軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

罪を背負った伯爵令嬢の絶望。【後編】

「十分に壊れたようですね。何よりです」

またある日、ラウドンがよく分からない質問をいくつかした後に、小さく頷いた。

「今の貴女には理解出来ないかもしれませんが、説明しましょう。私とズミが『歪ませて壊した』のは、『常識』……貴女の魂を守るために形成されていた魔力の形、らしいです。『心の膜』と魔術専門用語で呼ぶそうですが」

言われた通り、彼の言葉の意味はローレラルには理解出来なかった。

ただ、ぼんやりとその言葉を聞いている。

「それは『生き方』によって様々に作られるそうで、要は人格の形を保つものらしいですよ。『心の膜』を砕かれた貴女の人格は、今赤子のように柔らかく形を変えるそうです。聖女の癒しと違い、心を守ったまま歪みを治すのではなく、その腕輪は無理やり殻を壊して剥き出しにするらしいですね。周りの影響を受け過ぎるので、一歩間違えば廃人まっしぐらということで、中々治験が難しかったと」

だからローレラルを閉じ込め、接する人間を厳選した、とラウドンは告げる。

「ですが、一度壊した『心の膜』は、違う形で再生すれば、腕輪の影響を受けなくなるらしいですよ。魔力波形が関係しているとか。ちなみに、膜が壊れる速度は今までと扱いが違えば違うほど早いらしいとも聞いています。彼は、本当に天才ですね」

そうしてまた、ラウドンはジッと、ローレラルを見つめる。

「貴女が、母を大切に思って動いたのは、元来の人格由来なのか、人格改変の影響なのかが分かりませんでしたが……見下していた平民をそこに居ると認識して礼を述べたのは、膜が破壊されたことで『常識』が崩れたと判断しました。人には善性と悪性の双方ありますが、今回については善性が発露したようで何よりです。そろそろ膜も柔らかく形成され、ズミの実験も結果が出た頃だと思うので、私の経過観察も終わりです」

パチン、と手を叩いたラウドンに、ローレラルはビクリと体を震わせた。

「人の心を使った実験など、確かになかなか出来るものではありませんし、私も非常に興味深かったですよ。遠慮なく壊して良い常識だったことも、幸いでした」

なんだか、頭がぼんやりして。

ラウドンが何かを言っているのは分かるのに、何を言っているのか分からない、そんな不思議な感じが、数日前からずっと続いている。

「しばらく、妻の役割はお休みしましょう。そして、食事も自分で摂り、運動も少しずつ始めましょうか」

生活が、また少し変わる。

寝室の中だけれど、ラウドンと一緒にテーブルに座って、一緒に食事を摂るようになった。

部屋の中を歩く許可が出て鎖が長くなり、歩く訓練に侍女が付き合ってくれた。

そんな中、ズミアーノが来て何か色々ローレラルを調べて、ラウドンから紙束を受け取って満足そうに去っていった。

また、冬頃に庭に出る許可が出て……今度は排泄ではなく散歩をしていいと……ドレスや靴、そして暖かいコートが与えられた。

「ローレラル。貴女は自分がしたことの重みと罪が、理解出来ていますか?」

ふとした問いかけに、ローレラルが頷くと。

「では、貴女の母君の処遇をお伝えしましょう」

「おかあ、さま」

その言葉に、意識が少し鮮明になる。

「お母様は、どうなったのです、か?」

「貴女と同じように体調を崩され自失し、回復の見込みなしと放り出されそうになったところをヤッフェ氏によって領地に保護されたそうです。ズミが思ったより腕輪の効果が出るのが早かったことが不幸か幸いかは、これからの結果次第でしょうね」

