作品タイトル不明
18話 北部反乱
エルメスたち一行が王都を脱出して、十日余り。
追手を警戒しつつ移動を続けた彼らは、遂に目的地である北部に辿り着こうとしていた。
懸念事項だったリリアーナの精神状態も、あの日派手に吐き出して以降は落ち着いている。
むしろ落ち込んでいられないと言わんばかりに精力的に動き、移動中はエルメスに魔法の教えを請い、一番守られるべき存在である立場に甘んじず様々な雑事を積極的にこなしていた。
逆にあの時のように無理をしすぎていないかこちらが心配になった程である。それに関して時折頑張りたいリリアーナと休んで欲しいエルメスとの間で謎の攻防が発生したりしていたが。
裏を返せばそれ以外の問題は特になく、一行は問題なく目的の場所に到達するところまで来たのであった。
「……改めて、確認をしておこう」
そんな折を見計らってか。
あと一山越えれば目的地というところで、ユルゲンが一行を見渡して口を開いた。
その意図は全員が把握した。言葉通り、これから踏み込むだろう北部反乱、そしてその経緯や背後の存在についてのおさらいをしようと言うのだ。
「今から我々が介入するのは北部反乱、これは元々現行の王権にあまり協力的ではなかった北部の六家、それが──恐らくはアスター元殿下の失墜を契機に連合を組み、反旗を翻して起こっている」
そこまでは、あの謁見の日にも説明されたことだ。一同が頷く。
それを踏まえた上で、ユルゲンは更なる核心に踏み込んだ。
「加えて、この件。十中八九──『教会』が絡んでいる」
「……」
教会。
この国で大きな権威を振るう存在であり、第二王女ライラの後ろ盾となっている組織。
その概要について、ユルゲンが軽く説明を挟んだ。
「トラーキア家は深い関わりがないから詳しくは知らないが──その成立は凄まじく古い。多分王国の創成期とさほど違いはないくらいなんじゃないかな」
「……そこまでですか」
「うん。そして活動内容は知っての通り、『血統魔法』の神聖視と制御。ある意味で現在の王国の血統魔法に対する価値観を醸成した組織であるし……それに相応しい権威と力、そして技術も持っている」
技術、と聞いてエルメスの眉が軽く動く。
「この中の何人かは馴染みがあるかもしれないけれど、血統魔法があるかないか、そしてその血統魔法がどういうものか。そういったことを判別する『鑑定士』も教会の所属だし、他にも──正直得体の知れない魔法的技術を多数独占しているのも確かだ」
そうと聞くとエルメスとしてはどのようなものなのか知りたいという好奇心が働くが……今はそうも言っていられる時ではない。
「『血統魔法は星神より賜った 天稟(ギフト) 』。これが彼らの根本的な主張であり、様々な特殊技術で裏付けてきた教会の信条なわけだが──エルメス君、どう思う?」
そこで、ユルゲンがエルメスに問いかけてきた。
教会の主張が、彼の認識と真っ向から食い違っていることを踏まえての質問だろう。エルメスは答える。
「無論、それが間違いである……少なくとも血統魔法は人の、人としての意志を持つ存在が作ったものであることは僕と師匠が観測した事実です」
それは、魔法の解析を行える彼のポリシーであり、譲れない部分。
しかし、その上で。
ですが──と彼は前置きし、静かに告げた。
「『星神』と呼ばれるもの。本当に神様かは分かりませんが、人智を超えた途轍も無い力を持った存在、或いは存在たちは──
── 恐らく(・・・) 、 実在します(・・・・・) 」
一同に驚愕が広がった。
「なぜ……そう思うんだい?」
「『そうとしか説明できない』部分が魔法解析で散見されるからです。血統魔法ではない、もっと深いところ……きっと、魔法の根本と呼べる部分に」
これも、魔法の解析をする上で浮かび上がってきた事実。
