軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

17話 激動の終わりに

とりあえずの方針が決まったところで。

もう今日は夜も遅いし、近い街もなかったために、エルメスたち一行はその場で野宿の準備を始めるのだった。

幸い、ユルゲンがトラーキア家を脱出する際に一通りの道具は持ち出していてくれた。

なんとも妙な因果だが、以前冤罪をかけられたカティアと逃避行をする際の経験が役に立ち、一式をまとめておいてくれたらしい。

……とは言え、ここにいる人間はエルメスを除き全員が王侯貴族。この手の手法に明るいとは言えず、必然エルメスが大半の準備を担うことになった。

無論、全員が自分にできることは必死に行ってくれたし、何より……

「師匠! 薪集めが終わりましたわ!」

「師匠、他には何をすればよろしいんですの?」

「なんでも言いつけてくださいまし、師匠!」

この通り、リリアーナが想像以上に積極的に働いてくれた。

今日一日、激動の疲れを微塵も感じさせず、小さな体を懸命に動かして。

きっとこんな泥にまみれる作業はやったこともなかったろうに、そんな不満を欠片も表に出さず、頑張ってくれた。

その甲斐あって、不慣れな人間も多い中野宿の準備はつつがなく完了し。

明日からの移動に備え、早い時間から就寝の用意を整えることができたのだった。

夜も更け、草木も寝静まり。

穏やかな月光だけが木々の隙間から優しく照らす中、エルメスは見張りのためテントの横に腰掛けていた。

テントは二つ。単純に男女比が三対三だったため部屋割りは選択の余地無く決定した。今頃は向こうのテントでカティア、サラ、リリアーナが休んでいる頃だろう。

「……」

綺麗な満月を見上げつつ、エルメスは考える。

現状の把握、方針の吟味、行動の推測。一人でいる時に何かと思索を巡らせることは、魔法研究を通して染み付いた彼の習慣だ。

そうして、この追い詰められた状況を打開するために彼が思考の海に沈んでいた時だった。

「……エルメス、さん」

傍から声。一旦思索を打ち切って目線を向けると、そこには声と呼び名から予想した通りの金髪の少女が。

「──サラ様。どうしました?」

単純に眠れずに出てきた、というには少しばかり表情が真剣だ。

何かあったのだろう。その推測通り、サラは少しばかり固く、けれど彼女らしい優しさも見える声色で。

今しがた出てきた自身の寝所を指し示し、こう言ったのだった。

「あちらのテントに、行ってくださいませんか? ……見張りは、わたしが代わっておきますから」

サラの言葉の理由は、テントに入った瞬間に分かった。

……と言うより、おおよそ推測できていた。

「……っ。…………ぅ……」

テントの中央。赤髪の幼い少女が眠る布団の中。

──そこから漏れ出てくる、押し殺した嗚咽に。

それが気になっているのだろう、左側の少女カティアも起きているのが気配でわかる、そもそもテントに入る際に彼女にも許可を取った。

エルメスが部屋の中央に寄ってしゃがみ込む。

そこでようやく気配に気付いたか、リリアーナがぱっと顔を上げた。

「──師匠!?」

流石にそこにいる人間までは予想外だったか、上擦った声をあげる。

そこからすぐに現状に気付いたか、誤魔化すように明後日の方向を向いて。

「な、何をしているんですの。いくら師匠とは言え乙女の寝室に無断で入るなど──」

「リリィ様」

その声を遮って、エルメスは静かに名を告げる。

説明してもらわずとも分かった。

薄明かりの中でも分かる腫れぼったい瞳に、枕元の染み。

──泣いていたのだ、彼女は。布団の中一人で、誰にも聞かれないように声を押し殺して。

……無理もないと思う。

いくら、最後で決心したとは言え。立ち上がる決意を固めたとは言え。

あんなこと(・・・・・) があったのだ。僅か11歳の少女が一日で体験するにはあまりにも残酷で、悲しい出来事が今日は起こり過ぎてしまったのだ。

それら全てを、無視することなどできる筈がない。

否、無視しないと決めたからこそ、立ち向かうことを決心したからこそ、その重責と悲しみが今ここで彼女に襲いかかっているのだ。

