軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

16話 冒険の一手

──王都が、静けさを取り戻していく。

あちこちで上がっていた火の手は消火され、穏やかな月明かりが王都を覆い。

そこら中で響いていた怒声もついには聞こえなくなり、晴夜の静寂が戻る。

それはすなわち、王都の掌握が完全に終了したということに他ならず。

「……さて」

その様子を窓から確認すると、男──ラプラスは身を翻し、王宮の廊下を歩く。

行き先は、謁見の間。

そこで、次の国王であり、現状彼が表面上仕えている王子様が待っているはずだ。

今後の方針を擦り合わせるべく、かつこつと一定のペースで足音を響かせ──

──それがふと、ぴたりと止まる。

その原因となった、曲がり道の影に潜む人影に視線を向けて。

ラプラスは……微かな驚きを含んだ苦笑と共に、親しげに告げた。

「──よぉ。 ボス(・・) 」

人影も、同様の表情を返す。

そんな二人の間には、厳格な組織にあるような明確な上下関係は驚くほどに感じられない。

「来てたのかよ。誰にも見つかってないだろうな? あんたが表に出るのはまだ先って話だったろ」

人影が、苦笑とともに謝罪と心配だったとの意を告げる。

そのまま、首尾はどうだいと聞いてきた。

「予定通りだよ。必須目的だった王都の掌握は拍子抜けするくらいあっさり終わった。国王の親衛隊も大したこと無かったな、あれなら俺がわざわざ行かなくてもよかったくらいだ。ぜーんぶ計画通りさ」

言いつつも、ラプラスの顔は苦い。そこを容赦なく指摘してきた人影に、全てお見通しかとラプラスは手を上げて。

「…………あー分かった分かった。そーだよ、俺が一番懸念してたエルメスとその一党にはものの見事に逃げられた。確実に捕らえられると思った戦力よりも更に上乗せしてけしかけた筈なのに全部突破されたよ畜生」

その時の光景を思い返しつつ、ラプラスは分析する。

「エルメスもきっちりこっちの対策してきてたし、トラーキアの連中も学園での分析以上に成長してた。おまけに──あの王女様まで、訳分かんない魔法を習得してやがったし。流石にあれは初見じゃ読めんわ」

恐らくは……原因はあの翡翠の文字盤。一週間程前にエルメスがあの王女様の家庭教師になったことは知っている。察するに、その間に何かを身に付けさせたのだろう。

「てことは、ケチの付き始めは学園の一件だな。あそこでエルメスが俺を痛めつけなければ今回の計画が遅れることもなく、その分こっちが遅らせてた謁見も早まって簒奪も早くなり、王女サマの成長も無かった。

……マジかよ。そう考えると全部あいつに邪魔されてんのか。しかもあの様子からするに、今度会う時はもっと厄介になってるだろうなぁ。──ああくそ、マジで改めて腹立ってきたぞおい」

敵意も露に、ラプラスは苛立たしげに呟く。

改めて、あそこで逃したのは手痛い失敗だったと考える、が──

「──だが、最初に言った通り。 全部計画通り(・・・・・・) 、だ」

個人的な怒りを押し殺し、組織の幹部として。

酷薄な笑みを取り戻し、ラプラスは告げる。

「こっちはリリアーナ王女を取り逃したし、どうやら向こうも王子サマがしくじって第二王女まで捕らえ損ねたようだが……」

親しみと、敬意を込めた視線を人影の方に向けて。

「最初に言った通り、今回の必須目標は王都の掌握、それ一点だ。逆に言えばそれ以外はどうでも良い。というか── どう(・・) 転ぼうが(・・・・) 最終的には(・・・・・) こっちが(・・・・) 勝つように(・・・・・) なってる(・・・・) 」

改めて、彼の上司に声をかける。

「そういう計画を立てたのはあんただろ、ボス?」

人影が、同意を示す。

計画に失敗はつきものだ。

故に──その失敗すらも計画の余白として組み込んである。最優の結果こそ逃したが、現状は欠片も彼らの想定を逸脱していない。

それを共有できれば十分だと、二人は頷き合って。

「そんじゃあ、今後の話だ。とりあえずこっちは王子サマと話して、今後の国内貴族に対するスタンスを決める。……ああ、油断はしないさ。ヘルク殿下は有能じゃないが馬鹿でもない。転がすのも一手間だが──まあそっちは上手くやる」

