軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

剣士ツルギスのダリステア訪問。【前編】

ーーーズミアーノが、テレサロとセイファルト様に謝罪した翌日。

ウェルミィは、護衛としてしばらくウェルミィの近くにいるらしいツルギス様と共に、ダリステア様の住むアバッカム邸を訪れていた。

シゾルダ様は、今まで通りに父である宰相を手伝う事は出来ないので、用を言いつけられない限りは自宅であるラングレー公爵家の屋敷で、領地経営の仕事の方に携わっているらしい。

ズミアーノは、今朝エイデスが『少しの間、貸しておけ』と言ったので『今日一日はエイデスの命令に従うように』と命じておいた。

なので、今日はウェルミィとツルギス様、それにオルミラージュ侯爵家で現在は専属侍女としてついてくれているヌーアの三人で、こちらを訪れている。

ヌーアはどこかの子爵家のご令嬢らしいのだけれど、家名や年齢は教えてくれない。

多分二十代中頃だろうと思うのだけれど、時折もっと年上にも十代の少女のようにも見える不思議な人で、それなりに整っている顔立ちなのに印象の薄い、いつもにこやかな女性だった。

「もうすぐですねぇ、お嬢様」

「そうね」

そんなやり取りに、ツルギス様がピクリと肩を震わせる。

国内でも屈指の名家であるアバッカム公爵家は巨大で、門を潜っても、しばらく馬車を走らせる必要があるくらい広い庭がある。

その窓の外に流れる景色をぼんやりと眺めながら、ツルギスは落ち着かない様子を見せていた。

「緊張しておられますか? ツルギス様」

「……いや」

そう答える彼を、ウェルミィは改めて見つめた。

赤い髪に精悍な顔立ちをした青年で、腰に 佩(は) いた剣がよく馴染んでいる。

飛び抜けた美形というわけではないのだけれど、茶色がかった赤い瞳は珍しい色合いだ。

エイデスによると、魔術も剣技も飛び抜けたセンスはないものの、それらを組み合わせた剣術や体術は一目置ける練度であり、魔力保有量はそこそこ多く、頭も悪くないという。

実際、言葉少なながら話してみたり観察してみた感じ、気が利いて、スッとこちらがして欲しいように動いてくれる。

ーーーお父上に認められていないことに悩んでいる、と聞いたけれど。

印象や、あの夜会でついてしまった『愚か者』の評判よりも、遥かに有益な人材だとウェルミィは思っていた。

『軍団長は、あの歳で剣術大会に参加して優勝するような剛武の者だからな。ツルギスの如才ない戦い方を小手先のものと感じて、つい厳しく接してしまうのだろう』

エイデスが皮肉げにそう言っていた。

『真に優れた者は、力なき他者の想いを汲み取れんものだ。力無き者が、飛び抜けた天才を理解出来ないようにな』

『……エイデスも、そうなの?』

ウェルミィの問いかけに、彼は不意をつかれたような顔をした。

そしてふと、優しげな微笑みを浮かべて、頭を横に振る。

『私の生まれ持った力が人より優れているのは、確かだろう。だがそれは、ズミアーノのような使い方まで含めて理解しているような、天賦の才とは違う。……大切なものを失った挫折があったから、二度と無くさぬよう手に入れた力だ』

ーーー義母と義姉を、呪いの魔導具で失ったこと。

きっと彼は、それを悔い続けているのだろう。

『私は幼い頃は不真面目だった。物心ついた頃には、後継ぎだと掛けられる重圧も家の中での立ち位置も理解して、煩わしいと思っていた。……優しかった義母と義姉が冷たくなったのも、自分がそう仕向けたと思っていたんだ』

ーーー跡継ぎに相応しくない、となれば。

『義姉から奪った将来や家督を、返せるだろうと、浅はかに考えていた』

最初から真面目に、跡継ぎとして努めて二人と向き合っていれば、冷たくなっていく彼女たちの態度に違和感を覚えることも出来ただろうに。

『結果は知っての通りだ。ーーー泣くな、ウェルミィ』

『エイデスのせいじゃないじゃない。魔導具を置いた奴らのせいよ。貴方だって、まだ子どもだったでしょう?』

掛け違えたことで、失ったものの重さ。

それはきっと、エイデスの心を深く傷つけた。

火傷の跡が残る左手に手袋を嵌めて見ないようにしているのは、まだ、その傷を思い出すからなのかもしれない。

『今はもう、お前がいる。今度こそ無くさぬように生きよう。……ウェルミィは、本当に大事なものを無くさずに済んだだろう? その手助けが出来たことに、私は感謝している』

そう言って抱きしめてくれたエイデスと、目の前で、ウェルミィの視線に居心地が悪そうにしているツルギス様が重なる。

「素直になられたほうが、良いですよ」

ーーーまだやり直せる範囲。

ウェルミィは、ツルギス様をそう思い、声を掛けた。

「……どういう意味でしょう?」

「失うことや傷つくことを恐れてばかりだと、気づいた時には本当に大切なものを失ってしまうのです。やり直しがきく内に、勇気を持って本心をお伝えした方が、後悔は少ないでしょう」

