作品タイトル不明
15話 誓い
嬉しい方向の想定外だ。
トラーキア家が襲撃されたことは知っていた、というより襲撃された瞬間エルメスもその場に居たのだ。
しかし、同時にユルゲンがリリアーナも襲われていることを察知。『 無縫の大鷲(フレースヴェルグ) 』で唯一脱出可能なエルメスを救助に向かわせた。
当然その分、トラーキア家の戦力は大幅に低下する。残された人間だけで突破できるかどうかは五分五分だと思っていたが……
どうやら、カティアたちの力がエルメスの想定以上だったようだ。
ともあれ、ここにリリアーナ陣営の主要な魔法使いは集結した。
ラプラスに一撃を入れることにも成功したし、この場の形勢は完全に逆転した──
──と思えるほどには、どうやら事態は甘くなかったようだ。
どどど、と複数の方向から足音が聞こえてくる。
それに気づくと同時、建物の影から一人、二人と人影が滲み出してくる。
人影は止まることなく増えていき──やがて足音が止む頃には。
見える範囲だけでも何百に届こうかと言うほどの兵士たちが、エルメスたちを全方位から取り囲んでいた。
リリアーナが呟く。
「そんな……まだ、こんなに……」
その彼女の絶望に拍車をかけるように、先とは別の兵士長らしき人間がラプラスの前に出てきて。
「ラプラス卿。王宮の件、完全に終了いたしました。その他の第一王子派でない貴族の屋敷も軒並み制圧済み。
──これで王都は全て、我らのものです」
「────」
分かっていたこととは言え、あまりにも残酷な宣言。
そのまま、兵士はこちらに振り向いて。
「さぁ、あとはあの王女を捕らえるだけです! 何、トラーキアも揃っているようですがこの人数差、我々ならば恐るるに足りません! さぁ!」
「──ッ」
その言葉に、エルメス達が一斉に臨戦態勢を取る。
合わせて周りの兵士たちも武器や魔法を構え、一触即発の空気が辺りに充満し──
──そこで。
「──やめとけ」
暗く、されど凛とした。
ラプラスの声が、その空気を霧散させた。
周りの兵士たち、そしてカティア達が驚きの表情を浮かべる。
一方のエルメスは対照的に静かな視線を向け、続きの言葉を待った。
「お前らじゃ何人でかかろうと無理だよ。トラーキアが揃った以上、下手に妨害しても無駄に兵力を減らすだけだ」
「なっ」
「そもそも、その危惧があったから『こうならないように』兵を動かしてたんだろうが。その前提が崩れた以上、ここまでだ」
「そんな……そんな消極的な!」
ラプラスの言葉に、また別の兵士が噛み付く。
「何を恐れることがあるのです! いくら血統魔法使いとは言え高々五人、おまけに魔法が使えない無能の王女という足手纏いまで抱えている!」
「そうです! 我々全員の力に加え、ラプラス卿のお力まであれば負けることなどありえない、労せず捕らえられることでしょう!」
「ここまで全て計画通りに行っていたではありませんか! トラーキアを襲撃する部隊だけがヘマをしたのです、捕縛の名誉を是非我々に──!」
「──へぇ?」
そのまま捲し立てる兵士たち。最後の言葉を聞き届けると、ラプラスはすっと目を細めて。
「『ヘマをした』って具体的に何だ?」
「え……」
「部隊が油断したことか? じゃあお前らはこの重大な場面で油断するような馬鹿どもより最重要箇所を任されなかった能無しになるな。それとも『何だかよく分からないが失敗したに違いない』とでも言うつもりか? ──それこそ論外だろうが」
まさしく図星を突かれて黙り込む兵士に、ラプラスは引き続いて。
「理由のない失敗はないし、完全に計画通りに行くことだってあり得ないんだよ馬鹿ども。イレギュラーはいつでもどこにでもあり得る。
今回はその特大のやつがここだった。トラーキア達の実力であり──そこの王女サマだったわけだ」