いよいよ大詰めだねと、人影が言う。ラプラスも頷く。

「そうして、国の件が一区切りついたら、いよいよ本命だ。

ボス。──『あんたの魔法』を、取り戻しに行くぞ。それができればチェックメイト、あとはもう勝ち戦だ」

そうして、最後に彼らは笑って。

「あんたの望んだ、愉快な破滅はもうすぐだ。──楽しもうぜ?」

二人は、互いに背を向けて。お互いの行くべき場所へと、歩みを再開するのだった。

同刻、王都から遠く離れた森の中。

一先ず追手がかかる心配が低くなった距離と場所にて、焚き火を囲んで相対する影が六つ。

エルメス、カティア、サラ、ユルゲン、アルバート、そしてリリアーナ。

現状、たった六人となってしまった第三王女陣営の全員だ。

一同を代表して、ユルゲンが口を開いた。

「……それでは、今後の方針について話そうと思う」

この場で唯一の大人である彼の言葉に、自然と全員が耳を傾ける。

「王都は第一王子派に奪われた。奪還の為には、何を置いても戦力を集めなければならない。これは、全員が共有できていることだと思う」

全員の肯定を確認した上で、ユルゲンが続ける。

「ならば、その為にどこに行くか。その候補はいくつかある。

まず第一に思いつくのは──『ローズを頼ること』、だね」

これに対する反応は半々に分かれた。

ローズこと、ローゼリア・キルシュ・フォン・ユースティア。

ユルゲンのかつての友人であり、エルメスの師にあたる人物。

その人間関係を知っているエルメスとカティアは納得を、知らなかった──つい今しがた聞かされたばかりのサラ、アルバート、リリアーナは再度の驚愕を顔に浮かべる。

その中でも特に衝撃だっただろう少女──リリアーナにエルメスは視線を向ける。それを察してか、リリアーナが口を開いた。

「……びっくりは、しましたわ。まさかあの『空の魔女』様が、師匠のお師匠さまだっただなんて。でも──ある意味納得もしました。

聞きたいことは色々とありますが……とりあえず、味方であれば頼もしいことは間違いありませんわ」

その言葉から、ローズに抱いている懸念のあった忌避感は感じられない。

特にリリアーナは『空の魔女に似ている』ということで受けた中傷もあったと聞くが──それを引きずっている様子は見られなかった。

アルバートとサラも、驚きこそすれ厭う様子はない。ならば──と全員がユルゲンに視線を向ける。それを踏まえた上で、ユルゲンは口を開き。

「ローズを頼る選択肢だが──私は、お勧めはしない」

今度は、全員に驚愕が広がった。

「理由をお聞きしても?」

「もちろん」

しかし、同時に思い当たる節もあったエルメスが真っ先に問い、ユルゲンが頷いて解説を始める。

「まず第一にして最大の理由は、求める『戦力』の質の違い。ローズは強い。凄まじく強い。人間の範疇であれば間違いなく王国最強だ。

だが──それでも。ラプラス卿の言う『ただ強い』の域を出ないことも確かなんだ」

そう。

現状、リリアーナ陣営に圧倒的に足りないもの。それは個人戦力としての強さではなく、頭数だ。

彼女が加わってくれれば心強いことは間違いない。だが──彼女を加えただけで王都奪還ができるかどうかと言われれば、これも違う。

もしそうなら……そもそもローズは王都を追い出されていない。

「そういうことだ。ローズを加えるのは魅力的だが、決定打にはならない。どころか頭数、まとまった軍隊戦力を味方にするにあたって──『彼女が仲間であること』はデメリットになる可能性すらある」

「っ」

カティアが歯噛みした。残る全員もある種の納得を見せる。

そうだ、この場の人間は例外的に忌避感こそ持っていないが……この国の大半の人間は違う。

彼女自身が王都でやったこと、それに国全体の情報操作も加わって──『空の魔女』は多くの貴族、そして民にとって紛れもない悪名なのだ。

その彼女がいることで、本来得られるはずの味方を得られない可能性がある。遺憾だが、そこも認めざるを得ないだろう。

「加えて、彼女の気質。事情を話せば、ローズは間違いなく匿ってはくれるだろう。だが……『王都を取り戻す』ことに関して、彼女が積極的になってくれる確証は正直私にはない」

「……確かに。師匠なら、『じゃあ全員一緒に国外へ逃げようぜ!』と言ってもおかしくない──いえ。多分高確率でそう言うかと」

ローズをよく知るエルメスもそう告げる。

彼女は、王都を毛嫌いしている。カティア達と触れて昔ほど顕著ではなくなってきているものの、それでもあんなことがあった王都の奪還を積極的に目指してくれるかと言われると……あまり自信がない。

「そして最後に……時間だ。

エルメス君、端的に問おう。もし君が今からローズの元に向かうとして──辿り着くまで、どれくらい時間がかかる?」

問いかけられたエルメスは、数秒考え込み。

「……三日、ですね。師匠の居るところは国の端も端ですし、『 無縫の大鷲(フレースヴェルグ) 』を使ったとしても一日中空を飛べるわけではありませんので」

「ああ。三日、つまり往復で六日。事情説明や準備も含めると一週間。──今の我々にとっては致命的なロスだ。極端な話、その間に追手と鉢合わせればほぼ詰みだ。分かるね、私たちは 今が(・・) 一番(・・) 危険な(・・・) 状況(・・) なんだよ」

