軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

罪を背負った伯爵令嬢の絶望。【前編】

「こちらですわ、ガワメイダ伯爵様。そしてご夫人」

忌々しいウェルミィ・リロウドの案内で現れた父に、ローレラルは少し緊張を解いた。

茶色の髪と、金がかった緑の瞳を持つ、常に快活そうな表情を崩さない、スマートでスタイリッシュな父は、口髭を動かして笑みに変える。

「やぁ、ローレラル。久しぶりだね」

二ヶ月ぶりに見る父は、特段変わった様子もない。

変わったのは、ローレラルの立場だ。

「お父様……」

彼はローレラルを愛してくれた。

たまに煩わしいこともあり、口癖のように『貴族の務めを果たしなさい』という以外は、自慢の完璧な父親だ。

迎えに来てくれた、と安堵したローレラルだが、その横に立つ、金髪で未だ美貌を保つ母の表情は蒼白で、今にも倒れそうになっている。

心労を掛けてしまったのだ、と申し訳なくなった。

少し失敗してしまったけれど、家に帰ったら誠心誠意謝ろう、と思っていると。

ジッとローレラルを見つめた父は、頭を横に振って告げた。

「君の婚約が決まったよ」

と、父であるヤッフェ・ガワメイダ伯爵は、場違いな内容を朗らかに告げた。

「こ、婚約ですの?」

「うん。ああ、大丈夫だよ。家柄は申し分ない人が相手だからね」

ローレラルは戸惑う。

自分の、父にも母にも似ていない紫の髪は、王家の血だ。

いわゆる先祖返りというもので、父は、ライオネル王国建国時から法に携わっていたキルレイン侯爵家の出なのである。

公爵家は二代で格落ちする為、現在は侯爵家だけれど、王家の傍系血統であるのは間違いない。

父の兄、つまりローレラルの伯父は、キルレイン法務卿である。

だからローレラルは、生まれた時から祝福されていた。

直系血族ではないのに紫の髪を持って生まれるのは、非常に稀なのだ。

ローレラルは、自分には価値があると言われて育った。

そして実際に、美貌も持っていて、引きも切らない縁談もあったけれど、母とローレラルは上を目指した。

貴族としての義務を果たすには、より高い地位にある男性を射止めるのが当然だと思ったから。

でも、失敗した。

だから父は縁談を持ってきたのだろうか、と、ローレラルは思ったのだけれど。

口にしたのは、意外な相手だった。

「君の夫となる人物は、ラウドン・ホリーロ氏だ。この家で今は執事の見習いをしているのだったかな?」

そう言われて、ローレラルは屈辱を感じた。

「ホリーロの家督も継がない相手ではないですか……お父様、わたくしに、オルミラージュ侯爵家の使用人の妻になれと仰るのですか!?」

ラウドン自身に、特に嫌悪感などはない。

見目も良く、頭も回る。

けれど、手に出来た筈の権力を放棄して遊び回り、ヘラヘラしているような人間である。

手駒としては使いやすかったが、男としての格が劣る……そんな人間に、嫁げと。

「助けに来てくれたのではなかったのですか!? これでは、罰ではないですか!」

「その通りだが?」

父は、まるで何を言っているんだ、と言わんばかりのキョトン、とした表情で、首を傾げる。

「君への罰、というよりは、法に背く馬鹿な行いを止めたラウドン氏への褒美、と言った方が正しいかな。彼が君の身柄を望み、私は受け入れた。主体は君ではないよ。もう、ホリーロ公爵との間で婚約届も婚姻届も準備してある。後はサインだけだ」

と、まるでローレラルを『ただ引き渡すだけの物』であるかのように告げる父に、絶句する。

ーーーお父様は、わたくしを愛してくれていたのでは、なかったの?

