軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

56話 後悔

ずっと、後悔していることがあった。

サラにとって、一番目に焼きついた光景。自分の命が最も脅かされた瞬間。

そう、二月ほど前。──あの、 獄界の獣使(ケルベロス) と対峙した時だ。

今までの魔物の常識に囚われない、規格外の存在に立ち向かった三人は想像を遥かに超える苦戦を強いられた。それでもなんとか一撃を入れたと思った瞬間、向こうが無慈悲かつ強力無比な魔法を使ってきた。

成す術なく回復され、唯一の有効打も防がれて。

そして、稲妻の魔法が自分に迫り来る瞬間、エルメスがその身を乗り出して、二人の分も魔法を受けた。

そう。

── 自分ごとき(・・・・・) を庇って大怪我を負った。それこそが、サラという少女の最大の後悔だった。

エルメスが。自分が過去一番憧れた人が。自分と違って、確かな意思を持って突き進む人が。

自分程度のために振り返って舞い戻り、自分なんかの傷を肩代わりするなど、彼女には耐えられないことだった。

だから、今度はそうならないように頑張った。

まずは彼のように、確かなものを見つけるために奔走した。微かな憧れと想いを頼りに、誰もが誰もを認められるクラスになるように未熟ながらも努力した。

そして戦うことにおいても。彼に教えを請い、二重適性という才能に驕らずに研鑽を重ねた。

それは成果を得た。Bクラスは彼女にとっては素晴らしい場所になったし、対抗戦勝利という結果も得ることができた。

その一助になれた自分を、サラは少しだけ誇ることが出来たのだ。

……でも、それ以降は。

母と学友の説得に失敗し、その後始末を尊敬する友人にさせてしまい、先程は微かに抱いた夢も砕かれた。

そこから、今。見るも凶悪かつ強力な魔物と化した学友から、いくつもの致命の魔法が放たれて。自分の魔法では、自分の身体能力では避けることも受けることもできなくて。

そして。

──エルメスの体が自分の前に躍り出て。

そこに致命の魔法がいくつも直撃するのを、サラは眼前で目撃した。

ぱたり、と血の雫が彼女の頬にかかった。

「…………あ」

エルメスと言えど、あの瞬間血統魔法を展開する暇はなかった。

だから、現在扱っていた神速の突撃を応用してなんとか自分の元に駆けつけ、その体を盾とした。

「あ、あぁ」

つまり、身を挺してサラを庇ったのだ。

──あの時と、全く同じように。

「あぁぁぁああああ……!」

まともな思考が紡げたのはそこまでだった。

どさりと地面に倒れ伏したエルメスの体を抱き抱える。

クライドが、耳障りな狂笑と共に何事かを叫んでいる。けれどそれを聞いている余裕はない、直ぐにエルメスを抱えたまま少しでも遠くへと走り去る。

クライドが追ってくる気配は──何故か無い。理由は分からないけれど都合が良い、直ぐにでも治さなければいけないからだ。

声が聞こえなくなった辺りでエルメスを横たえて、魔力を全開にして『 星の花冠(アルス・パウリナ) 』を発動させる。涙目になりながら、全力で体を寄せ、魔法を注ぎ込む。

「エルメスさんっ、ごめんなさい、なんで、どうして……っ」

──どうして自分を庇ったのか。

いや、聞くまでもなく知っている。仮にも一月近く級友として過ごしてきたのだ、彼が、一度認めた人間が不当に傷つくことを許さない人間であることを知っている。

そして、クライドの放ったあの魔法を、今の自分に防ぐ手段はなかった。彼が駆けつけてくれなければ、あの後自分が辿れる道は即死以外にあり得ない。今の彼のように、負傷箇所を選んで即死だけは避ける、なんて芸当も自分にはできないのだから。

