軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

狙われた伯爵令嬢。【中編】

「エイデス様が、下働きに手を出したですって……?」

ローレラルは、エサノヴァから聞いた噂話にギリ、と奥歯を噛み締めた。

「誰ですの? その不届きな女は!」

「プラチナブロンドで髪型はシニヨン、小柄で、リロウド伯爵令嬢に良く似た容姿をしている、という話でしたけれど。それとなく聞いてみても、使用人頭の誰も心当たりがないそうですわ」

「っ……カツラか何かかしらね」

エイデスの気を引く為に、あえてあの忌々しい婚約者に姿を似せた、という可能性があった。

実際そうなのであれば、その下働きの目論見は成功したと言うことになる。

「……探し出しましょう」

「探して、どうなさるのです?」

顎に指を添えてポツリと呟くローレラルに、エサノヴァが問いかけると。

彼女は目を細めて、小さく笑みを浮かべた。

「あら、もちろん排除するのよ。わたくしには、どこにでもスルリと潜り込ませられる、下僕がおりますのよ」

ローレラルの実家、ガワメイダ伯爵家は、キルレイン公爵家の分家だ。

伯父である法務卿は厳格な人物だが、その弟でありローレラルの父であるヤッフェは、放任主義だった。

『貴族としての務めを果たせ』と多く口にする以外は、優しく朗らかな父であり、ローレラルの教育方針は母に任されていた。

貴族令嬢の務めは、より高位の貴族に嫁ぐこと。

ローレラルはその為に、自分の外見を磨き、男性を楽しませる話術を身につけ……。

ーーー敵を蹴落とす為の、手練手管を学んだ。

「貞操を奪えば、少しは身の程を知るのではなくて?」

笑みと共に漏らした言葉に、エサノヴァが少しだけ顔を強ばらせる。

「そ、そこまでなさいますの……?」

「身の程知らずな真似を最初にしたのは、その下働き。火遊びは火傷をするのだと、教えてあげねばなりませんでしょう?」

「ですが……」

「エサノヴァ様。分かっておりますの? ……王太子妃付侍女にならなければ、この後、貴女にチャンスなどないのですよ? わたくしの協力なしで、その地位を得られると思いますの?」

「っ」

エサノヴァは唇を噛んだ。

彼女は、ローレラルと違い貴族位のない侍女である。

アロンナの娘だから準じた扱いをされているだけで、ここを一歩出ればもう、平民でしかないのだ。

ーーーそんなところで躊躇うような家だから、没落するのですわ。

人を蹴落とし自分の価値をアピールするのに、手段を選んでいてどうするのか。

エサノヴァの母である侍女長も、どうでもいいのに、侍女としての仕事内容にうるさい。

少しでも手を抜けばダメ出しをしてくる、鬱陶しい存在だった。

仕事の中身がどうだろうと、高位貴族の当主や令息に選ばれる為に必要なものとは思えない。

しかし、ヘーゼルへの嫌がらせには口を挟まないし、彼女を狙っても蹴落としてもローレラルには何の得もないので、敵対するつもりもなかった。

ーーー貴族としての務めを果たすのに、邪魔にならなければ良いのよ。

「エサノヴァ様。ついでに下僕を使って、ヘーゼルも追い出してしまいましょう。どうも、コールウェラ夫人に目を掛けられているとかで、周りにいる連中ごと、下級侍女に上がるという話もございますし」

あの夫人も、ローレラルにとっては癪に触る相手だった。

『乾いた土地に凛と咲く花は、美しく見えるものですけれど。根腐れの花には、蜜の重みが感じられぬものです。わたくしの目にした二輪には、ふとしたことで、朽ちてしまう危うさを感じますわね』

