作品タイトル不明
58話 覚醒
……流れ込んでくる。
数多の知識が、幾重もの魔法の基盤が、膨大な叡智の洪水となってサラの思考を埋め尽くす。
それを受け入れて、彼女は思った。
(……すごい)
これが、彼の見ている世界なのか。
戦慄する。あの華やかな多数の魔法を行使する裏で、これほどの叡智を糧に研鑽を続けた彼の努力の跡に。同時に納得する。……だから、彼はこんなにも強いのだと。
そんな彼女の元に、エルメスの声が届く。
「──貴女は、何を想って魔法を使いますか?」
問いを受けて、サラはもう一度考える。
己の原点。確かな願い。……魔法にするべき、自分の想いを。
──おとぎ話が、好きだった。
きらきらしていて、少しだけ暗くて、でも最後は優しい世界のことが。
どこかコミカルだけれど、それでも一生懸命生きている人たちのことが。
その雰囲気が、美しさが、どうしようもなく好きだった。
この世界で生きられたら、どんなに素敵なことだろう。そう子供心に思ったものだ。
だから、作ろうとしたのだ。
信じたかった。自分にとってはひどく生きにくかったこの世界でも、きっと物語のような場所はあるのだと。
きっと誰にだって素晴らしいものがあって、それを成せるだけの力を持っていて。
それをきちんと聞いて理解すれば、分かり合うように努めれば、いつか素晴らしい場所は築けると信じた。
……それ以外は全て母の代替として振る舞うことを強制された自分が、唯一心から抱ける自分だけの願いだと思ったから。
それは破れた。
上手くいっていた、上手くいったと思ったのは最初だけで、それ以降は全て失敗した。
どうしようもないものも見た。おとぎ話は所詮空想で、理想でしかないのだと思い知って──
(……そっ、か)
そこで彼女は気付く。知識と共に流れてくる彼の思念を受けて、悟る。
── だから(・・・) 、 目指すのだ(・・・・・) と。
彼女は今ここで、ようやく資格を得たのだ。
理想を認識した。現実を思い知った。ならば──その二つの間の何処を目指すのか。それを決める権利が今、彼女の手にあるのだと。
……なら、自分の答えは決まっている。
『何者にもなれない。空っぽよ』
『一人じゃ何もできない。何も守れない』
強く響く声。怯懦を呼び起こす、誰かに言われた……否、誰かの言葉を借りた、紛れもない自分自身の声。それを──
(……うるさい、です)
珍しく、強い言葉で捩じ伏せて。叡智の洪水の中で、彼女は声に出して問いかける。
「……いいんでしょうか」
──いいよ、と彼の声は答えた。
「どうしようもなくても、荒唐無稽でも。目指すことは、許されるのでしょうか」
それを許さない権利は誰にもない。だから後は自分の意思で目指すだけ。
故に、それでいいと彼は答える。
だって──それを形にできるのが、魔法なのだから。
「……そうですね」
泣き笑いのような顔で、彼女は答える。
……自分のことは、未だ自信を持てていない。
けれど、多くの人が自分を信じてくれた。こんなにも素晴らしい人が、自分に敬意を向けてくれた。
ならば今だけは、それを成果と自惚れよう。それこそが自らの財産であり力だと認識して──それを、魔法にしよう。
覚悟を決めて、彼女は叡智の洪水に向き合う。
(……っ)
直ぐに飲まれそうになる。……彼は魔法を創るとき、こんなものに向き合っているのかと思う。
改めて、彼に対する敬意が湧き上がるが──それは一度横に置いて、いや、その想いすら力に変えて、今は成すべきことを成そう。
サラは、血統魔法を持ってしまっている。故に彼のように自在な創成はどうやっても不可能だ。
けれど、逆に彼女には血統魔法がある。己の目指すべき魔法の型、プロトタイプが存在している。それを道標として、魔法の新たな可能性を拓くことが、今彼女の成すべきこと。創成ではなく進化こそが、今の彼女にできることだ。
幸い、彼女の持つとある魔法はそれに非常に適していた。
……今ならば、できる。現在の自分の実力、才覚では到達不可能だったところまで、彼が連れて行ってくれる。
押し拓くように、導かれるように、彼女は魔法を理解する。彼から微かな魔力を借りて、それを呼び水として。
想いを薪に、扉を開いて。彼女は息を吸い、唄う。
「──【星の未来を言祝ぎましょう 天宮の 御霊(みたま) を 誘(いざな) いましょう】」
分かる。
言葉が、教えてくれる。彼女の魔法の行く先を示してくれる。
同時に気付く。──この魔法は、他とは何かが違う、と。
「【遊星は古び 恒星は錆び されど禍星は 厭(いと) うに能わず】」
通常の血統魔法とは一線を画す、大いなる何か。それが何か、今は朧げだけれど──微かに伝わるものからは、ただただ暖かな印象を覚える。
……なら、きっと良いものだ。今はとにかく、想いに身を委ねよう。
「【無垢の導は此処に一つ 御使(みつかい) は花となりて 地と星の子に祝福を】」
願いは此処に。彼女の意思に合わせて魔法が形を成す。解放の形を定義する。それができることも、この魔法が特別たる所以だ。
魔力は不要。この魔法はそういうものではない。ただそこに在るだけのもの。
……故にこそ、大いなるものとなり得るのだ。
「【集いを 願いを 光の冠は道標 どうかこの手に 灯火(ともしび) を】」
それは、星の始まりを示す魔法の一つ。
姿を変え、形を変え、血によって伝わった願いの 象(かたち) が、今完全な形となって顕現する。
彼女の頭に、より複雑で美麗な模様を描く光輪が現れる。
「【天使の御手は 天空(そら) を正す 人の加護に冠の花 大地に満ちるは深なる慈愛】」
佇まいは静かに。穏やかで、暖かく、されど大きな存在感。
誰もが自然と、敬意を持って膝をつくような。祈りを捧げるような姿。
そんな神使の化身となった彼女は、瞼を軽く沈めて両手を重ね。
──自らの魔法を、宣誓する。
「『 星の花冠(アルス・パウリナ) 』── 魔銘解放(リベラシオン) 」