軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ある庭師の顛末。【前編】

ウーヲンは、物心ついた頃には養護院で育てられていた。

三歳頃に、薄汚れてはいるが身なりの良い格好をしていたウーヲンは、名前を尋ねても答えなかったと、養母が言っていた。

元々無口な質らしく、今に至るまでずっとそうだ。

ウーヲンの名は、養母から貰った。

貴族だろう、と届け出はしたそうだが、親が見つかることはなかったらしい。

その理由は、五歳頃に判明した。

幼いウーヲンは、自分の顔と性別を 女に変えていた(・・・・・・・) のだ。

変貌の魔術だった。

そんなに長く変われるものなのかと、後に事情を聞かれた際に驚かれたが、おそらくは恐れから来る逃避の一種だろう、と結論付けられた。

養母は驚いたが、魔術に詳しいわけではないことと、何らかのトラブルに巻き込まれるのを恐れて、年嵩の子どもたちに口止めして、口外しなかった。

しかし、魔術……それも姿形を変えるような魔術は珍しく、こっそりと隠れて子どもたちに化けたりして遊んでいた。

それが、悪かった。

たまたま近くに来て、馬車の中からそれを見たらしい同年代くらいの少女に見つかり、目をつけられたのだ。

そして、『庭師として雇いたい』と申し入れが入った。

貴族の家に雇われて、手に職をつけられるなど幸運であり、養母にもウーヲンにも、断る理由はなかった。

ローレラルという女主人は、何度もウーヲンに変身して見せるようせがみ、同時に自分の前以外でそれを披露することを禁じた。

普段は庭師として……花や木々の世話は、喋らずとも出来て思いの外やり甲斐があった……過ごしていたが。

年齢が重なるにつれて、徐々に徐々に、ローレラルから〝変貌〟の魔術を使った仕事を言い付けられることになった。

最初は、些細なことだった。

ローレラルがこっそり、ちょっとだけ家の外にお出かけする時の身代わりなどだ。

嫌な家庭教師のレッスンなども代われと言われたが、そもそも立ち振る舞いも言葉遣いも知らず、全く基礎のないウーヲンでは代われないことを伝えると、彼女は納得した。

しかし、もっと年齢が高くなると、ローレラルの要求はエスカレートしていった。

彼女は稀に、貴族学校の授業へと侍女に化けさせたウーヲンを伴い、『あの子に化けろ』などと命じた。

そうして、淑女らしくない振る舞いをさせて悪評を立てるなどの質の悪い悪戯をするようになった。

他にも、街中で同様の振る舞いをさせたり、あるいは少し後ろ暗い場所に姿を変えさせて出向かせたり。

ある日、どこかのご令息の姿でゴロツキにメモと一緒に金を渡すように言われ、その後、『どこかのご令嬢がゴロツキに襲われて、黒幕を吐いたせいで、仲の悪かったどこかの男爵家が賠償金を支払った』という話を意味ありげに聞かされた時に、恐ろしくなった。

ーーー俺の、せいで?

嫌がらせでも大概なのに、知らぬ間に犯罪の片棒を担がされていたのだ。

『ねぇ、ウーヲン。逃げようなんて思わないでね? わたくしが捕まったら、貴方も一蓮托生よ。そうなると……うちからお金を出している貴方の育った養護院がどうなるか、分かるわよね?』

分かりたくなかった。

でも、もう逃げられないのだと悟った。

それからは、あまりに大きな犯罪はバレる危険が高いと思ったのか、そこまで酷い命令はなかった。

でもウーヲンは、いつも怯えていた。

いつ、どこかの誰かを陥れるようなことを命じられるのかと。

庭師としての腕は、ガワメイダ家の庭を仕切る男に認められつつあって、庭師一つで食べていけるだろうと言われたけれど。

ウーヲンは、自分がローレラルから逃れられないことを、知っていた。

そして、ついに。

ローレラルが自分の伴侶にしたいと言った侯爵家に、彼女が侍女として入る時に、連れて行かれることになった。

侍従としてだったが、とはいえ男の、それも侯爵家では部外者を屋敷の中に入れる訳にもいかないだろうに、と思っていたら、『庭師の勉強』という名目で中に入れて貰えるらしい。

