作品タイトル不明
聖女の受難、再び。
「ああああああやっぱり無理ですぅーーーーー!!!」
竜車用の控え室で。
テレサロが絶叫と共に両手で顔を覆うのに、イオーラは苦笑した。
今日の彼女は、婚約者である〝光の騎士〟ソフォイル・エンダーレン騎士爵の色である茶色を差し色にした、薄い青地の清楚な聖女服を身に纏っている。
型は教会の聖女らしく落ち着いた雰囲気ではあるものの、さりげなくレースをあしらって小柄なテレサロの愛らしさを引き立てており、今は脱いでいるヴェールも同様に何層も薄い青色を重ねた高価なものだ。
そのヴェールの上にあしらう白銀のティアラには、とても珍しい大粒のピンクダイヤモンドが光っている。
歴代の〝桃色の髪と銀の瞳の乙女〟が身につけたという装飾具は、教会の威信を存分に示す一品だ。
おそらく、値はつけられないだろう。
テレサロは、教会に属してはいるものの決して傘下に入っていない。
にも関わらずこれだけの支援をされるのは、〝光の騎士〟を得た聖女という存在が聖教会にとってそれほど重要な存在だからだ。
「何が無理なの?」
「だって! だってわたし以外の面々を見てくださいイオーラ様っ! 王家に、筆頭侯爵家に、前王国の血を継ぐ公爵家、それに帝国王族にゆかりのある侯爵家ですよ!? 場違いですぅ!!」
「貴女も教会の後ろ盾を持つ聖女ですもの。負けず劣らずよ?」
「しがない男爵家の娘ですぅ!! 下町育ちの貧乏人ですぅ!! ぱ、パレードなんて柄じゃないんですよぉ!!」
ーーーこれだけ元気なら、大丈夫だと思うけれど。
でも確かに、ガチガチに緊張はしている。
「周りは高位貴族といっても、貴女の知り合いばかりよ?」
ウェルミィ、イオーラ、ソフォイルは言うに及ばす、他にパレードに参加する面々はレオやズミアーノ様、ツルギス様にダリステア様達なのだから。
「そうですけど、い、一緒に居て緊張しないのと、大勢の人に見られるのは違うんですぅ!!」
「それは、わたくしもそうだけれど……」
次期王妃、稀代の才媛、 硝子の靴の乙女(ジ・シンデレラ) 等々、レオから又聞きするたびに、自分のこととは思えず恥ずかしい気持ちになる。
「不安なのは皆一緒よ」
「イオーラ様も……!? だ、だったら芋虫のようなわたしはもっと不安にならないと……!」
「何でそうなるのかしら?」
元々明るくて活発な子なのに、今は負の方向に全力疾走しているらしい。
困ったわね、とイオーラが頬に手を当てたところで、横に立っているソフォイルが口を開いた。
「場違いだと感じる気持ちは、分からないでもない」
糸目の彼は、大柄だけれど〝光の騎士〟なんていう異名がどこか似合わない、朴訥でおおらかそうな、落ち着いた青年である。
彼も元は没落男爵家の次男で、テレサロ同様平民とさほど変わらない生活を送っていたらしい。
でも、テレサロも聖女っぽくない明るくちょこまかとした少女なので、二人で並ぶとどこかしっくりと馴染んでいる。
「ソフォイルもそう思う!?」
「ああ。だが、今さら出ないとは言えないだろう」
「言おうよぉ!! 無理だよぉ!!」
「勅命だからな……」
ソフォイルは爵位こそ辞退しているものの、〝光の騎士〟として権限や財産はかなりのものを与えられているらしい。
しかし同時に、あくまでもライオネル王国の騎士である為、陛下の命令は絶対なのだ。
「何をごちゃごちゃ騒いでるの。はしたないわよ?」
唐突に声が割り込んで来た声は、聞き慣れたものだった。
「ウェルミィ。ずいぶん準備に時間が掛かったのね? 大丈夫?」
「おはよう、お義姉様! ちょっとイタズラされたしエイデスが遅刻して手間取ったけど、大丈夫よ!」
ふふん、と胸を張る彼女の装いは、確かにバッチリ決まっている。
華やかなウェルミィによく似合う意匠のドレスだ。
「とても可愛いわ。それに、〝 太古の紫魔晶(ロストヴァイオレット) 〟も」
「許可が下りたの! 本当に良かったわ!」
シゾルダ様とヒルデントライ様の贈り物である魔宝玉を身につけたウェルミィは、本当に嬉しそうだった。
「お義姉様こそ、今日も完璧に美しいわ! 赤紫のドレスなんて、今までとはまた違った雰囲気で神々しい……! 金糸の縫い取りも精緻で素晴らしいわ! それに、スカートのフリルも! 斬新な形ね!」
和解して以降、会うたびに大仰に褒めてくれるウェルミィに慣れてしまったイオーラは、微笑みを浮かべて答えた。
「ええ、特注品だそうよ」
「くぅ……惜しいわ! これで、これでレオの色でさえなければ……!!」
「オレがなんだって?」
