軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

聖女テレサロの受難。【後編】

「ちょっとズミアーノ! テレサロが固まっちゃったじゃない。ちゃんと説明しなさいよ!」

あまりにも衝撃的なことを口にしたズミアーノ様に、テレサロの頭が真っ白になっていると、慌ててウェルミィお姉様が声をかける。

すると彼は、おどけるように肩をすくめた。

「余計なこと言うなってミィが言うから、結論から話したのに?」

「その、『ぶっ潰す』の中身が大事だって話をしてるのよ! 『聖女として神殿入りする話』を潰すんでしょう!?」

「ああ、なるほど」

ぽん、と手を打つズミアーノ様に、テレサロはようやくなんとか、話せる程度には平静を取り戻した。

「そ、そんなこと出来るんですか!?」

「出来るよー」

さも簡単かのように、ズミアーノ様がヘラヘラと言う。

「神殿……ていうか教皇猊下には、貸しを作ったのと、猊下を黙らせる情報を不確定だけど伝えさせてもらったからねー。君がソフォイル殿と再婚約するなら、神殿に行かなくてもいいようにしといたんだー」

あはは、となんてことのないように言うけれど、話が大き過ぎて頭がついてこない。

ーーー教皇様に貸し?

ーーー黙らせる?

この人は何を言っているのか。

「ズミアーノ? いつそんなことをしたの?」

ウェルミィお姉様の問いかけに、ズミアーノ様は「こないだの夜会よりも前に」と告げる。

「夜会よりも前……?」

「そうだよー。だって、オモチャで遊んだら後片付けはするものでしょ? オレが勝っても負けても、全部滞りなく元に戻るようにあらゆる手は打ってあるよ?」

ーーーそんなこと、普通は出来ないと思うんですけど!? ていうかこの人、今教会とか国家をオモチャ扱いした!?

下手をすれば王国と帝国、二つの国と教会までも揺るがすような策略を、友人の恋心のために利用して、出てくる言葉がオモチャと後片付け。

この人、本当に自分と同じ人間なのだろうか。

もしかして、本当は魔王とかなんじゃ、とまで考えて。

「皆に散々迷惑かけた上にエイデスに完敗しといて、誇らしげにしてんじゃないわよ!」

「誇らしげになんかしてないよー」

ーーー魔王を負かした人いたー!!!

オルミラージュ魔導卿は、もしかして魔神の類いなのかも知れない。

セイファルト様もソフォイルもちょっと頬を引きつらせてるのに、ウェルミィお姉様も怖いもの知らずだし。

レオニール殿下の婚約者候補と噂になる前は、魔導卿と婚約してるっていう噂もあった。

ーーーというかウェルミィお姉様、今魔導卿を呼び捨てにしましたか!?

もしかしたら、魔王と魔神に親しく出来るとんでもない人にお姉様呼びするように言われているのでは、とテレサロは思い至り、体が震える。

ーーーウェルミィお姉様は、もしかして、女神様か女大魔王様なのでは……!!

と、脳内がヒートアップしている間に、話が進んでいく。

「ズミアーノ様、ウェルミィ様。その、拙めとテレサロの再婚約、というのは?」

ソフォイルの問いかけに、ああ、と二人が頷き合うと、ズミアーノ様が一枚の書状を差し出してくる。

「ソフォイル殿とテレサロにその意志があればだけど、二人の再婚約に関する王命を、タヌキ国王から預かってるんだー。あ、二人が嫌なら破棄していいって言われてるから安心して?」

「陛下をタヌキ呼ばわりするのやめて! 誰かに聞かれたらどーするの!?」

「この『サロン』で周りに聞かれるわけないじゃない。ミィは心配性だなぁ」

あはは、と笑いながら差し出されたものを、テレサロは呆然と見つめる。

確かにそこには、陛下直々の署名がある王命が記されていた。

ーーーもう、もう訳が分かりません……!!

