作品タイトル不明
57話 誰かの魔法
……油断した。
基本的にエルメスは、知性あるものとの戦いにおいては相手の手を見て読み、それに対応する受けの戦術を得意とする。
それは彼の魔法の特性もあってのことなのだが──今回の相手であるクライドはある意味で知性が破綻していたのでそれが極端に難しかったこと。
加えて、彼の弱点。ある程度改善されてきたとは言え、彼は基本的に『自分以外』に対する意識が薄い。
それらの状況を総合的に突かれたのが、『サラを狙われる』という一手。これを読めなかったのは、間違い無く自分の失態だ。
……だが、反省は後。
幸い、致命打だけは避けた。サラの魔法のおかげで継戦可能な程度の回復もできた。まだ、状況は終わっていない。
「さあ、考えましょう。──あの化け物を、どう倒すか」
立ち上がって、そう声をかける。
一応、この状況をひっくり返せる可能性のある手段はある。
だが、あくまで可能性だ。それを実際の形に持っていくまでが今するべきこと。
幸い、現在仕込んでおいた『時間稼ぎ』は功を奏している。クライドがこちらにくるまではまだ僅かな猶予があるだろう。
故に、今は考えるべき時。そう思い、傍らの少女にも目を向けて。
だが、そこで彼は。
「…………ごめんなさい」
どうしようもない、絶望の表情を見た。
「わたしは、もうお役に立てません」
今まで見たことのない、彼女の顔。涙を流し、瞼は沈み──心の何処かが、折れてしまったかのような。
「魔力が、もうないんです。……いえ、あっても無くても同じことだったのかもしれません」
その表情から受ける印象の通りに、彼女は訥々と絶望を告白する。
「学園の結界はもう無い、皆さんを守り切ることもできなかった。今度こそって思ったのに、またわたしは貴方の足を引っ張って。変わろうって思ったのに、同じことを今回も繰り返して、尚更ひどいことしかできなくて……わたしは……っ!」
「……」
「わたしなんかじゃ、最初からどうしようもなかったんです……! ごめんなさい、役立たずで、何も出来ない人間で、何一つ変えられなくて、ごめんなさい……っ」
それを聞いて、エルメスはようやく気付く。
この少女は……どうしようもなく、自らに価値を見出せない。自分が嫌いなんだと。
初めて会った時から、そういう傾向があることに気付いてはいた。けれどそれはこの学園生活で払拭されたものだと思い込んでいたのだ。
けれど……生まれた時から15年間、その間代替品であることを強いられた生活が彼女に与えた影響は、とてつもなく大きい。
……考えてみれば当然だ。
エルメスも、家族に酷い扱いを受けていた経験はある。だがそれだって7歳から10歳までの── たったの(・・・・) 3(・) 年間(・・) だけ(・・) なのだ。
それでも今の自分に非常に大きな影響を与えたことを考えれば、彼女の過剰なまでの自己否定を責める気には到底なれない。
何より。
この学園で、彼女は多くのものを他者に与えてきた。誰かを守り、誰かを癒し、誰かに寄り添って献身を続けてきた。
にも関わらず──彼女の方から奉公を求めたことは、一度もない。
彼女が誰かに何かを求めるのは、いつだって自分以外の誰かのため。エルメスを引き留めた時だってそうだった。
……今更それに気付く自分の意識の薄さに相も変わらず嫌気が差す。
そして同時に──嫌だ、と思う。彼女が、今の彼女のままであることが。生来の呪縛が、未だこの少女を縛ったままであることが。
だから、彼は。
「……それは違いますよ」
まずは、否定する。そんなことはないのだと。貴女が成したことはあると、無意味だなんて言わせないと。
続いて、証拠を見せよう。そう考えて、彼は近くの黒い壁に手を当てる。
瞬間──壁がぐにゃりと歪み、外の景色が露わになった。
「!?」
「この魔法は、貴女の『 精霊の帳(テウル・ギア) 』と同系統の魔法だ。その分解析もしやすかったので、これくらいはもう出来ます」
ついでに言うと、現在クライドを足止めしているのもこの応用だ。サラに運ばれている最中、彼の周りを幾重もの結界で覆っておいた。術者本人ならいざ知らず、借り物の魔法の制御で負ける道理はない。
だが、今そんなことはどうでも良い。