ズミアーノによって、一番精神に負担を受けたというツルギス様。

しかし一時的な記憶の混濁だけで、後遺症はなかったらしい。

あいつは頑固だからね、とズミアーノは笑った。

『ツルギスは、こう、と思ったら曲がらないんだ。あいつ自身の精神がそういう性質なんだろうね。そんで周り見えないからさー。こうでもしないと、もっと取り返しのつかない方法取ってたかもねー』

そうツルギス様を評した後に、彼はパチリと片目を閉じた。

ーーーダリステア様を、レオの妃に。

彼の望んだ、その結末の為に。

もっと直接的な方法で、取り返しがつかない……人を殺すような、行動を取ったかも、と。

自分や誰かを犠牲にしても、好意を抱いている相手を救う。

その気持ちが、ウェルミィには痛いほどに分かった。

同じことをしたのだから。

だから、その相手がレオの婚約者筆頭を演じた自分だったとしても、責められない。

ウェルミィ自身の目論みも、ツルギスの望みも失敗に終わった。

だからきっと、その先も同じようになる可能性は、0ではない。

『ツルギスは、多分シゾルダがオレに相談したことと、そうさせてしまった自分に後悔してるよ。君たちが思うよりずっと深くね。だから迷惑掛けられた側で、それを止めてくれたミィの言葉なら、届くと思うよ』

ーーーツルギス自身は、一度もオレに、自分の気持ちを話さなかったし、助けてくれとも言わなかったんだ。

我慢強い、頑固、センスのない努力家。

そうした評価は、確かに華やかでも鮮やかでもない。

ツルギス様は偉大な父親に、重圧を覚えていたのだろう。

かけられた言葉は、もしかしたら自分を否定するもののように感じていたはずだ。

足りない、と。

しかしきっと、今のツルギス様の扱いを見るに、軍団長ネテは彼なりの愛情を持っている。

ウェルミィの母イザベラが、本来お義姉様が持つべきだったものを与える、という歪んだ形であっても、自分を愛してくれたように。

「お父上は、貴方になんとおっしゃいましたか?」

ウェルミィの問いかけに、ツルギス様は目を伏せた。

「……『もう二度と道を 違(たが) えるな。次はない』と」

口にしたツルギス様の表情は変わらなかったけれど。

瞳の奥と固い声に、諦めたような色が見える。

本当に失望された、と思っているのだろう。

だけれど。

「一度は、失敗を許されたのですね」

ウェルミィがそう声を掛けると、ツルギス様は思いがけないことを言われたように、目を見開いた。

「そうでしょう? 次はない、というのは、そういう言葉です」

一度は許す。

物事というのは、捉え方で意味が変わるものだから。

「貴方を知る方は、皆貴方のことを『我慢強い』と仰られます。一つのことに集中すると周りが見えなくなるけれど、曲げずめげずに努力される方だと。自分の意見を言わないけれど、人の辛さに寄り添える方だと」

ズミアーノが、崖から落ちて命を失いかけた時。

目覚めるまで毎日通っては、ズミアーノの婚約者であったニニーナ様と共にジッとその側で待ち続けたと。

シゾルダが、宰相である父に膨大な勉強を押し付けられて、折れかけた時。

ツルギス様は、必要ないのに同じ勉強をして『自分には理解出来ないことが多いのに、それがきちんと分かるお前は凄い』と励まし続けたと。

「そうして努力の果てに得た力で、貴方は私を助けて下さいました」

『影潜み』の魔術は、易々と習得できるものではないらしい。

まして、剣の道に生きることが決まっていて、魔術の修練を疎かにしている者には、習得しても長時間維持できるものでもないのだと。

それをツルギス様は、シゾルダ様までも含めて行使し、ウェルミィがズミアーノと接触するギリギリまで維持し続けたのだ。

「エイデスから聞きましたが。それを聞いてお父上は褒めておられたそうですよ」

『ようやく自分の戦い方を会得したようだな。〝影の騎士〟の称号でもくれてやるか?』と。

ウェルミィが微笑みながら告げると、ツルギス様は呆然としていた。

「父上が、そのような……?」

「人は、他人と同じにはなれません。私がエイデスやお義姉様のようになろうとしても無理なように。……ダリステア様が、お義姉様と違い、レオの心を射止めることが出来なかったように」

そしてツルギス様が、父親のようにはなれないように。

「ですが、同じでなくとも、自分を見て、認めてくれる人はいるのです」

ウェルミィを、エイデスが見つけてくれたように。

お義姉様を、レオが見つけてくれたように。

そしてツルギス様の努力を、軍団長ネテがきちんと認めていたように。

息を呑む彼をまっすぐ見て、ウェルミィは告げる。

馬車が、止まった。

「ダリステア様が、どういう対応をなさるかは分かりません。ですが、貴方が彼女の努力を見ていたことを、影ながらお慕いしていたことを。……お伝えしてみては、いかがですか?」

ツルギス様は、不意に泣きそうな顔になって。

しかし涙は流さずに、拳を握りしめて元の表情に戻ると。

「……ご教示、ありがとうございます」

そう言って、頭を下げた。