もちろん、昔から慕っていて、今も想いあっているソフォイルともう一度婚約できるなら、すごくすごく嬉しい。

だって、ご実家が貧乏だからって下町でお仕事してたのに、お願いすると、仕事が終わってから皆と遊んでくれてた5歳年上の優しいお兄ちゃんが大好きで。

騎士団に入ってからも、お休みの日はお菓子を持ってきて振る舞ってくれたり、騎士団でのお話をせがんだら言葉少なだけど色々お話ししてくれたり。

そんなソフォイルが、ずっと好きで、お父様にお願いして、婚約者にしてもらえるように。

自分で説得してって言われて、頑張って訓練場に通って、年齢とか、身分とか、そういうのを気にして辞退しようとする彼に、ずっと想いを伝え続けて、手に入れた大事な約束だったから。

辺境に行って会えなくなっちゃったのに、唯一の絆だったものまで奪われて、凄く悲しくて。

今度は、ソフォイルから『好きだ』って言われて、舞い上がるように嬉しかったから。

「……何故、再婚約が神殿へ入ることを覆す条件になるのです?」

もう言葉が出ないテレサロの代わりに、ソフォイルが問いかけると。

侯爵家の名を使って圧力をかけた婚約破棄の元凶であり、その後にとんでもないご褒美を持ってきたズミアーノ様は、ニヤリと笑って、また頭が真っ白になるようなことを言った。

「ーーーだって君、隠してるみたいだけど〝光の騎士〟でしょ?」

ソフォイルが、横で驚いた気配を見せる。

光の騎士。

それは、聖女の存在と共に語り継がれる、魔王獣と呼ばれる知性ある魔獣や、魔族王と呼ばれる人よりも優れた魔族を統べる強大な存在を打ち倒す光の力を操るという、伝説の存在。

「知ってる? 伝承とか記録では、片手で数えられるくらいしか存在しない〝桃色の髪の聖女〟は、世の中が混沌に満ちようとしている時に現れるんだ。実際、その記録がある時は必ず魔王獣や魔族王が生まれていて、魔物の力が強大になっているんだよね。最近魔物の活動が活発になってるっていうのも報告されてるし」

その時に、聖女を守るとされる光の騎士の出現も、当然ながら記録されているのだと。

「聖女自身に、魔物を倒す力はない。癒しの存在だからね。実際に、瘴気を祓うのが役目だし。瘴気を強める存在を倒すのが光の騎士で、前王国の王も、昔のライオネル辺境伯家も、光の騎士を輩出したことで力を強めたんだし」

