作品タイトル不明
第260話精霊女王の憂鬱
今朝の僕は割とワクワクしていたと思う。
新学期が始まり、いろいろ短い時間なりに形を付けた数々の夏休みの成果が日の目を見るかもしれない。
人が増えるとはそういう事である。
そしてなんと、ヴァルキリーの衣装も届いてこっそり朝のうちに渡しておいたりした僕が浮かれていない訳がない。
それが今はどうだろう? この後なにをどう詰められるのか? そう思うだけで不安でいっぱいだった。
こっそり向かったダンジョン1階にて語り始めた月読さんはなんだか必死の形相で開口一番こう言った。
「大変なことになったわ……」
「大変そうですねクイーン。何なのアレ?」
「クイーンはやめて。……それが」
頭を抱える月読さんはとても面白い人である。
そしてひとしきり悶え終えるとポツポツと何があったのか話し始めた。
「さ、最初はただ新ジョブの開花を喜んでいただけだったの……魔法も強くなって、その辺のモンスターなんかに負けなくなった。……私も絶好調……いえ調子に乗っていたのよ」
「あー……」
確かに、過去のアレは調子に乗ってた感じだった気がする。
ただ、戦果も挙げていた以上は相応の自信といえないこともない。
実際あの精霊からの好かれ方は尋常ではなく、唯一無二のとても強力な個性だった。
ダンジョンの最適なレベル帯は本来のものより下になることは容易に想像がつくくらいなんだからよっぽどである。
「でも夏休みに入って、パーティメンバーのハバキリ君が実家に帰ることになって……私達は下の階層への挑戦は一旦控えめにしていたの。その代わりクラス全体の底上げに注力することにしたわ」
おお、それはまた思い切った舵の切り方だ。
ただその話、同じクラスメイトの僕は「うん?」っと困惑で眉間に皺を寄せる。
「えぇー僕その話聞いてないんだけど?」
「そりゃあ、夏休みに希望者限定だもの。それに貴方は話をした時いなかったし……」
「う、ううん……」
そう言われると夏休み前はいろいろと忙しくて、いつも授業が終わるとすぐにダンジョンに向かっていた気がする。
いやまぁイベント目白押しだったから、準備の方に意識が向いてたもんね。
一方で月読さん達も独自に夏のイベントを企画していたとしても何の不思議もない。
それでクラスの底上げになるのがすごい話だけど、実際にそれは行われてそれなりに参加者もいたことは想像できた。
「でもレベル上げって大変でしょう? 危険もあるし……だから私もあなたを見習ってちょっと変わった方法で底上げすることを思いついたのよ」
「……それって一体?」
「もちろんガチャよ」
「……月読さんは引いてないよね?」
「も、……もちろんよ。でも参加者に引いてもらったわ」
それはどうも。布教ありがとうございます。そして我慢できて偉い。
ちなみに月読さんは引きすぎにより、一旦ガチャ禁止だった。
しかし夏休み中の売り上げは、月読さん方面からでしたか。
代理を立てるのはアウト寄りだけど、広告塔としては期待通りなのでセーフとしておこう。
それはさぞかし効果抜群だっただろうなと何度か深く頷いていたら、でもねと月読さんは続けた。
「……でもガチャって案外定着率が低くって」
「ん?」
僕が見ている時は結構百発百中で精霊と契約できていたけど、今回は違ったらしい。
月読さんはその時起こったことを困り顔で説明した。
「引いても、対面した瞬間に消えてしまう場合も多いのよ。確かにそんな話もしていたなって」
「ああ、うん。そういうこともあるとは言ったね」
そうかハズレパターンを目撃したのか。
そしてうちのクラスは運悪くガチャに嫌われてしまった者が多数出たようだ。
それじゃあ不満が溜まるのも理解できたが、今朝のそれはちょっと違った。
「だから考えたの。私が大量に使役してる精霊を一部貸し与えれば、相性関係なく精霊を渡せるんじゃないかって。……それは大成功だったわ」