「っ」
ラプラスの暗い蒼の瞳に射抜かれ、リリアーナが怯える。
彼はそのまま再度兵士たちを見回すと。
「『魔法が使えないから無能に違いない』『たった数人で突破できるはずがない』。自分たちに都合の良いことだけ信じて事実を捻じ曲げるな。それすら認識できないほどお前らは愚かか?」
有無を言わさぬ迫力で、兵士たちを完璧に黙らせる。
続いてラプラスは肩をすくめると、
「……ま、俺も人のことは言えんがね。しくじったのは事実だし。
──だが。だからこそこれ以上はやらん。当初の計画には固執しない、トラーキアをこれ以上相手にはしない」
結論を告げたのち、それに、と薄く笑みを浮かべてこちらを見据える。
「──そっちだって、これ以上 王都(ここ) で出来る事はないだろ?」
言葉を受け、カティアが歯噛みした。
……事実だ。その点に関してはエルメスも同感である。
戦いの前に、リリアーナに言った通り。
王都はもはや完全に制圧され、僅か六人で奪い返す事は不可能。
仮にここで暴れて──万が一にここの兵士たちを全員倒し、ラプラスも仕留められたとしよう。
だが、所詮そこまでだ。王都中の戦力をかき集めればこの比ではないし、ラプラスと同格の人間がまだ潜んでいない保証もない。
ただ逃げるだけならともかく、『場所を奪う』ことに関しては──あまりにも圧倒的に、数は力なのだ。
故に……こちらもこの場の離脱以外に、もはや出来る事はない。
「分かったろ? あんたらは強い。だが、 ただ強いだけ(・・・・・・) だ」
以前学園でエルメスに言ったことと似たような言葉を、ラプラスは復唱する。
「単騎の戦力が優れているからどうした。そんなもんでできることなんざ高々それだけだよ。お姫様、それを重々噛み締めた上で、どこぞで細々と逃げ延びるが良いさ。
──いずれ必ず、アンタは追手をかけて捕まえる。その時までな」
底知れない視線に再度射抜かれ、リリアーナが怯えを露わにする。
エルメスが肩を支えようとするが──彼女はそこで、顔を上げると一歩踏み出し。
「……そうですわね。あなたの言う通り、良く分かりましたわ。──でも」
きっ、と幼いながらも精一杯の迫力をその碧眼に宿して、睨み返す。
「追手をかける必要はありません。何故ならわたくしは──必ず、戻ってくるからですわ」
「──」
「王都を、この国を、あなた達から奪い返す用意を整えて。必ず帰ってきます。だからあなたは……ヘルクお兄様にお伝えくださいまし」
あどけない美貌を、決意の形に固めて。ラプラスを指差し、告げる。
「絶対に、玉座の前で、一発平手打ちをかましますので。覚悟して待っていなさいと!」
突きつけられたラプラスは、しばし呆けた顔を浮かべたのち。
──は、と嘲るように、されど一定の真剣さを込めて不敵に笑う。
「りょーかい。伝えておこう。『期待せずにお待ちください』とだけ改変してね」
そこで、更に遠くの方から多くの足音が聞こえてきた。
追加の兵士たちが、更にここを目指して集いつつあるのだ。それを把握した上で、ラプラスが笑みを深めて。
「それじゃ、さっさと逃げ──いや、このまま待ってくれてもいいですよ? そうしたら先の啖呵を最大の 笑儀劇(バーレスク) としてお伝えして差し上げますが」
「っ」
当然、そう言われればこの場に留まる理由はない。
そのままリリアーナは、エルメス達を伴って。
騒ぎと、怒声と、炎上に満ちた王都から──逃げ出したのだった。
◆
王都が燃えている。
簒奪と、変革と──そしてきっと破滅の始まりとなる音に、今も王都は満ちている。
「……トラーキア家も、奪われました」
そんな王都から抜け出し、安全な場所まで逃げ延びてから。
重い声で、ユルゲンがリリアーナに告げた。