それらの理由から、少なくとも今。すぐにローズを頼ることは得策ではないとユルゲンは告げる。

「無論、いずれなんとかしてこちらの状況を彼女に伝えることは必要だろう。だが……ローズだけを頼りに今後の進路を決定するのは危険と私は考える」

「……」

理に叶っている。エルメスとしても異存はない。

他の人間も同意見のようだ。そしてその上で、リリアーナが問う。

「……では、どうするんですの?」

疑念と、信頼を持った声。

エルメスも同意見だ。……ユルゲンがここまで言う以上は、逆説的に代案を用意していないはずがない。

その信頼通りに、ユルゲンは頷いて続ける。

「さっきも言った通り、私たちに今必要なのは軍隊戦力だ。……生憎トラーキアは文官の家系だから、こんな状況で頼れる軍隊は持っていない。すぐに頼れるような他の家も思い浮かばない。

──だが、賭けになるが一つ。大きな心当たりがある」

「!」

全員が改めて注目する。その中、ユルゲンが想起させるように口を開いた。

「覚えていますか、殿下。今日、謁見の間で言われたことを」

「え……」

「色々あって、それどころではなくなってしまいましたけれど。言われたでしょう──殿下が御自ら、『北部の地方反乱を平定しろ』と」

今、この状況でその話題を出す意味。

それを正確に把握し、代表してカティアが確認した。

「……お父様。まさか」

「ああ。──敢えて、そこに向かうことを提案する」

一同が騒めく。

「理由は二つ。一つ目は現金だが──もし平定が叶えば、現在反乱の煽りを食っている家を味方に付けられるだろう。今回の王都の事件を受けて反乱もどうなっているかは分からないが……それでも、全く元通りとはなっていないだろうしね」

「……そう、ですね」

「そして二つ目。……エルメス君と話した通り、今回の反乱は『教会』が関わっている可能性が高い」

謁見の後、ユルゲンと会話して確信したことだ。

「今回の王位簒奪に教会がどこまで関わっているかは分からないが……教会ほどの大規模な組織が全く無関係とも考えがたい。ならば、この地方反乱を足掛かりにして──今回の事件が何故起こったか。その謎に踏み込めるかもしれない」

……それは、確かに重要だ。

この王都の事件は、何もかもがあまりに唐突だった。その背景を把握しないことには、しっかりとした奪還は叶わないだろうから。

だからこそ、敢えてのこの提案。

無論言うまでもなく、リスクは極大だ。反乱の規模も内容も、向こうの戦力も分からない。平定できなければその時点で詰みだ。

だが、それが叶えば。軍隊戦力と、王位簒奪に関する情報。現状最も欲しい二つのものが一挙に手に入る可能性がある。

まさしくハイリスクハイリターンな提案。

もっと安全な方法も探せばあるのだろうが──最大かつ最短で目的に近づくには、恐らくこれがベストだろう。

そして、自分たちには時間がない。第一王子の側近であるラプラスの目的を大まかに把握している以上、時間が重要であることも間違いない。

一同が悩み、最後の決断を下すべきリリアーナに視線を向ける。

リリアーナはそれを受け止めた上で……エルメスを見てきた。

今度はエルメスが視線の意味を読み取り、穏やかに告げる。

「公爵様の提案を、お受けした方がよろしいかと」

「…… 師匠(せんせい) 」

「確かにリスクは非常に高い。ですが──そもそも現状がこの上なく追い詰められている状況だ、堅実な手では盤面をひっくり返すことは叶わないでしょう。ここは、冒険に出るべき時かと」

エルメスの言葉に、カティア、サラ、アルバートも首肯する。

それを受けて、リリアーナは一度俯いた後、毅然と顔を上げて。

「……分かりました。ユルゲン、あなたの提案で行きますわ。北部反乱に介入し、味方戦力と情報を集めに向かいます」

「──」

「師匠の言う通り、ここは危険を冒してでも進む時です。

そして何より……民が危険に遭っている場所ですもの。王族として捨て置くわけには、行きませんわ」

「……御意に」

ユルゲンが、微笑と共に頷き。

一先ずのリリアーナ陣営の方針が、決定したのだった。

最大の議題が片付き、一息を吐く一同。そこで、ユルゲンが口を開く。

「助かりました、殿下。……今回の地方反乱は、個人的にも色々と気になっていることがあったもので」

「……気になっていること?」

「ええ。教会の件もそうですし、それに──これはエルメス君、むしろ君たちの方が関わり深いことだろう」

それを聞き、リリアーナ以外の四人も注目する。

「謁見が終わった後、個人的に北部反乱について調べてみた。するとね……気になる名前が出てきたんだよ」

「名前……」

反芻するエルメスに、ユルゲンは視線の厳しさを増して。

「反乱に参加している──つまり今回敵となる可能性が高い、貴族の名前だ。資料にはこうあった。北部六家の内訳は、アンティラ男爵家、スヴェント男爵家、マルコフ子爵家、メラム子爵家、ヴァレンティン伯爵家。

そして最後に── フロダイト(・・・・・) 子爵家(・・・) 、と」

「!」

聞き覚えのある、その家名に。

エルメス、カティア、サラ、アルバート。

共通点を持つ四人が、一斉に目を見開いた。

某日、某所。

月明かりに照らされた狭い部屋で、銀髪の美しい少女が立ち上がり。

様々な感情を宿した瞳で、彼女だけに分かる確信を持って。

ニィナ・フォン・フロダイトは、告げたのだった。

「そっか。──来るんだね、エル君」