軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

途絶えた純血。【後編】

「ルトリアノの情報を知ったのは【 旧詩篇(アウゴサーム) 】を読み解く為に必要な、編者の一族を探していた時だ。なるべく古い文献から追って、グリンデルとペソティカを知った」

と、マイラーがオルブラン兄弟に目を向ける。

「そっちのオルブランの弟の女房は、ペソティカの一族だろ。剣が趣味の変わった女だってのは調べたらすぐ分かったし、オルブラン領は帝国側に近いから、最初に近づきに行った」

「編者の『宿命』の持ち主かどうかを確かめる為だな。どんな手段で調べようとした?」

「【 旧詩篇(アウゴサーム) 】は、編者の『宿命』持ちに反応するんだよ」

だから地図を手にしてオルブラン領に渡って来た後、アルミニカが剣の練習に訪れる騎士団に日雇いの下働きとして潜り込み、近くに持っていったのだそうだ。

しかし、反応しなかったと。

「だから侯爵領を離れる時にオルブラン侯爵に接触して、仕込みを入れた。そいつは接触しやすかったしな」

ズミアーノのことだから、頻繁に後ろ暗い情報の飛び交うところに足でも運んでいるのだろう。

あまりにも特殊なので、逆にマイラーのような人間の方が接触しやすい稀有な侯爵ではある。

「調べられて正体がバレるのはリスクだったが、万一の備えとしてな」

「上手く行ったようで何よりだ」

「ありがとうよ。万一を起こしてくれた張本人に言われても、全く嬉しくねーな」

ふん、と鼻を鳴らしたマイラーは、話を続ける。

「ペソティカ男爵もハズレだった。次にグリンデルの人間を探して、近づきやすそうなヘーゼルの方に目をつけた。屋敷の周りをうろちょろしてオルミラージュの〝影〟連中に見つかるとマズいが、頻繁に外出するのは分かってたからな」

言われて、エイデスは納得した。

側付き侍女とはいえ、ヘーゼルは私生活で部屋の中に引き篭もるタイプではない。

カネについては堅実だが、休養日には外出もし、ウェルミィの言付けの中でもイオーラに届けるようなものは、ヘーゼル自身が持って赴くことも多かった。

特に最近は〝精霊の愛し子〟関係で頻繁にやり取りをしていた為、外出も多かっただろう。

「それが、どうルトリアノの話に繋がる?」

「焦るなよ。言っただろ? 【 旧詩篇(アウゴサーム) 】は編者の『宿命』に反応するんだ。街中でミザリと会っていたヘーゼルって一石二鳥の状況で近づいた時に、ルトリアノが初めて姿を見せた」

ヘーゼル達は、出現したのが雑踏の中だったので気づかなかったらしい。

しかしこちらを睨む半透明なルトリアノを見て、編者の『宿命』持ちが死んでいる、と理解したマイラーは、疑問を持ったという。

「受け継がれてもないのに姿を見せた、ってことは、必要だから現れたんだろう。が、二人のどっちに反応して化けてでたのかは分からなかったからな。二人が離れた後、動向を追うのも接触も難しい上に、可能性が薄いミザリの方を先に確かめた。が、ルトリアノは消えなかった」

可能性が薄い、というのは、表向きの状況ではミザリは後妻の連れ子だったからだろう。

マイラーは多分違うだろうと思いながらも、裏取りをして『隠された真実』の一端に偶然、接触したらしい。

「勤勉なことだ」

「慎重じゃない奴はすぐに死ぬだろ。石橋は叩き壊すもんだ」

「そして、本筋に重要ではない部分への好奇心が『 猫(お前) 』の足元を掬った。深入りと紙一重だと学んだだろう?」

「お陰様でな。で、次の機会にヘーゼルの方ももう一度確かめた」

すると、やはりルトリアノの亡霊は姿を見せたと言う。

「そこで疑問を持ち、グリンデルの事件をもう一度浚った。かつて家督を奪われたグリンデルの嫡男がそれを奪い返し、子どもを虐げて自殺を図られ、犯罪が露呈したって話をな」

【 旧詩篇(アウゴサーム) 】は、利用された孤児だった筈のミザリに反応した。

そして後妻は、契約魔術の違反によるものと思われる症状で死んでいる。

「恨みつらみの多そうな状況で、何が起こったか。これは、と思ったね」

「まるで探偵だな」

「調査はお手のものだ。この瞳があるから、人に話を聞く時に、大概の嘘は見抜けるしな。後は【 旧詩篇(アウゴサーム) 】の周りをうろちょろしてるルトリアノを呼び出して、推測を語って確かめるだけで事足りた」

怒ってたがな、とマイラーは喉を鳴らした。

「わざわざお上の権力で秘匿してるような話だ、被害者であるヘーゼル本人は確実に知らないだろう。そしてルトリアノも知らないままで良いと思ってやがった。が、隠し事はよくねぇだろ」