ーーー男を理由に、断ってくれても良かったのにな。

むしろ、そっちの方が良かった、と思ったけど。

それが転機だった。

オルミラージュ侯爵家の庭を仕切っているのは、中年くらいの元締めだったが、彼は薬草畑を世話する爺さんをいつも気にしていて、よく相談に行っていた。

豊かに蓄えた髭と、少々額の後退した緩やかなウェーブを描く銀髪は、ロマンスグレーなのか地毛なのかよく分からないが、どことなく逆らいがたい雰囲気を持つ爺さんだった。

『イングレイという。小坊主、お前は筋が良さそうだの。こっちに来い』

ある日、そう呼ばれて元締めに許可を貰って行くと、そこに生えている様々な薬草についての話をされ、どんな花や木を育てられるかを聞かれた。

話すのは苦手だったが、イングレイ爺さんは思ったより気さくで、つっかえながらもどうにか話すことが出来た。

薬草の世話を一部任されて、薬草は普通の花よりも丈夫だが、効能をより良くする為にはそれよりも遥かに繊細な世話が必要となるのだという。

『小坊主。お前は、魔力が強いだろう? 魔術も扱えそうだの?』

ある日そう問いかけられて、背筋が凍った。

『ま、隠しておきたいなら隠しておけ。だが、豊富な魔力は薬草のような植物には良い影響をもたらす。力の与え方を覚えるがいい』

そう言って、世話の仕方にどういう工夫を凝らせば良いかを、丁寧に指導された。

『やはり筋が良いの。水を扱う魔術との相性が特に良い』

イングレイの爺さんを通じて、徐々に他の連中の顔と名前も知った。

彼に直接交渉して、薬草を代金と引き換えに受け取る権利を勝ち取った、茶色の髪をした下働き。

見目がいい人たちが揃う侯爵家使用人の中でも、特に高位のお貴族様かと見まごうばかりに整った顔立ちをした、気の強そうな少女。

その姉らしい、穏やかで優しげな少女。

ミィとアロイ。

彼女達は肌荒れ用のクリームを作るために、材料の一部である薬草を求めていたそうで。

特にアロイの方は薬草そのものにも詳しいらしく、ウーヲンも何度か言葉を交わした。

イングレイ爺さんにも、姉妹揃って気に入られているらしい。

そんな二人に付き合って来たのか、〝傷顔〟と〝笑顔〟と呼ばれている下働きも、何度か顔を合わせた。

ヘーゼルという顔に傷がある少女は無愛想で、しかし薬草栽培に興味があるらしくてイングレイ爺さんのところに行っていた。

逆にミザリといういつもニコニコしている方は、何を考えているのか分からないが、何故かウーヲンに近づいてくる。

『ねぇねぇ、今は何してるの?』

『これって食べられるの?』

『こ、こんな臭い草のところによくジッとしてられるねぇ!』

正直、めちゃくちゃうるさかった。

ウーヲンは元々口の立つ方じゃないし、ミザリは答えなくても一方的にずっと喋っている。

でも、作業の邪魔にはならないので、たまに頷いたり首を振ったりしながら放置していた。

すると、暇があれば来てるのじゃないかというくらい頻繁に顔を見せるミザリは、何か色々持ってくるようになった。

それは欲しいと言ったからあげた花の押し花だったり、お菓子だったり、あるいは擦り切れた仕事用腰ポーチの代わりになる新品だったりした。

目的が分からないが、一方的に貰う訳にもいかず、もうすぐ枯れる予定の花を少し早く摘んで束にしたり、ミィ達が買っていく薬草の落ち葉を拾い集めて渡したりした。

『ありがとうねぇ!』

いつも笑顔で、そうお礼を言うハチミツ色の髪の少女を、煩わしいとは思わなくなっていた。

そんな日々の中で……ついに恐れていた命令がローレラルから下された。

『下働きの一人を襲え』と。

その相手は、ミィだった。

ウーヲンは、現実に引き戻された気がした。

命令には逆らえない。

家族とも言える、養護院の皆の命が掛かっている。

でもそれは、相手が平民だろうと犯罪だ。

見つかり、捕まれば処罰されるし、何より、女性を傷つける行為だった。

ーーーどうすれば。

でも、どうしようもない。

言われるまま、ヘーゼルの姿になったウーヲンは、どこかの執事見習いの手引きを受けて女性使用人棟に入った。

そして、呆気なく捕まり、ミィの正体を知った。

自分のことを黙っていてくれて、しかも養護院の皆を助けてくれるというウェルミィ様は、女神に見えた。

彼女に報いるために、今度はヘーゼルに窃盗の冤罪を着せるというローレラルの計画を密告した。

『証言をなさい』というウェルミィは、ウーヲンが魔術の存在を明かしても悪いようにはしない、と約束してくれた。

ローレラルとエサノヴァは捕まり、あの場にいた使用人は全員、契約魔術によってウーヲンの魔術を口外しないように縛られたらしい。

そして自分は。

ーーーしばらくして、ウーヲンの親だと名乗る二人と、引き合わされた。