軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

狙われた伯爵令嬢。【後編】

話し合いを受けて、一段落したと判断したのか、それまで黙っていたカーラが口を開く。

「私は、ローレラルとエサノヴァの目が他に向かないように、注意喚起を致しましょう。幸い、下級侍女の中に本気でオルミラージュ侯爵やレオを狙っているお馬鹿さんは、さほどいないので。上級侍女に目をつけられるかも、と言えば、しばらく軽口も鳴りを潜めると思うわ」

彼女らしい堅実な判断に、ウェルミィはうなずく。

「お願いするわ、カーラ。報酬は何が良いかしら?」

「ヤハンナ・ホリーロ公爵夫人、ヴィネド・メレンデ侯爵令嬢、イリィ・モロウ伯爵令嬢への顔繋ぎをお願いしても良いかしら? ウェルミィが落としたんでしょう?」

「母と?」

ラウドンが声を上げ、それならすぐに繋いであげるのに、とでも言いたげな彼を、ウェルミィは手で制した。

「カーラ、理由は?」

「あの二人は、イオーラの侍女になるわよね? 貴女の目をまず突破してるし、二人とも芯の部分で気が強いから、イオーラも気に入りそうだし」

「そう? なら、会うのが楽しみね」

興味を持ったらしいお義姉様は、当然二人の顔と地位は把握しているけれど、親しく話したことはない。

コールウェラ夫人も頷いているので、あの方々はお作法も及第点なのだろう。

「王太子妃の侍女になる前に親しくなっていれば、商売に役立つでしょ?」

特にイリィの方は、交易商人の信頼が厚い、元・外務卿の御子息が婚約者である。

ーーー流石、抜け目ないわね。

それくらいなら、とウェルミィはまるで公平な取引であるかのように、軽く請け負う。

そもそも既にカーラのお父上を、『掴まされた偽物の鑑定』という秘密裏の依頼でヤハンナ様に繋いでいるし、二人は元々カーラに引き合わせるつもりだった。

が、当然ウェルミィは、そんなことおくびにも出さない。

タダであげるつもりだったものを報酬に、と望まれるのなら願ったり叶ったりで、それを汚いと思っていては社交界で渡り合ってはいけないのである。

「他に何かあるかしら?」

「わたくしは、どういたしましょう……?」

ダリステア様が、戸惑ったようにおずおずと手を挙げる。

以前、薬の影響があるとはいえ夜会で大胆な行動を取った彼女だけれど、実際のところは兄が大事に大事に過保護に育てた、箱入りのご令嬢だった。

皆が動き方を自分で決めているので、自分だけ分からなくて、尋ねるのは気が引けたのだろう。

けれど。

「そもそも私の影武者を引き受けていただいている時点で、ダリステア様の働きは十分です。これ以上、何をする必要もないですわ」

と、ウェルミィはにっこりと笑った。

慣れない環境だろうに、やったこともない事を頑張ってくれている。

是非とも、普段は忙しくて中々会えないツルギス様との、束の間の逢瀬を楽しんでいていただきたい……というのが、ウェルミィの偽らざる本音だった。

「あ、リロウド嬢。最後に一つだけ」

「何かしら?」

声を上げたラウドンに目を向けると、彼は完璧でありつつも目の奥が笑っていない笑みを浮かべた。

「無事、ローレラル嬢を落として罪を暴いたら、身柄を僕にいただけませんか?」

「……気に入ったの?」

「ええ。元々興味があったのはエサノヴァ嬢なのですが、見ているうちに彼女の方が良いかと思いまして」

パ、と両手の平をこちらに向けて、ラウドンは小首を傾げる。

「もちろん、ちゃんと罰は与えますよ? あの手の人間は、尊厳を踏み躙られるのが一番耐え難いでしょう。そういう目に遭わせて差し上げますよ。心が壊れる寸前まで追い詰めて、本当に反省するまで」