テレサロは初めて聞く話ばかりだったけれど、どうやらソフォイルは知っていたみたいだった。

ぎゅ、と奥歯を噛み締めて、テレサロの肩に置いた手に少しだけ力が込もる。

「ソフォイル殿は、そういう煩わしいのが嫌だったのかな? それとも、他に理由がある?」

ズミアーノ様の態度は変わらない。

相変わらずニコニコと、それでいてごまかしを許さないような態度で、ソフォイルを問い詰める。

しばしの沈黙の後、ソフォイルは小さく息を吐いた。

「……テレサロの側で、彼女を守るために。辺境への派兵に応じたのは、魔王獣となる前に魔獣化した魔物を狩る為でした」

「だよね。あ、ちなみにオレは魔王でもないし、オルミラージュ魔導卿もミィも違うからね? テレサロ」

いきなり心を読まれたようなことを言われて、ひぅ、とテレサロは息を呑んだ。

「そそそ……!」

「考えてたでしょ? 酷いよねー。てな訳で、違うと証明するためにこんなモノを用意してみました!」

じゃじゃーん、とズミアーノ様が出したのは、香水と腕輪。

それをサロンのテーブルの上に置きました。

「っ! ズミアーノ、それ!」

「あ、これは違うよミィ。人を操るためのアレじゃない。むしろそっちが副産物で、これが本当の研究材料だったんだよねー」

「……何?」

ウェルミィ様が警戒しているのと、ツルギス様とシゾルダ様が彼の背後で苦虫を噛み潰したような顔をされました。

こういう時のズミアーノ様はろくでもない事をする、とお思いのようですが。

「これはね、魔物の思考力を阻害する香水と、魔物を弱体化させる魔力場を張る腕輪だよー」

ーーーもう、何を言われても驚かないと思ってましたけれど。

「オルミラージュ魔導卿がさー、オレが密輸手伝ってもらってる人に探りいれてきたかなー? と思ったらあっさり工場見つかっちゃってね。多分研究内容を見たんだろうなって辺りで手紙くれてさー。『教皇を黙らせるなら上手く使え』って教えてくれた情報が、ソフォイルが〝光の騎士〟っぽいっていう話だったんだー」

オルミラージュ魔導卿も、やっぱりおかしい。

何でそんな情報握ってるんだろう。

「そこで『あ、負けたわ』と思ったんだけど、それはそれとしてありがたく使わせてもらってさー。この香水で、弱い魔物なら動けなくなるし、強いのも酔うみたい。で、腕輪のほうは多分、魔獣クラスでも強い騎士ならタイマン張れるくらい鈍らせれるはず」

凄い効果を淡々と説明してから、ズミアーノ様は片目を閉じた。

「この香水のほうの権利を、光の騎士の情報と一緒に猊下に提示してね。教会の功績として権利をあげる代わりに『テレサロがソフォイルと婚姻を結ぶなら、神殿に召し上げない』っていう取り引きをしておいた」

表向きはね、とズミアーノ様は含みを持たせる。

「でも、猊下も阿呆じゃない。そこに一つ『代わりに、ソフォイルが光の騎士であると公表して、テレサロと一緒に正式に教会の祝福を受けること』って条件を出してきた。テレサロが拒否したって事実で、権威を損なわない為にね」

「聖職者のくせに、やってることが腹黒過ぎるのよ……」

「権力者なんてそんなもんでしょ」

ウェルミィお姉様の呆れ顔に、ズミアーノ様はあっさり返してから、さらに言葉を重ねる。

「で、この腕輪の方は、オレの罪を許す代わりに王室と魔導省で共同管理して、利益を分配する。……ってところで落とし込んだ。侯爵家も公爵家も関与しない。まぁ、筆頭のオルミラージュ侯爵家が関わらないと後で表明するし、有力なとこの息子どもがバカやったし、多分誰も口出せないから」

彼は自分達を指差して、こう締めた。

「ただ、騎士団で使用するってことで、開発者としての利益は量産され始めたら幾分かオレの懐に入るんだよね。だから、これで得る分配利益を、権利ごとソフォイルの財産にする」

それで解決だよー、と手を叩いて、ニッコリと顔の横に持っていてズミアーノ様は首を傾げる。

「何その気持ち悪い仕草。やめて」

「ミィはひどいなぁ。で、返答は?」

「拙めが、隠していた自身の能力を知らしめることに否はありません。……ですが、その魔導具の利益を、拙めに与える理由は? 金銭など欲してはおりませんが」

「テレサロを守るんでしょ?」

ソフォイルの疑問に、ズミアーノ様は大人しく手を下ろして答えた。

「地位と財産。権力と肩書き。何もなしに、世界に一人しかいないとんでもない価値を持つ少女を……たかが名ばかり男爵家の三男坊が、騎士爵を得たからって剣一本で守れると思うの?」

「……っ」

「教会だって今は約束しても、何か君がしくじれば、それを口実に『守るため』とでも言ってテレサロをまた手にしようとするかもしれない。各国も、犯罪者も、虎視眈々と狙い始める。本気で欲すれば、誘拐だろうと脅しだろうと、何だってするだろうね。君が魔物退治の英雄として外に出ている間に、誰がテレサロを守るの?」

