軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

朱瞳の交渉。

「だってさー、ミィ」

沈黙が落ちた後に、少し離れたところにいるズミアーノが声を掛けてきたので、ウェルミィは片眉を上げた。

マイラーが取引に応じた、という話の辺りから近くにいたのだけれど、お取り込み中のようなので黙っていたのである。

ウェルミィは、チラッとお義姉様を見上げてから、二人で歩き出す。

「一緒に行くって言ってた筈なのに、何で先に会ってるの?」

「……少し確かめたいことがあってな」

「で、そんな顔する羽目になってるのね」

少し棘を出すと、エイデスは目を逸らした。

ーーー全くもう。

エイデスは、マイラーの話を聞いて衝撃を受けた顔をしていた。

ウェルミィも話は聞いていたけれど、本当にうちの主人は色んな意味で 賢過ぎて(・・・・) 困ったものである。

小さい頃は、さぞかし手が掛からない子どもだっただろう。

「ガーシャ様やマルム様が亡くなったのは貴方のせいじゃないって、何度言えば、エイデスは自分を責めるのをやめるのかしらね」

ウェルミィは、手を上げて軽くエイデスの頬を撫でながら不敵な笑みを浮かべた。

その心の傷がどれだけ小さくなっても、彼の中から後悔は消えないのだろう。

元凶であるピエトロもこの世を去り、マルム様の日記の内容を伝えて心の整理をつけてなお、こういう不意打ちに咄嗟に自責してしまうのだ。

そういうところが、エイデスの良いところでもあり悪いところでもあった。

だから事件の後に約束した通りに、彼がこうなってしまった時は、ちゃんと伝えないといけない。

「そんな顔しなくていいのよ」

ーーー『私が、こうして何度でも許してあげるわ。いつか貴方が、自分で自分を許せる時まで』

と。

「人のことを言えるのか? お前もさっきまで、同じ顔をしていただろう」

「さっきまでとは違って、私は後悔してる場合じゃないことを思い出したもの。あなた達の言葉でね」

だからお返しするわ、とウェルミィが笑うと、エイデスの表情が少し緩む。

「そうか。……そうだな」

「ええ」

今回の一連の件では少々情けないところを見せてしまったけれど、吹っ切れた今、この場を引き継ぐのはウェルミィの役目だろう。

牢屋の窓に目を向けると、ウェルミィは初めてヘーゼルを拐った男の顔を見た。

プラチナブロンドの髪に、朱色の瞳。

垂れ目気味の甘い顔は、なるほど、確かにエイデスより上には見えないくらいに若々しい。

ーーーあら……この人、なんか初対面な気がしないわね。

ウェルミィは、彼と視線を交わして、不思議な気持ちになった。

同じ朱色の瞳を持つクラーテスお父様にも、同じ血統の頂点にいるお義姉様にも感じなかったけれど、どこか共感めいた感情を覚えたのである。

相手もそれを感じたようで、少し不思議そうな顔をする。

「何かしら、この感覚」

「……さぁな」

「どうしたの?」

お互いに首を傾げていると、お義姉様にそう問いかけられる。

「彼とは初対面だと思うんだけど。ずっと親しくしていた旧友に久しぶりに会ったような感覚、って言ったらいいのかしら。お互いに違う生活をしているけど、会ったらその気持ちが分かるような感じね」

「お互いの瞳の力かしら」

「でも、お父様やお義姉様には感じないのよ?」

「……多分、ウェルミィと彼の間に、そこまで魔力量の差がないのではないかしら。どちらも魔術を行使していないから、相互に瞳の力で読み合うような状態になっているのでしょう」