「レイラをはじめ使用人達も安全な場所に逃がしましたし、人員の損失はありません。ですが──あの数を前に家に留まるのは自殺行為と判断したため、捨てざるをえませんでした。……申し訳ない」
責めるものはいない。
ユルゲンがそう判断したのなら、それが最善だったのだろう。全員がその意思を共有する。
……それに、責はユルゲンだけにあるのではない。全員にあるか、誰にもないかのどちらかだ。
どうしようもなかった。
ラプラスの言う通り、あの謁見の場にラプラスが現れた時点で、既に抗いようもなく詰みの状況だったのだ。
向こうの魔の手は想像を遥かに超えてこの国に浸透しており、第一王子ヘルクの、そしてその背後にいるラプラスと彼が所属する組織の思惑通り、成す術なく王都は奪われた。
次の王位を目指すという戦いに、自分たちは──戦う前に、負けたのだ。
──でも。
「なら、 奪(と) り返しましょう」
それでも。何もかもが奪われたそんな中でも。
得たものと、生まれたものが、ある。
その最たるものを持つ、幼い王女様。
創成魔法の使い手であり、彼の一番弟子は宣言する。
「トラーキア家も、王都も、玉座も、何もかも。
今回足りなかったものを集めて、もう一度、取り戻しに行きましょう」
「……殿下」
今日の昼、エルメスにしがみついて泣きじゃくるばかりだったリリアーナ。そんな彼女の変化、毅然とした態度と宣言に、ユルゲンが目を見開く。
そのまま、彼女は引き続いて宣誓を唄う。
「そうして、玉座の前で。言った通りお兄様には一発平手打ちをかましますわ。その上でどうしてこんなことをしたのか、何を知っていて何を言われ、どう思ったのか。全部全部問い詰めて、わたくしがどんなに傷ついたか、思ったことを全部全部叩きつけて──」
涙を堪えて、最後に。
「──そして。最後にちゃんと、仲直りをしますわ」
家族が大好きだった少女は、その在り方のまま、己の想いを告げる。
「全部をぶつけて、全部を受け止めて。そうしてまた、家族に戻るのです。戻りたいのです」
「……」
少女の決意を、その場の全員が聞き遂げる。
それから、リリアーナは全員の前で──頭を下げて。
「その……ごめんなさい。今までのわたくしは、意思が足りませんでしたわ。『王様になる気はない』だなんて言って、逃げて……甘えていました。
あの王都の混乱の中、誰一人欠けずに集ってくれた。こんな素晴らしい人たちに……頼りっぱなしに、なっていたのです」
今までの態度と、自分の非を告げてから。
再度顔を上げて、全員を見据える。
「──もう、迷いません。玉座を取り戻すまでは、止まらないと約束します。だから……改めて、わたくしに、力を貸してくださいまし」
それからリリアーナは全員を見渡し、締めくくりとして、エルメスの顔を見ると。
「……そして、師匠」
確かな光を美しい碧眼に宿し、告げる。
「どうか……改めて。わたくしを、導いて下さいますか?」
問われ、エルメスはまず周りを見渡す。
カティア、サラ、アルバート、ユルゲン。あるものは微笑み、あるものは頷き。
想いが一つであることをエルメスは確認してから、もう一度正面を見る。
リリアーナ・ヨーゼフ・フォン・ユースティア。
彼の師とよく似た少女であり、現状唯一の彼と特性を共有する少女。
そんな彼女は──あの時の縋るような表情とは一線を画す、確かなものを、きっと彼よりも強い何かを持った視線で、真剣にこちらを見てきていて。
──綺麗だ、と思った。
彼にとっては、それで十分だった。
「はい、喜んで」
端的に肯定を告げ、彼女の手を取る。
リリアーナは瞳を潤ませ、再度感謝を告げて。
そうして、全てのはじまりとなる六人は集い。
──国の未来を取り戻すための戦いが、始まったのだった。