「君は水の一族を使った。届け出の義務があるのに、それをせずに。まして彼を脅して従え、その力を使って強姦を命じたり、窃盗の冤罪を人に着せたという。我が家門が、法を司る者であるというのに、その君が法に背く。それがどういう意味を持つのか、君は全く考えなかったのかい? ローレラル」

「そ、それは……水の一族とかそんなこと、知らなくて……」

「貴族の務めを果たしなさい、と、私は君にも君の母にも再三伝えていたはずだけれど。法を学ぶ務めを怠ったということかな?」

「あ……」

父の表情は、ずっと朗らかなままだ。

瞳に宿る色もいつも通り。

でも。

ーーーいつも通り?

見限ったというのに、いつも通り。

それは……最初から。

ローレラルを、愛してなどいなかったということなのでは?

淡々と、ただそこにある『モノ』を、父という役柄を演じながら、見ていただけなのでは?

「貴族は規範であらねばならない。民を慈しみ、義務を果たすことによって、そして法を守り、守らせることで国は成り立つ。本来なら当主である私も責任を取らされるところだが」

と、父は一度言葉を切った。

「私は王族傍系当主として、大公国との協定に契約魔術のサインをしている。庭師の彼を君が雇い、連れて行ったことは把握しているが、彼が水の一族であることは知らなかった。契約魔術による罰が下されていないこと、君が既に成人している17歳であることが証左とされ、罪には問われない」

ーーー君の罪は君のものだ、ローレラル。

その言葉がまるで、死刑宣告のように耳に響く。

「強姦未遂や窃盗冤罪の罪も同様にね。オルミラージュ侯爵家に、次期女主人を狙った罰金は払うことになったが、その事実もまた、君を差し出し、ウェルミィ・リロウド嬢も身分を偽っていたということ、そして秘密裏の処理ということで、口止め料と相殺になった」

父は、それだけ言って、優雅に踵を返した。

「話は終わりだ。君は、貴族の義務を怠った。離縁してもガワメイダ家に戻れるとは思わないことだ」

「お、お父様がわたくしをこのように育てたのではないですか! 何故わたくしだけが!?」

「ふむ。一理あるが……私は、父としての義務を怠ったかね? 必要なことは伝え、慈しみ、当主の義務を果たしていた筈だが。義務を怠ったのは、君の母だ。ローレラルの家庭教師を選定し、貴族の義務を履き違えたのは私だろうか?」

父の問いかけに、母はビクリと肩を震わせる。

「いえ……わたくしの、責任です」

「そうだろう? 私は言ったはずだ。高位貴族に嫁ぐことばかりが、貴族女性や当主一家の義務ではないと。成人しても、君たちがそれを聞かず、法に背き、他者を貶めたのは、私の責任かね?」

振り向いた父に、ローレラルはもう、返す言葉がなかった。

「成人とは、己の判断の元、様々な義務と責任を負う立場になったことを言う。親の庇護下からは外れるが、慣例として当主が家の決定権を持っているのは事実だ。しかし私は、その権利を一度でも行使し、君達に押し付けたかね? 婚姻に関しても意思を尊重し、自らの手で自由になる資産を一部分け与えて管理を任せた」

それを使って為したことは、贅沢の為の散財と、人を貶める計略。

「民の為になる要素が、ドレス代や宝飾品の代金を支払ったこと以外に、何もない。それが君たちの選択であり、現在がその結果だ。己の責任の元、受け入れたまえ」

そうして、父が去り。

呆然としている内に、ウェルミィが命じて右手に腕輪がガチャリと嵌められる。

「【魔封じの腕輪】よ。ズミアーノが言うには、本来罪人に使うものを改良して、貴女に合わせた特注品ですって。今後、貴女は魔術が使えないわ。その腕輪を外す決定権はラウドンにある。きちんと反省すれば、外して貰えるでしょうね」