故にこそ、エルメスは問う。

「リリィ様の許可を取らず入った件は申し訳ございません。……ただ、放っておくわけにも行きませんでしたので」

「!」

「……何か、僕にできることはありますか?」

ある、と一も二もなく言いそうになってから。

リリアーナは口を引き結んで、それでもどこか迷うような声で。

「……や、やめてくださいまし」

そう、告げた。

「やめてください、甘やかさないでくださいまし。……わたくしは、わたくしはもう甘えるだけではないと、一人で頑張ると決めたのです。だから……っ」

「……」

……そんなことだろうなとは思った。

今回野宿の準備をするにあたって、リリアーナは積極的に働いてくれた。必死に、全力で、何も考えず、手伝いを続けてくれた。

──そうでなければ、耐えられなかったからだ。

何かに没頭していないと、背負ったものから目を逸らしきれなかったからだ。

だからこそ、寝付くにあたって。何もすることがなく、一人で横になった瞬間、それらが一斉に襲いかかってきたのだろう。

それでも、彼女は。自分だけで受け止めようとした。自ら背負って、涙を流してでもやり過ごそうとした。

その心根は、非常に尊いことだと思う、けれど。

「……保ちませんよ、リリィ様」

エルメスに先んじて、そう告げる少女がいた。

リリアーナがそちらに目を向ける。

「……カティア?」

「その心意気は素晴らしいものです。が……心を張り詰めるばかりでは、いずれ行き詰まります。それはあなた様も勘付いているのでは?」

彼女の言葉には──きっとその在り方と行き詰まりを実体験したものにしか分からない、重みがあった。

「カティア様の仰る通りです」

「……師匠」

それに、エルメスも乗っからせてもらうとする。

「進む決意をして、実際に結果も出した。それでもう、今日は十分ですよ」

「……っ」

「それに……いきなり頼ってもらえなくなるのは、こちらとしても、少し寂しいので」

そう苦笑と共に告げ、ぽんと頭に手を置く。

……そこが、限界だったのだろう。

「ぅ……ぁ……っ!!」

リリアーナが、こちらにしがみついてきた。

すぐに、くぐもった泣き声が聞こえてきた。

暖かく、柔らかく、小さな体躯を腕に収める。

カティアも立ち上がり、こちらに寄ってきてリリアーナの背に手を置く。

どうして、と言う声が聞こえた。

変わってしまった兄姉を悲しんでいた。今日一日で失ってしまったあまりにも大きなものを悼んでいた。

ありったけの不満と、悲哀と、絶望をぶちまけた。その全てを受け止めた。

そうして、また。

前に進むための儀式を、彼女は行っていくのだった。

そのように、明日立ち上がるための準備を終えて。

リリアーナは、改めて床につく。

……ちなみに、エルメスも一緒だ。

「……わたくしが、寝付くまでで良いので。だからどうか、一緒に……」

と、微かに涙の残る可憐な上目遣いで頼まれては断れない。

丁度、カティアと彼女を挟み込む形で。時に二人でリリアーナを落ち着かせ、時に彼女の声を受け止めて。時に温もりを伝えるべく触れ合って。

そうしてしばらくした後、泣き疲れたリリアーナから規則的な寝息が聞こえてきた。

最後にもう一つ、穏やかに艶やかな赤髪を撫でて。一仕事が終わったことを悟る。

「……思ったより、ずっと強いお方だったわね」

それを見計らってか、対面で横になるカティアの声が聞こえてきた。

「あなたがくる前にも、いろいろ話したけれど……『嫌だ』とは一言も言わなかったもの。──そう言っても仕方ないと、私は思っていたのだけれど」

その口調からは、確かな敬意を慈しみが感じられた。

……正直なところ、これまでのカティアとリリアーナの仲はエルメスから見るとあまり良好だったとは言えなかった。

無論互いに立場を意識した尊重はあったものの、その範囲内では何かと張り合いたがった記憶がエルメスの中にはある。

そのことを聞くと、

「……まぁ、否定はしないわ。だってその……ずるいじゃない。こう言ったらあれだけど、エルに教えられるために居るような子だったし……本人もそれに全力で甘えきってエルにくっついてるし……」

