軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

〝傷顔〟のヘーゼル。【後編】

「私は、お前の伯父だ」

ズキズキと襲う顔の痛みをこらえるヘーゼルに、トールダムは淡々と語り始めた。

「あの伯爵家を最初に継いだのは私だった。嫡男だったからな。両親が亡くなり、家業と領地のことに奔走する最中、私は山道で愚鈍な弟に殴り倒された」

ヘーゼルは、その予想だにしなかった告白に言葉を失っていた。

「弟と、その婚約者だった貴様の母は笑っていた。そのまま私を山に打ち捨てて消えた。たまたま通りかかった猟師に救われた私は、記憶を失っていた」

記憶を取り戻したのは、一年が経った後のことだったらしい。

「家のことを調べた。すると、私の子を身籠もっていた妻は、 私と共に(・・・・) 行方不明になったそうだ。この意味が分かるか?」

トールダムは、それを告げる時だけ、足の間で組んだ指に力を込めた。

「嘘よ……お父様とお母様が、そんな、恐ろしいことを……!」

ヒュゥ、ヒュゥ、と喉が鳴る。

しかしトールダムは容赦がなかった。

「事実だ。なぜ私や、私の妻と子を殺しておいて、お前らは生きている? 生まれた子に罪はないとあの女は懇願していたが、なぜ私がそう思えると思う?」

トールダムは、ヘーゼルに対してうっすらと笑みを浮かべた。

「だが、確かに事実だろう。お前に罪はないというのは。だから私は、お前から何も奪わなかった。そして取り戻した後は、必要以上のものは何も与えなかった」

義母は、ただ金に目が眩んだ協力者だったという。

ミザリは、どこかから拾ってきただけの孤児だという。

「協力者の女には、毒をくれてやった。いい思いが出来たのだから満足だろう。……あの孤児も、魔導具の影響でもうマトモな頭は残っていないだろうが、野垂れ死ぬよりはマシな生活だっただろう」

平然と、始末した、使い潰したと口にするトールダムは、本当に同じ人間なのかと思うくらい、それに対して何も感じていない様子で。

「そして先ほど告げた通り。お前からは、ただ、返して貰っただけだ。ああ、伯爵家の商売が上手くいかなくなったのは、あの凡才が、それまで通りに取り引きを続けていたからだよ。私はあの商売をよく知っている。凡才から得意先を奪うだけでよかった」

そうして借金のために家を出たお父様を襲い、誘拐したのだという。

やられたことをやり返すように。

「痛めつけられて苦しみ、泣き叫び、赦しを乞うあの男には、絶望をくれてやった。お前と母親をどのように殺すか、自分がどのように死ぬかを伝えてやった時の顔は見ものだったな」

拷問の末に、殺されたお父様。

だけどそのお父様は、目の前の男と、その妻を、お腹の子を。

「だが、お前だけは許した。そこに存在することをな。働けば食事を与え、家にいることを。私は悪逆非道か? これほどの慈悲を与えてやってなお、自ら死のうとするのなら死んでくれ。私はそちらの方が嬉しいからな」

いや、とトールダムはヘーゼルの顔を眺める。

「その醜い傷痕を背負ったまま、生きて苦しむのを想像する方が楽しいか。まともな婚姻も就職先も望めんだろう。そうして惨めに生きろ」

ククク、と喉を鳴らす男に、ヘーゼルは。

ーーー生きてやるわ。

ギリギリと歯を噛み締めながら、決意する。

トールダムのしたことは報復だった。

絶望に沈み、何一つ失うことのなくなった男が、ただその一念をもって生きてきたのだろう。

「言っておくが、伯爵家は潰れる。家督を奪った後、散々あの女と子どもに金を存分にかけてやったからな。財産もなく、商売は伯爵家に連なって愚鈍を認めた連中の手から全て他人へと移した。もう挽回の術はない」

ヘーゼルは、伯爵令嬢ではなくなる。

だけど、それがどうしたというのだろう。

あの腕を掻き切った日に、令嬢のヘーゼルは既に死んでいるのだ。

「幸せになってやるわ……お父様とお母様がどんな極悪人だったとしても……あたしは、あんたの思い通りにだけは、ならない……!!」

「好きにしろ。言っただろう。溜飲が下がるだけで、私はお前などに興味はない。地獄の底までは噂も聴こえて来んだろう。二度と会うこともない」

ーーー?

すると、まるでタイミングを見計らったかのように、バタバタと複数人が駆け込んで来て、トールダムを取り囲む。

その後からゆっくりと姿を見せたのは、先日ヘーゼルに謝罪した黒髪の青年を伴った、銀髪の男だった。

長い髪と黒衣を靡かせ、両手に黒い手袋をした、とんでもない美貌に冷たい表情を浮かべている彼は、その紫の瞳でトールダムを見下ろした。

「トールダム……いや、ルトリアノ・グリンデル前々伯爵。貴殿に、グリンデル前伯爵、前伯爵夫人、及び、現伯爵夫人の殺害容疑が掛かっている。また、グリンデル伯爵家資産の横領、身分詐称等の余罪もだ。その上、依存性の高い違法な魔導具を使い、使用人やミザリ嬢に精神干渉を行ったという証拠も得ている」

ーーーご同行願おう。

そう告げる銀髪の男の横で、黒髪の青年が『誰か、彼女の治療を!』と廊下に向かって怒鳴る。

一気に騒がしくなった周囲に愉悦を感じているかのような態度で、トールダムが口を開いた。

「 遅かったな(・・・・・) 。エイデス・オルミラージュ。……まさかかつての友人に、手錠を嵌められることになるとは思わなかった」

「悔やんでいるとも、ルトリアノ。もっと早く気づいて救ってやれなかったことをな。抵抗はするな」

トールダムは、ククク、と喉を鳴らして、立ち上がる。

「心配せずとも、逃げる気はない。私の復讐はもう終わったのだからな」

最後にチラリとヘーゼルを見た義父は、満足そうに目を細めて。

「ーーーいや、最後に一つだけやることがあったか」

そう告げると同時に、ヘーゼルの顔に毛虫が這い回るような怖気立つ感覚と、腫れるような熱の上から、さらに無数の棘に突き刺されているような痛みが走る。

「っアアアアアアアァァァアアアアアアアッッ!!」

絶叫して顔を押さえるのと同時に、頭に誰かの手が添えられた。

パキン、と何かが砕けるような音と共に、痛みが薄らぎ、同時に意識が遠ざかる。

『ルトリアノ。彼女に罪はなかろう』

『私の思い通りにはならない、とそいつは言った。見せて貰おうじゃないか。呪いによって二度と消えない傷痕を背負って、本当に幸せに生きられるのかどうかをな』

『……クラーテスを呼べ。解呪を……』

『無駄だよ、エイデス。私の命を代償に捧げた呪いだ……』

そんなやり取りを、遠くに聞きながら。

ヘーゼルの意識は深い闇の中に沈んでいった。