そう言って、彼女も姿を消して、ローレラルは面会室から牢屋に戻される。

絶望の中で、ガリ、と腕輪を引っ掻いたけれど。

肌に爪痕が残るだけで、外れる気配は微塵もなかった。

※※※

「ああ、そういえばワィン」

屋敷に戻ったヤッフェ・ガワメイダ伯爵は、妻にそう呼びかける。

「は、はい……」

「君にも罰を与えなければならない。私の忠告を聞かず、ローレラルをあのように育てた責任と……君は水の一族に関して、知っていたはずだね?」

ローレラルがウーヲンという少年を拾ったことそのものは、報告を受けている。

その場にワィンがいたことも。

細かい事情は彼女ら自身の裁量に任せてはいたが、動向は報告させていた。

「兄上に、客間で待ってもらっている。来なさい」

ワィンは蒼白な顔で、身を震わせる。

「ヤッフェ様……お許しを」

「二度は言わないよ」

柔らかい笑みのまま、ヤッフェはさっさと客間に向かった。

そこで待っていた兄、キルレイン法務卿ともう一人の人物に頭を下げる。

「済まないね、兄上。自ら足を運ばせてしまって。それにホリーロ公爵様も、ご足労いただき感謝致します」

「いや、然程待っていない」

「こちらこそ、婚約によりキルレイン法務卿の分家と縁が繋がることに感謝しておりますよ」

兄はいつも通りの無表情だが、豊かな金の髭を蓄えたホリーロ公爵は難しい顔をしていた。

ついてきていたワィンが小さくなってソファに腰を下ろしたところで、ヤッフェは淡々とこれからの事を口にした。

「全ての真相は、関係者以外闇に葬られる。表向き、ローレラル・ガワメイダはラウドン・ホリーロとの縁談を成立させ、ホリーロ家の保持する子爵位を賜って分家となる。ワィン・ガワメイダ伯爵夫人は行方不明となり、私は捜索するが見つからない。そういう筋書きだ」

水の一族のことは、ガワメイダ伯爵家の管轄ではない。

「ヤッフェ様。命ばかりは……!」

「表向きにならずとも、ガワメイダとキルレインは法に背く行いをしない。君には、私と婚姻しなければ元々行くはずだった場所へと行ってもらう。それだけだ」

すがるようなワィンに、ヤッフェは微笑みを向けた。

「そん……な……」

「残念だよ、このようなことになってしまって。身につけているものと、父母の形見は持っていくといい」

ワィンは震える手で、既にヤッフェが記入している離縁状にサインをした。

控えていた侍従に命じると、ワィンは涙を流しながら最後までこちらを見つめているようだったが、ヤッフェは見なかった。

ワィンは、昔不正を行った子爵一家の令嬢だった。

罪は人身売買。

まだ奴隷制度が生きていた頃の名残を引きずっていた子爵領で行われていた、非道な行いの責を問われたのだ。

しかし彼女自身は何も知らず、善良ではあった。

本来なら連座で娼館へ送られる罰を与えられるところを、哀れに思ったヤッフェが引き取った娘。

それがワィンだったのだが、慈悲を与えるべきではなかったのだろうかと、深く嘆息する。

「ヤッフェ」

「ああ、すまない、兄上。ローレラルは、反省していなかった。彼女の謝意はあくまでも私たちに向けられたもので、リロウド嬢やヘーゼル嬢、ウーヲン氏に対するものではなかった」