ね? とそんな事を笑顔で言う彼に、セイファルトとカーラ、それにダリステア様がドン引きしている。

しかし、元から血生臭い生活が基本だったり腹黒だったり、ズミアーノという、もっとヤバい振る舞いの奴に幼い頃から耐性のある面々は、特に動じなかった。

「じゃ、その時になったらお願いするわね」

ウェルミィはそれも了承し……その後、ラウドンとセイファルトが上手く取り入って、彼女達の協力者になった。

ラウドンは、ウェルミィを襲う為の手引きを任され。

セイファルトはその後の証拠作りの手伝いを請け負う。

カーラは上手く下級侍女の信頼を勝ち取っていたようで、それとなく見張っていた面々から、ローレラル達の目が他に向かない方向に誘導出来た。

ラウドンも上手く唆し、お義姉様には手を出しづらいことを伝えたり、複数を狙うのは危険すぎるからと、ダリステア様、ヘーゼルとミザリは対象から外させた。

そして、ウェルミィを襲撃する決行の当日。

忍び込んできた相手を拘束し、明かりをつけると……そこにいたのは、『ヘーゼル』だった。

※※※

「……これ、どういうこと?」

男性棟から女性棟に入る手引きをしたラウドンからの合図で、待ち受けていたウェルミィとズミアーノは、床に転がって動けない相手をしげしげと眺める。

どこからどう見ても『ヘーゼル』な相手は、魔術での拘束で声も出せずにいる。

この人が、ローレラルの言っていた下僕なのだろう。

「多分、大公国の水の一族だねぇ、珍しいなー。オレが実験したいかも」

「水の一族ですって!?」

思わず、ウェルミィは顔を引き攣らせた。

ということは、彼は〝変貌〟の魔術を使ってヘーゼルに化けているのだろう。

「国際問題じゃない……! 何でこんなところに……貴方、その力を使って他国に干渉したり、貴族の手助けをするのは重罪よ!?」

ウェルミィの問いかけに、ヘーゼルの姿をした誰かは、戸惑いの色を浮かべた。

こちらよりも、向こうの方が混乱しているように見える。

「魔術を解きなさい」

ウェルミィの命令に、相手は従わなかった。

敵意のある目をして応えない相手に、ため息を吐いて手を差し出した。

「なら、私が解くわ」

ウェルミィがパチン、と指を鳴らすと、解呪の魔術が発動して、相手の魔力に干渉する。

うにょうにょと、まるで水のように肉体が蠢いた相手は、瞬きの間に元の男性の姿を取り戻して、目を見開いた。

「貴方……ウーヲン?」

そこにいたのは、薬草畑を管理するお爺ちゃんに紹介された青年だった。

青い髪に目立たない容貌の彼は……ミザリと仲が良い、庭師だったのだ。

「何でこんなこと……」

予想外の人物にウェルミィが戸惑っていると、彼は苦悶するように顔を歪めて、目を伏せる。

そして、諦めたように全身から力を抜いた。

「今から、声だけ出せるようにするわ。騒いだら、自分がどうなるか分かるわよね?」

ウェルミィの問いかけに、力無く頷いた彼を拘束する魔術を、ズミアーノが緩める。

「……何で、平民の下働きが魔術を使えんだよ。それに、その男は誰だよ……」

「ちょっとした事情が、こっちにもあるのよ」

呻いたウーヲンに、ウェルミィは困って腕を組んだ。

近年、貴族女性の社会的地位が向上し、貴族学校で教育を修めることが義務付けられて婚姻による途中退学などが認められづらくなったのは、理由がある。

元々、貴族の始まりであり、その地位を保証していたのは、魔術の存在だった。

神の祝福を受けた魔術の使い手であり、村単位での一族を率いる者が裕福になり。

やがて、強力な魔術が扱える血統を保つことを目的として、国が大きくなるにつれて富裕層となった。

特に、強い魔術を扱えたり強い魔力を持つ男性が希少だった為、最も地位が高くなったのである。

宝石と同様、希少性には価値があるからだ。

その後の貴族女性の地位向上は、〝桃色の髪と銀の瞳の乙女〟や、聖女の研究が事の発端となっている。

『治癒魔術は銀の瞳を持つ者にしか使えない』だとか『金や紫の瞳を持つ者が優れた魔術を行使できる存在である』と積み上げられた慣例を、体系立てる内に理解が進み。

『女性の方が、男性よりも生来、内包する魔力が多い』という結果がもたらされたのだ。

厳しい環境でも、女性の方が男性よりも健康に育つ理由がここにあった。

しかし、魔力を制御している瞳が失われたり、内包魔力に対して瞳の制御能力が足りないと、暴走の危険や逆に病弱になるなど、問題も多くある。

余談だが、朱色の瞳を持つリロウドの血統は、魔導士ではなく精霊術士の血統であるらしく、魔術士と違って万能に近い解呪能力の理由は、精霊によって『魔術を打ち消す』加護が与えられているからなのだそうだ。

西にある島国アトランテでは、次期王太子妃にこの瞳の欠陥という問題があり、もし内在魔力が暴走した場合、一国が滅ぶほどの魔力嵐が吹き荒れる可能性が示唆されている。

その問題にある程度対処する為、『全貴族女性も学校に通い、一定の魔力制御と魔術の行使法を修めよ』という法律が出来たのである。

だから、聖女テレサロのような立場の者……利権も絡むが、魔力の強い平民や元・平民にも貴族や聖女の地位を与えたり、同様の教育を施す為に貴族学校に通う義務が与えられていた。