「な、なるほど?」
そうか、テイムモンスターは貸し出しが可能だ。
正規の契約とは少し違うけれど、言うことは聞くし、間違いなく戦力の増強になる。
僕らだって自分のテイムモンスターで手が届かないところをテイマーの浦島先輩に借り受けて無理やり成立させることもなくはない。
むしろ狙って様々な効果を使える分、このやり方の方が手っ取り早く戦闘力を上げられることに間違いはなかっただろう。
だがうまくいく一方で、思ってもみなかった効果を生み出したと。
うっすらと月読さんに何が起こったのか察した僕はついとても切ない視線を向けてしまった。
「思ったより大成功しすぎちゃったんだねクイーン……」
「クイーンって言わないで。……そうなの」
「それで……月読さんに頼めば好きな属性の精霊使い放題だと?」
「…………そうなの」
絞り出すように呟いた月読さん。
結果として出来上がったのが、月読さんのご機嫌を取れば好きな精霊を使役可能という女王様の支配構造というわけだ。
そんなことになったら我こそはという希望者が溢れ、クイーンの寵愛を奪い合う熾烈な精霊戦争が始まったとしても不思議じゃなかった。
「だからクイーンなんだね?」
「……軽率だったのは認めます。いくら何でも配りすぎたわ……」
まぁ崇められるほど、精霊のストックを持っているのも異常な話ではあるけど……それだけガチャを引いたってことなんだよねぇ……。
まさに人に売るほどあるというわけだ。
どうやらクイーンになってしまった月読さんは自業自得な感じなんだなと僕は理解した。
きっと今回もそんなクイーンなんて呼ばれている状態をどうにかして欲しいとかそんな相談なのだろう。
コホンと咳払いして、現状を説明し終えた月読さんはしかし僕に思ってもみない相談をして来た。
「というわけで……精霊の数が激減してしまったの。これは……ガチャが必要だと思うわ」
「ダメです」
「なんで! ……だ、大丈夫よ? 節度は守るから……私にはアレが必要なの……」
「大丈夫な顔をしてないんだよなぁ……」
息がとても荒いです。
僕はやはりもうちょっとデトックスが必要かなって思います。
でも止まりそうにないから、一応代わりの案を出してみた。
「まぁガチャは……自分で階層を降りて天然版を頑張って。月読さんならすぐだと思うし」
「天然版? どういうことかしら?」
月読さんは思ったより食いついてきた。
視線が怖い月読さんに僕はガチャの仕入れ先の秘密を開示した。
「とある階層に行くと、上級精霊がランダムで出てきます。しかもテイムできるらしいですよ?」
「!……それは本当なの?」
「……確かな筋からの情報です」
僕は彼女にもしっかり見えるように頷く。
それを聞ければ問題ないと、月読さんは落ち着きを取り戻し。
ついでにクイーンの威厳も上から羽織って、なんか雰囲気が本気で女王様の威厳を身につけつつあるように僕には見えた。
「そう……俄然やる気が出てきたわ。でもそれはそれとしてガチャはしたいけど」
「……カプセルトイじゃダメ?」
「……精霊ガチャは……興奮度が段違いなの」
「そんなに入れ込むからクイーンなんて呼ばれちゃうんだよ」
「……クイーンはやめて」
月読さんったらすっかりガチャ中毒が悪化しちゃって。
元凶の僕としては節度の部分もきっちりと学んでもらうべきかちょっと本気で悩んでしまった。
「とはいえ、手段はすごく真っ当というかクラスのためになってるんだよね……」
「そうなの」
「でもガチャはなぁ……」
「うぅ……ワタヌキ君が冷たい。ハードルが高すぎると思うの」
月読さんがむーと唸っているがふくれ面でもかわいいんだからずるい。
でもガチャはダメです。
しかし結果的に上級ジョブに繋がったから良かったものの、真面目な話。
むやみやたらと精霊を片っ端から持っていかれるのも問題があるし、もっとヤバい問題につながりそうでおっかない話ではあった。