軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ある庭師の顛末。【後編】

口下手なりにミザリに事情を話すと、彼女はうんうん、と頷きながら聞いてくれた。

「ご両親は、いい人たちだった〜?」

「ああ。悪い人たちじゃなかった。親だとは思えなかったけど、離れて暮らしてたから仕方ない」

これからも、一緒には暮らさない。

でも、悪い印象はなかった。

「良かったねぇ〜。うちの両親は、悪い人たちだったよ〜。そのせいで、ヘーゼルもあんな顔になっちゃったし〜。美人なのに、勿体無いよねぇ〜」

ミザリの言葉に、ウーヲンが疑問を覚えた。

「お前とヘーゼルは、姉妹なのか?」

「義理のだよ〜。ワタシも、元々親無しだから〜」

と、彼女も自分の身の上を話してくれた。

ウーヲンなんかより、よっぽど過酷な境遇を生き抜いていた二人に、同情を覚えた。

「ご当主様が保護してくれて、今、幸せだよ〜!」

と言って、ニコニコ笑うミザリの表情が、話を聞いたウーヲンには別のものに見える。

そうする以外、心や自分の命を、守る方法がなかった少女。

これまでの彼女との、些細な交流が思い出される。

いくらでも話し続ける朗らかな様子。

臆することなく誰とでも喋る、活発な印象。

しかし、絶望的過ぎて傷つくことも傷つけられることも、やめなければならなかったミザリの心は、まだ全然癒されてなどいないのだ。

絶望出来ただけ、救われただけ、自分の方がマシだったんだと、思えるほどに……彼女の受けた仕打ちは、過酷だった。

気づけば、ミザリの頭に思わず手を伸ばしていた。

クシャリ、とそのハチミツ色の髪を撫でると、ミザリが首を傾げる。

「どうしたの〜?」

「頑張ったんだな、お前。生き残ってくれて、良かったよ」

ローレラルに逆らえないことで荒んで、さらに口が重くなっていたウーヲンは、ここに来て積極的に関わろうとしてくれたイングレイ爺さんとミザリに、少なからず助けられていたのだと、理解した。

そうでなければ、ここでの生活はもっと息苦しかっただろう。

「えへへ〜。嬉しいな!」

頭を撫でただけで、本当に嬉しそうに目を細めたミザリは。

ーーーポロリ、と涙を流した。

「え?」

「う、あれ?」

狼狽えて思わず手を離したウーヲンに、自分が涙を流していることに気付いたのか、ミザリが頬を手で拭う。

「あれ? ……あれ?」

しかし、笑顔の彼女は、そのままさらにボロボロと涙を流し続ける。

「嬉しいのに、何でだろ。止まらないねぇ〜?」

やがて涙を拭うことを諦めたのか、ミザリがこちらに笑みを向けるのに……ウーヲンは、彼女の頭に手を添えると、その頭を抱いた。

こんなこと、女性にしたことない。

心臓がうるさいくらい早鐘を打つのに、ミザリが体を離そうとしてくる。

「ウーヲン、ピシッとした服が汚れちゃうよ〜?」

「だ、大丈夫だ。……泣いてるの、人に見られたくないだろ」

上手く言えなかったが、きっと彼女が泣いているのは、心が死んでない証なんだと思った。

自分がなんで泣いてるのか分からなくても、どうしてかウーヲンの言葉で泣いたのだ。

嗚咽を上げるでもなく、涙を流し続けるミザリは抵抗しなかったので、泣き止むまでそうしていた。

「えへへ〜、ありがとー!」

泣き止んだミザリは、目がかゆいねぇ〜、と言いながら、真っ赤になった瞼を擦るので、ハンカチを差し出した。

「濡らして当てとけよ」

「うん、そーする!」

またね〜! と言って彼女が去っていくと、服を仕立ててくれたご当主様に申し訳なく思いつつも、濡れてしまったことに後悔はなかった。

ミザリに、心臓の音を指摘されなかった事にホッとしたのも束の間。

「ほほ。青春じゃの」

と、イングレイ爺さんの声が聞こえて、思わずビクン! と跳ね上がると、慌てて振り向く。

そこに、ニヤニヤと笑みを浮かべた老人がいた。

「ちょ、見てたのか!?」

「薬草畑の前でイチャついとるからじゃ」

「悪趣味なジジイだな……」

と、恥ずかしくて目を逸らした先に、ふと見慣れぬものがあって、ウーヲンは眉をひそめる。

「爺さん。あれ、 月魅香(チャームルナ) か? いつの間に植えたんだ?」

薬草畑の 縁(へり) に、一本だけポツンと咲いていたのは、今のような夏の時期に可愛らしい白い花を咲かせる植物だった。

夜に放つ魅惑的な香りが有名で、煎じて飲んだりサシェにすると微弱な魔力回復効果がある。

しかし薬草というよりは、香水としての方が人気が高いものだ。

「植えとりゃせんよ。それに、昨日まではなかったような気がするがのう」

イングレイ爺さんは、白銀の髭を撫でながら目を細める。

確かに、植えたにしても一本だけというのはおかしい。

「どっかから種でも飛んできたかな」

「かも知れんの。ところで、そろそろ行かんで良いのか?」

「あ」

気づけば、日がだいぶ落ちかけている。

馬車を待たせるわけにはいかないので、イングレイ爺さんに挨拶して歩き始めると。

「……〝危険な楽しみ〟と〝私は気付いている〟か……ふむ」

と、彼が後ろで小さく呟くのが聞こえた。

それはどちらも、月魅香の花言葉だったので、ウーヲンは特に気にも止めずにその場を後にした。

つつがなく晩餐会を終えて……しかしあまりにも付け焼き刃の礼儀に、一年後に会う時はもう少しまともな食事の仕方を身につけようと申し訳なく思いながら……ウーヲンは、両親と別れた。

しばらくして、特製だという【魔封じの腕輪】を身につけたウーヲンは、思いがけない場所で働くことになった。

ーーー王宮にある、王太子妃の庭園。

そこに新しく作られる、薬草園を任される事になったのだ。

確かにとんでもなく安全だが、本来、孤児の平民のままだったらありえない待遇に、頬が引き攣ったのは言うまでもない。

王太子妃の正体が、アロイと偽名を名乗っていたイオーラ様だったのも、心臓に悪い話だった。

腕輪を作ってくれたのも、彼女らしい。

安全になったら辞退しようと思ったその待遇に、ウーヲンはその後も何十年と甘んじて、務める事になる。

その理由は、自分が召し上げられると同時に、王太子妃付きの下級侍女になったミザリだった。

あの泣いた日以来、彼女が気になっていたウーヲンは、その後も親しく過ごすようになり、やがて結婚を申し込む事になる。

元は伯爵令嬢だったミザリに、受け入れてもらえるか分からなかったけど、彼女は喜んでくれた。

それから少しずつ感情豊かになり、怒ったり泣いたりするようになったミザリが〝笑顔〟のあだ名を返上するのは……そう遠い未来の話では、ない。