軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ある庭師の顛末。【中編】

両親だという彼らの姿に、正直、見覚えはなかった。

特に懐かしさも感じないし、本当の名前というのを伝えられてもピンと来なかった。

涙声の、自分に半分ずつ似ている彼らから聞くところによると、どうやら自分は本当に隣国の貴族……公爵の血筋に連なる家の出らしい。

そういわれても、やっぱり実感は湧かなかったが、事前に聞いた自分の出自は本当だったのだと理解した。

しかし自分の意識は平民で、周りにいるのはこの国や隣国の高位貴族。

緊張でどうにかなりそうな中、当時の話を聞かされた。

なんでも、外交官だった父と家族でこの国との折衝に訪れた際に、街中を観光していたらしい。

そして、ウーヲンが何かに興味を引かれて母親の手を振り払ったと思ったら、運悪くその直後に人混みに呑まれて行方不明になったのだという。

ーーーなんだ、俺が悪かったのか。

両親の二人を恨む気持ちは特になかったが、ウーヲンは安心した。

母親の手を振り払って動き出すのは、予測できない子どもの行動の一環だ。

勿論、手を離さないのが一番だが、養護院でも年少の子らを先導する時にそうした行動を取られて駆け出されてしまう、というミスはよくあった。

人間など、母親であろうと聖人であろうと完璧な人間などいないし、彼女が悔やんでいたのは、顔を見れば分かる。

彼らに対して親子の情などは湧かなくても、自分が両親に捨てられたのではないことが分かって、どこか心の中に燻っていた気持ちが晴れていくのを感じた。

「では、次はこちらの話をお伝えいたしましょう」

同席していただいた、ウーヲンの身柄を預かってくれているオルミラージュのご当主様が口を開く。

彼は、知っている誰かに似ている気がしたが、今はそれを考えるどころではなかった。

ウーヲンの今までの境遇をご当主様から伝えられた二人は絶句し、しかしそれでも『生きていてくれて良かった』と、また涙を流した。

居た堪れなくなったが、我慢した。

ご当主様は話を終えると、先のことに関する提案を口にする。

「ウォンディ伯爵家ご夫妻には、心労もあるかと思いますが。彼は平民として育ち、この歳まで貴族教育を受けておりません。正直なところを申し上げますと、今さら大公国ウォンディ家の嫡男として戻ることは、お互いの不幸を招く可能性が高いと、大公閣下と我が国の国王陛下の間で話し合いがなされました」

「それは、ええ」

「我が家は既に、親戚筋から養子を迎えておりまして……あの子に今更、権利を放棄せよと伝えるのも不憫と考えてはおります……」

二人は、苦悩の表情を見せていた。

それも無理はないだろう。

もう十数年も前に行方不明になった子どもが、今さら見つかるなんて誰も思っていなかったに違いないのだから。

勿論、公爵家後継ぎの地位に未練などないし、むしろ全力で拒否したい。

そんなウーヲンの気持ちを知ってか知らずか、ご当主様は、全く感情の読めない顔で淡々と話を進める。

「選択肢は幾つかございます。

一つ目は、一番苦難の道としてウーヲン氏を嫡男に迎え入れること。

二つ目は、子として隣国で迎え入れるが家督を渡さぬこと。向こうで貴族として生きるか、平民として生きるかはお話し合いとなるでしょう。

三つ目は、ウーヲン氏をこのまま、この地に留めおくことです」

三つ目を聞いて、ウーヲンは顔を上げ、同時に戸惑うような表情を浮かべる両親を見た。

「留めおく……しかしそれは、国同士の協定に違反するのでは……」

「ええ、現状のままであれば。ですが大公閣下より『【魔封じの腕輪】をつけ、その管理を国王陛下が行うのであれば在住を認める』という御言葉を賜っております」

本来なら、罪人となった貴族につけるものらしいが、それをつけることで魔術が使えなくなるのだという。

それはつまり、魔術を完全に封じた平民としてならこの国で生きていける、という話だった。

ーーーそれが一番いい。

正直、そう思った。

養護院の皆に会えなくなることもなく……ちょっと打算的だけど、ウーヲンが国にとって重要な人間なら、職の世話もきちんとしてくれるだろうから、食いっぱぐれもない。

ただ、一つだけ懸念があった。

それを口にすべきかどうするべきか迷っている内にも、話は進んでいく。

「私は、その選択をウーヲン氏に一任すべきだと考えております。彼は既に成人しており、自らの力で生活をしている。大公閣下と国王陛下の委任もあるので、彼の身柄の行方は、我々の思惑で左右すべきではないでしょう」

ご当主様の言葉に、二人は確かに、と頷いた。

自分の両親は、理解があって随分と人が良いようだ。

貴族といえば下の人間を見下すような連中ばっかかと思っていたウーヲンには、少々意外だった。

ご当主様もきちんと親身になって下さるし、ウェルミィ様も女神だったし、少し認識を改めないといけないかもしれない。

「……君はどうしたい?」

「出来るなら、俺はこの国で生きていきたいですが……その腕輪を嵌めると、薬草の栽培に支障が出ますか、ね?」

それだけが懸念だった。

薬草栽培は、魔力の与えかたが重要だと、イングレイ爺さんは言っていた。

その問題だけどうなるかが、個人的にはとても重要なのだ。

「〝変貌〟の魔術はいいんです。酷い目に遭いましたし、俺には過ぎた力だと思い知りましたから」

ウーヲンの発言に、ご当主様が顎に指を当てて、何か思案するように目を伏せる。

「……この国には、魔導具作りの名手が 二人(・・) いる」

片方は魔術使用時の魔力負担軽減に関するスペシャリストであり、もう片方は魔力自体の解析と制御に長けた人物らしい。

「先日、他国の要請を受けて、魔導研究所で魔力制御に関する分野を集中的に研究していたという報告も受けている。おそらく彼らに相談すれば、〝変貌〟の魔力のみを封じるものや、魔術は封じるが魔力の放出自体は行える魔導具などを、作り出せるだろう」