「ああ、そういう?」

少し学者の顔になったお義姉様の言葉に、ウェルミィは納得する。

実際がどうであれ、理屈が説明出来るのであればそこまで気にするようなことでもないだろう。

そう思って、ウェルミィは牢屋の中の男に目を戻す。

「マイラー・マクスウェル。あまり私の主人をいじめないで貰えるかしら?」

「そんなつもりはなかった。腹は立つがな」

「どう聞いても八つ当たりだったわよ。……さっきまでの話だと、【賢者の石】は二度と作れないのね?」

「今のままだったらな」

そこでマイラーが、皮肉な笑みを浮かべる。

「唯一方法があるとすれば、〝闇〟の魔女の力で侯爵の『宿命』を引き剥がして先代に渡すことだ。そんな術式に先代の体が耐えれるなら、だがな」

オレイアのことも、最近イングレイお義父様の体調がよろしくないことも、当然のように把握しているらしい。

何となくマイラーから必死な感情が伝わってくるので、特別優れた能力があるというよりは、執念にも似た気持ちで調べ上げたのだろう。

その言葉に、ウェルミィは扇を広げて、目を細めた。

「別に、 作る必要(・・・・) なんてない(・・・・・) でしょう?」

「作る必要がない……?」

「ええ。【賢者の石】を作る、っていうのは、ただの手段の話よね。別に現物が手に入れば作る必要はないもの。その為の『別の手段』を見つけたから貴方は危険を犯して、今ここで牢の中にいる羽目になってるんでしょう?」

扇越しに笑みを浮かべたウェルミィに、マイラーが不快そうな顔をする。

「簡単に言うが、見つけるのが容易いならこんな苦労はしてねーんだよ」

「でも、どこかには『ある』。なら、別にいいじゃない」

もしどこにもないのなら、作れない事実に憤るのも分かるけれど。

わざわざ『宿命』がないと読めない地図まで遺されているのなら、それは確実に存在したし、今もどこかにあるのだ。

「貴方も、そんな嫌われるような態度で八つ当たりしている場合なの? ヘーゼルやエイデスに嫌な思いをさせる貴方のことなんて、別に私も好きじゃないけれど、大事なのは利害が一致してるかどうかよ」

そう、マイラーとの取引は、レオとの取引のようなものだ。

いけ好かないし気に食わないけれど、能力もあるし、目的が一緒なら一致団結出来る。

「違うかしら?」

「だから、情報を喋ってるんだがな」

「なら、もう少し態度を改めなさいな。手を組むのなら、私たちはもう一つ貴方に提供出来るものがあるらしいわ。〝闇〟の力で、編者の『宿命』を貴方に渡せるそうなのだけれど」