ズミアーノ様のエメラルドのような輝きを持つ緑の瞳は、どこまでも澄んでいた。

彼は無邪気な人。

それは悪いことと良いことの区別がつかないということでも、あるけれど。

人の善意も悪意も、全て同じように、色眼鏡なしに見ているのでしょう。

「そういう話だよ、ソフォイル殿。君がテレサロを守るためには、信頼出来る人を雇うこと、成り上がること、誰にも手出しできない実績を持つこと。そうしたものが課せられるんだ。だから、腕輪の権利を君に譲るんだよ。そういうアレコレを『無理だ』と逃げるなら、逃げていいよ?」

「……逃げません」

「じゃ、受け取ってね」

ソフォイルに向かってズミアーノ様が取り上げた腕輪を差し出すと。

彼はテレサロの方に視線を向けた。

「テレサロ」

「っはい!」

糸目の、決して美形とは言えないけれど、穏やかな風貌の大好きなソフォイルに、テレサロは顔を見上げて答える。

「……君と、添い遂げたいと思う」

「うん……」

「君も、同じ気持ちでいてくれるか?」

「……はい!」

満面の笑みで答えると、ソフォイルはズミアーノ様から腕輪を受け取った。

何故か、ウェルミィお姉様が嬉しそうな顔で拍手をしてくれて、他の方々も手を叩いてくれたので、すごく照れ臭くてテレサロは俯いた。

「じゃ、光の騎士として立つことを決めたソフォイル殿自身に、これをプレゼントするね!」

と、ズミアーノ様がサロンの端に歩いて行って、細長い包みを持って戻ってくる。

「それは?」

「光の宝玉を柄に埋めた【騎士の聖剣】と、まっさらの魔玉を埋めたレプリカ。合計3本。これも量産するつもりだよ!」

「……………………は?」

ソフォイルがぽかんとする間に、ズミアーノ様は包みを開く。

そこには、寸分違わぬ形をした3本の剣。

白く、流麗と言うには飾り気がなく無骨なものだけれど、一本は神聖な気配を備えていて、残り2本はズミアーノ様の言う通り何の魔力も宿っていない魔玉が埋まっていた。

「……国宝では?」

「倉庫の肥やしになってるから持っていって良いって、タヌキ国王が言ったからね。元々、本来の持ち主が現れたら渡すものだし。あ、レプリカには、君やテレサロが光の魔力を込めれば、聖剣と同じになるよ。レプリカの方は、君たちの承認があれば他の騎士も使えるようになるから、渡してあげればいい」

魔物には有効な剣だからね、と、ズミアーノ様は言うけれど。

ーーー聖剣ってそんなに簡単に複製できるものなの?

同じ疑問をウェルミィ様も抱いたようで、そう質問すると。

「オルミラージュ魔導卿とエルネスト女伯、それにアバッカム特務卿の共同開発だってさ。 魔白銀(ミスリル) から、聖剣の原材料である 聖白金(オリハルコン) の精製に成功したらしいよ」

「……なんてこと! 流石エイデスとお義姉様だわ!!」

ウェルミィお姉様は喜んでいるけれど。

ーーーもしかしてこの国って、今までの歴史の中で最強の王国なんじゃ……?

国の中枢に近い人たちの、世界を揺るがすようなとんでもない発明や行動に、テレサロは脅威すら覚えた。

ーーーこの人や魔導卿、イオーラ様って、魔王よりもよっぽど恐ろしい人たちなんじゃ……?

テレサロは知らない。

ーーー今から、ほんの数年後。

史上最悪と言われた、強大な魔王獣や魔族王の出現と。

史上最速と言われた制圧、の先頭に『聖剣の騎士団』を率いるソフォイルが立ち。

史上最高と言われる聖術による土地の浄化を、テレサロ自身が成し遂げることも。

その影に、後にも数々の歴史的発見をして王国に破格の利益をもたらす王太子夫妻や。

世界各国の協力をその手腕で迅速に取り付けた、外務卿夫妻と協力者たちの存在がチラつくこと。

それらはテレサロだけでなく、今の時点では、誰も知らないことだった。