うっとりとした表情の賛辞から一転して 口惜(くちお) しそうなウェルミィに、レオが目を開いて言葉を発した。
先ほどまでパレードの最終確認に追われていて、奥の椅子にもたれて休んでいたのだ。
「あら王太子殿下、ご機嫌麗しゅう。いらっしゃったのね居なくていいのに。動かないからてっきり置物かと」
「気づいてただろ絶対。出会い頭によくそれだけ嫌味が出てくるな」
やれやれ、と言わんばかりの様子で体を起こし、ウェルミィの後ろでおかしそうに見守るエイデス様に片手を上げて挨拶をする。
エイデス様が微かな頷きで応える間に、ウェルミィはテレサロに声を掛けた。
「それで、何を騒いでいるの?」
「ウェルミィお姉様ぁ……! わたしにはやっぱり、パレードなんて無理ですぅ!!」
自分のことよりも先にイオーラを褒めていたことは気にならないのか、テレサロが遅い問いかけに突っ込むでもなく祈るように両手を体の前で組む。
「何が無理なのよ。立って笑顔で手を振るだけでしょう」
「そんな簡単なことみたいに言わないで下さいぃ!! そもそも、何でわたしまで一緒に参加することになってるんですかぁ!!」
「あら、聞いてないの? 王妃陛下のご提案だそうよ。文句ならそちらに言いなさいな」
「ひぅっ!」
「ま、パレード程度でおたおたしてる貴女には出来ないでしょうけど。諦めて腹を括りなさい」
「そんなぁ……!」
うるうると目を潤ませるテレサロを、ピシッと一刀両断したウェルミィは、控え室を見回して首を傾げる。
「あれ? ダリステア様やズミアーノは? 私が最後だと思ったのに」
「それが、まだ来てないの」
「エイデス、何か知ってる?」
振り向いて問いかけるウェルミィに、エイデス様は少し思案するような素振りを見せてから、答えた。
「推測だが、マレフィデントと共に陛下に挨拶に向かっている可能性があるな。先ほどまで、陛下は我々と一緒に居た」
いつも通りの言葉だが、その声色に少し、心配そうな影が差していることにイオーラは気付いた。
マレフィデント様は、現アバッカム公爵家の当主であり、ダリステア様の兄であり、現魔導省長であり、そしてライオネル王国にエイデス様と二人しか存在しない魔導卿の片割れだ。
エイデス様は、評判に似合わず優しい方なので、面会の理由にも心当たりがあるのだろう。
イオーラも、彼の様子を見て理由に思い至った。
血統。
アバッカム公爵家は、ライオネル王国で唯一、前王国王族の血を引いている。
そして彼らの父親は…… 公(おおやけ) にはされていないけれど、現王家への叛逆を目論んでいた。
最初は穏便にダリステア様を王妃にしようとしていたが、彼女を選ばなかったレオを排斥する為に、暗殺を画策したのだ。
従わなかったマレフィデント様のお陰で事なきを得たが、イオーラも『自分がいなければ』と、少々気に病んだこともあった。
その気持ちを話したら、ウェルミィとレオに『それを自分のせいだと思うな』と、怒られてしまったけれど。
「別に悪いことにはならないんじゃないの?」
ウェルミィも、エイデス様の心配を悟ったのか、あっけらかんと言う。
「もし何かあるなら、こんな状況になる前に誰か止めるでしょ。陛下が許したから実現してるんじゃない」
「そうだな」
杞憂だ、と言われて、エイデス様が苦笑する。
「あれは律儀な男だ。多分、筋を通しに行っただけだろう」
「でしょ?」
ニッコリとウェルミィが笑うと、その横でテレサロが小さく呟く。
「わたしは、誰かがこの馬鹿げた企みを止めて欲しかったですぅ……」
「発案者はウェルミィだぞ」
レオがその呟きに答えると、ウェルミィが心外そうな顔をした。
「私はお義姉様と一緒に結婚式がしたいって言っただけよ! 馬鹿騒ぎにしようって悪ノリしたのは王族でしょ!?」
「オレは関係ない。悪ノリしたのは父上と母上だ」
レオが肩をすくめるので、イオーラは苦笑した。
「それで準備を任されて、仕事に忙殺されていたのよね」
「イオーラが助けてくれなきゃ本気で過労死してたと思うよ。あの二人『国王になるならこれくらいやれ』って言っときゃ何でもかんでも押しつけて良いと思ってやがる」
よほど嫌だったのか、そう呻くレオに近づいて、労いを込めて肩を叩いたけれど。
「いい気味ね。お義姉様をわたしから奪ったんだから、もっと苦労しなさい!」
「ウェルミィ……お前な……」
どこか嬉しそうなウェルミィに、本当は怒るべきなのだろうけれど。
自分のことを素直に慕う気持ちからレオに反発している義妹を、あまり怒る気になれなくて、イオーラはこういう時、いつも困っている。