軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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キャラバンはぐるりとズィーデンの王都の外を一周してから、中へと入った。

もちろん王都の三か所の入り口を塞いだ、岩山を撤去する為だ。

交渉の前に岩山の撤去をし、例えるならば相手の喉元に突き付けた刃を引いたのは、それがエルフには実に容易い事なのだと見せ付ける為でもある。

まぁ実際には、それを出した僕以外が片付けるなら、結構大変だとは思うし、再現だって難しいだろう。

その事実を悟らせない為、敢えてサッと撤去をしたのだ。

しかしその先の交渉で、僕の出番は存在しなかった。

それどころかそもそも、交渉の場に僕は出ない。

交渉の席に出れば、ズィーデンの為政者達の前に僕の姿を晒す事になる。

それは今後の僕の生活に悪い影響が出るだろうと、アイレナ達が配慮してくれたから。

僕は馬車でお留守番だ。

うん、僕は今後も一人でこの大陸中央部をうろうろと旅するし、好き勝手に生きていく。

為政者の前に姿を晒す事は、その阻害になりかねない。

アイレナはともかく、他のエルフはその場でも、僕を気にせずにはいられないだろうし。

もし万が一、流石にハイエルフだとはバレないにしても、僕がエルフの中で地位のある存在だとでも思われると、非常に鬱陶しい事になる。

その注視がズィーデンだけに留まるならまだましだけれど、他国にも知れて広がってしまえば、それこそ二十年か三十年、或いはもっと長く、僕はもう一度大陸の中央部を離れなきゃいけない。

各国の中枢に居る人間達が幾度か代替わりして、僕の存在を忘れてしまうまで。

そうなると当然、僕の存在を忘れて欲しくない人間達まで、代替わりで僕の事を忘れてしまう。

今ならまだ、ヨソギ流の知人達、シズキやその子らは恐らく健在だ。

だけど三十年も経てば、誰一人として僕を知る人がいなくなっていても、おかしくない。

それはあまりに、寂し過ぎた。

何時かはそうなる。

やがてそうなる。

それでもその時は、今じゃないし、三十年後でもない。

もっと百年や、二百年も先でいい。

しかし馬車の中でジッとしてるのも退屈なので、そう、少しウィンの話をしようかと思う。

今、僕の手元には、アイレナがずっと預かっててくれた、ウィンからの手紙があるから。

ウィンが僕の元を旅立ってから、……もう三十年になる。

今の彼はもう62歳で、人間で言うならば20代の、真ん中辺りになるだろうか。

あまり比較は意味がないが、人間の年齢に直すのならば、ウィンはもう、僕の歳を越えたのだ。

彼からの手紙は、僕がまだヨソギ流の道場に滞在してた頃から、年に一~二通くらいの頻度で届いていた。

いや、届かなかった時もあるのだけれど、恐らくそれは、出しても届かずにどこかで失われてしまったのだろう。

この世界で、遥かな遠方に手紙を届けるというのは、本当に難しい事である。

届けて貰う為に掛かる金は大きいし、出した所で必ず届く保証はない。

また届いたかどうかを、確かめる術だって、存在しないから。

金だけを懐に入れて、手紙は捨てられてしまうかもしれない。

真面目に運んでくれていても、道中で賊や魔物に襲われるかもしれない。

船に積まれる際、人から人の手に渡る際、どこかに紛れて失われるかもしれない。

それでも届くと信じて出すしかないのが、この世界の手紙であった。

手元にある欠けだらけの手紙では、今、どこで、ウィンが何をしているのかを、詳細には知れない。

だけど手紙が教えてくれる一番大切な情報は、彼が今、この世界のどこかに存在してるという事だ。

僕はそれを、何より嬉しく思う。

……プルハ大樹海の南には、海との間に少しばかりのスペースがある。

国が支配を主張するには狭いが、プルハ大樹海の西側にまで回れる、通路のような空白地帯が。

この空白地帯は、プルハ大街道と呼ばれ、プルハ大樹海の東側と西側を、行き来が可能な道だった。

いや、道と言っても本当の街道のように整備されてる訳ではなく、国に属する事を嫌った自由人、罪人等、訳アリの人間達が住み着き村を作っていたり、プルハ大樹海から餌を求めて魔物が出てくる事も頻繁にある、割と危険な場所だけれども。