と、軽く羞恥と嫉妬が混じったような表情で視線を逸らし気味に告げてくる。

……なんだかこれ以上は掘り下げて欲しくなさそうだったので、エルメスは話題を変えることにした。

「……今日一日で、色々とありましたね」

「……ええ、そうね。本当に色々と」

国王への謁見、リリアーナの兄姉との顔合わせ、ラプラスとの再会。

そうして夜の王宮襲撃、王都の簒奪。そこからの脱出。

……改めて並べてみると、これらが僅か一日の間に起こったことが信じられない。今朝の自分に今の境遇を話しても俄には信じ難いだろう。

「……これから、どうするのかしら」

控えめに、カティアが聞いてきた。

「そうですね。一先ずは公爵様の方針に従って動こうと思います。何を推測するにしても、今はあまりに情報が足りない。北部反乱で、その一端でも集められればと」

そうして、首尾よく行った場合は……とエルメスが続ける。

「そこから兵力を集め、可能な限りの推測と対策を行って、王都に戻り。ラプラス卿、そして恐らくはまだ見ぬ組織の方々、トップの方と対決する。

言うのは簡単ですが……きっと、この上なく厳しい道程となるでしょう」

その声色に、少しだけ硬さが混じった。

自分は良い。厳しい道行ならばこれまでも幾度となく乗り越えてきた。

……だが、自分以外はどうか。

その懸念をするエルメスの手に──ふと。柔らかな手のひらが重ねられる。

改めて対面をみると、美しい紫水晶の瞳と目が合って。

「……大丈夫よ、エル」

美麗な、それでいて芯のある声で彼女は言葉を紡ぐ。

「あなたが何をしても、どこに行っても。……私は、そばにいるから」

「──」

その声に導かれるように、委ねられるように。

穏やかな表情で、エルメスも頷くのだった。

そうして、しばしの沈黙が流れ。

──そして、気付く。

夜更け、狭いテントの中。手を伸ばせば容易に触れ合える距離で、お互いに寝転がり。

寝息を立てる小さな子供を挟んで、先ほどまでのような言葉を交わす。

……これは、ひょっとしなくても、かなり恥ずかしい状況なのでは?

「…………」

見ると、多分全く同じことに気づいた様子で。

カティアがその美貌を見慣れた赤面に染め、なんと言っていいか分からない様子で口を絶妙な感じに緩ませていた。

「……そろそろ戻りますね。あまりサラ様を待たせてもいけませんし」

「あ……」

瞬時に判断してエルメスは立ち上がる。

すると何故かカティアが、思わず、と言った調子で少しだけ寂しそうな声を上げた。

もう一度目を向けると、今の無意識の声を恥じる様子で彼女は。

「そ、そうね。明日も早いし。殿下のことは任せてあなたも早く休みなさい」

「は、はい」

……なんだかこのやり取りも久しぶりな気がする、と。

そんな益体も無いことを思いつつ、エルメスはテントを後にするのだった。

テントを出て歩き、見張りを代わっていてくれたサラに声をかける。

同時にリリアーナの様子も述べると、彼女は心から安心した様子で微笑み、一礼して入れ替わりに戻っていく。

……しかし、その途中で。

ふとサラは足を止めると、こちらに振り向く。

「……その、エルメスさん」

「はい?」

控えめに問いかけられて、エルメスも正面から彼女を見やる。

「えっと……今そういう状況ではないのも分かりますし、多分カティア様もそうだと思うんですけど……」

そう言って彼女は、月光に照らされたブロンドの髪をふわりときらめかせ、幼さを残した美しく白い顔を対照的に朱に染め。

「……最近、エルメスさんはリリィ様に構いっぱなしだったので。……その。たまには、こちらともお話ししてくれると……嬉しい、です」

そっと、それだけを告げて。

わけもなく息を詰まらせるエルメスに向かって、もう一度頭を下げると。少しばかり慌てるようにテントへと帰っていくのだった。

「…………」

言葉の内容にか、それとも月下の彼女のあまりに美麗で儚げな雰囲気に呑まれてか。

しばしその場に立ち尽くしたのち、エルメスも見張りに戻ろうとする。

そして、そこで。

「……まぁ、俺は何も言えんが」

いつの間にか起きていたアルバートと、最後に目が合う。

「……ええ、っと」

「何も言えんぞ。生憎俺は堅物すぎると周囲から言われてこういうことにはとんと無縁だったものでな」

その表情からは、『何も言えない』のではなく『不用意なことは何も言いたくない』との意がありありと現れていた。

よって彼は宣言通り一切言及せず、要件だけを告げる。

「見張り交代の時間には早いが、お前も寝ろ。恐らく今後も一番負担がかかるのはお前だろうからな」

「……お気遣い、痛み入ります」

それでもきっちりと周囲のことは見ている彼に、ある種の信頼を覚えつつ。

素直な謝意を述べて、エルメスもテントに戻る。

そうして、ようやく。

激動の一日の最後が、静かに更けていくのだった。