……だから。これは、わたしのせいだ。

「ごめんなさい、ごめんなさい……っ」

彼は重傷だ。

体のあちこちに魔法が直撃して焼け、切れ、抉れている。即座に治療をしなければ間違いなく命に関わる。

故にサラは魔法を回しつつ──ひたすらに謝罪と、自責を繰り返す。

何をやってきたんだ、自分は。

こうならないように、頑張ってきたはずなのに。少しでもましな自分になって、今度こそ足を引っ張らないように前に進めたと思っていたのに。

……調子に乗っていた。

些細な成功で、舞い上がっていた。

だから今同じ轍を踏んで、この体たらくを晒しているのだ。

そんな彼女の頭の中で、声が響く。

『──貴女は何者にもなれない』

『一人じゃ何もできない魔法使いだ』

いつか聞いた声。さっき聞いた声。それと己の 裡(うち) から響く自責の声が合わさり、怨嗟の大合唱と化す。どうしようもなく心を苛む。

『貴女は空っぽよ、自分と呼べるものなんて何一つ残っちゃいないわ!』

『君は何も守れない』

「いやだ……やめて、やめて……!」

口で否定し追い出そうとするも、それができない。

耳を塞げないのは、内側からの声だから。

目を逸らせないのは──心のどこかで、その妥当性を認めてしまっているから。

幼い頃から、己を殺して母と同じ道を辿ることを強制された少女。それ故に醸成された強烈なまでの自己否定心が、決別した母の、見限った学友の戯言であろうとも聞き流すことを許せない。

肯定の言葉より、否定の言葉の方が受け付けやすいように彼女は育ってしまっている。

「わたしは……変わりたいの……だから……!」

だから、せめて。

今学園を襲っている脅威からは、みんなを守らせて。

生まれ持っただけの才能だけれど、今のわたしにはこれしかないから。

その一心で、彼女はひたすら魔法を回す。

「……っ!」

自分はどうなってもいいから、この過ちを償わせて欲しい。そうひたすら願って、限界を超えて魔力を高める。

血管が破れようとも、血を吐こうとも、ただただ、自分よりも比べ物にならないほど素晴らしい人のために、魔法をひたすら使い続けて。この傷だけは治させてと願い、願い、その果てに。

──ぶつり、と音がした。

「────あ」

その瞬間、ふっと魔法が消える。練り上げていたはずの治癒の術が空気に溶けるように霧散していく。

「……あ、ぁ……!」

その結果がどうして起こったのかを、彼女は正確に把握した。

何処かの回路が切れたとかではない。だとすればまだましだった。自分で治して続ければいいだけなのだから。

そうではなく、もっと根本的で致命的なもの。それは──

「……魔力、切れ……」

絶望の表情で、彼女は呟く。

無理もない話だった。ただでさえ彼女の血統魔法はどちらも魔力消費が激しい。この戦いにおいてもそれを惜しんでいる余裕など欠片も無く、今彼の致命傷一歩手前の傷を治すために莫大な量を消費しようとした。しかもそれでも尚彼の傷を癒やしきれてはいない。

極め付けは、この襲撃が始まってから今まで彼女は校舎全域を覆う結界を張り続けて──

「──!」

そこで彼女は、更なる真実に気付いてしまう。

そうだ、自分の魔力が切れたのなら──あの結界も、もはや形を保てない。

すなわち、到底魔物の侵攻を防げない。今まで守っていた校舎に避難している人たちにも、魔物の牙が容赦なく襲いくることになって──

「ぅぁああああああああ……!」

その結果が不可避であることを理解して、彼女はその場に崩れ落ちる。

もう、何も出来ない。

今までの失態に加えて、魔力まで失ってしまえば本当に役立たずだ。

傷を癒やしきることも、守ることも出来なかった。

「ごめんなさい、ごめん、なさい……!」

彼女はひたすら謝罪する。赦しを請うのではなく、ただ自らの罪の重さに耐えかねて。

誰も守り切れなくてごめんなさい。

足を引っ張ってごめんなさい。

口だけの人間でごめんなさい。

……空っぽの人間で、何者にもなれない、偽善の聖女でごめんなさい。

懺悔を続ける。何にもならないと分かっていても、それ以外のことが何もできなくなってしまった。

今まで言われた己を貶める言葉も、何一つ否定できなくなってしまう。

情けない姿と自覚しても尚、涙は止められず。ただ何一つ成せない自分に心が破れ、想いは崩れ、蹂躙される未来に絶望して、

けれど。

「……助かりました、サラ様」

そんなどうしようもない状況なのに。

傷は表面を繋いだだけで、完治には程遠いところまでしか治っていないのに。

サラの魔力が切れていることだって、絶対理解しているはずなのに。

「そしてすみません、油断しました。でも、貴女の魔法で持ち直せた」

それでも、恐ろしく冷静に。こんな現状にも関わらず、その翡翠の瞳は絶望とは程遠い意志で輝きを増している。

「さあ、考えましょう。──あの化け物を、どう倒すか」

そう言って、エルメスは。

自暴自棄でもなく、現実逃避でもなく。

諦めることなく、確かな足跡でこの窮地をひっくり返すべく、立ち上がったのだった。