良いのか悪いのかは、今のローレラルには分からなかった。

それから、彼を待つ間、本を読む機会を与えられる。

種類は様々だったけれど、平民の生活に関わることや、使用人の仕事の手引き書などが多かった。

体が健康に近づくにつれて、意識もハッキリしてくる。

ローレラルは、今まで真面目に祈ったことなどなかった神に祈りを捧げるようになった。

他者の幸福を願えば、自分に返ってくるという記述を読んでからのことだった。

迷惑をかけた人たちに幸福が訪れますようにと祈っていると、ラウドンに問いかけられる。

「神に祈っても価値はありませんよ。それは、貴女の自己満足です」

「理解しております。しかし他に、出来ることもございませんので」

ローレラルの受け答えに何故か満足そうに頷いた彼は、一つ課題を出した。

「屋敷の中を自由に歩く許可を出しましょう。使用人たちの生活を見て、何かしら一つ、彼らの利益になることを考えて教えてください」

言われて何を考えるでもなく出歩き、屋敷の使用人達と話をする。

一番多いのは侍女で、ライオネル王国では冬頃に新年を迎えるが、彼女達は寒そうだった。

特に水仕事は体が冷えるそうで、それを聞いたローレラルは、夏場彼女らが少々汗臭かったことも思い出して、ラウドンに提案した。

「一日一度、使用人もお風呂に入って貰うのはどうでしょうか?」

体の冷えも、汗の臭いも取れたら嬉しいだろうと思った。

ローレラルも布で拭いて清潔にしてもらうだけでさっぱりしていたけれど、やっぱりお風呂に入ると全然違ったし。

「悪くない提案です。最近は魔導具も便利になって、湯沸かしの魔導具も安価になっていると聞きますからね」

ラウドンに、自分の案が採用されて嬉しくなったローレラルは、笑顔で『ありがとうございます』とお礼を述べた。

「自発的に礼を言えるのは、良い傾向ですね。ですがこれから、使用人に対しては敬語をやめましょう。礼を述べるのは継続して下さい」

「分かりました」

それにどういう意味があるのか、までは考えなかったけれど、その日から、使用人達の態度も娘に接するような気安いものから、少し距離を置いた感じに改まる。

なんだか寂しいような気がしたけれど、新しく作られた使用人用のお風呂は皆感謝してくれて、嬉しかった。

そうして新年を迎え、さらに屋敷に来て一年半が経とうとした頃。

ラウドンに出された色んな課題に答えながら、ローレラルが過ごしていると。

「明日、オルミラージュ家の奥様がこちらに参られます」

と、唐突に言われた。

「あ……」

あまりにも強烈だったその後の生活に上書きされていた過去の記憶が、ぶわりと甦る。

ーーーそうだわ……わたくし、ウェルミィ様に謝罪もしていないのだったわ……。

真っ先にそう思い付いて青ざめること自体が、もう以前のローレラルではないことの証左なのだけれど、後にラウドンに指摘されるまでは気付かなかった。

「わ、わたくしはどうすれば……」

おろおろするローレラルを落ち着かせるように、ラウドンが肩に手を回す。

ずーっと怖かったその手と笑顔に、安心するようになったのはいつからだっただろう。

痛かったり怖いだけだった夜も、今は抱かれて愛されると、ぐっすり眠れる。

「大丈夫ですよ、ローレラル。誠意をもって、謝罪をしなさい」

そう言われて失礼のない程度に着飾ったローレラルは、ドキドキと彼女を待ち。

正式にオルミラージュ侯爵夫人となって現れた、より自信に溢れて洗練された女性になったウェルミィ様に、深く頭を下げて謝罪を述べた。

すると、呆れた顔をしたウェルミィ様に、粗相があったかと慌てたけれど。

「ラウドン。貴方一体、どんな方法を使ったのよ? ほとんど別人じゃないの」

「おや。きちんと矯正するとお話させていただいた筈ですが?」

「……やり過ぎたりしてないでしょうね?」

「体には、傷一つつけた覚えはありませんよ?」

それには肩を竦めてこちらを見るラウドンに、ローレラルは首を横に振る。

「ご主人様は、わたくしの愚かさを気付かせてくれただけでございます」

それに、『ご主人様……』と何とも言えない顔をしたウェルミィ様は、軽く息を吐いてから頷いた。

「許すわ。屋敷の外に出るのも領地に行くのも好きになさい。後、辛くなったら離縁しても、またうちで雇うから安心して相談なさいな」

「離縁……ですか? ご主人様は良くして下さいますが……」

意味が分からなくて首を傾げると、ついにウェルミィ様は半眼になる。

「いえ、貴女がいいなら良いんだけど……ラウドン、貴方ちょっとこっちに来なさい。良いから」

「では、ローレラル。また後程」

笑顔と共に去っていくラウドンを礼と共に見送ったローレラルは、結局よく分からないままだったけれど。

お許しをいただけたことを素直に喜び、神に感謝の祈りを捧げた。

腕輪が外され、今度は指輪と共に改めてラウドンにプロポーズされたのは、その数日後のお話。

勿論、ローレラルはそのプロポーズを受け入れた。

ご主人様に(・・・・・) 望まれるなんて(・・・・・・・) 、 これ程(・・・) 幸せなことは(・・・・・・) なかったから(・・・・・・) 。