけた。
「……君の見立てだ。疑うわけではないが──」
「はい」
「しかし、だとしたら……『気付かなかった』と言うのか? 君が、そのことに。いや、責めているわけではないのだが……」
「……いえ。責めてくださって結構ですよ」
反省と共にエルメスは回答する。
……これも、大司教の狡猾なところだっただろう。
まず第一に巧妙なところは、彼等の思考改変を『異常ではない』程度に抑えていたことだ。仮に内容が『何が何でもエルメスたちに賛同しない』だったとしても……あの状況下では、あり得なくはないと納得してしまう。それによって、行動から違和感を推測することを困難にした。
そして第二に、最初の遭遇戦──『ルキウスを見せたこと』だ。
恐らくヨハンは、あの場でエルメスが血統魔法に気付くことも織り込み済みだったのだろう。それを逆手に取ってルキウスを──魔法感知によって、 明らかに(・・・・) 洗脳(・・) されていると(・・・・・・) 分かる(・・・) 相手を(・・・) 敢えて(・・・) 見せる(・・・) ことで、彼に『洗脳されている相手は見れば分かる』との先入観を植え付けた。
その思考の空隙を利用して、三人の隊長を……気付かれない程度に魔法効果を抑えた人間を気付きにくくしたのだ。
……だとしても。
それでもエルメスならば、類稀な感知能力を持つ彼ならば気づくことは出来ただろう。
──しっかりと、仔細に観察することさえできていれば。
「だから向こうは、僕にそれをさせなかった」
それが、第三の布石。
「僕を追い詰めて、加えて兵士の皆さんとの溝を深めることで。近づくことも、詳しく観察することも封じたのです。加えて兵士の皆さんも僕と積極的に交流しないとなれば……発見するタイミングが一切無くなるのも当然で」
仮にあの時。
エルメスが、『洗脳されている可能性があるから検査させてほしい』と言ったとしても──まず間違いなく兵士たちは取り合わなかっただろう。
それほどに関係を悪化させ……加えて、そんな余裕なんてないほどにエルメスを追い詰めることによって、仕込んだ罠に一切気づかせることなく。
エルメスたちが何をしようとも、絶対に一定数の反対意見を仕込んで完全な協力を徹底的に拒む兵士側の状態。
──『本来どう足掻いても詰んでいた』状況を、作っていたのだ。
「…………」
衝撃の事実に、辺りに沈黙が満ちる。
そんな中、口火を切ったのは──当の隊長だった。
「……ふざけんなよ……」
彼の口調には、表情には、怒りがあった。
エルメスたちではなく──自分たちの不甲斐なさへの、凄まじい怒り。
そう。何故なら、エルメスの言ったことが本当なら。
「じゃああれか。俺たちは、最初から──
お前たちを追い詰めるために、あの大司教の野郎に徹底的に利用されてた。手のひらの上だったってことかよ……ッ!」
「……はい」
慰めの言葉は言わなかった。
それを彼が欲していないことは、顔を見れば分かったから。
──そう。隊長三人をも気づかれない手駒に変える余裕があるのなら、ハーヴィスト領の兵士たちだけならどうとでも潰せたことは最早誰の目にも明らかで。
「あのクソ野郎にとっちゃ、俺たちはいつでも処理できる取るに足らない存在で! 初めっから、弄ばれてたのかよ……! くそ、畜生……ッ!」
彼にも、ここを守っている──守れている自負と誇りがあったのだろう。
それが全て、まやかしだったと知らされたら。こうなるのも無理はない──それは横で唇を噛む騎士団長トアの顔からも良く分かった。
それ以上は、何も言えず。
ただ文字通り、彼等は悔しさを噛み締める。
……少し、時間が必要だろう。そう判断したエルメスは、他の方向へと目を向ける。
「……エル。それじゃあ」
続けて言葉を発したのは、カティア。
彼女は今の話を踏まえて、気づいた事実を確認するように。
「じゃあ、ニィナは、やっぱり──」
「はい。──ニィナ様は、味方です」
そこも、エルメスはしっかりと断言する。
……もし、ニィナがあの襲撃で例の隊長三人を倒してくれなかったなら。
きっとこの事実には気づかなかった──どころか、『理屈に関係なく、何を言ってもこちらに従わない』人間が紛れ込んでいた以上、あのリリアーナの必死の説得で何とかできた場だって……どうなっていたか分からない。
「ニィナ様も、どうやってかは──この後説明しますが、それに気付いて。恐らくは従わされている大司教の指示に反しない範囲で協力して下さったものと思われます」
「!」
学友たちの顔に、喜色が満ちる。
これまでも、敵だと思っていたわけではないが……それでもこちら側と分かる確たる証拠を一つ得られて安心したのだろう。
そして──ここからが、本題だ。
「では、隊長方の件とニィナ様の件、その二つを踏まえた上で」
エルメスが、確信を持って周囲を見渡す。
「──大司教の件。どうしてここまで僕たちを追い詰めることができたのか。何故あんなとんでもない力を振るえるのか。
分析し検証を続けた結果、推測できた内容。大司教の『得体の知れない』技術について、説明させていただきます」
一番知りたかったその内容に、一同が緊張する中。
エルメスは──淡々と、その内容を口にした。