作品タイトル不明
姉
「殲滅、するんですか」
物騒ですね。霧島さんは、呟くように言う。
「そうです。殲滅するんです。誰もあなたのことを、パコ姫なんて呼ばないようにするんですよ」
励ますために、あえて大げさな言葉を使った。あの時の紗由と同じ言葉を。
「どうやって」
「それは……いまから考えます」
ふふっ、と霧島さんが笑った。
「あんなに自信満々に言っておいて、まだ何も案はないんですね」
からかうような、こちらを値踏みするような目。少しだけ、いつもの彼女の空気が戻った気がした。
「まだ少し時間ありますし、座れるところに行きますか」
霧島さんが指さしたのは、駅前広場の隅、人通りの少ない場所に置かれたベンチだった。
昼下がりの涼しい風が通り抜ける、少し寂しい場所だ。
俺たちは並んで腰を下ろした。
「そもそも、なんで『パコ姫』なんて呼ばれているのか、知っていますか?」
「全然知らないです。なんでですか?」
そこから、霧島さんは話し始めた。デビューして一ヶ月の頃の話。
掲示板で裏垢が見つかったと騒がれたこと。
実際には姉のアカウントだったこと。
実家に同居していた姉の投稿が、自分が話した間取りや近所の話と一致したせいで誤認されたこと。
姉の彼氏とのお泊り旅行の投稿が見つかって、そのままパコ姫という名前がついたこと。
「それだけで?」
「それだけで、です」
力の抜けた声だった。
「インターネットってそういうものじゃないですか」
笑い飛ばしているようで、飛ばしきれていなかった。
「なら、お姉さんのアカウントだと明言すれば……」
「難しいんです」
「なぜですか? 姉さんから直接言ってもらえれば一番早いと思いますが」
霧島さんはしばらく黙った。
「姉に、話していないんです。姉は知らないんですよ、自分のアカウントが原因でこうなったことを」
「なぜ話さないんですか」
また、少し間が生じた。
「……姉には、頼りづらくて」
それだけ言って、霧島さんは視線を膝の上に落とした手は握りしめられ、こわばっている。
理由を聞いても、たぶん答えないだろう、と思った。
うまく言葉にできないのか、言いたくないのかはわからない。
どちらにしても、これ以上霧島さんに質問することに、意味がないような気がした。
「そのお姉さん、霧島さんのことが好きですか」
霧島さんが少し目を細めた。
「……わかりません。私は好きですけど」
「そうですか」
俺はゆっくりと立ち上がった。
おせっかいかもしれない。嫌がられるかもしれない。
それでも動きたかった。
「少し考えさせてください。なにかあれば連絡します」
そう告げて背を向けた背中に、声がかけられた。
「……姉に、連絡するつもりですか」
立ち止まって振り返ると、霧島さんがまっすぐこちらを見つめていた。
「そうなるかもしれません」
「やめてください」
はっきりとした声だった。
「私の問題ですし、姉を巻き込みたくないんです。姉が自分のせいだって思ったら、それの方が嫌なので」
「……わかりました」
俺は頷いた。
霧島さんはしばらく俺を見ていた。
何か言いたそうで、でも言わなかった。
また今度。
そう、ひとこと言う。
それから、改札の方へ歩いていった。
やめてください、と言われた。
わかりました、とは言った。
でも、このままにしておく気には到底なれなかった。