つまり、貴族は魔術をある程度行使出来る為、平民の暴漢程度であれば度胸があれば撃退できるほど、基本的に強いのだ。

それは、素養があれば感覚で一個くらい魔術を使えるかな? 程度の平民に対して、ほぼ絶対的な差である。

気軽な街歩きなどが、少ない使用人を伴うだけで認められるようになったのも、こうした事情があった。

ウェルミィがかつてズミアーノに囚われたのは、遥かに魔術の行使が巧みな天才である彼が不意打ちしたこと。

そして、精霊が争いを好まないからか、リロウドの血統は補助魔術が得意な代わりに、他の魔術が苦手なこと。

ある程度攻撃魔法の威力を出す為には、補助魔術を重ねがけしなければならない発動の遅さ、などの理由があったからである。

つまるところ、準備が出来るなら、ウェルミィが平民に遅れを取ることはないのである。

母イザベラが社交界で苦労していたのも、魔術が使えない元・平民、という出自のせいだった。

ウェルミィ自身は正直、積み上げてきた悪評が派手過ぎたり、周りを固める面々がヤバ過ぎるので母の血筋云々などという些少な攻撃要素は霞んでいるらしい。

「それで、ウーヲン。貴方が何故こんなことを?」

容姿も目立たず口数の少ない物静かな青年だが、仕事ぶりは堅実で熱心、と評価が高い。

こんな凶行に及ぶような人物には到底見えなかったのだけれど。

「……話したら、助けてくれるか?」

「内容によるわね。かなり重いもの、貴方の罪は」

「そうじゃない。俺はどうでもいいんだ。……従わないと、俺を育ててくれた家族を……養護院への支援を止めて潰す、と人質に取られてるんだ」

彼の言葉に、ウェルミィは事情を悟って目を細めた。

「ローレラル? それとも、ガワメイダ伯爵かしら?」

「……」

「助ける、と約束しましょう。と言っても、私も貴方が口を割らなければ、自分がされて嫌なことを貴方にするつもりだったから、貴方を脅していた人と同じ穴のムジナだけれど」

家族を人質に取る、のは、常套手段である。

どんなに清廉潔白な人物であっても……いやむしろ、清廉潔白であるからこそ、有効な手段だ。

「でも、好んで使いたい方法じゃないし、理由が分かったから、その手段は使わずに済んだけどね。オルミラージュ家当主の婚約者、ウェルミィ・リロウド伯爵令嬢の名に誓って約束するわ」

ウェルミィは誠意を示す為に腕輪を引き抜いて、自分の正体をウーヲンに明かした。

呆気に取られている彼に、再度答えを促すと。

「伯爵様が知っているのかどうかは、知らない。……俺に命令するのは、いつもローレラルだ」

その答えを引き出して、ウェルミィは満足した。

「なら、貴方はこのまま戻って、無事に私を襲ったとローレラルに伝えなさい。養護院の場所を教えて貰えれば、彼女が満足して油断している間に手を回して、潰せないようにしておくわ」

「……本当だな?」

「信用出来ないかしら? 私、これでも友達思いなの。ミザリを悲しませたくないのよ」

すると、ウーヲンが泣きそうな顔になる。

「俺だって本当は、こんなこと、したくなかった……」

「せずに済んで、私も良かったと思うわ。貴方に信用してもらう証として、これを持って行きなさいな」

と、ウェルミィが躊躇いなく差し出したのは、エイデスの瞳の色をした、ロストヴァイオレットの首飾り。

「それは、私とエイデスで対になる、私の持ち物の中で一番大切なものよ。それを預ける代わりに、ローレラルに何か命じられたら教えて。そしてご家族を救って彼女を断罪したら、返してくれるかしら?」

「……そんなにオレを信用していいのか? 持ち逃げしたり、壊したりしたら……」

「簡単に売れるようなものじゃないし、貴方も一番大切なものを私に預けるのでしょう?」

ウェルミィが微笑むと、完全に拘束を解かれたウーヲンが平伏する。

「リロウド様。……ありがとうございます……ありがとうございます……!!」

震える声で礼を述べた彼は、首飾りを受け取るのを固辞して、正体を明かしてくれただけで十分です、と帰って行った。

そして、ヘーゼルへの盗難の冤罪と、ウェルミィを襲わせたという事実を暴き出し。

ローレラルやエサノヴァを筆頭とする罪人達を、牢屋にぶち込むことに成功したのだった。

「鮮やかー。オレの出番なかったねー」

「何言ってるのよ。強い護衛がいて安心できたし、感謝してるわよ」

ズミアーノがヘラヘラと呟くのに、ウェルミィは素直にそう答えた。