コールウェラ夫人は、あくまでも穏やかな笑顔で。

ーーー『一見美しい所作だが、心根の醜さが態度に表れている』。

そう、ローレラルとエサノヴァに告げたのだ。

ーーー分かったような口を。

ローレラルは憤慨したが、王太子妃侍女を選ぶ側の相手にそれをぶちまける訳にはいかず、グッとこらえた。

自分は参加したものの、侍女の地位そのものに興味はない。

あくまでも狙いは魔導卿であり、この屋敷に潜入する手段に過ぎなかった。

しかし、協力関係にあるエサノヴァの格を下げるわけにもいかない。

「ヘーゼルを、追い出す」

不快なことを思い出して眉根を寄せていたローレラルの横で、エサノヴァが目をギラギラと光らせていた。

彼女は、実家の子爵家が没落する原因になったグリンデル伯爵家と、その娘であるヘーゼルを恨んでいる。

「もう一度調べてみるけれど、魔導卿に擦り寄った下働きにも、心当たりがあるの。髪色は違うけど、孤立してたヘーゼルと最近一緒にいる下働きよ」

ローレラルはうっすらと笑い、エサノヴァを横目で見た。

「何なら、女主人も同じ方法で潰してやるのも良いかしらね。……でもまずは、良い人気取りのその女に、思い知らせてやりましょう」

自分の立場をね。

そう言って、二人が連れ立って去った後。

「なるほどね……」

こっそり、建物の影からそのやり取りを聞いていたラウドンは、小さく肩を竦めた。

※※※

「という訳でね。二人のリロウド嬢の貞操が危ない、という感じ」

話し終えたラウドンに、ダリステアが不快そうに眉根を寄せる。

「やり方が汚いですわね」

「同感ですわ」

ウェルミィは、高潔な振る舞いを旨とする彼女に同調し、腕を組んで右手の人差し指を立てた。

「まず狙われるのが私、なら……そのまま、計画を実行させましょうか」

「危険では?」

あまり賛同できなさそうなセイファルトに、ウェルミィは首を横に振る。

「しばらくズミアーノが側にいるし、下僕っていうのが誰かが気になるのよね。罠に掛けて、逆に追い詰めるのよ」

ローレラルの下僕が、どの程度の実力者なのかは分からないが。

エイデスを超える能力がないのであれば、ズミアーノとウェルミィ自身だけであっても、どうとでも対処出来る。

「私はローレラル嬢に近づいて、その襲撃に一枚噛んでみようかと思うのですが」

先程『口説いていいか』と口にしたラウドンが、改めてこちらに目線を投げるのに、ウェルミィは許可を出す。

「ラウドン自身が手引きしてくれるようになったら、最高ね」

「むしろその成果で、認めていただきたい人がいるんですよね」

チラリと彼が目を向けたのは、別邸から出る時にずっとついてきてくれていた侍女のヌーアだ。

年齢不詳の彼女は、表情を変えずにずっと微笑んでいる。

ヌーア・デスターム。

オルミラージュ侯爵家の懐刀であり、王家にとっての〝影〟のような存在。

また、アロンナの実家の人間でもある。

「ねぇ、ヌーア?」

「はい、ウェルミィ様」

ラウドンの視線には応えなかった彼女だが、主人と認めてくれているらしいウェルミィには、あっさりと口を開く。

「この場で言いづらければ良いんだけれど、貴女とアロンナはどういう関係で、デスターム家での貴女の立場はどの程度なの?」

一応、まだ評価の決まっていないラウドン以外は、皆それなりに信用できる人物ばかりの場だ。

しかしヌーアは、あっさりと答えられることだけ答えた。

「アロンナは、妹ですよ。デスタームでどういう立ち位置と言われれば、女当主ですねぇ。別段、隠してはおりませぬゆえ」

と、口にした言葉に、お義姉様を除く全員が固まった。

「お、女当主?」

ーーーエイデス、そんな人を私やお義姉様の護衛につけてたの!?