彼女に見て欲しいのは──露わになった、景色の先だ。
そこに見えるのは、魔物の襲撃を受けている校舎。
守っていた彼女の結界がなくなってしまった以上、成す術なく魔物たちに蹂躙されて──
「……え」
──いない。
「まずはご安心を。……学園は、まだ死んではいません」
確信を持ってそう告げると、エルメスは視線の先に意識を向けて──加えて、そこで響いている声を魔法で拾うのだった。
◆
同刻、校舎前にて。
「──守るのよ」
まず響くのは、無数の霊魂を従えた彼女の声。
少し前に、結界が消失したことは確認した。
だが、彼女はそれをサラの死だとは思っていない。エルメスがいる以上、彼なら致命的な事態だけは絶対に避けるはずだと信頼している。
ならば、彼女がやるべきことは一つだ。
「守るのよ。学園の人は誰一人死なせない──」
結界の消失に伴い、全方位から魔物が押し寄せてくる。その防衛は今までと比べると圧倒的に困難を伴う戦いだ。
だが──それが、どうした。
彼女は魔法の出力を更に上げる。それに必要なのは、彼女自身の強い想い。彼女の魔法は、それに呼応して強くなるように出来ている。
故に、叫ぶ。彼女の心からの、偽りなき想いを。
「何がなんでも、絶対に。── サラの(・・・) 守りたかった(・・・・・・) もの(・・) を、守るのよッ!」
彼女の目的は、貴族の責務を果たすこと。故にここを守り切ることは絶対事項で、それに伴う想いも本来ならば彼女自身の願いであるはずだった。
でも、今は。今だけは。
『自分が守りたいもの』ではなく、『彼女が守りたいもの』として防衛対象を認識した。その願いこそを一番強い想いとして、魔法を扱った。
つまり、サラのために魔法を使ったのだ。
その結果は──過去最高と言って良い彼女の魔法の出力。校舎全域を飛び回る幽霊兵の性能が如実に示していた。
彼女は叫ぶ。より強く、想いを燃やすために。
「私としてはね、貴族の責務を果たさない人たちは正直腹立たしいわ! ……でもね、あの子はそんな人たちにも手を差し伸べるのよ! 救おうとするの! ──それが、あの子が自分自身の意思で行っていたこと。あの子の願いなんだから!」
ずっと見てきたのだ。
学園に入学してからの、人形のようだった彼女を。それでも唯一続けていた誰かとの関わりを。そして……後期になってからより活発に、より素晴らしくなったあり方を。
「あの子は今、必死に変わろうとしているわ。その歩みを、その成果を! 絶対に奪わせない。踏み躙ろうとするなら、このカティア・フォン・トラーキアが、何を置いても殺しに行く。──その覚悟がある奴だけかかってきなさい!」
魔物たちに、怯む心があったかは分からない。
だが……彼女の気勢で、僅かだが確実に弱い魔物は突撃を鈍らせるのだった。
同じく、防衛戦の一角にて。
「立て。喰らいつけ。最後の一滴まで魔力を、気力を絞り出せ! 絶対に、校舎の方まで魔物を行かせるなぁ!」
アルバート・フォン・イェルクの鋭い声が響き渡った。
それは己への鼓舞であり──同じく周りで戦う仲間への檄でもあった。
「結界が消えたからなんだ! その程度で諦める俺たちはもういないはずだ。ここまで守り続けてきた彼女の意思を、成果を、絶対に無駄にはさせるな!」
激化する防衛戦、カティア程の圧倒的な力を持たない彼らは真っ先に苦境へと立たされる。
けれど、そこを意志の力で踏みとどまる。全員が、クラスメイトである一人の少女を思って。
「入学してからこれまで、どれほど彼女に支えられてきた! 彼女が全てを繋ぎ止めてくれたから、ここに俺たちはいる。なら──それを返すときは今だ! 恩義に報いろ、魔物を阻め! 今度は俺たちが、彼女の盾となるのだ!」
その鼓舞に、Bクラス生たちも軒並み声を上げる。彼の言葉に共感できないもの、彼女の献身に力を貰っていない者など、此処には一人たりとて居ないのだから。
かくして。
結界の消失で崩れたかと思われていた防衛戦は、未だ辛うじてのところで均衡を保っていた。
その主因となったのは、紛れもなくカティアの、そしてBクラス生の奮戦。
そしてその根底にあるのは──彼らを繋ぎ止めた、一人の少女への意思。