平民は貴族に仕える者だなどという考え方は、意識においても法においても、既に古い価値観だ。

その過渡期の変遷にも、彼女達は乗れなかったのだ。

「だから、当初の予定通りに、ラウドン氏との婚姻を」

「そうか」

「……アレは、我が家の誰よりも冷徹だ。殺すことはないと思うが……」

二人は、眉尻を下げるヤッフェに、痛ましそうな目を向けてくる。

ヤッフェは事態を知り、その処理をオルミラージュ侯爵と国王陛下を交えて協議した。

その場には、大公国の使者もいた。

全ての事情を鑑みて、本来なら処刑が妥当だ。

しかし事実を詳らかにしないまま、名誉の毒杯や絞首刑に処すのは、法に反する。

罰を与えないわけにはいかないので、本来であれば国外追放や貴族除籍が妥当。

それでも『反省の色が見えれば、ローレラルはキルレイン家預かりとして再教育、ワィンは財産分与の上離縁』という穏当な処置で済む、はずだったのだ。

兄も、法に関すること以外は外面には出ないが慈悲深い性格をしているので、その案を推してくれたのに。

「……私の責任です」

全ての感情を押し殺して、妻と娘を手放したヤッフェは、無力感を覚えていた。

愛していない筈がない。

精一杯愛し、理を説いたのに、伝わらなかったのだ。

「こちらの責任もある。お前に、領地を任せた。そのせいで、本来なら私が受けるべきツケを払わせてしまった」

「そうではありません、兄上。私が、二人の希望を優先せず、領地に伴ってもっと向き合っていれば、このような事にはならなかったはずです」

ヤッフェは、キルレイン領の領主代理だった。

兄よりも自分の方が向いている自覚もあり、兄自身もそれを理解していた。

彼は、公平だが厳格すぎるのだ。

ゆえに法の守護者としてはこれ以上ない人材であるが、領主としては多少法的にグレーでも、情を優先せねばならない場面もある。

不作であれば下限を下回って税を緩和し、貯めた私財で国への納税を賄うということなど、領主以外誰も損をしていないが、法的に厳密に扱うと問題ないとは言えない。

兄には、それが出来ないのだ。

ヤッフェはタウンハウスと領地を往復し、出来るだけのことはしていたが、それでも足りなかったのだと後悔する。

ワィンを信頼しすぎていたのか、娘を甘やかしてしまったのか。

どちらにせよ、甘さが招いたヤッフェ自身の問題であり、兄は関係がない。

罪悪感を覚える必要などないのだ。

「サインをしましょう。ホリーロ公爵。申し訳ないですが、娘をよろしくお願い致しますとお伝え下さい」

娘への罰として、肉体を傷つけたりは決してしないが、尊厳を奪うような扱いをして更生させる、とラウドンは言っていた。

何一つ罰を受けず、これまで通りの生活をすること。

ヤッフェへの罰は、今までの功績を鑑みて、 罰を与えない事が罰(・・・・・・・・・) だと国王陛下に告げられた。

『心労を十分に負っているであろう。賢明な領主代理を失うのは惜しい』

と、国王陛下の命を賜って。

ホリーロ公爵が書類にサインをし、兄が立ち会いを務めてそれを受け取る。

彼が場を辞して人払いをすると、兄は静かに酒を出した。

「ヤッフェ。この場では二人だけで、私は今、法務卿ではなく、お前の兄だ。……泣きたければ、泣いていい」

「……感謝します」

両手を握ってテーブルに置き、額に押し当てたヤッフェは、唇を噛み締める。

「ローレラルと、ワィンは。……死なずに済みました。ですが、それは彼女達にとって、本当に幸せでしょうか」

「未来は、誰にも分からん。しかし命を繋げれば、出来ることもあろう。……行方不明者の死亡認定は、二年後からだ。その直前に、元夫人だった相手が見つかってお前がそれを哀れんだとしても、誰も何も言わないだろう」

ヤッフェは、ワィンと義務だけで婚姻を結んだ訳ではなかった。

ちゃんと愛していた。

愛していたのに。

「……苦界に沈んだ彼女は、もう社交界には戻れないでしょう。領主邸の近くに別邸を建てることを、お許しいただけますか?」

「ああ」

涙を堪えて、ヤッフェは顔を上げる。

グラスに注がれた酒を一気に飲み干すと、喉が焼けた。

二年後。

ワィンが身を儚んでしまわぬよう、ヤッフェは祈る。

敬虔な聖教会の信徒であった彼女は、自死を選びはしないだろうが。

ローレラルは、もしかしたら二度と会うことはないのかもしれない。

ーーーすまない。

ヤッフェの心には、二人に愚かしさを気づかせることが出来なかった後悔が、いつまでも渦巻いていた。