心情はともかくとして、『そういう存在がいる』ことはしっかりと認識する必要がある──というのが、エルメスの結論だ。
無論、だからと言って今回そういう存在と直接的に接触する可能性は低いだろう。
教会が本当にその星神とやらと関わっている可能性も薄い。
だが──無関係と断ずるのも、危険だと考える。
ともあれ、この件しかり、教会がユルゲンをして『得体の知れない』と言われる技術を多数所持していることしかり……
「油断していい相手でないことは、確かでしょう」
その結論に、全員が頷く。
話しているうちに山も頂上に差し掛かってきた。ここを越えれば、目的地が少なくとも視認できるところまではくる。
それを見て取ってか、ユルゲンが話を進める。
「教会の件はこのくらいで、まずは目の前の反乱の件だね。
北部六家連合は、現在連合に入らなかった家の領地を凄まじい勢いで攻め立てているという話だ。だから一先ずの目的としては、その『攻められている家』と協力して連合の勢いを止めること」
「了解ですわ。けれど……そこまで凄まじいのですか? 北部の連合は全て伯爵家以下。家の規模であればもっと大きいものも北部にはあったと思うのですが……」
「そうですね、殿下。そういった大きい家は現状侵略の後回しにされている事情もあるにはあるのですが……」
リリアーナの素朴な疑問に、ユルゲンは頷いて事情を説明したのち。
「まず六家連合の異様な士気の高さ。加えて──『とんでもない化け物』が一人、連合の中にいるそうなのです」
「な、なんですのそれ……」
聞くからに荒唐無稽な内容にリリアーナが顔を引き攣らせる。ユルゲンも苦笑して、
「まぁ、流石に多少は盛られていると思いますが。ともかくエルメス君の言う通り、くれぐれも油断しないことで──」
そこで、山の頂上を越え。
眼下の様子が視認できる一行の目に入ってきたのは──
──わぁっ、と。
目まぐるしく入り乱れる人々に、飛び交う怒声と魔法。
紛れもない、争いの風景。
「これは……!」
「……どうやら、まさしく侵略の現場に出くわしたようだね」
カティアが驚きの声をあげ、ユルゲンが一瞬目を見開いたのち冷静に分析する。
「すまない、エルメス君。できればここの領主と合流してからことを運びたかったが、この状況ではそうも言っていられない。
──先行して、加勢してくれるかい。攻められている方、逃げている方が我々の味方だ」
「承知しました」
ユルゲンの言うように、まずは四の五の言っていられない状況であることは明らかだ。
エルメスが、これまで他の人に合わせて抑え、温存しておいた魔力を解放。
そのまま一挙に山の頂上から飛び上がると、争いの場所に向けて急降下していくのだった。
◆
魔法使いの軍勢同士の戦いには、大きく二つの特徴がある。
そのうちの一つは、魔法を使わない軍勢同士の戦いと比べて死人が出にくいこと。
魔法使いは、誰もが大なり小なり魔力で肉体を強化している。それによって常人よりも非常に高い生命力を持っていることに加えて。
『魔法使い』の存在自体が相当に貴重なため、味方としても、そして敵としても戦後を考えると容易に死なせるわけにはいかないという事情もある。
そういうわけで、魔法使いの軍勢同士の争いは兵数の消耗戦と言うより魔力の、そして領地、陣地の削り合いの側面を強く持つ。
故に──例えば今回のように、退く側と追う側に分かれている場合、余程のことがない限り退く側が圧倒的に不利だ。その場を守りきれなかったからこそその場から撤退していることに他ならないのだから。
「追え! 追い立てろ! この拠点さえ落とせば残るは本拠地だけだ!」
「奴らは少数で魔力も既に無い! 反撃は来ないぞ!」
「恐れることはない、我々には星神の加護がある! さぁ愚か者への神罰を!」