「だから暴いたと? 隠されていたから、という、ただそれだけの理由で」

「そうだよ。どんだけ都合の悪い事実でも、秘密にしとくってのはロクなことにならねーんだ。ましてそれが被害者に関することなら、騙してるのと一緒だろ」

優しい嘘、という概念はこの男の中にはないらしい、とエイデスは思った。

どこか怒りのようなものが浮かんでいるところを見ると、この男自身がそういう嘘で嫌な思いをしたことが多いのだろう。

ーーー朱瞳の、悪い部分だな。

人が隠しておきたいことまで全て詳らかにする瞳は、日常を過ごす中で不便なことが起こりやすいのは、想像に 難(かた) くない。

クラーテスがイザベラの裏切りをどこか納得し切れなかったのも、瞳の力があるからだ。

そしてエイデス自身が、ウェルミィとの婚約や婚姻の際に『嘘をつかない』制約を掛けたのも、理由としては同じだった。

エイデス自身は高い魔力で瞳の力を遮れるからこそ、嘘だらけの人生を送っていた彼女を裏切らない誓いとして、それを自分に課したのだ。

「仲違いしたままだろうと仲直りしようと、知った上でやるべきだ。だから、無理にでも協力して貰った報酬として、ヘーゼルに騙されてることを教えたんだよ」

マイラー自身の信念に由来するものなのだろう。

そして彼には、それ以外にも何か『隠す』という行為に、怒るだけの理由があるようだった。

「〝精霊の愛し子〟の件にしたってそうだ。本人が何も知らねぇし、ローラ姉ぇにしても……オルミラージュ、お前らにしたって、知ってりゃこんなことにはなってねぇ筈なんだよ」

「……?」

「【賢者の石】だ。俺は、その精製方法を知ってる。だが、だがな……」

そこで、マイラーの声が震える。

「俺が求めてるそいつは、二度と作り出せねぇんだ。だから、探すしかなくなった。古代から遺された、完全なものをな」

「作れない、とは、どういう意味だ?」

エイデスは、ウーヲンのことを思い出しながら、言葉を重ねる。

「不完全なものであれば、既に【賢者の石】は作れることを確認しているが」

「 その程度のもん(・・・・・・・) なら、俺だって持ってる。俺は既に40も半ばに差し掛かろうとしてるが、そう見えるか?」

と、マイラーは拘束された両手で、自分の胸元を握り締めた。

どう見ても20代後半にしか見えない彼が自分より年上だと言われて、エイデスは眉根を寄せながら、ズミアーノを見る。

「……事実だと思うか?」

「そうだね〜。正確な年齢は分かんなかったけど、結婚前のローラ・エルネストと面識があって、イオーラの年上の従兄弟、って考えると、そんなもんじゃないかな〜?」

ズミアーノは小首を傾げつつ、何か興味が湧く話だったのか、自らマイラーに問いかけた。

「完全な【賢者の石】が作り出せない理由って、何かな〜? 流石にオレも製法は知らないけど、何か決定的な理由があるんでしょ〜?」

「簡単な話だよ。【賢者の石】を完成させる為の材料の一つに、『十二氏族の純血』が必要なんだ。それも『宿命』持ちのな」

ーーー純血……。

確かに十二氏族の『宿命』持ち全員の血を集めるのは困難だろうが、地位と立場によっては、不可能と言える程ではない。

「純血の定義はなんだ? 〝光〟と〝闇〟の氏族に関しては、厳密には血統に依るものですらないらしいが」

純血が『存在し得ないもの』という意味でないのなら、何らかの 理(ことわり) がある筈である。

するとマイラーは、また皮肉そうな笑みを浮かべた。

「 他の十二氏族(・・・・・・) と血が交わっていないこと、だよ。エイデス・オルミラージュ。この意味が、分かるか?」

マイラーの目に宿る怒りがこちらに向いていることで、エイデスはこの男が何を言いたいのかを悟る。

「……まさか」

「そう。原因は、お前らオルミラージュなんだ。〝水〟のハイドラを母に持つお前が『宿命』持ちなだけなら、まだ良かった。だが今代において、純血直系のオルミラージュは完全に途絶えた。……マルム・オルミラージュの死によってな」

オルミラージュ侯爵家は、元々子どもが少ない家である。

十二氏族として何らかの力が働いていたのか、一人も生まれないということはなく続いていたが……基本的にはどの代も、子が一人の家系であり、義父イングレイと父アルガは兄弟だったが、父も義姉のマルムも結局死んだ。

傍系も傍系で子が生まれなかったり孫が生まれなかったりと、全て途絶えている。

唯一残っているのは、遥か昔にライオネルが辺境伯家だった頃に嫁いだ女性の子孫である王家のみだが……ライオネルにはそもそも〝雷〟の氏族の血が混じっていた。

オルミラージュも、アバッカムも、〝雷〟の氏族の傍系であるライオネルに嫁は出せど、王室から人を家に招いたことはなかった。

大公国でも、四公家同士の婚姻は禁じられている。

隠遁していた他の氏族については、言わずもがなだ。

そして娘のスフィーアは、エイデスとウェルミィの……ハイドラとオルミラージュに加えて、〝精霊の愛し子〟の血統であるリロウドの血まで継いでいる。

残っている『純血のオルミラージュ』は、義父のイングレイ、ただ一人。

「イングレイ・オルミラージュが死ねば、オルミラージュの純血は途絶える。今後、純血の『宿命』持ちは生まれない。……お前らは知らなかった。それ自体は罪じゃないが、『貴族が純血であるべき理由』をそもそも隠してることで、この状況に陥ってるんだよ」

それが、マイラーの怒りの原因だったのだ。

誰かに対する怒りではなく、隠したことによって起こってしまった現状に対する、怒り。

「未来永劫、完全な【賢者の石】は作れない。ーーーだから、探すしかないんだよ」