「……可能だろうな」

「何故誘拐なんかせずに、それを提案しなかったの?」

ウェルミィの言葉に、マイラーは深く息を吐いた。

笑みを消して真剣な顔になると、牢の中で立ち上がり、窓に近づいてくる。

「ウェルミィ・オルミラージュ侯爵夫人は、いきなり来た身元も分からないような男に『宿命』を渡せと言われて、信用して渡せるのか?」

「状況次第ね」

「そう。その為に必要なのはお互いの信用、もしくは利害の一致だろう? 俺はそっちを信用出来ず、タダで情報を喋れもしない。そっちも同じじゃないのか?」

ウェルミィは、マイラーの物言いに嫣然と笑みを浮かべる。

「だからわざとこんな状況にした、っていう話かしら?」

「そこまでの博打は考えちゃいなかったよ。単なる失敗だ。ギリギリ許容出来る範囲が、必要最小限の情報だけ聞き出して逃げることだった」

「でも、万一の場合として想定はしていたのでしょう? だからズミアーノに自分のことを話したのよね」

「ああ」

嘘をついている様には見えないので、事実なのだろう。

「その時に、何を交渉材料にするつもりだったの? そこも話したら?」

「……王妃殿下に関わる話だが、この状況で話していいのか?」

「構いませんよ。わたくしはここにおりますので」

お義姉様も、ウェルミィの横から牢の中に顔を覗かせる。

するとマイラーは、お義姉様を見て軽く驚いた顔をした後に、安堵とも後悔とも似つかない表情を浮かべる。

「……本当に、ローラ姉ぇにそっくりなんだな」

「そうでしょうか? 貴方の方も、ウェルミィにどこか似ていますね。わたくしの母と血縁関係にある、とお伺いしておりますが」

「俺と王妃殿下は血縁上、 従兄妹(いとこ) 同士ですね」

お義姉様は、その言葉に優しく微笑みを浮かべた。

「貴方がわたくしの知らない母を知っている方とお伺いしてから、話をしてみたいと思っておりました」

「そいつは光栄なことで。俺も小さい頃に会ったっきりなんで、覚えてることは少ないですが、重要なことはちゃんと覚えてますよ」

「たとえば、どのような?」

お義姉様が本題に切り込むと、マイラーは軽く首を横に振ってから、片頬に笑みを浮かべる。

「【賢者の石】を探し始めたそもそもの目的は、ローラ姉ぇに『いずれ我が子に必要になるかもしれないから』と頼まれたからなんですよ。今は俺自身も必要としていますがね」

「……」

「本当はそれを話すかどうかを取引材料にするつもりだったんですが、先にそこのオルミラージュ侯爵に交渉を持ちかけられたんでね。詳しく聞きたいなら、後で幾らでも。……俺も、ローラ姉ぇが死ぬまでのことが知りたい」

「……そうですわね、お互いに」

お義姉様はそれ以上前に出るつもりがないのか、こちらに目配せしてから、また下がった。

ウェルミィはマイラーの顔を見上げて、扇を口元に当てたまま対峙する。

「一つだけ、私自身の疑問にも答えてくれるかしら?」

「答えれることならな」

「最初に確認するけれど、同じ〝精霊の愛し子〟の一族でも、リロウドの力は『解き放つ力』、マクスウェルの力は『湛える力』だと聞き及んだわ。事実なの?」

「ああ。マクスウェルに 解呪の力はない(・・・・・・・) 。代わりに血統固有魔術であっても、見れば精霊の力を借りて〝会得〟出来る。術式の複雑さや規模によっちゃ魔力量と応相談だし、使いこなすには訓練が必要だがな」

ーーーそこは、〝解呪〟とあまり変わらないのね。

ウェルミィ自身も最初から〝解呪〟を使えた訳ではなく、クラーテスお父様に教えて貰って使いこなせるようになったのだ。

ーーーお義姉様が、レオの【変化の指輪】の力を魔術化出来たのも、そういう理由なのかしら。

姿を見窄らしく見せる魔術、という形で落とし込めたのは、もしかしたら無意識に〝会得〟の力が働いており、そちらの訓練を知らず知らずの内にしていたのかもしれない。

血統の理屈で言えば、大元であるお義姉様は〝解呪〟も使える筈だけれど、魔術を目にして自分の手で形にする〝会得〟の力と違って、学ぶ機会がなかったのが使えない理由なのだろう。

「その力、便利な力だなー。オレも欲しいなー」

「ズミアーノは黙っててくれる? 何でもかんでも欲しがるけど、貴方、謎に〝影渡り〟が使えるじゃない。楽しようとしないで、自分で研究しなさいよ」

「えー」

口を挟んできたズミアーノを黙らせてから、ウェルミィは改めて問いかけた。

「もう一つ確認なんだけど、一つであれば継承者のいない『宿命』を〝会得〟出来るのね?」

「当然、やったことはないぞ。一応信じちゃいるが、本当かどうかは分からない」

「微妙そうな顔ね」

「ローラ姉ぇから聞いただけで、その話は裏が取れてないんだよ。……あの人は、どこまで見越してたんだかな」

ーーーなんか、本当に初対面な気がしないわね。

お義姉様を見ていたウェルミィにも、マイラーの気持ちはよく分かる。

友人の愚痴を聞いているような気分になりながら、話を続ける。

「貴方と同じくらい古代文献に造詣の深い人が言っていたから、多分出来るんでしょう。……編者の『宿命』。取引を受け入れるなら、ルトリアノから引き剥がして貴方に渡すわ」

「……いいのか?」

「いいと言うよりは、 悪いもの(・・・・) だから渡すのよ。そもそも私はヘーゼルにもミザリにも、これ以上負担をかけたくないの。だから可能なら、目的も罪もある貴方に請け負わせたいのよね」

ウェルミィはそこで、冷たくマイラーを睨みつける。

「ーーー私は貴方が、ヘーゼルを誘拐したことも『真実』を伝えたことも、許した訳じゃないわ」