そうして、追い立てる側の──北部六家連合の兵士たちの声が響く。
勝利に酔い、反撃を受けない追撃の愉悦に酔う声が聞こえる。
そして追われる側、本来の領地を守っていた兵士たちは嘆く。
もはや魔力は無く、唯一できることと言えば逃走して貴重な魔法使いとしての我が身を無事逃がすことだけ。しかも向こうの追撃速度からするに、それすらも叶わない可能性が非常に高い。
己の不甲斐なさに、絶望に押し潰されそうになりながら必死に足を動かす。
それでも、いよいよ体力すらも尽きて。
このまま向こうに捕まり、捕虜として無様な扱いを受けるか、或いは魔法使いとしての資質を買われ向こうの兵士に させられる(・・・・・) か。
いずれにせよ、ろくな未来ではない。
守ろうと誓った地を捨て、守るべき職業についた己の責務も果たせず。
無力感に苛まれ、俯きかけた兵士は──しかしそこで、ふと顔を上げる。
何故なら、見えたからだ。
自分たちの逃げている先。そこに一人の少年が立っているのを。
歳のころは10代半ばほど。銀の髪に中性的な顔立ち、綺麗な翡翠の瞳が特徴的な少年だ。
服装からするに、彼も魔法使いか。いやしかし、何故ここに。
(本家からの援軍? いやまさか、そんな余裕など何処にもないしあの領主が出し惜しみなどするものか。だが、だとしたらどうして──)
訳が分からず困惑するが、それでも。
意地からか責任感からか、彼は必死に叫んだ。
「──逃げろ、そこの少年!」
「──」
「ここはもう北部連合の手に落ちる! 君が何者かは知らないが、ここにいてもろくなことにはならない! だから──」
声を受けた少年は、一瞬驚いた顔を見せた後──薄く微笑むと。
地面を蹴る、兵士の様子とは逆方向……つまり、 北部連合の(・・・・・) 兵士の方(・・・・) へと。
「な──」
驚きの声を上げるが、その後制止する間も無く。
想像を遥かに超える速度で自分たちをすり抜けていったその少年に、他の兵士たち共々振り向いて見やる。
そうして、彼らは目撃した。
魔法使いの軍勢同士の戦いには、大きく二つの特徴がある。
一つは、先に述べたとおり兵士が死ににくいこと。
そして、二つ目にして最大の特徴は──『兵の能力差』だ。
人間の身体能力と比べて、人間の魔法能力には大きな個人差がある。魔力容量や魔力出力、そして何より扱う魔法によっては同じ一人の人間であってもあまりに大きな差が出るのだ。
その頂点に位置するのが血統魔法使い。血統魔法を持って生まれる貴族の中でも、更に適性と実力を兼ね備えたものたちだ。
兵の数と質に加えて、血統魔法使いを何人擁するかがその軍勢の兵力を決めると言っても過言ではない。
まとめよう。魔法使いの軍勢同士においては、そうでない軍勢同士では決してあり得ない存在。
単騎で戦局を左右する──文字通りの『一騎当千』が、あり得るのだ。
そうして彼、エルメスは告げた。
「術式再演──『 魔弾の射手(ミストール・ティナ) 』」
彼らの戦いの始まりであり、王女の反撃の狼煙となる一撃を。
魔法銘の宣言と同時に、無数の──それでいて一つ一つが異様な威力を持った魔弾が解放される。
それは、まさしく勝利と追撃に酔っていた兵士たちに罰を与えるがごとく。
先頭にいた兵士──きちんと対応して結界を張ったはずの兵士たちを、その結界ごと冗談のように吹き飛ばして。
あまりの衝撃に、後ろに居た兵士たちの足を軒並みその場に縫い付けた。
ただの一撃。
それで、大軍の足止めを成功させたエルメスは。
「……場を弁えない介入で、申し訳ございませんが」
いつもの冷静な口調で、告げるのだった。
「公爵様の命により、こちらに加勢いたします。──お引き取り願えますか。北部連合、侵略者の方々よ」