彼女が居なければ、カティアはここまでの力を出せなかっただろう。Bクラス生も、ここまで全員が一丸となって奮闘することはできなかっただろう。
それだけは、誰が見ても疑いようのない。紛れもなく、彼女の成果だった。
◆
「……ぁ……」
「……これを見て、まだ。『何もできない』とお思いですか」
微かに見えた光景と、魔法で聞こえてきた言葉。
それに、彼女の涙の質が変わる。瞳が、光を取り戻す。
誰よりも優しい少女が、だからこそ紡げた光景。その意味を、聡明な彼女が理解できないはずがないのだから。
……けれど、きっと。
これでも彼女は、己を肯定はしきれないだろう。確かなものを持てなかった彼女にこびりついた15年の呪縛は、それほどに重い。
故に、ここで自分がもう一つ。とびきりのギフトを授けよう。
そう考えて、彼は穏やかに、心からの声をかける。
「貴女の想いは、美しい」
自らの矜持と、少女への賞賛を込めて、こう告げた。
「だから──あとは、 それを(・・・) 魔法に(・・・) するだけです(・・・・・・) 」
「……え?」
疑問と共に見上げるサラ。そんな彼女に答えを告げるように、彼は息を吸い、魔力を高め。
「──【相待せよ 傾聴せよ 是より語るは十二の秘奥】」
唄い始める。
目を見開く彼女の前で、合計七階の大詠唱。淀みなく言い終えると、締めくくりに宣誓を。
「【 斯(か) くて世界は創造された 無謬(むびゅう) の真理を此処に記す
天上天下に区別無く 其は唯一の奇跡の為に】
『 原初の碑文(エメラルド・タブレット) 』── 魔銘解放(リベラシオン) 」
創成魔法の、本領を解放する。
翡翠の文字盤がばらけ、無数の魔法の欠片となって飛び回る。
それに加えて──エルメスは、サラへと手を伸ばした。
「お手をよろしいでしょうか」
「え──」
言われるがままに、サラが手を取る。
瞬間──いくつもの情報が、エルメスを使ってサラへと流れ込む。
「っ!」
「ご安心を、悪いものではありませんし、情報量はこちらで安全な範囲に制限します」
元々、『 原初の碑文(エメラルド・タブレット) 』には『継承』の機能が存在する。エルメスも以前、兄クリスに対してこの機能を行った結果クリスも同じ魔法を使えるようになった。
なら──それを 魔銘解放時に(・・・・・・) 行ったら(・・・・) どうなるか?
「感謝を。この発想に気付けたのは貴女のおかげでもある。──これまで僕にとっての魔法は、徹頭徹尾自分のために使うものでしたから」
けれど、この学園に入って学んだ。
人と人との間。自分と誰かの間にこそ、生まれる想いもあるのだと。
ならば、それを。誰かに託すことで花開く魔法もあるはずだと考えることができた。
そして、 魔銘解放(リベラシオン) こそがエルメスの、この場をひっくり返す逆転の可能性だ。
……最初は予定通り、これを自分で使う予定だった。いくつかあるあのクライドの半不死生を崩すアイデアを、一か八かで形にするしかないと考えた。
けれど、今ひとつぴんと来なかった。以前魔法を創成した時ほどの強い想いを今抱くことはできず、正直失敗する可能性の方が高いと思っていた。
──ならば、自分以外の誰かに。
今、その発想を得た。
誰よりも学園の皆のために奔走し、学園の誰かに対しての強い想いを持ち続けた彼女に託す。
この場においては、それがきっと一番素晴らしい魔法になるし……何よりエルメス自身、それを見たいと心から思ったから。
「……いいんですよ。貴女はこれまでとても多くの方に何かを与えてきた」
まだ少し躊躇があるらしい彼女に、エルメスは肯定の言葉を続ける。
「だから、貴女も誰かに何かを貰っていいんです。貴女には十分その資格がある。
……なので、僭越ながらまずは僕が、その想いを力にするための手段を。確かなものを得るための技術を差し上げます」
何より。
これほどまでに美しい想いが 象(かたち) にならないのは勿体ないと思う。
だから、想いと力までの道程を。この状況を打破するために足りないピースを、彼の研鑽で埋めようではないか。
魔法の情報を処理しつつ、エルメスはもう一度サラに微笑みかけて。
「綺麗なものを、見せてください」
始まりとなる、根本の問いを穏やかに投げかけるのだった。
「──貴女は、何を想って魔法を使いますか?」