ウェルミィ、今知る驚愕の事実。

というか、アロンナがキリッとした長身の美人で、ヌーアはどちらかと言えば優しい顔立ちの小柄な女性だ。

似ているかと言われれば、よくよく見れば顔立ちは似ているかもしれないが、全く繋がらない。

アロンナは年相応の顔立ちだが、ヌーアの方は若いと言われても歳をとっていると言われても納得してしまいそうな人である。

「アロンナが、妹……」

「左様でございますよ。デスタームはそろそろ代替わりでして、うちの亭主も半ば隠居の身。同じような立場のゴルドレイ様とも懇意にしておりまして、ええ、イオーラ様とウェルミィ様のお噂はよく聞いておりました」

「そんなこと、おくびにも出さなかったじゃない!」

「ええ、問われませんでしたので」

そういうところは、なんというか〝影〟らしい物言いである。

「一番優秀なサラリアという娘がいるんですけどもね、ええ、どこぞの子爵令息に惚れたとかで、家を出てしまいましてねぇ。本当なら、エイデス様の婚約者になられる方にはその子をつける予定だったのですけれども。断られたので、私が担当しておりましてねぇ。ええ、自由な子でして」

「そ、そうなのね」

愚痴が始まったので、ウェルミィは話を戻した。

「……ラウドンは、ヌーアに認められてどうするの?」

「それはまぁ、デスタームのご当主に認められたなら、誠心誠意ウェルミィ様にお仕えしますし、ついでに実家のことにも尽力しますよ。諜報として役に立つと言うお墨付きを貰ったようなものですから」

「実際どうなの? ヌーア」

「まぁ、現状ではお応え致しかねますねぇ」

どこか楽しそうなヌーアは、今のところ答えを出す気がなさそうである。

「一応、最初に私が狙われるとして……お義姉様には『有望な下級侍女の見極め』という名目で、少しコールウェラ夫人について本邸に居て貰おうかしら」

「あら、わたくしは平気なのに」

「お義姉様が平気でも、万一どころか億一の可能性も排除しとかないと、レオが面倒くさいわよ」

何せ、騎士団長継承をする上で忙しい時期だろうに、それを先延ばしにしてまでツルギスをわざわざ引っ張り出して、お義姉様の護衛につけるくらいなのだ。

エイデスはウェルミィを信頼してくれているので、報告しておけば問題ないだろうけど。

レオはお義姉様に対して過保護過ぎるくらい過保護なのである。

ちなみに、自分のことは棚に上げるのがウェルミィは得意なので、『お前もな』というレオの幻聴は、聞こえないフリをした。

それに、ウェルミィとお義姉様は同室なので、二人一緒に居ると下僕とやらも襲い辛いだろう。

ちなみに『見極め』は対外的にはお義姉様が見極められる側、実際はお義姉様が見極める側だ。

発端はローレラルだけれど、下働きだけでなく下級侍女や上級侍女の見極めも、お義姉様自身で行った方がいいのは間違いない。

「大丈夫でしょうか? コールウェラ夫人」

「ええ、仰せのままに致しますよ」

「僕は……ラウドン様と一緒に、ローレラルに取り入る側、かな?」

セイファルトも、自分の役割を自分で決めている。

「面白そうだから、オレも参加したいなー。軽薄組再結成の予感?」

ズミアーノも調子に乗って手を上げるけど。

「貴方は私の護衛でしょ!」

と突っ込むと、ちぇー、とつまらなそうな声を出して、ズミアーノは興味が失せたのか、さっさと影に戻って行った。

「……自分は、引き続きイオーラ様の護衛でよろしいですか?」

ツルギスが生真面目に、赤色の瞳をこちらに向けるのに。

「そうね……いえ、夜間はお義姉様とツルギス様の部屋を、裏から入れるダリステア様との続き部屋にしましょう。下働きの私を先に狙うとは思うけれど、絶対にダリステア様を危険に晒す訳にはいかないわ」

些細な可能性も潰す為に、警護対象は纏めて放り込んでおかなければ。

「まぁ、夜間は別の人が引き継いで護衛をするだろうし、少しダリステア様のお話相手になって差し上げてもよろしくてよ?」

と、二人を茶化して見ると、目を見交わして顔を赤くしていた。

「いえ、申し出は嬉しいですが、任務中ですから」

「あら、息抜きも必要よ。ねぇ、ダリステア様」

「そ、そうね。わたくしも、ツルギス様とお話し出来るならその、う、嬉しいですわ」

ーーーどちらも、満更でもなさそうね。

あまり会えてはいないだろうけれど、二人の間には確実に恋が育っている気配がして、ウェルミィは大変満足だった。