「だったら、躊躇う理由はないですね。……えっと、父さん、母さん、と呼んでいいのか、あまり実感ないですけど」

ウーヲンは、曖昧な笑みを二人に向けた。

「今まで通りにこの国で生きていくことを、許してもらえない、でしょうか?」

両親は、少し躊躇った後に、頷いてくれた。

「君がそれを望むのなら」

「けれど、そうね。……会いに来たり、少し援助をさせては貰えないかしら……?」

ウーヲンがチラリとご当主様を見ると、かすかに頷いたので、二人の好意を受けることにする。

流石に、上層部に掛け合ってこの国で爵位を与える、なんていう話は辞退したが。

年に一度、社交シーズンが終わったくらいの時期に二人と会うことで、ある程度の資金援助をしてくれる……まぁ要は、顔を見せれば高位貴族レベルの『小遣い』をくれるらしい。

それが平民なら余裕で二年は生活出来る金なので、お貴族様はやっぱすげーな、とウーヲンは思った。

養護院に半分寄付しても、ウーヲンは働かずに暮らしていけるのである。

庭師の仕事は好きだから続けるだろうが、生活に心配がなくなるのは嬉しい話だ。

そうした諸々が終わり、両親と夕食を共にする約束をさせられて、一度解放されたウーヲンは、ホッと息を吐いた。

「これで良かったですか?」

「ああ。欲しい情報は貰えた。感謝する」

「いえ……これから雇い主になってくれる人の為ですから、お安い御用ですよ」

ご当主様は、オルミラージュがしばらく責任を持って預かる、と両親に約束して下さった。

そして両親には伝えていないが、彼らに会う前に、ウーヲンはご当主様から説明を受けていた。

ーーーウーヲンが行方不明になった時に、まともな捜索がされていない。

普通ならあり得ない、そんなことが起こっていたのだと。

大公国の、それも重要な血統の嫡男が行方不明になったことが大騒ぎにならないのもおかしいし、本来なら、しらみ潰しに王都全域を捜索されてもおかしくはないレベルの緊急事態だったのだそうだ。

王家直下の、この国で探索を得意とする者が総力を挙げてもよかった程の、だ。

『君の行方不明自体は偶発だろうが、その後の状況は、何者かに作為的に演出された可能性がある。行方不明となった時期は前王が伏せっており、少々政権が混乱していた辺りだ』

その隙間を縫うように、誰かが策略を巡らせた。

まずは、騒動そのものが大したことがない、よくある話のように抑えられること。

次いで、当時王太子殿下だった現王の元に情報が伝えられていなかったこと。

捜索自体が、杜撰な計画で実行されたことなど。

『あまり君を危険には晒したくないので、心得ておいて欲しい。……大公国の、おそらく〝水〟とは違う血統の公爵家と結託した者から、横槍が入った線が濃い』

実際、両親にそれとなくご当主様が尋ねていたが。

捜索の間、国を出なければならない時期まで、彼らは捜索の進捗も詳細には知らされず、危険があるかもしれないからと、当時の職員によってやんわりと大使館に閉じ込められていたのだという。

つまり、情報を遮断されて、捜索に手出しや口出しが出来なかったということだ。

『これは〝水〟の血統の不祥事になりうる話だ。あの国は、そろそろ新たな大公の選定に入る時期に差し掛かった。……現在の大公は水の血統であり、君は四公の争いに、布石として巻き込まれた可能性が高い』

行方不明になり、現在まで放置していたこと自体が弱みとなるのだと。

『両親は善良だが、他がそうとは限らない。現在は、他の三公爵家は君に生きていて貰える方が支持を得るのに有利だ。逆に〝水〟としては、君を暗殺しておいた方が憂いが少ない。故に、少なくとも向こうの大公が選ばれるまでは、安全な職場を用意させて貰う』

と。

ウーヲンは、流石にその話を聞いた時は背筋がゾクッとしたが、自分の力ではどうにもならないので、全面的にご当主様とウェルミィ様を信じることにした。

ーーーお二人が守ってくれて、それでも無理なら諦めるさ。

そう腹を括れば、後は出来る限り、イングレイ爺さんから薬草栽培の極意を伝授してもらうことに力を注ぎたい、と思った。

ウーヲンは、両親との夕食の為に、ご当主様が用意してくれた窮屈な服に身を包む。

着るのは、ウェルミィ様と仲が良いらしいセイファルトさんって執事見習いが手伝ってくれた。

その格好で、脱いだ服を置きに使用人棟に戻る途中で、声をかけられた。

「あれ〜? ウーヲンがピシッとした格好してるねぇ。どうしたの〜?」

そちらに目を向けると、どうやら仕事終わりらしいミザリが、いつものように満面の笑みで、ぶんぶんとこちらに手を振っていた。