実際、プルハ大街道を通って交易をしようという商人は、殆ど居ないだろう。

そんな危険な場所を通るくらいなら、船で海路を行く方がまだしも安全で、旅の時間もずっと短くて済む。

しかしウィンは、敢えてそんな、準危険地帯と言ってもいいような場所を通って、西に向かったらしい。

腕試し、というよりも、これから先の事を考えて、少しでも実戦経験を積みたかったのか。

それは決して、悪い考えではないと思う。

プルハ大樹海の中を、となると流石に無謀が過ぎるけれども、そこから出て来た魔物くらいなら、ウィンなら十分に対処可能だから。

むしろより危険が大きいのは、逞しくもそこに住み着く人間達の方だ。

彼らは魔物よりもずっと狡猾で、手段を選ばない。

僕の知る限り、人を殺した事のないウィンにとって、それは一つの試練になっただろう。

手紙では、どんな試練が彼に訪れて、どうやって乗り越えたのかは、知る由もない。

いずれにしても、ウィンはプルハ大樹海の西側に辿り着く。

……実は僕は一つ勘違いをしてたのだけれど、プルハ大樹海の西側は、まだ大陸の西部ではないらしい。

プルハ大樹海はこの大陸のほぼ中央にあり、それを挟んで両側は、大陸中央部と呼ばれてる。

僕が大陸の中央部の全てだと思い込んでいた、大樹海の東側と同程度の地域が、西側にも存在しているそうだ。

だけどその西側の大陸中央部、……少しややこしいからこれから先は西中央部と呼ぶが、そこは大陸の本当の西部と、こちら側、東中央部の思想や文化が入り混じる、渾沌とした場所だった。

一つ例を挙げて具体的に言うと、人間こそが最も高い地位にあるとする西部の宗教と、全ての人は大地の子として平等であり、感謝をして日々を生きようとする豊穣の神を崇める東中央部の教会が、互いに信徒を獲得しようと鎬を削っているらしい。

国によって国教とする宗教が違い、その違い故に隣国との戦争が起こる事もあるのだとか。

つまりその地でウィンは、これから向かおうとする西部に住まう人間がどのような存在なのかを、身を以て体験したのだろう。

だがそれでも彼は、西へと向かった。

西部では、ウィンは人間の国には近寄らないようにしたらしい。

何故ならその地で人間の国に入れる異種族は、奴隷にされた者達くらいだから。

そしてその、奴隷にされた異種族の中には、エルフも含まれているそうだ。

恐らく、ルードリア王国でエルフが奴隷にされた時に使われた薬や手法は、西部から流れて来たものだろう。

西部の宗教をこちら側にも広めようとする伝道師が、足掛かりを得る為にルードリア王国の貴族に接触して……、なんて如何にもありそうな話である。

ウィンはその事に、一体何を感じたのだろうか。

でも人間の国に近寄らなくなった為、手紙の欠けは多くなる。

彼は西部で、獣人の知己を得た。

詳しい経緯はわからないけれど、どうやらウィンは人間と獣人の争いに介入したらしい。

手紙によると、獣人と言っても知識を重んじる有角族と、武を重んじる有牙族に分かれるんだとか。

薄っすらとした想像なのだけれど、草食獣と肉食獣の違い、みたいなものだろうか。

ウィンが最初に知己を得たのは、後者の有牙族だった。

彼らは、と称するところを、彼女は、と手紙には記されているから、ウィンが知り合ったのは女性だったのだろう。

まぁ、さておき、彼らは獣の毛皮を身に纏い、仮面で顔を隠して、さながら本物の獣のように獰猛に戦うそうだ。

人間とは比べ物にならない、恵まれた身体能力を用いて。

なのにそれでも、有牙族は人間との戦いに負け続けていたらしい。

その理由は数の差と、装備の差。

一対一なら、有牙族と人間の戦力差は明白だ。

しかし人間が鉄の鎧を着込んで槍を握って方陣を組めば、途端に有牙族には手の出しようがなくなってしまう。

幸い重装歩兵は動きが遅いから、有牙族が大敗で一気に滅ぶなんて事はなかったけれど、勢力圏は削られ続け、大勢の獣人が人間に捕まり奴隷となった。

鹵獲した鉄の武器を使えば、有牙族の膂力なら鉄の鎧もぶち抜ける。

だが鹵獲で得られる武器だけでは絶対的に数が足りず、身体能力に頼って生きてきた獣人に、武器の生産技術はなかったそうだ。

けれどもそんなところに現れて有牙族を助けたのが、ウィンである。

彼が助けたのは有牙族の有力者の娘で、その功績はウィンが半分は人間の血を引くという事実を帳消しにしても余るものだったのだろう。

そして何より大きかったのは、ウィンは、そう、彼らが欲してやまない、武器の製造技術を持っていた。

しかも人間由来の物でなく、その上を行く、ドワーフから直伝された鍛冶の技術を。

ウィンが西部の現状に、一体何を感じ、何を考えたのかはわからない。

欠けの多い手紙に書かれているのは、状況の報告ばかりで、彼の心情ではないから。

そこから先の手紙は、状況すら書かれておらず、ただ無事である事だけを伝える物に変わった。

一体、ウィンが今、西の地で何をしているかはわからないけれど、……恐らく西部の人間と本格的に敵対したのだろう。

手紙を人間に押収されて、そこから情報が洩れる事を警戒しているのか。

ただ手紙には、何時かもう一度、手合わせがしたいと書かれてた。

あぁ、僕もそう思う。

きっとウィンは強くなってる筈だし、これからも強くなっていく。

言葉を交わし、剣を交わせば、手紙だけでは伝わらない彼を、きっと知れるだろう。

それが何時になるのかは、今はまるでわからないけれども。